第4話
「待ってください、レゼリア様! 見てください!」
ローナがレゼリアを止める。
ローナが指し示した先。モーリスとアルルのテーブルでは——
「あ、あの…… アルルさん」
モーリスがアルルに向かって、静かに口を開いた。
「なによ?」
アルルのどすのきいた低い声が響く。
不機嫌になったアルルを前に、モーリスはおどおどとしたまま、言葉を続けた。
「実は僕、アルルさんにお会いしたら、どうしても聞いてみたかったことがあったんです」
「いいわ、聞いてあげようじゃない? 何よ? 早く言ってみなさいよ」
すっかり臨戦態勢になったアルルに向かって、モーリスが言う。
「アルルさん、魔法を使うってどんな気持ちなんですか?」
「どんな気持ち、ですって?」
アルルが、きょとんとした表情へと変わる。
「ええ。僕、見てのとおり、何の才能もなくて。今日だって、アルルさん、僕と一緒にいて、いらいらしたでしょ? いいんです。いつもだから。もう慣れっこなので。家族からも、お前は何の役にも立たないっていつも言われて」
モーリスが苦笑いしながら語る。
「僕、いつも親が全部決めるんです。だから、自分で何かを選ぶって、あまりしたことがなくて」
アルルは、先ほどまでのイライラも消え、真っすぐに真剣な目でモーリスを見つめていた。
「今日、この食事会だって、親が決めて。親からはお前にこんなチャンスなんて二度とないから絶対にうまくやれなんて言われて。お前はアルルさんと結婚するんだ、って」
「はあ? なによ? 私は物じゃないのよ!」
アルルが不満を口にすると、モーリスも柔らかな表情で笑い。
「ええ、本当に。失礼ですよ。僕だけならまだしも、アルルさんにまで」
「というか、アンタもアンタよ! そんな何でも人に決められてばっかりで、少しは自分で決めたらどうなのよッ!」
葡萄酒を流し込みながらアルルがモーリスに向かって言う。
モーリスは穏やかに笑いながら答えた。
「そうですね。たまには、自分で決めるのもいいかもしれませんね」
そのまま、モーリスは葡萄酒を口に運び、一口グイっと飲みこんだのち、続ける。
「今日。こうやって、アルルさんとお会いできて本当によかったです。アルルさん、服装も素敵で。きっと今日のためにすごい気合を入れてきてくれたのかなって思って、僕嬉しかったんです」
「……ええ、ま、まあ。別にアンタの為というか…… いいお店に行くのに服装位きちんとしないと失礼でしょう? 大人のマナーよ」
あいかわらず不満げな表情ではあったが、アルルの頬は少し赤くなっていた。
「アルルさん、普段はそんなしゃべり方なんですね」
「はあ? なんか文句あるの?」
「いいえ。僕は素のアルルさんもかっこいいと思いますよ、僕と違って、自分の意見をズバズバと言えるし」
「とげのある言い方ね……」
「……アルルさん。さっき、少しは自分で決めたらどうだって言ってくれましたよね」
「ええ。言ったわよ。それがどうかした?」
「僕、決めました。これからは、自分の人生を自分で決めようと思います」
「……ふん。ようやく分かったのね」
アルルは、少しだけ満足げに笑った。
「はい。だから、今回のお話はお断りします」
「…………は?」
「アルルさんが嫌なわけじゃありません。むしろ、アルルさんは僕が想像していたよりもずっと、素敵な女性で…… 今日お会いできて本当によかったと思っています。でも、結婚するなら、親に決められた縁談ではなく、自分の意思で選びたいんです。だから……」
モーリスの言葉を遮るように、ばあん、とテーブルを叩き、アルルが立ちあがる。
「……ちょっと、待ちなさい! なんであんたのカッコつけのために、私がフラれなきゃならないのよ!」
同時に、店中の人たちの視線がアルルたちへと集まる。
「いや、アルルさん…… だから……」
「なんなのよ! 勝手に! これだから男は! 私がどんな思いで今日……」
とアルルの目から大粒の涙があふれ——
同時に——
「待ちたまえ!」
立ちあがり、高らかに声をあげたレゼリア。
今度は店の客たちの視線がレゼリアと向けられ——
アルルもモーリスもまた、レゼリアを一心に見つめていた。
「レゼリア…… どうして……」
アルルの口が小さく動く。
「レゼリア様! ちょっと……」
変装したローナが慌てて静止するも、今度は店の扉がばあんと開かれ——
「今度は何!?」
店中の注目が、出入口へと向けられる。
そこに立っていたのは、下着姿となったニト。
「ふう! おい、鎧脱いできたぞ! これでいけんだろ!?」
それを見た瞬間、ローナは頭を抱え、深いため息をつく。
ずかずかと、店に入ってくるニト。
皆が注目するなか、ニトはまっすぐにアルルたちのテーブルへと近づいてきて。
「お! どうした! なんか楽しそうじゃねえか!」
「どこがよ…… 乙女が泣いているのに」
少ししゃがれた声で、アルルが返す。
一方のモーリスはというと、状況を全く理解できていないようで。
「え…… え!? どういう!? 勇者レゼリア様? それに戦士ニト様?」
モーリスを放置して、ニトとアルルの会話が続く。
「んで、アルル。うまい食べ物はどこにあるんだ?」
「……バカ。知らない」
「ニト、いまはそれどころじゃ……」
レゼリアがニトに向かって、口を開いたその瞬間——
「お客様」
低いどすの利いた声が響き——
レゼリアも、ニトも、アルルも、ピン、と背筋が伸びた。
背後に立っていたのは、女性の店員。フライパンを複数、まるで阿修羅像のように持ち、魔王のようなオーラを放っていて——
「すまん。私たちはアルルの婚活を……」
と、必死に弁解するレゼリア。
「そう! というか、ここにいるのは、かの有名な勇者レゼリアだぞ!」
と、ニトも必死で取り繕う。
だが。
「勇者だろうが、知りません! お店に迷惑をかける人たちは全員出ていってください! お代は結構です!」
と、レゼリアに向かってフライパンが飛んでくる。
「ひぃ! 逃げるぞ!!」
レゼリアの言葉に、ニトもローナも駆け出し——
アルルは、きょとんとしていたモーリスの手を引く。
「ほら、何をぐずぐずしてるのよ! アンタも早く!」
モーリスは、一瞬戸惑っていたが、すぐに笑顔へと変わり、
「はい」
アルルに手を引かれながら、モーリスもまた出入り口に向かって駆けだす。
「こらー! 二度と来るなー! バカヤロー!」
「ひぃ! おい、フライパンは人に投げるものではないぞ!」
「レゼリア様、あっちです!」
店員の怒声と共に、後ろから次から次へとフライパンが飛んでくる中——
逃げるレゼリアたち一行。
前をかける、レゼリアやアルルの背を見ながら、モーリスは笑う。
「しかし、今日は…… こうやって勇者の皆さんと一緒に逃げることになるなんて…… 想像すらしておりませんでした」
「なに笑っているのよ! だいたい、こんなめちゃくちゃになったのは、アンタのせいでもあるんだからね!」
「ええ、ごめんなさい。だから、アルルさん。もしよかったら、もう一回僕と食事に行ってもらえませんか?」
モーリスが微笑みながら謝る。
「え?」
振り返らないアルル。
だが、その声からは動揺があきらかだった。
「でも、お断りするって……」
「ええ。今日は親が勝手に決めたお話だったので。だから、今度は僕自身の意志で、もう一度アルルさんとお食事に行きたいんです」
「そう…… まあ、考えておくわ」
なおも、モーリスの手を引きながら走るアルルが言う。
「……ところで、さっきの答えだけれど」
「さっきの?」
「そう、魔法を使う時どんな気持ちってやつ」
「ああ……」
モーリスに向かって、アルルは振り返らないまま答えた。
「ちょうど、いまと同じような気持ちよ」
そう言った、アルルの口元は、ほころんでいた。




