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第30話

「……よし。このポジションなら、舞台の奥で立ったまま寝られるな」


王立聖女学院、大講堂の舞台裏。

学園祭の目玉である『クラス対抗・演劇コンクール』の本番を控え、俺は分厚い漆黒のローブに身を包み、禍々しい山羊の角が生えた仮面を被って、一人ほくそ笑んでいた。


今年のウチのクラスの演目は、王道中の王道『勇者と囚われのお姫様』。

当初、クラスの令嬢たちは満場一致で俺を「お姫様役」に推薦してきたが、フリフリのドレスを着て「助けて勇者様ぁ!」などと黄色い声を上げるのは、三十八歳のオッサンの尊厳に関わる大問題だった。


断固として姫役を拒否した俺は、「やるなら一番出番が少なくて、セリフも短い役がいい」と交渉し、結果として物語の最後にチョロッとだけ出てきて勇者に倒される『魔王役』のポジションを勝ち取ったのだ。

ちなみに勇者役は、合同演習ですっかり俺に懐いてしまった騎士学校のエリート、レオンハルトである。


「ヴァル様……本当に、魔王役などでよろしかったのでしょうか……?」

見事なお姫様ドレスを着たアリアが、申し訳なさそうに聞いてくる。


「気にするなアリア。お前の方が絶対にお姫様に向いている。俺は影からこの劇を支えるよ(立ったまま寝るけど)」

「ああっ、女神様! ご自身の美しさを隠してまで、私に花を持たせてくださるなんて……!」


アリアが感動で震える中、ついに劇の幕が上がった。


物語は順調に進み、レオンハルト演じる勇者が数々の困難(クラスメイトが演じるスライムやゴブリン)を打ち倒し、ついに魔王の城へと辿り着く最終シーン。


舞台の中央奥。玉座の前に立つ俺に、スポットライトが当てられた。


「待たせたな、魔王! 貴様の悪行もここまでだ! この勇者レオンハルトが、お前を討ち果たす!」


レオンハルトが、小道具の聖剣(木製で銀紙が貼ってある)をビシッとこちらに突きつける。

会場からは「キャー! レオン様カッコいい!」と黄色い声援が飛んでいる。


(よし、出番だな。適当に凄んで、パパッと倒されて出番を終わらせるぞ。早く帰って寝たいんだ)


俺は、首から下げた『声変わり魔道具(学園長から借りた、声を低くするアイテム)』のスイッチを入れ、三十八年間、辺境の最前線で命のやり取りをしてきた『本物の殺気』を、ほんの少しだけ解放した。


「……よくぞ来たな、小僧」


ズゥゥゥゥゥゥンッ……!!


講堂内の空気が、一瞬にして氷点下まで凍りついた。

魔道具によってドスが効いた地を這うような重低音ボイス。そして、何百という魔物を屠ってきた元・ベテラン騎士の、息が詰まるほどの『本物の死の気配』。


「え……?」

レオンハルトの顔から、スッと血の気が引いた。


「我に剣を向けるということは、己の命をチップにして絶望のテーブルに着くということ……。その覚悟、とうにできているのだろうな?」


俺は黒いローブを翻し、ゆっくりと一歩、前へ出た。

ただ歩み寄っただけ。だが、レオンハルトの「騎士としての本能」が、けたたましい警鐘を鳴らしていた。

『動くな』『逃げろ』『こいつは、絶対に勝てない本物の怪物バケモノだ』と。


「あ……あ、あ……っ」

レオンハルトの足がガクガクと震え出し、手からポロリと小道具の剣が滑り落ちた。

完全に蛇に睨まれた蛙である。ガチでチビる一歩手前だ。


(おいおい、どうしたレオンハルト。早く剣を拾って俺を斬るフリをしろよ。劇が終わらねえだろうが)


俺は早く帰りたい一心で、さらに一歩近づき、仮面の奥からジロリと睨みつけた。


「どうした? 恐怖で足が竦んだか? ならば……我が直々に、貴様の首を刎ねてやろう」


「ヒッ……!! た、助け……降参、降参しますゥゥゥッ!!」

ついにレオンハルトの心が完全にへし折れ、勇者であるはずの彼は、舞台の上で魔王(俺)に向かって綺麗な土下座を決めてしまった。


「……は?」

俺が間の抜けた声を出しそうになった、その時。


ワアァァァァァァァァァッ!!!

大講堂が、割れんばかりの拍手と大歓声に包まれた。


「す、凄い! なんだあの圧倒的な存在感は!」

「ヴァル様だろ!? あの気高く美しい聖女様が、完璧に『絶対悪』を演じ切っている!」

「勇者すらも戦意を喪失させる、真の魔王! なんという大女優だ!!」


審査員の教師たちまでもが、ハンカチで涙を拭いながらスタンディングオベーションをしているではないか。


「違う、俺はただ早く劇を終わらせたくて……」


俺の弁解は拍手喝采に掻き消された。

結局、劇は「勇者が恐怖のあまり屈服し、魔王が世界を支配する」という前代未聞のバッドエンドで幕を下ろしたが、俺の『圧倒的な演技力』が高く評価され、ウチのクラスはぶっちぎりで優勝を果たしてしまった。


「ヴァル様! 素晴らしい悪役ぶりでしたわ!」

「レオンハルト様が本気で泣いてらっしゃいましたよ!」

「……誰か、俺に普通のモブ役をくれ……」

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