第28話
「肉だ。今日は絶対に、腹一杯の肉を食うぞ」
王立聖女学院、広大な中庭。
抜けるような青空の下、今日は学園主催の『青空親睦バーベキュー大会』が開催されていた。
芝生の上にはいくつものグリルが並べられ、令嬢たちがキャッキャと上品に野菜や薄切りの肉を焼いている。
だが、俺の狙いはそんなお嬢様サイズのお上品な肉ではない。
厨房から特別に用意させた(学園長に「スタミナをつけたい」と圧をかけて取り寄せた)、丸太のように巨大な『特級オーク肉のブロック』である。
「これを豪快に丸焼きにして、ナイフで削ぎ落としながら食う……。これぞ野営の醍醐味、男のロマンだ」
俺は袖を捲り上げ、準備万端でオーク肉の前に立った。
しかし、ここで一つ問題が発生した。肉がデカすぎて、備え付けのバーベキュー用の串では到底貫通しきれなかったのだ。
「チッ、これじゃ中まで火が通らねえ。どこかに長くて丈夫な『鉄の棒』はないか……?」
俺が辺りを見回していた、その時だった。
「おお……! なんて神々しい……!」
「あの方が、教会本部の枢機卿様……?」
中庭の入り口から、物々しい護衛の騎士たちを引き連れた、豪華な法衣に身を包んだ初老の男が歩いてきた。教会の最高幹部の一人、ギュンター枢機卿である。
そして、彼に従う騎士たちが「よいしょォォッ!」と気合を入れて運んできたのは、巨大な大理石の岩。
その岩の頂上には、見事な装飾が施された一本の『長剣』が、深々と突き刺さっていた。
「聖女学院の輝かしき乙女たちよ! 私はギュンター枢機卿。本日は、古より教会に伝わる『伝説の聖剣・カリバーン』をお持ちした!」
枢機卿は岩の前に立ち、大仰に両手を広げた。
「この剣は、千年前の初代聖女様が地に突き立てたもの! 『真の神聖力を持つ者』にしか、この岩から引き抜くことはできない! さあ、未来の聖女候補である君たちよ、自らの力を試してみるが良い!」
「まあっ! 私にも抜けるかしら!」
「伝説の聖剣……ロマンチックですわ!」
令嬢たちが次々と岩に群がり、聖剣の柄を握って引っ張るが、剣はピクリとも動かない。アリアでさえ、「ふんすっ!」と力んだものの(筋肉が少し膨張したが)、剣は微動だにしなかった。
「ふむ……やはり、今の時代の若者には、初代様のような奇跡を継ぐ者はいないのか……」
ギュンター枢機卿が、わざとらしく嘆息してみせる。
「しかし案ずるな! 君たちの信仰心が足りないわけではない。この私が、日々の祈りで君たちを導いて……ん?」
枢機卿の視線が、岩の横に立つ一人の少女(俺)で止まった。
俺は、岩に刺さった聖剣を、舐めるように見つめていた。
(……ちょうどいい)
長さ約一メートル。分厚く頑丈な刀身。何より、聖なる金属でできているなら熱伝導率も抜群のはずだ。
「おい、お前。その剣、ちょっと借りていいか?」
「は? 君は一体……」
枢機卿が答える前に、俺は聖剣の柄に右手を掛けた。
「ふっ!!」
スポァァァァァァンッ!!
「えっ」
大理石の岩が豆腐のように崩れ去り、俺の手には、千年間誰にも抜けなかった伝説の聖剣が、あっさりと握られていた。
「な、な、ななな……ッ!?」
ギュンター枢機卿が目玉を飛び出させ、腰を抜かす。
「抜けた!? あ、あんなに軽く……!? バカな、君は一体何者……」
「よし、これで焼けるぞ」
俺は枢機卿の驚愕など完全に無視し、ズンッ! と足元にあった特級オーク肉のブロックに、伝説の聖剣を容赦なくブチ刺した。
「ヒッ!?」
「あ、あああああっ!! せ、聖剣になんてことを!!」
聖なる刀身が、生肉の脂と血でベチャベチャになる。
俺はそのまま聖剣(串)を両手で持ち上げ、燃え盛るバーベキューグリルの豪火の上にドカッと乗せた。
ジュゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!
「おおおっ……! いい音だ! これだよこれ!」
「や、やめろォォォ! 千年の歴史が! 神の御業が、ただの『調理器具』にィィィッ!!」
枢機卿が泡を吹いて倒れそうになるが、護衛の騎士たちもあまりの事態に動けない。
だが、ここで予想外の奇跡が起きた。
火に炙られた聖剣が、熱を帯びるにつれて黄金の『浄化の光』を放ち始めたのだ。
聖剣に宿っていた初代聖女の神聖力が、俺の放つ【超・浄化】のオーラと共鳴。その光がオーク肉の内部にまで浸透し、余分な脂と臭みを完全に消し飛ばし、肉の旨みだけを神の領域(限界突破)まで引き上げていく!
「うおお……なんだこの神々しい匂いは……」
中庭全体が、香ばしくも神聖な、奇跡の肉の匂いに包まれた。
先ほどまで俺を止めようとしていた枢機卿も、その匂いを嗅いだ瞬間、ピタッと動きを止めた。
「完成だ。『特級オーク肉の聖剣焼き』」
俺は焼き上がった肉の塊を聖剣ごと持ち上げ、ナイフで豪快に削ぎ落とした。
溢れ出す黄金の肉汁。外はカリッと、中は極上のレア。
「枢機卿のおっさん、あんたの持ってきた串のおかげで最高に美味く焼けたぜ。ほら、一本(一切れ)食ってみるか?」
俺は削ぎ落とした肉片を、呆然としている枢機卿の口にポンッと放り込んだ。
「モグ……」
ギュンター枢機卿の瞳孔が、カッ! と見開かれた。
「――ッッ!!??」
ズキュゥゥゥゥゥン!!
枢機卿の脳内に、天使のラッパが鳴り響いた(ように見えた)。
「美味い……! なんだこれは! 噛み締めるほどに神の愛が臓腑を満たし、老いた細胞が歓喜の歌を口ずさんでいる! こ、これが……聖剣の真の力……!!」
枢機卿はボロボロと涙を流し、肉汁で口の周りをテカテカにしながら、俺の前に両膝をついて平伏した。
「お見それいたしました……! 伝説の聖剣を、あえて『バーベキューの串』に降格させることで、その内に秘められた真の奇跡(旨味)を解放されるとは! あなた様こそ、千年に一人の器! いや、食の神の化身に違いありません!!」
「「「女神様ぁぁぁぁっ!!」」」
周りの令嬢たち(と護衛の騎士たち)も、枢機卿に倣って一斉に五体投地を始める。
「……いや、だからただデカい串が欲しかっただけで……」
俺は聖剣に刺さった肉にかじりつきながら、青空を見上げた。
伝説の聖遺物をバーベキュー用品にした罰当たりなオッサンは、教会の最高幹部すらも信者に引き入れてしまい、平穏無事な隠居生活からまた一歩、修復不可能なレベルで遠ざかるのだった。




