第24話
「……はぁ、月が綺麗だな。とか言ってる場合か。眠いんだよ、こっちは」
深夜の王立聖女学院。
俺は学園指定の純白のネグリジェ(これもフリル多めで落ち着かない)に身を包み、自室の窓から月を見上げてため息をついていた。
事の始まりは、今日の昼休みに学園の掲示板に貼り付けられた一通の『予告状』だった。
『今宵、聖女学院に眠る至高の宝――聖女ヴァル嬢の、世界で最も美しい「涙」をいただきに参上する。 月下の怪盗シャノワール』
王都を騒がせる、若くて超イケメンと噂の怪盗からのラブレター風の予告状に、学園の令嬢たちは「ロマンチック!」「怪盗様、私を盗んで!」と大盛り上がり。
学園側は警備を強化すると息巻いていたが、俺からすれば迷惑極まりない話だった。
(せっかくの安眠を、キザな泥棒のせいで邪魔されてたまるか。明日も朝から授業なんだぞ)
三十八歳のオッサンにとって、睡眠不足は翌日の腰痛に直結する。
俺は平穏な睡眠を守るため、そして夜中にコソコソ入ってくる野良猫をシバくため、昼間のうちに自室の前の廊下に『砦仕込みの防犯対策』を施しておいたのだ。
ちなみに、その話を小耳に挟んだ歴史教師(狂信者)のユリウスは、「私の聖女様に色目を使い、あまつさえ夜這いをかけようとする不届きな雄め……。四肢をバラバラにして神の肥やしにしてくれる」と、完全に目が据わった状態でどこかへ消えていった。あいつが一番の不審者だと思う。
――キィ……。
深夜二時。俺の部屋の前の廊下の窓が、音もなく開いた。
月光を浴びて室内に滑り込んできたのは、黒いシルクハットにマントを羽織った、噂通りの美形男子だった。
「フッ……厳重な警備を潜り抜け、ついにたどり着いたぞ。さあ、麗しの聖女よ、君のハートを――」
ガシャァァァァァァン!!!
「ぶふっ!?」
怪盗がキザなセリフを吐きながら一歩踏み出した瞬間、俺が天井に仕掛けておいた『砦流・泥棒除けバケツ(中身は鉄屑とガラガラ蛇の抜け殻)』が、ピンポイントで彼の顔面に直撃した。
「な、なんだこの泥臭い罠は……!? 王立学院の警備にこんな野蛮な――」
ピキィィィィィン!!
「グワッ!?」
鼻血を流しながらよろめいた怪盗の足元で、突如として闇色の魔力ワイヤーが起動した。ユリウスが仕掛けた『異端審問用・影縛りの呪詛(物理鉄条網付き)』である。ガチの暗殺用トラップだ。
「ヒィッ!? ワ、ワイヤーが肉に食い込……誰だ、こんな悪魔的な罠を仕掛けたのは!」
「夜這いはお断りだ、この野良猫がァッ!!」
俺は部屋の扉を勢いよく開け、愛用の『モップの柄』を両手で構えて突進した。
「なっ、聖女……!? 君がなぜそんな物騒な棒を――」
「オリャァァァァッ!!」
隙だらけの怪盗の側頭部に、俺の【聖闘気】を極限まで込めたモップの柄が、容赦ないフルスイングで炸裂した。
ドウッ!!!
「あべしっ!?」
美形怪盗シャノワールは、美しい月光の下で綺麗な放物線を描き、そのまま廊下の壁に激突。白目を剥いて完全にノックアウトされた。
「ふぅ……よし、これで明日の睡眠時間は確保されたな」
俺はモップを肩に担ぎ、満足してベッドへと戻った。背後で、闇の中から現れたユリウスが「さすが聖女様、無駄のない一撃……! さあ、この生ゴミの処理は私にお任せを!」とナイフをギラつかせていたが、眠かったので見なかったことにした(命だけは助けてやるよう、釘は刺しておいた)。
翌朝。大講堂の前に、身ぐるみを剥がされ(なぜかピンクのフリルエプロンだけを着せられ)、縄でグルグル巻きにされて吊るされている怪盗の姿があった。
顔はパンパンに腫れ上がり、かつての美形の面影は一切ない。
それを見た令嬢たちは、一瞬の静寂の後、大歓声を上げた。
「見ましたか皆様! ヴァル様が、王都を騒がせる怪盗をたった一人で返り討ちにされましたわ!」
「あんな無残な姿に……! きっと、怪盗はヴァル様の神聖な美しさに目が眩み、自らの罪の重さに絶望して、自らお縄についたのですわ!」
「なんて慈悲深い……! 命を奪わず、あえて恥ずかしい格好をさせて生かすことで、彼の魂を救済されたのですね!」
(違う、エプロンはユリウスの嫌がらせだ。俺はただ、睡眠を邪魔されたくなかっただけだ……!)
俺が遠い目で青空を見上げる中、最強の聖女は『悪を討つ光の執行者』としての名声をさらに高め、平穏なオッサンライフは、またしても遥か彼方へと消え去っていくのだった。




