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第23話

「……よし。やっぱりコルセットより、こっちの方が百倍息がしやすいな」


王立聖女学院、大講堂。

シャンデリアが眩く輝き、優雅なワルツの生演奏が響き渡る中、俺は姿見の前に立って自分の装いを確認していた。


本日は、聖女学院と、隣接する王立騎士学校の生徒たちが交流を深めるための『合同ダンスパーティー』の日である。

当然、令嬢たちは数ヶ月前からドレスの仕立てや美容に余念がなく、今日も色とりどりのフリルや宝石で着飾って気合いを入れまくっている。


だが、三十八歳の元・平騎士である俺に、肩や背中がガッツリ空いたドレスを着て、男(しかも十代の青二才ども)に愛想を振りまくなどという高度なプレイができるわけがない。

「肌が荒れている」という適当な理由をつけてドレスを全力で拒否した俺は、学園長の特別許可を得て、純黒の『燕尾服(男装の礼服)』を着ることに成功したのだ。


銀色の長髪は後ろでスッキリと一つにまとめ、胸元には純白のクラヴァット(ネクタイ)。

聖女ボディの無駄のないスレンダーな体型が、仕立ての良い燕尾服にピタリとハマり、我ながら「宝塚の男役トップスター」みたいな仕上がりになっていた。


「これなら壁際でローストビーフを食っていても不自然じゃない。完璧な作戦だ」


俺が満足げに頷いてホールへ足を踏み入れた、その瞬間だった。


「「「キャアアアアアアアアアアアッ!!」」」


ホール中の令嬢たちの視線が俺に集中し、鼓膜が破れるほどの黄色い歓声が爆発した。


「ヴァ、ヴァル様……っ! なんという……なんという凛々しいお姿……!」

ピンク色の豪奢なドレスを着たアリアが、顔を真っ赤にしてよろめき、クラスメイトに支えられている。

「まるで絵本から抜け出してきた王子様ですわ!」

「女神様じゃありません、今日のヴァル様は、私たちの『騎士様』ですわ!」


(ええ……なんでそうなるんだよ)


目立たず空気に徹するはずが、逆にホールの中心でスポットライトを浴びるハメになってしまった。

しかも、令嬢たちの熱狂に押され、本来エスコート役を務めるはずの騎士学校の男子生徒たちが、完全に蚊帳の外に追いやられている。


「おい、なんだあの生意気な女は。男装などして、神聖なパーティーを舐めているのか?」


その時、苛立ったような声と共に、一人の少年が俺の前にツカツカと歩み寄ってきた。

豪奢な金髪に、高価な騎士の礼服。胸には侯爵家の紋章が輝いている。いかにもプライドが高そうな、騎士学校のエリート令息だった。


「俺はレオンハルト・フォン・クライス。騎士学校の首席だ。おい、そこの男装女。君のそのフザケた格好、俺が直々にダンスの『真髄』というものを教えて、恥をかかせてやろう。俺のリードについてこれるか?」


レオンハルトは挑戦的に鼻で笑い、これ見よがしに俺に向かって手を差し出した。


(はぁ……面倒くさいガキだな。三十八歳のオッサンを相手にマウント取りたいのか)


適当に足を踏んで泣かしてやろうかとも思ったが、ここで騒ぎを起こせばまた目立ってしまう。

「……お手柔らかに頼みますよ、レオンハルト卿」

俺は諦めて、彼の取ろうとした手を取り――その瞬間、俺の『元・騎士』としての本能が完全に目覚めた。


ダンスのステップとは、要するに『重心移動』と『間合いの管理』である。

剣術の足捌き(フットワーク)と全く同じなのだ。


「えっ……!?」


レオンハルトが俺をリードしようとした瞬間、俺は三十八年間培った滑らかな体捌きで、逆に彼の重心を完全にコントロール下(俺のリード)に置いた。

そのまま彼の腰にそっと手を添え、背筋をピンと伸ばし、ワルツの三拍子に合わせて優雅に、かつ力強くフロアを滑り出す。


「な、なんだお前!? なんで女のお前が男役のリードを……わわっ!」

「レオンハルト卿。背筋に力が入りすぎだ。肩の力を抜け。女性をエスコートする時は、もっと視線を遠くに置き、相手に安心感を与えるんだ」

「ふぇっ!?」


俺は低い声(オッサン特有の落ち着き)で囁きながら、若造の腰をグイッと引き寄せ、完璧なターンを決めた。

ヒュンッ! と燕尾服の裾が美しく翻る。


若い頃、王都の晩餐会で歴戦の先輩騎士たちが令嬢たちをスマートにエスコートしていた、あの『大人の余裕』を完全再現したのだ。


「あ……あっ……」

レオンハルトの顔が、みるみるうちに沸騰したように真っ赤に染まっていく。

俺の圧倒的な包容力と、ブレのない完璧なリード。男であるはずの彼が、完全に『お姫様扱い』されてしまっている。


「良いステップだ。その調子で力を抜けば、もっと上手くなるぞ」

俺がクスッと(オッサン特有の渋い笑みで)微笑みかけると。


「……ッッ!!」

レオンハルトは完全に限界を迎え、瞳を潤ませてコクリと小さく頷いた。

(よし、大人しくなったな)


曲が終わり、俺が優雅にお辞儀バウをすると、ホールは一瞬の静寂の後、割れんばかりの拍手喝采に包まれた。


「素晴らしいわ、ヴァル王子!」

「私とも! 私とも踊ってくださいませ!」

令嬢たちが目をハートにして殺到してくる。


「待て! 次は俺だ! 俺もリードしてくれ!」

「いや、俺のステップを見てくれ、ヴァル様!」

なぜか騎士学校の男子生徒たち(レオンハルト含む)まで、頬を赤らめて順番待ちの列に並び始めたではないか。


「……は?」


結局その夜、俺は壁際のローストビーフを一口も食うことができず、令嬢たちと、なぜか騎士学校の男子たちまでもを次々と完璧にエスコートし続けるハメになった。


「誰か……俺の胃袋に肉を……」


最強の聖女は、新たに『王立学院の王子様』という不名誉すぎる称号を獲得し、男装の燕尾服で性別問わず全員をメロメロ(逆ハーレム状態)にしてしまったのだった。

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