第22話
「……ん? なんだ、あの視界を破壊するようなバグは」
王立聖女学院、昼休みの渡り廊下。
午後の授業に向けて優雅に歩いていた俺の足が、ピタリと止まった。
数十メートル先、大理石の柱の陰から、こちらをジッと見つめる『二つの巨影』があったのだ。
一人は、身長二メートル近い筋骨隆々の大男。
もう一人は、日に焼けた精悍な顔つきの若者。
問題なのは、その二人が『特注サイズの、パッツンパッツンの女子生徒用制服(フリル多め)』を着込み、頭に金髪とピンクのお下げのウィッグを被っていたことだ。
特に大男の方は、制服の胸元から剛毛がはみ出し、青ヒゲの残る顎には無理やりチークが塗られている。完全に、深夜の歓楽街でもお目にかかれないレベルの『地獄の女装』だった。
「ヴ……ヴァルちゃ……いや、ヴァルお姉様ッ!!」
「うおおおおッ! 会いたかったッス、ヴァルちゃあああん!!」
ピンクのお下げ(ルッツ)と、剛毛セーラー服(ゴルド小隊長)が、涙と鼻水を撒き散らしながら地響きを立てて突進してくる。
「ヒッ!?」
俺は悲鳴を上げそうになるのを必死に堪え、凄まじい脚力で二人を迎え撃ち、そのまま首根っこを掴んで近くの空き教室(用具室)へと強引に引きずり込んだ。
「お前らァァァッ! 何やってんだこんな所で! しかもなんだそのフザケた格好は!」
俺が扉に鍵をかけ、小声で怒鳴りつける。
「ひっぐ……だ、だって! ヴァルちゃんが急にいなくなって、砦の士気は崩壊寸前なんスよ!」
「そうなんだ! 男ばかりの砦で、唯一のオアシスだった君を奪われ……俺たちは夜も眠れず、こうして『転入生』として潜入するしかなかったんだ!」
「門番の目を誤魔化すために、王都の闇金で特注の制服まで作ったッス!」
「誤魔化せてねえよ! 完全な不審者だろ! ていうかゴルド小隊長、ヒゲ剃れよ!」
頭を抱える俺。砦のむさ苦しい連中から解放されたと思ったら、愛が重すぎるあまり物理的な壁(国境警備レベル)を突破してきやがった。
「さあヴァルちゃん、こんな窮屈な学園は捨てて、俺たちと一緒に砦に帰――」
ゴルドが俺の手を引こうとした、その時だった。
「――汚らわしい豚共が。気安く私の女神に触れるな」
空き教室の窓枠に、いつの間にか一人の男が立っていた。
純白のスーツに黒縁メガネ。歴史教師に変装した狂信者、ユリウスだ。その両手には、すでに暗殺用の聖銀の短剣が握られている。
「ユリウス!? お前、なんでここに……」
「愛の気配を辿ってきました。……それにしても、辺境の薄汚い野良犬どもが、あろうことか神聖なる学園に足を踏み入れ、あまつさえ至高の聖女様を誘拐しようとするとは」
ユリウスのメガネの奥の瞳が、絶対零度の殺意に染まる。
「あぁ? なんだテメェ、優男が。ヴァルちゃんに近づいていいのは、砦で寝食を共にした俺たちだけだ!」
ゴルドが野太い声で凄み、セーラー服の袖を破り捨てて極太の丸太のような腕を構えた。
「そうだッス! ヴァルちゃんの淹れてくれた泥水みたいなコーヒーの味も知らない新参者が、デカい口叩くんじゃねえッス!」
ルッツも腰から野戦用のククリナイフを抜く。
「……泥水みたいなコーヒーだと? そんな極上の聖水を、貴様らのような下等生物が味わったというのか……ッ!」
ユリウスの額に、青筋がピキピキと浮かび上がる。
「許さん……! 万死に値する! ここで肉片一つ残さず浄化してやる!!」
「やれるもんならやってみろ! 砦の男の力、見せてやる!」
狭い用具室の中で、異端審問局の最強の暗殺者と、辺境砦の歴戦の猛者(女装)による、血で血を洗う殺し合いが始まろうとしていた。
(や、やめろォォォォォッ!!)
俺の平穏な学園生活が、こんなオッサンと変態の痴話喧嘩で終わってたまるか!!
「【神罰・千刃の舞】!!」
ユリウスが無数の短剣を投擲する。
「【砦流・獣王ラリアット】!!」
ゴルドが闘気を纏った剛腕を振り回す。
――その激突の寸前。
俺は、床に落ちていた『モップの柄』を足で蹴り上げ、両手で握り締めた。
そして、三十八年間の人生で培った【全闘気】と、聖女ボディの【神聖力】を完全にミックスさせ、極限のスピードで二人の間に割り込んだ。
「大人しく……」
パァンッ!!
モップの柄がしなり、ユリウスの放った無数の短剣を、空中で全て正確に叩き落とす。
「え?」
ユリウスが目を見開く。
「……帰れェェェェェェッ!!」
そのままの勢いで、モップの柄を回転させ、ゴルドの鳩尾と、ユリウスの顎先、さらにルッツの延髄に、目にも留まらぬ三連撃を叩き込んだ。
「ゴハッ!?」
「あぐぅッ……!」
「ヴァルちゃ……ん……」
ドサッ、ドサッ、バタンッ!
歴戦の猛者三人が、一瞬にして白目を剥き、狭い用具室の床に折り重なって倒れ伏した。
「はぁ……はぁ……」
モップを持ったまま息をつく俺。
危なかった。少しでも手加減を間違えれば、教室の壁が吹き飛び、学園中に「女装した不審者と教師が殺し合いをしていた」というスキャンダルが広まるところだった。
「……あ。女神様?」
その時、用具室の扉がガチャリと開き、アリアと数人のクラスメイトが顔を覗かせた。
「お姿が見えないと思ったら、こんなところに……キャアッ!? なんですか、この倒れている大男たちとユー先生は!?」
「あ、アリア! 違うんだ、これは……!」
俺がモップを隠しながら必死に言い訳を考えた、その瞬間。
アリアの目が、カッ! と見開かれた。
「……分かりましたわ。この者たち、女神様の美しさに嫉妬した他国の暗殺者ですね! それを女神様が、たった一本のモップで、音もなく無力化されたと!」
「え? いや、暗殺者じゃなくて――」
「なんという慈愛! なんという強さ! ユー先生は巻き込まれてお倒れになったのですね! さすが女神様、殺し屋相手でも命を奪わず、ただ気絶させるだけにとどめるとは!」
「「「女神様ぁぁぁぁっ!!(感涙)」」」
またしても女子たちの狂信フィルターが発動し、女装したゴルドたちは『醜い姿に扮した卑劣な暗殺者』として処理されてしまった。
結局、ゴルドとルッツは「不審者」として王都の警備隊に引き渡され(頑丈なので無傷だったが)、ユリウスは保健室のベッドに縛り付けられた。
俺はため息をつきながら、また一歩、伝説の『武闘派聖女』としての名声を高めてしまったことに、静かに絶望するのだった。




