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第21話

「甘い……甘すぎる。俺の胃袋は限界だ」


王立聖女学院、家庭科室。

パステルカラーの可愛らしいフリルエプロンを身に着けた俺は、充満する砂糖とバニラエッセンスの匂いに、静かに絶望していた。


今日の家庭科は『お茶会のためのお菓子作り』。

クラスの令嬢たちは、班ごとに分かれてマカロンやシフォンケーキを焼いたり、生クリームを泡立てたりと、キャッキャウフフの乙女空間を満喫している。


だが、三十八歳のオッサンの胃袋は、学園の優雅すぎる食生活に完全に悲鳴を上げていた。

朝は焼き立てのクロワッサン、昼は上品な白身魚のポワレ、夜は小鳥の餌のような美しいコース料理。

違う。俺が食いたいのはそんなシャレたもんじゃない。

濃い味のタレ! 滴る脂! そして、ガツンと鼻に抜ける強烈なニンニクの香り!


「もう我慢できねえ……今日こそ、俺のソウルフードを叩き込んでやる!」


俺は用意されていた製菓材料を無慈悲に押し除け、昨夜のうちに厨房からこっそりくすねてきた(もとい、学園長権限で融通してもらった)『豚バラ肉のブロック』と『大量のニンニク』、そして『山盛りのキャベツ』を調理台にドンッと置いた。


「め、女神様? その……茶色くて臭いのキツイ植物は、一体……?」

同じ班のアリアが、ニンニクを見て目を丸くしている。


「アリア、よく見ておけ。これこそが、労働者の魂……真の『スタミナ回復食』だ!」


俺は中華包丁(持参)を握り、凄まじい手つきでニンニクをみじん切りにし、豚バラ肉を分厚くスライスした。

そして、熱した巨大な鉄フライパンにラードをぶち込み、肉とニンニクを一気に炒める!


――ジュゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!


「きゃあっ!?」

「な、なにこの強烈な匂い!?」


家庭科室の甘い香りが、一瞬にして『場末の大衆食堂(ガード下)』の匂いに上書きされた。

醤油と焦げたニンニク、そして豚の脂が焼ける暴力的な匂いが、換気扇の処理能力を超えて教室中に充満する。


「め、目が痛いですわ! なんだか野蛮な匂いが……!」

上品な令嬢たちがむせ返り、涙目になっている。


(しまった、やりすぎたか……!)

だが、今さらフライパンを振る手は止められない。俺の食欲が完全に理性を凌駕していた。

強火で一気にキャベツを投入し、塩コショウと特製ダレで味を整える。


その時だった。

俺の『どうしても美味い男飯を食いたい』という強烈な執念が、またしても聖女ボディの【超・浄化】と【神聖力】を無意識に発動させてしまった。


フライパンの中の「茶色い野菜炒め」が、突如として眩い黄金色の光を放ち始めたのだ。


「えっ」

俺が呆然とする中、ニンニクの刺激臭は『魂を奮い立たせる神聖な芳香』へと変化し、豚の脂は『全ての疲労を消し飛ばす奇跡の霊薬』へと昇華された。


「完成だ……『究極神聖・超ニンニクスタミナ豚野菜炒め』……」

俺はフライパンから山盛りの炒め物を大皿に移した。それは最早ただの料理ではなく、後光が差している伝説のアイテムのようだった。


「なんという神々しい光……そして、このお腹の底から何かが湧き上がってくるような香り……!」

アリアが、生クリームの入ったボウルを放り出し、フラフラと大皿に引き寄せられてきた。


「女神様、この至高の御料理……私めが毒見をしてもよろしいでしょうか?」

「毒見って……まあ、食べるならどうぞ」


アリアはフォークを手に取り、黄金に輝く豚肉とニンニクをパクリと口に含んだ。


「…………ッッ!!」


瞬間、アリアの瞳孔がカッ! と見開かれた。

「アリア様!?」

「大丈夫ですか!?」


「う、おおおおおおおおっ……!!」

アリアは突然、令嬢らしからぬ野太い雄叫びを上げた。

「美味い! なんですのこの噛みごたえ! 溢れ出す肉汁が、全身の細胞を弾けさせるように駆け巡りますわ!! そして何より……力が、無限のパワーが湧き上がってきます!!」


ビリッ!

アリアの制服のブラウスの袖が、パンプアップした上腕二頭筋によって弾け飛んだ。


「なっ!?」

俺は目を剥いた。なんだあの筋肉!?


「私にも! 私にも女神様の『力』をお与えください!」

「私もいただきますわ!!」


匂いに当てられた他の令嬢たちも、我先にとスタミナ炒めに群がり、次々と口に運んでいく。

そして、家庭科室は異常事態へと突入した。


「フンッ! ハッ!」

「力が有り余って……シフォンケーキの生地を、素手で秒間百回かき混ぜられますわ!!」

「見てください! 鉄のフライパンを素手で曲げられました!! これが女神様の御力!!」


ニンニクスタミナ男飯(神聖バフ全開)を食った令嬢たちは、全員が顔を真っ赤にして凄まじい筋力と活力をみなぎらせ、スクワットを始めたり、シャドーボクシングを始めたりと、完全に『熱血武闘派集団』と化してしまったのだ。


「うそだろ……俺の男飯が、ドーピングアイテムになった……?」


その地獄絵図の真っ只中。

「はっはっは! ここから凄まじい神気と、聖女様の愛の匂いがすると思ったら!」


天井の通気口の蓋がバンッ! と吹き飛び、白スーツ姿の男――変装した歴史教師のユリウスが降り立ってきた。

お前、家庭科室の天井裏に潜んでたのかよ!


「このユー・リーウス! 聖女様の手料理とあらば、地の果てからでも駆けつけます!」

ユリウスは俺が味見用に残していた小皿の野菜炒めを、目にも留まらぬ速さでかっ喰らった。


「ンンンンンンンッ!! 聖女様のニンニクが!! 臓腑に染み渡るゥゥゥゥッ!!」


『バチィィィィィィンッ!!!』


ユリウスの着ていた白スーツが、内側から膨張した異常な筋肉によって木端微塵に弾け飛んだ。

「おおおお! 私は今、無敵だ! このまま教会の老害どもを単身で殴り倒してこようぞ!!」

上半身裸(ネクタイだけ残っている)のマッチョと化したユリウスが、謎のポーズを決めながら叫ぶ。


「先生、抜け駆けはずるいですわ! 私と腕相撲で勝負しなさい!!」

「上等! 聖女様の愛を一番受け取ったのはこの私だ!」


(もうめちゃくちゃだ……)


甘い香りが漂うはずのお菓子作りの授業は、異常な筋肉と汗、そしてニンニクの匂いが充満する『地下格闘技場』へと成り果てた。


俺は一人、教室の隅で膝を抱えた。

「……ただ、美味い肉とニンニクが食いたかっただけなのに」


俺の平穏なオッサンライフの夢は、マッスルポーズを決める令嬢たちと狂信者の熱気に飲まれ、完全に彼方へと消え去っていったのだった。

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