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第17話


「……スースーする」


王立聖女学院、特別応接室。

全面鏡張りの部屋で、俺は自分の姿を見下ろし、三十八年間の人生で最も深い絶望を味わっていた。


純白のブラウスに、大きな青いリボン。

そして、歩くたびにフワフワと揺れる、膝上丈のチェック柄のプリーツスカート。


「ど、どうしてこんな布きれみたいな短いスカートなんだ……! 股の下を風が吹き抜けて落ち着かねえ!」

俺が必死にスカートの裾を下に引っ張っていると、ソファで紅茶を飲んでいた学園長(見た目二十代美女)がクスリと笑った。


「お似合いですよ、ヴァル嬢。それが我が学院の伝統ある制服です。……さあ、間もなくホームルームの時間です。転入生として、皆に挨拶を」

「学園長、やっぱり俺、辺境に帰っていいか? そもそも三十八のオッサンが女子高生に混ざるなんて、犯罪の匂いしか……」

「おや? 毎日美味しい三食のフルコースと、最高級のふかふかベッドがある完全個室生活を捨てて、あのむさ苦しい砦に帰るおつもりで?」


「……行きます」


即答だった。

羞恥心より、オッサンの「快適な老後(のような生活)」への欲求が勝ったのだ。スカートの短さは気合いで慣れるしかない。


学園長に連れられ、磨き上げられた大理石の廊下を歩く。

すれ違う生徒たちは皆、良家のお嬢様ばかりで、キャッキャと華やかな声を上げている。

(うおお……すげえ。いい匂いがする。これが本物の女子校か……)

オッサンとしてはテンションが上がるシチュエーションだが、今の俺は『見られる側(同級生)』である。変な汗が止まらない。


「ここが、あなたのクラス。学院でもトップクラスの魔力を持つエリートたちが集まる特待生クラスです」


学園長が重厚な木製の扉を開けた。

瞬間、教室中の視線が一斉にこちらに集まる。

三十人ほどの美少女たちの視線を一身に浴び、俺はガチガチに緊張しながら教壇に立った。


「皆、静粛に。今日からこのクラスに編入することになった、ヴァルさんです。彼女は特別な事情を抱えた非常に『尊き方』。失礼のないように」


学園長がそう紹介すると、教室がざわめいた。

「銀髪……なんて美しいの……」

「でも、どこの貴族のご令嬢かしら? 見たことないわ」


(よし、ここは大人しく、控えめで平凡な挨拶をキメて、モブ生徒として平穏な学園生活を送るんだ!)


俺はコホンと咳払いし、精一杯の「可憐な少女の声(裏声)」を出した。


「は、はじめまして。ヴァルです。えっと……田舎の方から来ました。その、よろしく……お願いします」


完璧だ。少し人見知りな田舎娘を完全に演じ切った。

これで誰も俺に深入りしないはず――。


「……あ。ああ……っ!!」


その時、教室の一番前の席から、ガタッ! と激しい音が響いた。

見ると、金髪を縦ロールにした、いかにも気が強そうな美少女が、立ち上がってこちらを指差していた。

間違いない。先日、大浴場の全裸(タオル一枚)スニーキングミッションの時に遭遇した、学園首席の『アリア』だ。


アリアは信じられないものを見るように目を丸くし、そして全身をワナワナと震わせ始めた。


「その白百合のような芳香! 規格外の神聖力! そして何より、その神々しいまでの銀髪……!!」

「あ、アリアさん……? な、何言って……」

俺が引き攣った笑いを浮かべる間もなく、アリアは教壇に駆け寄り、なんと俺の足元にドサァッと両膝をついたのだ。


「ア、アリア様!?」

「首席のアリア様が、転入生に土下座を!?」

教室中の女子たちが悲鳴を上げる。


「お、おいアリア! 立てって! なんで膝なんかついて……!」

「おお……!! まさか、この学園の制服をお召しになられるとは! 私のような未熟者の前に、再びその御姿を現してくださるなんて……!」


アリアは俺のスカートの裾を恭しく掴み、目に感動の涙を浮かべて叫んだ。


「皆様! 頭を垂れなさい!! このお方は、数日前の夜、我が学園の大浴場に降臨され、ただのお湯を『奇跡の霊泉』へと変えられた、真なる女神様ですわ!!」


(やめろォォォォォォォォッ!!)


俺の心の絶叫が木霊する。

モブとして生きる計画が、開始三分で木端微塵に粉砕された瞬間だった。


「め、女神様……?」

「アリア様がそこまで仰るなんて……」


クラスメイトたちがざわめく中、俺は必死に誤魔化そうとした。

「ち、違う! 人違いだよ! 私はただの田舎娘で……そう、ただのオッサ……いや、村娘で!」


焦った俺が両手を振って否定した、その時だった。

俺の極度のストレスに反応し、聖女ボディが無意識に【超・浄化】のオーラを放ってしまった。


――ファサァッ……。


俺の体から、目に見えるほどの純白の光の粒子が波紋のように広がり、教室全体を包み込んだ。

「きゃっ!?」

「な、なにこれ……?」


光の波を浴びた少女たちが、次々と自分の顔や手に触れて驚きの声を上げる。


「嘘……昨日からできてたニキビが、一瞬で消えたわ!」

「私なんて、寝不足のクマが完全に無くなってる! 肌が信じられないくらいツルツルよ!」

「ああ、なんて神聖で心地よい気配なの……心が洗われるようだわ……」


教室は一瞬にして、最高級のエステサロンを施されたかのような『美容と癒やしの奇跡』に包まれた。


「ほ、ほら見なさい! これが女神様の御力ですわ!」

アリアがドヤ顔で立ち上がり、クラスメイトたちに向かって両手を広げた。


「女神様は、我々のような小娘にも等しく慈愛と『美肌』を与えてくださるのです! さあ、皆様も女神様を讃え、祈りを捧げましょう!!」


「「「女神様ぁぁぁぁっ!!(崇拝)」」」


バタバタバタッ!!

なんと、誇り高き貴族の令嬢たちが三十人揃って、俺に向かって一斉に土下座(正確には祈りのポーズ)をし始めたではないか。


「学園長! 止めてくれ! 俺は普通に学校生活を……!」

俺が助けを求めて振り返ると、学園長は自分の頬をスリスリと撫でながら、恍惚とした表情を浮かべていた。


「あぁ……素晴らしいわ、ヴァル嬢。今の一瞬のオーラだけで、私の肌年齢がさらに半年若返りました。……ふふふ、さあ皆、女神様を崇めなさい」


(こいつも駄目だ!! 完全に私欲で動きやがって!!)


「もう嫌だ……」

俺は教壇の上でガクリと膝をついた。


むさ苦しい男たちの過激派ファンクラブから逃れてきたはずだった。

しかし、ここ『王立聖女学院』で俺を待っていたのは、首席を筆頭とする「狂信的な乙女の園(美肌教団)」だったのだ。


三十八歳のオッサンの、平穏な個室ライフの夢は、入学初日にして早くも崩壊の音を立てていた。


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