第16話
「……嘘だろ。なんでこんなことになってんだよ」
ドワーフの強命酒による大失態から数日後。
俺は辺境砦の中庭で、絶望の淵に立たされていた。
砦の門前には、王都の紋章を掲げた白馬の馬車が数台停まっており、きらびやかな鎧を着た聖騎士たちがズラリと整列している。
そして俺の目の前には、二人の厄介極まりない人物が立っていた。
一人は、純白の法衣に身を包んだ、厳格で冷酷そうな初老の男。
教会の最高権力者の一人、異端審問局の局長『マクシミリアン』。
そしてもう一人は、豪奢な黒いドレスを着た、二十代前半に見える異常に肌ツヤの良い美女。
先日俺が全裸スニーキングミッションでお湯を若返りの霊泉に変えてしまった、王立聖女学院の学園長『マーガレット』である。
「間違いない。この辺境から放たれた建国神話クラスの大規模浄化……そして、我が部下ユリウスを狂信者に変え、学院の霊泉を生み出した奇跡の神聖力。すべて、この銀髪の少女が源泉だったか」
マクシミリアン局長が、鷹のような鋭い目で俺を値踏みする。
「お聞きなさい、名もなき聖女よ。貴女のその力は、あまりにも強大で危険すぎる。直ちに我らと共に王都の教会本部へ赴きなさい。貴女には『白亜の塔』の最上階に生涯留まり、俗世との一切の関わりを絶って、祈りだけを捧げる生活を送っていただきます」
(出たァァァァッ! 一生幽閉の刑!!)
俺は心の中で絶叫した。
「ち、ちなみに……その塔での食事とか、どうなるんでしょうか……?」
「神聖な器である貴女に、俗物の穢れを入れるわけにはいきません。食事は一日一回、清められた水と固いパンのみ。当然、酒や肉などという不浄なものは一切口にすることを禁じます」
(絶対に嫌だ!! そんなのオッサンの俺にとっては死刑宣告と同じじゃねえか!!)
俺が青ざめて後ずさりした、その時だった。
「お待ちください、局長。その娘を教会の鳥籠に閉じ込めるなど、言語道断ですわ」
マーガレット学園長が、優雅な足取りで俺と局長の間に割って入った。
「彼女は粗野な辺境の砦で育ち、自分の力の制御すらできていないただの少女。そんな状態で塔に幽閉すれば、いずれ力が暴走して王都を吹き飛ばしかねませんわ。まずは我が『王立聖女学院』で、正しい教養と魔力制御を学ばせるのが筋というものでしょう?」
「学園長……! 貴様、この奇跡の存在を独占し、学院の権力を強めるつもりだな!?」
「あら、人聞きの悪い。私はただ、教育者として迷える子羊を導きたいだけですわ」
火花を散らす権力者二人。
その裏で、マーガレット学園長は俺の方を振り向き、誰にも聞こえない声でボソッと囁いた。
「(……女神様。いや、ヴァルさんと言いましたね。貴女、教会に連行されれば一生水とパンだけの生活ですよ。でも、もし私の学院の生徒になってくれるなら……『特別待遇』をお約束しますわ)」
「(と、特別待遇……?)」
「(ええ。個室の寮部屋を与え、毎日の食事にはこっそり極上の肉料理と、最高級のワインをお付けしましょう。……その代わり、週に一度だけ、深夜に学院の大浴場に入っていただく。それだけで結構ですの)」
(……この女、完全に『アンチエイジングの霊泉』目当てだ!!)
だが、俺の心はすでに決まっていた。
水とパンだけの一生か。
それとも、週一で風呂に入るだけで肉と酒が確約された女子校生活か。
三十八歳のオッサンとして、美少女だらけの花園(女子校)に放り込まれるという倫理的なヤバさはあるが、背に腹は代えられない。
「き、決めた! 俺……いや、私、学校に行きます!! 聖女学院で、お友達といっぱいお勉強したいです!!」
俺は学園長の手をガシッと握り、あざとさ全開の作り声で宣言した。
マクシミリアン局長が「なっ!?」と絶句する。
「うふふ、決まりですわね。教会の横暴から、この子は私が保護いたします」
学園長が勝ち誇ったように微笑んだ。
「お、お待ちくださいヴァルちゃん!!」
「俺たちを置いていくんですか!? 嫌だ、ヴァルちゃんのいない砦なんて、ただの汗臭いオッサンの集会場じゃないか!!」
ゴルド小隊長とルッツが、ボロボロと涙を流しながらすがりついてくる。
「聖女様……! ああ、なんという慈悲。私怨に塗れた教会本部を避け、清らかな学び舎を選ぶとは……! ご安心ください、私もすぐに教師として……!」
「ユリウス特務執行官。貴様には、長期間の任務放棄と越権行為のペナルティとして、北の果ての修道院で三年の懲罰任務を命じる」
「…………え?」
ユリウスはマクシミリアン局長から非情な宣告を受け、真っ白に燃え尽きた。
(よし! 過保護なむさ苦しい連中とも、ヤバいストーカーともこれでお別れだ! 俺は学園で、肉と酒に囲まれた優雅な引きこもり生活を送ってやる!!)
俺は心の中でガッツポーズを決め、砦の仲間たち(元同僚)に盛大に手を振って、学園長の馬車へと乗り込んだのだった。
***
――数日後。王立聖女学院、特別更衣室。
「…………」
全身鏡の前に立つ俺は、完全に魂が抜けた顔をしていた。
鏡に映っているのは、フリルとリボンがふんだんにあしらわれた、白と淡いブルーの可憐な『聖女学院の制服』。
膝上丈のプリーツスカートからは白く細い足が伸び、銀色の髪は清楚なハーフアップに結い上げられている。
どこからどう見ても、息を呑むほど可憐な『深窓の令嬢』である。
(……キッツい。精神的にキッツい……)
三十八歳の元平騎士。
まさかこの歳になって、女子中高生と同じ制服(しかも超ヒラヒラ)に袖を通す日が来るとは。
肉と酒のためとはいえ、自分の姿の破壊力に羞恥心で死にそうになる。
「あら、とってもよくお似合いですわよ、ヴァルさん」
更衣室に入ってきたマーガレット学園長が、目を細めて拍手をした。
「今日から貴女は、我が学院の特待生です。さあ、全校生徒が貴女の歓迎会のために大講堂でお待ちかねですわ。行きましょう?」
「……はい」
俺はスカートの裾を必死に押さえながら(スースーして落ち着かないのだ)、重い足取りで更衣室を出た。
大講堂の扉が開かれた瞬間、数百人の令嬢たちの視線が一斉に俺に突き刺さった。
「まぁ……なんて美しい方……」
「まるで、おとぎ話の精霊のようですわ……」
ざわめく少女たち。
その最前列で、首席の証である腕章をつけた少女――あの日、俺の全裸を風呂で拝み倒していたアリアが、感動のあまり両手を組んでポロポロと涙を流しているのが見えた。
(……なんか、砦の野郎どもとは違う意味で、とんでもなく面倒くさい場所に来ちまった気がする)
俺の予感は的中することになる。
最強のポンコツ聖女(中身オッサン)の、波乱に満ちた『女子校編』が、ここに幕を開けたのだった。




