第14話
「……お腹、タプタプする」
昨夜の自暴自棄カミングアウト(という名の公開ギャップ萌えお披露目会)から一夜明けた朝。
俺は医療テントのベッドで、どんよりとした顔で丸まっていた。
二日酔いならまだマシだった。
限界までエールを煽ったはずなのに、体内で全部『甘露(聖水)』に浄化されてしまったため、アルコールは一切回らず、ただ単に水分を摂りすぎてお腹が苦しいだけという地獄のような朝を迎えていたのだ。
「もうやだ……酒も飲めねえ、正体も信じてもらえねえ……俺の居場所なんてどこにもないんだ……」
毛布を頭から被り、完全な引きこもりモードに突入した俺。
その時だった。
『ジリリリリリリリリリリリリッ!!!!』
砦全体を揺るがすような、かつてないほどけたたましい警鐘が鳴り響いた。
歓待の角笛ではない。間違いなく、最上級の魔物襲来を知らせるエマージェンシーだ。
「な、なんだ!? 朝っぱらからうるせえな!」
俺が毛布を跳ね除けた直後、ゲラン爺さんが血相を変えてテントに飛び込んできた。
「バ、バルド! 大変じゃ! 魔の森の奥から、とんでもない数の『アンデッド(不死者)』の群れが砦を取り囲みおった!」
「アンデッド!? なんであんな森の奥に引きこもってる連中が、こんな辺境砦まで出てくるんだよ!」
「お前さんのせいじゃアホウ!!」
ゲラン爺さんが俺の頭を丸めた羊皮紙でひっぱたいた。
「お前がこの数日で、拷問部屋をお花畑にし、エールを霊泉に変え、無駄に極上の聖気を撒き散らしたじゃろ! その圧倒的な『生と聖のエネルギー』に引き寄せられて、死の気配を好むアンデッドの王が、本能的に潰しに来たんじゃよ!」
「俺のせいかよ!?」
「とにかくお前は絶対に外に出るな! ここで大人しく震えとれ!」
そう言い残し、ゲラン爺さんは負傷者の受け入れ準備のために走り去ってしまった。
外からは、剣と剣がぶつかる音や、爆発音、そして男たちの怒号が聞こえてくる。
『押し返せェ! 砦の壁を越えさせるな!』
『クソッ、斬っても斬っても起き上がってきやがる!』
『ヴァルちゃん(聖女様)には指一本触れさせるなぁっ!』
テントの隙間からそっと外を覗くと、空は禍々しい黒雲に覆われ、砦の防壁の外には、骨の戦士や腐肉の鬼がアリの群れのように押し寄せていた。
ゴルド小隊長が大斧を振り回し、ルッツが剣を振るっている。
さらに、特務執行官ユリウスが宙に浮きながら、光の魔法でアンデッドを薙ぎ払っているが、敵の数が多すぎる。
そして、敵陣の最後尾には、ボロボロの黒いローブを纏い、禍々しい杖を持った骸骨の王――リッチが浮かんでいた。
『ギギギ……眩シイ……。コノ砦カラ放タレル、忌マワシキ光ノ源……我ガ深淵ノ闇デ、飲ミ込ンデクレル……!』
リッチが杖を掲げると、地面から無数の瘴気の触手が伸び、砦の門を破壊しようと迫る。
「くそっ、このままじゃ砦が突破されちまう!」
俺は爪を噛んだ。
俺の正体は、三十八歳の歴戦の騎士だ。十年間、この砦を守るために仲間たちと命を張ってきた。
自分のせいで魔物を引き寄せておいて、仲間が血を流しているのをテントの中で震えて見ているなんて、俺のオッサンとしてのプライドが絶対に許さなかった。
「……うるせえ」
俺は低い声で呟いた。
酒が飲めないストレス。正体を信じてもらえないストレス。そして、朝っぱらから俺の睡眠(と引きこもり生活)を邪魔する骨の群れ。
「うるせえんだよ!! 俺は今、最高に機嫌が悪いんだよ!!」
俺はベッドから飛び起きると、武器になりそうなものを探した。
だが、ここは医療テントだ。剣も槍もない。
目に止まったのは、入り口の隅に立てかけられていた『掃除用の長い木のモップ』だった。
「これだ!」
俺はモップをひっつかみ、ブカブカの軍用ローブの裾をまくり上げて、外へと飛び出した。
「ヴァ、ヴァルちゃん!? なんで出てきたんだ、危ないッス!」
ルッツが悲鳴を上げたが、俺は止まらなかった。
「どいてろルッツ!!」
俺は、砦の門をよじ登ってきた三体のスケルトンに向けて、モップを『大剣』の構えで振り被った。
(オッサンの十年の年季が入った素振り、見せてやる!)
「ふんっ!!」
『ドゴォォォォォォォォンッ!!』
ただの木のモップを横凪ぎに振るっただけ。
それなのに、モップの先端から爆発的な『純白の聖闘気』が三日月状に放たれ、三体のスケルトンを一瞬でチリ一つ残さず浄化(消滅)させてしまった。
「……えっ?」
ルッツが目を剥いた。
いや、俺自身も目を剥いた。なんだ今の光波。俺、剣に魔力を込めるとかそんな高等技術、生前(?)は一切使えなかったぞ。
どうやら、俺の騎士としての『剣技の型』に、聖女ボディの『規格外の神聖力』が勝手に乗っかってしまったらしい。
「ア、アア……ッ! ナンダ、アノ異常ナ光ハ……!」
リッチが驚愕の声を上げる。
「見つけたぞ、親玉! 俺の安眠と酒を奪った罪、万死に値する!!」
俺はモップを上段に構え、地面を蹴った。
華奢な美少女の足から放たれたとは思えない爆発的な脚力で、俺は砦の壁を一息に跳び越え、アンデッドの大群のど真ん中へと着地した。
「はぁぁぁぁっ!!」
そこからはもう、八つ当たりの大惨事だった。
右へ左へモップを振るうたび、強烈な閃光が迸り、数十体のアンデッドが「ぎゃああああ!」と悲鳴を上げて浄化の光に溶けていく。
三十八歳の歴戦の剣術のステップで敵の攻撃を完全に躱し、モップの柄でグールの頭をカチ割り(神聖力で爆散)、スケルトンの肋骨をモップの先端で突いて粉砕(神聖力で爆散)。
「汚物は! 消毒だァァァァッ!!」
完全にブチギレたオッサン(見た目は銀髪の絶世の美少女)が、ただの掃除用具で死の軍団を蹂躙していく。
「お、おお……」
砦の防壁の上で、ゴルド小隊長たちがポカンと口を開けてその光景を見下ろしていた。
「な、なんという美しく、気高い舞いなんだ……」
「まるで、天界の戦乙女が、我々のために邪悪を浄化してくださっているようだ……ッ!」
(違う! 八つ当たりでモップ振り回してるだけだ!!)
男たちの勘違いに心の中でツッコミを入れつつ、俺はついに敵の親玉、リッチの目の前に到達した。
『オ、オノレェ……小娘風情ガ! 我ガ究極ノ死霊魔法デ、魂ゴト暗黒ニ染メテクレル! 【アビス・デス・ストライク】!!』
リッチの杖の先端から、砦を丸ごと消し飛ばすほど巨大な、漆黒の魔力球が放たれた。
「死んでるくせに、これ以上俺の邪魔をすんなァァァァッ!!」
俺は野球のバッターのようにモップを構え、迫り来る漆黒の魔力球を、渾身の力で『フルスイング』した。
『カキィィィィィィィィィィィィンッ!!!!』
ただの木のモップが、伝説の魔剣以上の輝きを放ち、漆黒の魔力球を見事に打ち返した。
それも、浄化の光を纏って威力が百倍になった『純白の特大ホームラン』として。
『バ、バカナァァァァァァァァッ!?』
打ち返された光の球がリッチに直撃した瞬間、太陽が地上に落ちたかのような凄まじい閃光が荒野を包み込んだ。
「南無阿弥陀仏!!(よくわからんが知ってる一番偉そうな言葉)」
閃光が収まると、そこには、骨一つ、チリ一つ残さず完全に浄化された荒野だけが広がっていた。
アンデッドの大軍は、モップ一本を持った一人の美少女によって、ものの五分で完全消滅させられたのだ。
「ぜぇ……はぁ……っ」
俺は肩で息をしながら、少し焦げたモップを杖代わりにして立ち尽くした。
やりすぎた。完全に目立ちすぎた。
これで俺の正体が『元平騎士のオッサン』であることがバレ……。
「ああ……!! 我らが聖女様!!」
防壁の上から、特務執行官ユリウスが涙を流しながら飛び降りてきた。
「なんて慈愛に満ちたお姿! あんなおぞましい魔物共にすら、御自らモップという『清掃の儀式』をもって浄化を与えられたのですね!! 普通の武器で傷つけることすら憐れんだ、究極の慈悲!!」
「……え?」
「ヴァルちゃーん!! 俺、ヴァルちゃんのモップさばきに惚れ直したッス!!」
「まさか、剣の心得までおありだったとは! 泥臭い俺たちの戦いを、あんな美しい戦い(舞い)に昇華してくださるなんて!」
砦の門から雪崩れ込んできた男たちが、俺を胴上げせんばかりの勢いで取り囲み、歓喜の声を上げる。
俺は焦げたモップを握りしめ、青空を見上げた。
「……もう、どうにでもなれ」
魔物の大軍をワンパンで消し飛ばす『武闘派聖女』という、新たな厄介すぎる属性を手に入れてしまった俺の絶望は、まだまだ終わる気配がなかった。




