第六話 ヤルン先生の魔術講座・前編
第六部のメイン回。呑気なタイトルに反して少々シリアスが続きますのでご注意を。
魔術学院にやってきてから2週間が経った頃、俺達はいよいよ練った計画を実行に移し始めた。そのために、まずは各学年とも1時間ずつ授業をさせて欲しいと院長に願い出て許可を得る。
本当はもっと色々と仕掛けたいが、いきなりあれこれと手を出しても失敗するのがオチだからな。
最初に授業をしたのは1年生だ。魔導書を得るどころか、魔術や魔力が何なのかを学び始めたばかりの子達だ。知識を詰め込むのは他の先生は任せ、自分達にしか出来ないことを経験させてやろうと決めた。
「じゃあ、いくぞー!」
わーっという元気な声が、空に向かって飛んでいく。普段、教室に押し込められている子どもを屋外に連れ出せば、それだけでテンションが上がる。
子ども達がある程度離れた頃を見計らい、ココと同時に詠唱を開始した。
『風を読む術知る旅人、その流れ纏いて彼の者を獲る力となれ』
発声に合わせて両手を差し出し、高く振り上げれば、下からぶわっとわき起こった風がローブの裾を盛大にはためかせたかと思うと、寄り集まって無数の鳥に変わった。
「わぁっ」
「すげぇ!」
「きれー」
走るのに夢中だった子ども全員が、その様に見とれて立ち止まる。羽ばたきながら待機する鳥は、ピンクや緑や黄色など、どれもカラフルな色合いだった。
「ほらっ、ぼーっとしてるとすぐに捕まっちまうぞー!」
「それじゃあ行きますよー! そぉれっ!」
やがて作り物の鳥達は一斉に子ども達を追いかけ始めた。子どもも、わぁきゃあと声を上げながら散り、必死で逃げ回る。
「わっ」
やがて、一羽が男の子の肩にとまった。その子は少しの間おっかなびっくり鳥を眺めていたが、じっとして大人しいことを理解し、嬉しそうな表情でその背を優しく撫でてやった。
「あちゃー、つかまっちゃった」
「ちぇーっ」
そう、これは魔術で生み出した鳥を使った「鬼ごっこ」だ。
飛翔速度にはセーブをかけているが、空を自由に舞う鳥に子どもの足で逃げ切るは難しい。ひとり、またひとりと肩に鳥を乗せた子が戻ってくる。
「この子かわいい!」
鳥は子どもと同じ数だけ作っていた。結構な人数がいるから、全員が捕まるまですでに捕まった子は待っていなくてはならない。
古今東西、子どもはじっとしているのが苦手な生き物だから、間を持たせるためにも鳥を消さずにおいたのは正解だった。
「それじゃあ消しますよ」
やがて、皆が戻ってきたのを確認したところでココが優しく声をかける。彼女はポンと手を打ち、俺はパチンと指を鳴らす。
「わっ、消えちゃった」
予告をしていても、さっきまで触れあっていた鳥が透けて消えてしまったことに一様に驚き、悲しげな瞳でこちらを見上げてくる。涙を浮かべる子もいた。
「先生、ひどい。せっかくお友達になれたのに」
「なぁ、もっかい出してくれよ」
口々にそう言って怒ったり泣いたりしているが、この反応は予想済みだ。それにこの授業の大事なポイントでもあった。
「これが『魔術』なんだよ」
ぽかんとする子ども達に、俺とココは魔術が有限であることを語る。学院にいる以上は色々な「魔術で出来ること」を毎日のように習っているだろう。
けれど、いくら派手で綺麗で、そして便利であっても、それはその瞬間だけのことに過ぎない。
「いつかは、今の鳥のように消えてしまうものなんだ」
ぐすぐすと鼻を鳴らす子の頭をポンと叩いて、「そのうち分かるさ」と言ってやる。急にこんなことを言われてもすぐには呑み込めないと思う。でも、いつか心にすとんと落ちる時がくれば良い。
黙り込んでしまった子ども達に俺は手を打ち鳴らして授業の終了を告げ、すぐにそれを追いかけて終業のベルが鳴った。
「ヤルン先生」
とぼとぼと校舎へ帰っていく子ども達を見送っていると、ふいに呼び止める声がかかった。振り返れば、柔らかい表情でオフェリアが立っていた。今日もきちっとした服装がよく似合っている。
その後ろには授業を見学に来ていた数人の先生の姿もある。さすがに俺達だけで授業をするわけにもいかないため、監督役も兼ねていた。
「最初は遊んでいるのかと思いました。別の意味があったのですね」
ココには子ども達と先に戻ってもらい、俺はオフェリアと並んでゆっくり歩き出す。
最初はかなり距離を感じた彼女とも、日数と会話を重ねてだいぶ気軽に話せるようになってきたと思う。まぁ俺にしてみればまだまだ堅苦しくて疲れるんだけど。
「早い内から魔術に触れさせたいと思ったんですよ。魔力は目に見えませんから」
どれだけ言葉で説明されても、実際に見てみないと分からないことは多い。
「ここの先生達は、子どもに自分の力を恐れさせないための教育をしてるんじゃないかって感じてて」
「えぇ。あの子達には、魔導書を得るまで数年という時間があります。その間に魔術が怖くなってしまってはいけませんから」
やっぱりなぁ。手伝ってみて、先生達は口では魔術の凄さを語っておきながら、あまり実演して見せていないことが引っかかっていたのだ。
仮にも魔術学院の先生だ。出来ないわけがない、はずだ。……実は苦手、が真実だったら恐ろしいので考えないでおこう、うん。
そろそろ次の授業が始まるからと、他の先生達は引き上げていった。その背を見やりながら、軽く咳払いをしてから俺はずっと聞きたかった質問を切り出してみることにした。
「オフェリア先生は魔術を……、魔導師であることを人から恐れられた経験はあります?」
「え……?」
この反応、やっぱないかー。同じ魔術の使い手のセンパイとして、ちょっと意見を聞きたかったというか、相談できればと思ったんだがな。
ウォーデンは魔術学院を作るくらい教育熱心な領地だ。そんな学院に在籍して才能を発揮し、若くして魔導師になった女性には思いもよらない話だったようだ。
多分、他の先生に聞いても同じリアクションだろう。ちぇー、マジでエリートばっかりなのな、ここのヒトタチ。
「怖がられたことがおありなんですか?」
「まぁ、何度か? フツーの人に魔術を見せると、有り難がるか怖がるかの2択でしょ」
「皆さん、感謝して下さいますよ」
時折、学院外からの依頼で魔術を使うこともあるのだと彼女は言った。壊れた物を直したり、怪我の手当てをしたりするらしい。
それは学院所属の魔導師という肩書きと、求められて力を使うという状況によるところが大きいだろう、なんて言葉は飲み込んだ。別に責めたいわけじゃない。
「ヤルン先生?」
訪れた微妙な沈黙に、彼女が小首を傾げる。手入れが行き届いた黒髪がさらりと流れた。その髪のように周囲から愛されて生きてきたオフェリアに、要らぬ現実を押しつけてしまって良いものかと一瞬、迷う。
「いや、えっと……」
心の揺れは魔力を揺らす。オフェリアを不用意に揺らして大丈夫だろうか。……いや、この感じ、揺れているのは自分の方か?
「あ、れ」
そう意識したら、過去に数度遭遇した場面がフラッシュバックした。魔術を恐れる人間と遭遇した時の、あの目。あれは知らないもの、分からないものへの本能的な恐怖――。
くらりと眩暈がしてきた。うわ、ちょっとまずいかも?
「どうかしました?」
「だ、大丈夫。初めての授業で疲れたかな? あはは……」
声は掠れ気味だし、ちゃんと笑えているか不安だったが、オフェリアは少し安堵した様子で「ゆっくり休んでくださいね」と優しい言葉をかけて去って行った。
「帰ろ」
気付かれなくて良かった。面倒ごとを起こすわけにはいかない。
ふらふらとした足取りで、なんとか誰にも見つからずに自室まで辿り着いた俺は、ベッドに倒れ込み、まだ揺れている魔力を無理やり押さえ込んだ。
「うぐ……」
出てくるな。頼むから、今は眠っていてくれ。一度波立ったそれが少しずつ平静を取り戻していくのを感じながら、深い眠りへと落ちていった。
雲一つない快晴の下、たくさんの元気な声があちこちから上がっている。
「はーい、行きますよー!」
ココが声を張る。2年生の授業でも、まずは1年生と同じ内容を行うことにした。魔導書を得るまでのカウントダウンに入っている彼らも、俺達が生み出した鳥には歓声を上げた。
色とりどりの鳥達が翼を大きく広げて空を旋回する。1年生と違うのはその数で、生徒数の1.5倍に増やし、速度も上げてスリリングさをアップさせている。俺も腕を振り、鳥に指示を出しながら煽る。
「そら、逃げろ逃げろー!」
「へへん、つかまるもんか!」
「最後まで残るのは私なんだからっ」
和気あいあいとしていた下級生よりも競争心が育っているのか、誰が最も逃げ足が速いかを競っている様子が目立った。
「ちょっと安心するな」
「ですね」
思わず漏らした言葉に、ココもホッとした顔で微笑む。喧嘩しろとは言わないにしろ、成長には向上心も必要だからな。
こちらも2度目で、授業はスムーズに進んだ。一通り終わったのを見計らい、意図をさらりと説明する。1年生よりは実感がわくのだろう。神妙な顔つきで話を聞いている生徒がほとんどだった。
「じゃあ集まってくれ」
鐘の下の時計を仰ぎ、まだ幾らか時間が残っていることを確認する。2年生が集まってきたところで、俺達は懐から数枚のカードを取り出した。それは縦長の厚紙で、表にはそれぞれ異なったイラストが描かれている。
「配るから見てみてくれ」
生徒の中から近場の数人にカードを手渡し、触らせた。ツルツルとした表面にはやや古めかしい色使いで月や太陽といった天体を始め、動物や花の絵も描かれていて華やかだ。
「わぁ……」
すると、順番にカードを眺めていたうちの一人が「あれ?」と呟いた。
「このカード、他のと違う」
「どこが?」
「絵は全部違うだろー」
「そうじゃなくって……うーん?」
周りの子が覗き込むも、その子は唸って首を傾げるばかり。何かが違うことは分かるけれど、どう違うのかがうまく説明できずに困っている。
そんな様子にニヤリと笑ってしまいつつ、どんどん回すように促した。すると、同じカードを触っても何も感じない者と、そうでない者とに分かれた。気付いたのは全体の三分の一くらいか?
「ふふっ、さすが未来の魔導士ですね」
ココのセリフと視線を受け、俺はネタを明かすことにした。
「何人かが変だと言ったカードには、薄く魔力を流してあるんだ」
生徒達がざわつき、カードをしげしげと眺めている。魔力が塗られたそれに触れると、感知能力に優れている人間ならばピンとくるようになっているのだ。
「訓練の時は普通のカードの中に混ぜて、集中力を養うのに使うんだよ」
「今は分からない人も、練習すれば出来るようになりますよ」
「へ~」
「面白そう!」
子ども達の眼がぱっと輝いた。俺とココは二手に分かれ、鐘が終わりを告げるまでの束の間、変則的なカードゲームを楽しんだのだった。
「このカード、だいぶくたびれてきましたね」
子ども達を教室へ帰し、回収したカードが揃っているか確かめていると、ココが擦れて丸くなった角を指でなぞりながら呟いた。
「何年も使ってるからな」
初めて師匠にやらされたのは見習いの頃だった。俺はココみたいに得意じゃなかったから、ある程度を習得するのにかなり苦労した。今はそれのハイレベル版をココとやっている。
「こっちはクタクタで眠いのに、師匠ってば容赦がなくて参ったぜ」
「でも、ちゃんとこうして持ってきて良かったじゃありませんか」
「ぐ。師匠が持って行けって押し付けてきただけだし」
彼女はこちらの内面などお見通しみたいにクスクス笑って、きっちりと纏めたカードを手渡してくれる。時折、術で補強し直しているといっても、数年間使い続けてきたために色褪せてしまっていた。
「そろそろ買い替え時かもな」
浮かぶのは師匠の顔だ。このカードで精神集中の訓練をする時には、いつも小言ばっかり言ってきてうるさかった。今頃どうしているだろうか。
「……師匠、ちゃんと仕事してんのかなぁ」
考えてみれば、こんなに長い期間あのふてぶてしい顔を見ないのは初めてだ。研究室に山と積まれた書類がどうなったかとか、部屋の掃除はしているのかとか、取り留めもないことが浮かんでくる。
するとココがまたもふふっと笑って「大丈夫ですよ」と言った。
「あ、もしかして寂しいんですか?」
「ちちち、違ぇし!」
寂しいだぁ? そんなわけあるか。せいせいするっての!
少々不穏なまま次回へ……。




