第六話 ヤルン先生の魔術講座・中編
ようやく3年生の授業です。最初から飛ばしてます。久しぶりのバトルをどうぞ。
だだっ広い集会場には煙たい匂いが充満していた。その板張りの床をバチバチっと激しい雷撃が這い、触れあう刃が火花を散らす。
「うらぁっ」
一度大きく後ろへ飛んで相手との距離を取ってから、強く握り締めていた剣を大きく振って投げ飛ばす。それは遠心力を得て速度を増しながら目標に迫った。
「食らいません!」
ぎぃん! 目標であるココが手をくるりと回して生み出した魔力の盾が剣をあっさりと弾けば、凶器は力を失い煙となって消え去る。彼女はその勢いを殺さず地面を蹴り、続けざまに詠唱した。
『氷の嘶きよ!』
予め準備していたのだろう。たった一言で数えきれない量の氷の粒が生まれ、空気を切り裂く音と共に一斉に飛んでくる。
見た目はキラキラとしていてキレイでも、角は尖っていて容赦がない。一つでも当たれば間違いなく「痛い」では済まないだろう。もちろん、こちらとて甘んじて受けるつもりなどない。
『火炎、壁となれ!』
薄く広がった火が俺の頭上に展開し、降ってきた氷の欠片を余さず受け止めて溶かし尽くす。が、これはただの陽動。本命は目の前に迫ってきている。
「はッ」
ココが息を詰め、その手にした氷の刃が俺の首へと真っ直ぐに向かう。囮のツブテと一緒に剣まで作り出しているあたり、抜け目がない。
「当たるかよ!」
腕を振って、まだ燻っている炎の盾を呼び寄せる。弱っていなかった熱はココが突き出す冷たい剣を溶かして砕いた。これで怯んでくれれば良かったが、相手はそれも織り込み済みとばかりに回し蹴りを放つ。
この瞬間を待ってたぜ! ムチのようにしなりながら腰あたりを目がけて飛んできたそれを間一髪で避けて、準備しておいた術を発動した。
『風よ!』
「きゃっ」
ぎゅっと短縮された詠唱に応え、ごうっと耳を塞ぐ轟音が二人を包む。こちらは魔術発動時に生まれる防護壁で守られ、ココはそのまま強い風に巻き上げられた――。
何故こんなガチバトルになっているかというと、話は前日の夕食時にまで遡る。料理人のおっちゃんの絶品料理にも、3人揃っての食事風景にもすっかり慣れてきた、そんな日のことだ。
「ヤルンさん。最近、魔力をため込み気味でしょう」
ぎくり。ココの真剣で唐突な一言に、俺はオムライスに差し込んだスプーンを止めた。あちゃあ、こりゃ完全にバレてるな。
「え、それって大丈夫なの……?」
彼女の話しぶりから危険性を感じたらしいキーマが頬を引き攣らせている。多分、師匠とドンパチやり合った時のことを思い出したのだろう。
あの時も訓練を休んだりしていてあまり魔術を使っておらず、魔力を体内に結構な量、溜め込んでいたっけ。
「このままでは良くないと思うんです」
「そうだな……」
ウォーデンに着いてからも、朝の走り込みや筋トレなど、体力が落ちないように鍛錬は欠かさず行っている。でも、魔術の訓練だけは夜の基礎訓練以外、場所の確保の問題もあって思うようには出来ていなかった。
いくら魔導書を浚っても、使わなければカンや技術は衰えてしまう。特に、立派な魔導師を目指すココにとっては由々しき事態のはずだ。
「ここのところ、早くなんとかしなければと考えを巡らせていたんです。そうしたら、先日強い魔力の揺れを感じたんです。……あれは、ヤルンさんですよね?」
言い逃れは出来そうにない。観念してこくりと頷いた。
「オフェリア先生と話してて、ちょっと失敗してさ」
自分から話を持ちかけたというのに、予想外に動揺してしまった俺は危うく魔力の制御を失いかけた。それでも抑え込めたのは制御力が上がっているからだと思いたいのだが……。
「ちょっとですか?」
「……結構な綱渡りだったかも」
「ええっ、激ヤバじゃない」
鈍感な俺に比べて、ココの感知能力は伸びる一方のようだ。長い間一緒にいるせいもあるだろうか。試しに彼女に意識を向けてみると、澄んだ水のような流れを感じた。
「へぇ、ヤルンのは?」
「言葉にするなら……普段は赤い火のイメージでしょうか。でも、術を使っている時などは青く感じることもありますよ」
へぇ、自分じゃよく分からないから新鮮だな。言われてみれば、確かに俺は火系の術を良く使うし、ココは水や氷の術を得意としている。そのイメージから来ているのかもしれない。
「それで? 『魔力のため込み問題』の話だっけ?」
あっけらかんとキーマが言う。お前な、そんなゴミ問題みたいに言うなよ。溜まると厄介なところは似てるけどさ。
そう言うと、ココがくすくす笑いながら、「お食事中ですからゴミの話はやめましょうね」と釘をさしてきた。ごめんなさい。
「直接の原因をお聞きしても?」
俺はちらりと自分の意識下を覗いてみて、大丈夫そうだと頷く。あれは多分タイミングが悪かったのだろう。
「前からずっと気になっててさ。意見でも貰えたらと思って聞いてみたんだよ。……『魔術を怖がられたことはないか』って」
それだけでココは手にしていたスプーンをカタリと置き、キーマは「成程ね」と呟く。
「オフェリア先生にはそんな経験がなかったんだ?」
何かに耐えるような表情のココとは対照的に、無表情になったキーマが言い、魚の切り身を口に放り込んだ。いつもは我関せずを貫いているが、こいつも見た目や剣の才能のことやらで色々あるからな。
ただ、俺と違って面倒な事態に遭遇した時でも動揺を見せることは少ない。全てを放り投げた素振りそのものが、キーマなりの処理の仕方らしかった。
「あれは話自体、半信半疑っぽかったな」
「そりゃ、お綺麗なことで」
普段なら口にしない冷ややかなセリフは、研いだナイフのようでギクリとさせる。けれど、キーマの場合はそれが返って人間臭く感じられて、逆に安心してしまう。
「……とにかく、早くなんとかしなきゃな」
そこで会話を打ち切って、残った夕飯を胃に押し込んだ。この時にもっと深く話し合っておくべきだったと、後悔することになるとも知らずに。
夢を見ていた。
西日が射し込む学院の廊下でオフェリアと二人、何かを話していた。その会話内容もすぐに分かった。……あの時の続きだ。
はっとした時には遅かった。これが夢だと気づくのも、「やめよう」とストップをかけるのも。
「……!」
現実でないと分かっているのに、いや、だからこそかもしれない。恐れている「あれ」をまた思い出してしまい、くらりと視界が歪んだ。
「ヤルン先生、どうかしました?」
ふらふらとした足取りで距離を取ろうとした俺に、オフェリアは近づいて顔を覗き込んでくる。
「う、く……」
呻き声が漏れる。近付くな。そのたった一言が言葉にならない。手を力なく振って遠ざけようとするも、伝わらない。やがて頭痛が警鐘のようにし始め、吐き気へと変わった。
駄目だ。うまく立っていられない。魔力のタガが緩もうとする不安感に襲われながら、頭の中で「なんで」と繰り返す。
どうしてこんなに不安定になってるんだ? 一つ思い当たるとしたら、ココも零していた魔術の訓練不足か。多分、魔力が体にたまり過ぎているのだ。
カップになみなみと注がれた水を想像してみれば分かりやすい。カップが体で、水が魔力だ。量が多ければ多いほど、溢れさせないよう気を付けなければならない。
「大丈夫ですか? きゃっ」
ピシッ! と鋭い音がして、短い悲鳴とともにオフェリアが体勢を崩した。溢れた俺の魔力の一部が、肩に触れようとした彼女を弾いたのだ。
「何が起きて……」
彼女は赤みがさした手をさすりながら、信じられないものを見る目で後ずさる。その目が、頭を振って遠くへ追いやろうとした記憶を強く呼び起こした。震えながら来ないでと訴える、人を人と思わない眼差し――。
「あ……!」
無意識に伸ばした自分の指先から、魔力が湯気のように立ち上っているのが見えてぎょっとする。その尋常ではない光景に、オフェリアの整った顔も凍り付く。
まずい。このままでは彼女を更に傷つけてしまう。そう思った瞬間、俺は頭に浮かんだ言葉を躊躇なく叫んでいた。
『時の帳よ、我を縛る、鎖に!』
「ぅわっ!?」
自分の叫んだ詠唱で目が覚めた。周囲を見れば青い光が板張りの床下から迸っている。眠ったまま唱えた術が発動してしまったらしい。
その光は俺を中心としてベッドや床に広がり、そこからジャラジャラと音を立てて鈍色の鎖が無数に生えた。それらは凄い勢いで腕や肩、腹部など全身に容赦なく絡みついていく。
「う、ぐっ。うぁあっ」
鎖で縛りつけられる物理的な痛みと、魔力を抑え込まれる内面的な痛みとが同時に襲ってきて、起きたばかりでまた意識が飛んでしまいそうになる。
必死に奥歯を噛みしめて苦痛に耐えていると、やがて鎖は全身を覆い尽くし、青い光となって体の中へと吸い込まれていった。
「……っ」
術が完遂したのを感じ取った直後、痛みも遠のき始めた。止めていた息をふっと抜くと、一緒に体の力も抜けてしまい、糸の切れた操り人形のようにベッドに倒れこんだ。
「大丈夫ですかっ!?」
どんどんどんどん! ドアのノック音とココの切羽詰まった声が部屋いっぱいに木霊した。今の騒動に気づいたのだろう。
「ぅ……」
返事をしようにも腹に力が入らない。すると、しびれを切らしたのか、彼女は鍵を魔術で無理矢理こじ開け、室内に飛び込んできた。
「こ、ココ」
やっと言えたのはそれだけだった。ココは虚ろな目でぐったりとしている俺を見て一瞬怯んだようだったが、すぐにその白い手で腕に触れようとしてくる。
夢を思い出して思わず体がびくりと震えた。が、何も起きることはなかった。もう魔力は漏れていないし、夢の中みたいに傷つけることもない。
「……悪い」
「いいえ。起きられますか?」
優しく上体を起こしてくれる彼女からは、馴染んだ魔力の気配を感じる。部屋の埃っぽさに混じって、故郷の風の匂いをかいだ気がした。いや、今日は少し……?
「危ないところでしたね」
「……だな。この術、一応習っておいて正解だったな」
寝間着の袖をめくると、汗ばんだ皮膚が露わになる。そこには黒い鎖の痕が刺青の如くびっしりと張り巡らされていた。先程自分に施した術が正常に作動している証拠だ。
「痛みはありますか? 発動時にとても痛むのでしょう?」
「きつかったけど、もう平気だ」
これは師匠に、魔力の暴走を抑えるための奥の手として教わった術だった。本来は敵の魔導師を無力化するためのものだが、対象を自分にすることで己の魔力を強制的に押さえ込むことも可能になる。
「けど、ずっと押さえ込んでおくのはマズイだろうな」
強烈な痛み以外にも、解除するまで魔術が使えないというデメリットがあるし、自分で自分にかけた術はあまり長続きもしない。あくまで緊急処置なのだ。
「私ではかけられませんしね……」
ココが済まなさそうに言う。そうなのだ、この術は相手より強い魔力がなければ成功しないという大きな欠点があった。彼女の魔力も上がっているけれど、俺との差は縮まっていなかった。
「術が魔力を押さえきれなくなったら、今度こそ暴発だ。あーあ、もっと早く手を打っときゃ良かったぜ。……ところで」
「なんですか?」
俺はさっきから気になっていたことを口にした。
「お前の方こそ大丈夫かよ」
「あ、えぇと」
即答を避けて視線を外すココを、今度はまっすぐに見つめる。……やはりだ。常に凪いだ水面のように静けさを持っている魔力が、今は微かなさざ波を立てている。
「まだ、大丈夫です」
顔を赤らめるココに、盛大な溜め息が出た。「まだ」ということは、限界が近いということだ。そうなったら俺みたいに術で縛るしかなくなる。
ココがあの痛みに耐えているところを想像するだけで、ジリジリと胸が焼け付くような感じがした。
「悪い。もっと早く、……いや、後回しにしたツケか」
「いえ、ヤルンさんのせいじゃ」
「で? どうするの、二人とも」
コンコンという軽いノック音と口調に顔を上げれば、扉のところに憮然としたキーマが立っていた。
「とりあえずドアくらい閉めたら?」
次回でひとまず一区切りです。ここでも丸々カットしたシーンがあるので、いつかどこかで上げたいです。
シリアス書くのも楽しいですが、続くとコメディーが欲しくなりますね。




