第五話 練られ始める計画
ほのぼの系日常(と言いはってみる)回です。次回への繋ぎのお話になります。
「じゃあこの問題、やってみようか」
「はーい」
中年の男性教師の指示に、カリカリとペン先で紙面をひっかく音が一瞬だけ途切れる。俺は高い声で返事をする子ども達の席の間をすり抜けながら、進み具合を確認していく。
ふと、手が止まっている生徒を見つけて覗き込んだ。
「どした?」
「ここ、わかんないー」
波乱の初日を迎えた俺達だったが、それでも臨時講師としての役割をこなしていった。着任早々に起こした騒動のこともあり、周囲からの勧めで当面は色々な先生の手伝いに入ることになったのだ。
魔術学院といっても、生徒は魔術ばかり学んでいるわけじゃなく、読み書きや計算など基礎学力を身に着けさせる内容も多い。
「どれどれ? なんだ、ここが間違ってるぞ」
「えー? あ、ほんとだ」
こんな風に、生徒のフォローをするのが今の主な仕事だ。ついでに顔も覚えられ、学院の授業内容も把握できるので、こちらにとってもプラスになる。
先生も老若男女様々で、教え方も人によって千差万別なのも面白くて参考になった。
「あ、お疲れ様です」
「おう、お疲れー」
一日の仕事を終えて自室に戻ろうとすると、ちょうどココも帰ってきたところだった。お互い私服にローブを纏っただけの簡易な服装だ。
「夕食に行きませんか?」
「じゃあキーマも呼んでやるか」
そう思って部屋の扉をノックしてみたものの、返事はない。さすがにまだ寝る時間じゃないから校舎に残っているのだろう。
ちなみにキーマは日中に何をしているかいうと、俺達と同様に手伝いに入る他は、上級生の体力作りに混ざったり、庭師のおじさんとまったりお茶を飲んでいたりするようだ。
つーか、一応は護衛なのに傍に居なくていいのかよ。腹が立つから、今度ありのままを師範に報告してやろうっと。
「先に行っとこうぜ。後から来るだろ」
「そうですね」
あてがわれた私室は2階にあり、下階が調理場と談話スペースになっていた。
奥まった場所にある調理場は、本来は来客をもてなす料理を作るための部屋だが、テーブルも数席設けられているので、俺達はそこを利用させて貰っていた。
「おっちゃん、今日の夕飯なにー?」
扉を開けて顔をのぞかせれば、親世代くらいのエプロン姿の男性が「おう、いらっしゃい」と笑顔で迎えてくれる。このいかついおっちゃんが食事を作ってくれる料理人である。
「わぁ、良い香り!」
ココが気色ばんだ声をあげる。狭い室内には野菜を煮込んだ時に立ちのぼる香りが充満していて、ごくりとのどが鳴った。
「昨日から煮込んでおいたんだ。味は保証付きだぞ」
おっちゃんはこの学院に長く勤め、職員や生徒の食事を作ってきたベテランだと聞いている。
ひげ面とがっしりした体格から初対面の時は圧倒されたが、面倒見が良いし、なにより出してくれる料理がどれも旨い! いやぁ、マジで憩いの時間だわー。
「ほらよ」
「おお、さんきゅー!」
お盆ごと料理を手渡される。載っているのは香りの元である澄んだスープの他に、サラダやパン、そして甘辛いタレをぬって焼いた肉。
師匠が言っていた通り、ウォーデンでは肉を良く食べる習慣があるみたいで、調理法も煮る・焼く・蒸すなどと豊富だ。もうすっかり決まってしまった定位置に座れば、すぐにココも斜め向かいの席についた。
調理場は客をもてなすことを想定していないため、簡素な作りをしている。その方が俺達は落ち着くので、毎日足を運んではおっちゃんと話をしながら夕食を取るのだった。
来客用の高い食器なんて、もしもを考えると恐ろしくて食べた気がしないしな。
「おっちゃん。いつもありがとな」
素直に礼を述べると、料理に舌鼓を打つ俺達を眺めて満足そうにしていたおっちゃんが「がはは」と笑った。
「何言ってるんだ。それで俺は給料を貰ってんだから、お前ぇらがわざわざ礼を言うことはねぇよ」
「そんなことありません。毎日たくさんのお食事を作られるのって、大変だと思います。いつもありがとうございます」
学院は大所帯だ。食事を作るスタッフは他にも数人いるけれど、ほとんどは昼だけの勤務で、夕食を食べる人数分の下ごしらえをしたら帰宅してしまう。
残るのは住み込みで働いているこのおっちゃんと、すぐ近所から通っているという40代くらいのおばちゃんの2人だけだ。
「それこそ毎日のことだ。慣れだ慣れ」
おばちゃんは夜も学院に残る職員のための食事を用意し、おっちゃんが寮生活の生徒の夕食を作るついでに俺達の分までこうして出してくれている。
「いやいや。俺にはとても真似出来そうにないし、凄いって」
「凄いのはお前らの方だろ。来て数日しない間に論文を一本仕上げたって言ってたじゃねぇか。あんな面倒臭そうなこと、良く出来るな」
「うっ。その話はやめてくれよ」
むせそうになって、慌てて口を手で押さえた。論文というのは、先日の騒動の発端になった、魔導書を小さくしたり軽くしたりする術について纏めたものだ。
あれは元々、ただの趣味の産物だった。でも他の魔導師から見れば立派な研究にあたるらしい。
『誰かに先を越される前に、きちんと文章化して発表すべきです!』
とかなんとか、学院長やオフェリアに力説されてしまった。
で、俺は他の人間に取られても構わなかったけれど、ココの夢のために重い腰を上げたというわけだ。魔導士としての実績になるからな。
「結構大変でしたよね」
湯気を立てるスープをスプーンですくって、熱そうに口に運びながら、ココも苦笑する。
「『結構』じゃなくて『めちゃくちゃ』、な」
魔導書に記しておいた術の作成過程は思うまま書いたメモ書き状態だったので、文の形へと書き起こすのに本当に苦労した。ほら、「作った遊びを論理的に説明しろ」って言われたら困るだろ?
俺がアイデア出しをして、文章化をココが担当。キーマにもサポートを頼み、連夜の作業は3日で終了したけれど、慣れない土地で慣れない勤務の後にやるのはキツかった。
翌朝にスッキリ起きられなくて、何度気付けの術をココとかけあったことか。……いつも寝坊助のキーマは、それこそ全然起きなくてマジで困った。
「で? 作ったあとはどうしたんだ?」
「スウェルに送ったよ」
出来上がった論文には俺達2人の名前と、監修者として師匠の名を記入し、スウェル城に送付した。事前に許可を取っておいたから、あちらで適当に処理されるはずだ。
「こっちで発表しないのか?」
「学院の先生方には今度ちょっとした講演会をすることになりました」
生徒より先に先生に講義することになるとは、誰が予想できようか。ある意味、一風変わった親睦会と言えなくもない。実際に術を見せてから仕組みをレクチャーする、という流れになる予定である。
「ふぅん、色々あるんだな。おっと、ようやく来たか」
そこで食堂の扉がキィと鳴った。キーマが入ってくる音だった。おっちゃんは料理を温め直すために厨房へ引っ込んでいく。
「美味しそうな匂いがするなぁ。今日のメニューは?」
「お肉とスープとサラダですよ。どれも絶品です!」
肉の焼き具合は絶妙で、ナイフを入れると抵抗なく切れて気持ちが良い。口に入れると甘めのタレが肉の旨さを引き立てていて、パンやスープとの相性も抜群だ。
「遅かったな。何やってたんだ?」
「庭師のおじさんの手伝い。あんなに高いところまで登らされるなんて思わなかったなぁ。あー、お腹すいた」
おぉ、珍しく真面目に働いていたようだ。あとはおっちゃんにキーマの分を提供してもらい、ワイワイと食事を楽しんだ。
『ごちそうさまー』
全員が食べ終わり、食後のお茶を出したら、おっちゃんは片付けを済ませて1日のお仕事は終了である。改めて礼を告げ、おやすみの挨拶をして鍵を預かった。
ぱたんと扉が閉まったのを確認すると、こちらもお仕事タイムの第2ラウンド開始だ。ちょうど良い広さだから、3人で何か話し合いたい時にはここを使わせてもらっているのだ。
「んじゃ、昨日の続きといくか」
目配せをすると、ココが瞳を閉じて二言三言呟き、空間が閉ざされるのを感じた。彼女お得意の、中の声が外に漏れるのを防ぐ簡易結界だ。
「いつも思うけど、念入りだね」
「一応な。やる前にバレて根掘り葉掘り聞かれるのは面倒だろ?」
折りたたんで懐に入れておいた紙を出し、お茶を避けながらテーブルに広げる。
1枚はオフェリアに準備してもらった教育課程をまとめたもので、もう1枚はそれを元に3人でこれまでに話し合った内容のメモだ。
「それは確かに」
「悪いことをしているわけではないのですけどね」
学院長からの依頼は、学院のカリキュラムにメスを入れる行為とも受け取れる内容だった。当然、外から来た人間があれこれ口を出すことに眉をひそめる者も出るだろう。
「出来ることから始めていきましょう。最終的には先生方に折れて頂くところも多くなるでしょうが……」
「すんなりいけば、な」
「ここの先生達、現状に満足してるっぽいから難しいかもねぇ」
学院長は卒業生の評価が芳しくないことに悩み、今後を憂いている。でも、数日間手伝いをしてみて感じた。他の先生達はそういった意識が低いみたいだということを。
1日のスケジュールは完全なルーティンワークで、先生同士の交流もあまりない。外のこともあまり耳に入ってこないんだろうな。
「ま、必要な調整は学院長がしてくれるんじゃない?」
一足早くお茶を飲み終わったキーマの声に、我に返った。そうだ、先生達の気持ちなど考えるだけ無駄だった。俺は依頼された仕事をするために派遣されたのだし、依頼人の要望にただ応えればそれで良い。
「よし、やるか」
「そうですね」
「がんばれー」
「お前もやるんだよ!」
残ったお茶をぐいっと飲み干してカップを端に寄せ、開いた紙を覗き込んだ。
次回以降が第六部のメインになります。シリアス注意!




