第四話 挨拶まわりと詠唱短縮
子ども達とのふれあい回。移動するたびに恒例行事と化している、いつものあれです。
ウォーデン魔術学院は3学年で構成され、1学年は2~3クラス、1クラスは20~30人という内訳になっている。全体では150人くらいだろうか。
幅を持たせた表現になってしまうのは、ここが魔力を持った子どもしか入れない学校だからだ。年によって入学者数にバラつきが出るのは仕方ない。
それに、領主は民に魔力の測定を呼びかけているが、実施については各家庭の判断に任されている。兵役に就くまで知らなかった、という人間も少なくないらしい。
「それでは新しい先生を紹介します」
オフェリアの努めて明るい声が教室に響く。目の前には興味と不安がない交ぜになった表情で俺達を見つめる子ども達の姿があった。
「こちらから、ヤルン先生、ココ先生、キーマ先生です」
ぺこりと揃って頭を下げる。俺とココはローブで、キーマは兵士の軽装だ。実はもう既に数クラス回ったあとなので、すっかり慣れた流れである。
「先生」呼びに慣れるのには、もう少し時間が必要そうだけどな。うぅ、体がむずがゆいぜ。
今は早く顔を覚えて貰おうと1年生の教室から順に回っていて、やっと3年生――魔導書を与えられた子ども達の教室に辿り着いたところである。
1年生は凄かった。らんらんと輝く瞳に質問攻めにされた。
「どんな魔術が使えるの?」
「すきな人はいますか?」
「兵士ってお給料はどれくらい貰えるの?」
なんて下世話な話題まで振られ、逃げるように教室から飛び出した。もっと子どもらしいことを聞きやがれってんだ。
2年生は1年生とほとんど大差がなかった。3年生に上がって魔導書を得れば、自覚が芽生えて大人びてくるとオフェリアは言っていた。ホントかぁ?
「隣のスウェルという町から来ました。ヤルンと言います。よろしくお願いします」
代表として簡潔に挨拶をする。1・2年生はここでわーっと騒ぎになったけれど、3年生は違っていた。20人ほどの子ども達は皆大人しい性質なのか、「よろしくお願いします」と声を揃え、あとは静かに待っているだけだ。
「あ、じゃあ、何か聞きたいことがあったらどうぞ?」
そう声をかけても、互いに視線を交わし合うだけ。ここまで反応に乏しいのも困りものというか、拍子抜けしてしまう。見ればオフェリアも苦笑を浮かべていた。
成程な。緊張しているのではなくて、いつもこんな雰囲気のクラスというわけだ。ならば、こちらから飛び込むしかないか。
「オフェリア先生、この時間の予定は?」
「自習ですが?」
おいおい、いくら俺達が挨拶に回るからって、1時間全部自習は緩過ぎだろ。それとも放っておいても勝手に勉強する、ココみたいな生徒ばかりなのか?
「じゃあ貰っても良いですかね?」
「え? えぇ、構いませんけど……?」
戸惑う彼女も引き連れて、そそくさと隣の教室にも挨拶に出向いたのだった。
「お、ちゃんと揃ってるな」
10歳を過ぎたばかりの40人ほどの子ども達が、広々とした校庭で待っていた。それぞれが与えられて間もない魔導書を重そうに抱え、不安げな顔で俺達を出迎える。
「あの、これから何をするんですか?」
おずおずと一人の男子生徒が声をかけてきた。淡いクリーム色の髪をした眼鏡君だ。優等生っぽいし、クラスのまとめ役だろうか。
「えっとな、今の段階で皆がどれくらい魔術を使えるのか、実力を知りたいんだ。じゃないと、今後の予定の立てようがないからな」
「実力……」
すると、彼らの顔つきが変わった。眼鏡君の後ろにいた赤毛の女の子が、いっそ反抗的とも取れる瞳で歩み出てくる。
「ヤルン先生、でしたよね。私達、魔術学院の生徒ですよ。実力が知りたいだなんて。そういう先生こそ、どれくらいの魔術が使えるんですか?」
ストレートな物言いに空気がざわつく。おっ、なかなか良い反応だな。ここで尻込みするようなら、俺の仕事が山のように増えていたところだぜ。
「ちょっと、ハリエさん。そんな言い方は」
「いや、良いんです」
注意しかけたオフェリアを手で制して、俺はハリエと呼ばれた少女に真っ向からにやりと笑ってみせる。それからざっと全員の生徒を見回した。
「だったら、勝負といこう。オフェリア先生は万が一の時のために待機をお願いしますね」
「ま、万が一ってどういう」
と焦った声をオフェリアが上げる前に、ハリエが「良いですよ。みんな、負けていられないわよ!」と張った。
「おー!」
まだ出方を決めかねていた生徒達にも、この一言が火を付けたのが分かる。ふむ、眼鏡君は表のまとめ役で、ハリエが真のリーダーってわけだ。ようやく面白くなってきた!
「何が出来るか分からないし、そっちに合わせる。好きな術で構わないぜ」
「余裕を見せたこと、すぐに後悔することになりますよ」
そんなやりとりで始まった対決は、単純な術から競うことになった。まずは基礎中の基礎、魔導書を小さく軽くするための術だ。
「よっと」
そのために、俺とココは自分の魔導書にかけた術を一度全解除しなければならなかった。幾つもの術を常時かけっ放しにしているから、久しぶりに解くとずっしり重くて大きくて邪魔くさい。
昔は毎日これでやってたんだよなー。12歳の俺、超人かよ。
見ていると、生徒達は滑らかな詠唱で術をかけ終え、両手で抱えるほど大きなそれを片手で扱える程度のサイズにまで小さくする。たどたどしいヤツが一人も見当たらないのは称賛に値した。
「へぇ、基本はバッチリみたいだな」
「当然です。さぁ先生、どうぞ?」
言って、ハリエが小悪魔的な笑みを浮かべる。この子、ほんと煽ってくるな。でもその方が、競いがいがあるってもんだ。
俺は魔導書の重さを懐かしく噛みしめてから、ココと目で合図し合い、同じタイミングで魔導書に一言、命じた。
『成れ』
すると、魔導書は淡い光を放ちながらスルスルと手のひらに収まる程度にまで小さく、軽くなる。次いでキンと硬質な音を響かせて物理・魔術への防御陣を展開させ、その身に纏った。
「……」
数秒間、誰もが何ひとつ発さなかった。あれ、なんだ、この反応は? もっと盛り上がるかと思ったんだけどな……?
「な、なんですか、今のは」
ようやく呟いたのは、離れたところからキーマと共に事態を見守っていたオフェリアだ。え、「なんですか」って、どういう意味だ?
「ただの詠唱短縮ですけど。どこか、おかしかった……ですかね?」
きょろきょろと見回してみると、ハリエも眼鏡君も他の生徒達も、さっきまでの血気盛んな勢いを完全に失い、白い顔で俺に視線を放っている。
ええい、分からん! 黙りこくってないで、どこをどう間違えたのか教えてくれよ!
「あー、無詠唱くらい出来なきゃインパクトがなかった? あれはまだちょっと苦手でさ」
あははは、と笑ってみたものの何故かさらに引かれてしまったようだ。うえ、物凄く嫌な予感がするんだけど当たって欲しくないなー。と、そこでココが俺の腕をつついていることに気がついた。
「なんだよ?」
「あの、逆……みたいですよ」
逆って? そう言った瞬間、どさどさっと音がして数人の生徒が倒れた。
詠唱短縮はその名の通り、長い呪文を短く圧縮しつつ、同じかそれに近い効果をもたらす技術だ。俺は助手の仕事の傍らでこれに凝っていた時期がある。
呪文をどこまで短く出来るかに挑戦したあと、数種の術を集約することにココも巻き込んで熱中した。あれはパズルみたいで面白かったな。
その結果出来たのが、先ほど唱えた『成れ』だ。一つひとつの術が簡単であるからこそ発動可能なお手軽&便利ワザだ、と思っていたのだが、周りはそう思わなかったらしい。
気絶した生徒は全員医務室に連れていくことになり、残りには講堂で待つように指示した。
「なんてもの、ってそんな大げさな」
医師や看護師など、たくさんの人間が行き来する中、俺とココは廊下の片隅でオフェリアや騒ぎを聞きつけた他の先生達に囲まれてしまった。彼らは口々に言った。「子どもになんてものを見せるのか」と。
ええっ? なんで? 教育上問題があるものを見せたつもりはないんだけど!?
「……あー、何が悪かったんですか?」
いまひとつピンと来ない俺に、オフェリアは溜め息が止まらないようだった。頭痛でもするのか、米神をぐいぐいと揉んでいる。
「あのですね。ヤルン先生が行使したあの術は、数種の魔術を混合して、極限まで短くした詠唱を以て発動させるものでしょう?」
「そうですね。覚えれば誰でも使える術ですよ。先生にもお教えしましょうか?」
気を少しでも鎮めて頂こうと、にこりと笑って言ったこのセリフは、反対に先生達の顔を真っ赤に染め上げた。オフェリアが唾を飛ばしそうな勢いで叫んだ。
「あれはっ! 学会で、論文として発表されてもおかしくないレベルの術なんですっ!!」
え? 学会、論文、発表……? あー、うん。それはまずかったかもしれない?
向こうにはまだ言い足りないことがあるみたいだったが、ずっと廊下で押し問答をしているわけにもいかない。
「患者がいますのでお静かに!」
看護師に追い出されるドサクサに紛れて先生達の輪から抜けだし、残った生徒が待つ講堂に向かった俺達は、やや緊張ぎみに扉をくぐった。
半円状に作られた長机。そこに座る子ども達は畏怖に近い感情を抱えて固まっているようだった。
そりゃ、クラスメートが何人もバタバタと倒れたんだから無理ないよな。ちょっとした恐怖体験だ。……ん、ちょっとした、か? 師匠に毒されているのか、感覚が良く分からなくなってる気がするな。
「あー、ごめん。加減を間違えた。ちょっとでも凄いところを見せないと、先生だと認めて貰えないと思って」
これからは気をつける。そう続けようとしたところで、眼鏡君とハリエが立ち上がり、他の子がそれに続いた。椅子がけたたましい音を立てる。
「先生、凄かったです!」
「もっと教えて下さい!」
お? 風向きが変わったか? と思って見ていると、彼らは口々に言い始めた。
ずっと教わってきて、他の町の魔導士になど負けないと思っていたこと。特に、兵士あがりで学校も出ていないような人間には負けたくなかったらしい。でも、俺とココはそんな彼らのプライドを見事に打ち砕いた。
「もっと強くなりたいんです!」
「お願いします!」
「え、えと、よろしくな……?」
最初の一歩引いた様子はどこへやら。ほんの少し人見知りだっただけで、3年生も根は下級生と全然変わらなかったのだった。
本の中の物語なら、ここで「めでだしめでたし」だろう。それか、先生と生徒の心温まるアフターストーリーでも続くのか。……が、現実は甘くなく、俺達には全く違う展開が待っていた。
「もう少し順を追ってね?」
事件の一部始終は学院長へ報告され、職員中、そして学院中に知れ渡ることになった。院長にはやんわり窘められ、他の先生には「ヤバイ奴」認定された。この流れ何度目だよ! もう嫌っ!
具体的な反応は様々だった。眉をひそめる者、教えを請いたいと願い出る者、そして最も多かったのは。
「二人はどれくらいの魔力をお持ちなのかな?」
「ぜひ調べさせてくれないか」
「私の研究にぜひ協力を頼む!」
そう、ここの魔導師はほとんどが魔術の研究者。つまり、強い魔力の片鱗を見せた俺とココは、格好の研究対象なのだった。ひー! うっかりしてたー!
師匠に送った報告の返信には、そういったことが起きる可能性が高いから、あまり実力を出し過ぎないように、とあった。……遅いわ!
子ども達は目の前で起きたことが理解出来なくて、処理落ちしました。
いつも師匠にツッコんでいるヤルンですが、もうかなり毒されてしまっていますね。魔術に関する常識のずれは、魔術大好き娘のココにも門外漢のキーマにも止められません。




