第六話 小箱の中身・前編
クリスマスっぽいお話。ヤルンを悩ませる問題は?
南国の季節は異国出身者の想像を遥かに超えていた。
「嘘みたいだな」
ぎらぎらした暑さがようやく緩んだかと思えば、秋は一瞬で過ぎ去ってしまい、厚手の服や布を買い込むよりも早く冬が押し寄せてきた。
「うぅ、寒……」
体が急激な温度変化に慣れず、寒さが衣類の上から肌を刺すように痛む。
今朝から降り始めた雪は、昼頃になっても止む気配を見せるどころか、煉瓦を敷き詰めたファタリア王都の大通りを白く塗りつぶしていく。
空は厚い雲で覆われ、見上げると大粒の雪が額に触れて溶けた。もっとも、もうそこは冷え切ってしまって濡れた感触があるばかりだが。
「ったく、どうしたもんかなぁ」
そんな曇天にあっても王都は華やかだ。立ち並ぶ細工店を覗けば、花柄のカップや動物を象ったブローチなどが魅力をアピールし、緻密な細工のオルゴールからは流行りの歌が溢れ出る。
「うーん、悩む……」
それらを眺めて、俺は今日何度目になるか分からないセリフをぶつぶつと吐いた。ぐっと組んだ腕も締まるばかりである。
本当はこんな無為に時間を過ごしたくはなかった。たまの休みには書物を読み漁ったり、珍しい街並みを見て回ったりとやりたいことが沢山あって、のんびりしている暇などない。
「みんなはもう、プレゼント決めたかな」
プレゼント。それこそが、たった一人でこうしてわざわざコートを着込んでまで外出した理由だった。
別に誰かが誕生日だとか、恋人が出来たってわけじゃない。もしそうだったら逆にこんなには悩まないだろうと思う分、白いため息が出る。
「年の暮れに何悩んでんだろ」
季節は年の終わりが近いことを告げていた。ファタリアでも年始の祝いは盛大に行うらしいのだが、ユニラテラと大きく違うのは年末にもパーティーを開くという点だった。
次の年に厄や災いといった「良くないもの」を持ちこさないよう、パーッと騒いで吹き飛ばす意味合いがあるのだという。
もちろん、王城での本パーティーに招かれるのは国内の貴族ばかりだ。あぁ、師匠と師範は特別に客人として末席に加わるらしいが。
そう、俺達にとっては登城者のチェックや見回りなどの手伝いを行う、思いっきり「お仕事」の日である。
じゃあ何故店の前をウロウロとしているかというと、本パーティーが終わった後で、兵士や使用人達によるプチパーティーが行われるからだった。
「ここの国の人って騒ぐのが好きなのかなぁ」
カボチャ祭りしかり。まぁ、同じことの繰り返しの毎日にあって、パーティーの話を聞いた時、嬉しくなかったと言えば嘘になる。
自分達で会場のセッティングから料理、催しまで計画しなきゃならない上に、見張りを絶やすわけにはいかないから入れ替え制、なんてケチ臭いイベントだが、心は浮ついてしまう。旨い物が食えそうだし?
「どうしろってんだよ……」
で、その会への唯一の参加条件が「プレゼントを用意すること」だった。しかも幾つかの条件付きの。
最大の壁は「男は女への、女は男への贈り物を選ぶこと」。近所の馬鹿共と遊び回っていた俺に、女の人の欲しがるものなど思い付くはずもない。言うまでもなく、早速ココに相談した。
『欲しいものですか?』
『やっぱり可愛いものか? アクセサリーとか花とか?』
へいへい、どうせ発想が貧困ですよこれが精一杯ですよーだ。自分でも卑屈に思いながら案を捻り出したのに、ココ嬢は屈託なく笑った。
『心を込めた贈り物なら、何だって喜ばれると思いますよ』
だーっ、この優等生め! マニュアル通りの回答ありがとうございます!
でも、本心から言っているのが分かる相手に食い下がっても、くたびれるだけだ。俺はしぶしぶ背を向けて、街に繰り出したのだった。
「こんなの、貰っても邪魔なだけじゃねぇ?」
みんな一緒に見えちまうんだよなぁと溜め息を吐く。女子が喜びそうな小物を前にしてゲンナリしているのは、俺だけじゃない。
恋人や家族への贈り物に迷う楽しそうな男女に混じって、腕組みをして唸っている奴らが目につく。私服に着替えていたって、同類だとすぐに判る。纏う空気がなんとなく重い。
ただひたすら目を皿にして品定めをしているのだから浮いても仕方がない。
「うぐぐ、全然分からん!」
なにしろプレゼントは入口で回収され、誰に渡るのか、誰の選んだものを貰うのかも不明と聞いた。顔も知らない人間への品に、モチベーションを上げろって方が酷だろう。
つまり、誰が貰っても文句が出ないもの、が最低ラインになる。これ、実は凄く高いハードルじゃないだろうか。
「こういうのって悩むほど決まらなくなっちまうんだよなぁ」
人の好みなんて千差万別で、どんなものにも好きな奴がいれば嫌いな奴もいる。その上、最高金額も決められていた。値段ともにらめっこをしなきゃならないのだから、悩むってもんだろ?
「大きくなくて、かさばらなくて、高くなくて、安っぽく見えないもの……。なぞなぞかよ!」
ブツブツ呟きながら店の前を行ったり来たりして、怪しいのは重々承知している。でも買わなきゃ帰れないのだ。そんなことをだらだらと思ったら、段々と腹の内から怒りが込み上げてきた。
「ええいもうヤメだ! 答えなんか出ないもの悩んだって時間の無駄だ!」
少しだけ見る店のグレードを上げて、ガラスのショーウィンドウを眺める。やめやめ、もう悩むの止めた! 意を決して扉を開ければ、カランカランと入口の鐘が鳴り、妙齢の女店主が出迎えてくれた。
「いらっしゃい」
雪は幸い夕方には途絶え、うっすら積もっただけで終わりとなった。白く染め上げられた街は儚げで美しい。城の窓から見下ろした俺は素直にそう思った。
「スウェルも降ってるかな」
多少は季節にずれがあるとはいえ、ここよりもずっと北なのだ。故郷の町並みももう雪の中にあるだろう。
「おっ、来てる来てる」
目線を街の大通りに移せば、雪が綺麗になくなった一本道を豪華な馬車が城に向かって列をなしていた。招かれた貴族たちのものだ。
「魔術ってこんな使い方もあるんだな」
雪は道の両端にかき出されたのではなかった。城の魔導師による火の魔術で一片残らず溶かされたのだ。雪かきの手間が減って住民も助かっていることだろう。
「ヤルン、見回りの時間がくるよー」
「ん、おう。さてと、せいぜい夜まで頑張るとするかな!」
貴族のパーティーは夕刻から二時間程度の予定だった。終了後、それぞれが割り当てられた客間へと帰ってしまえば、あとはお待ちかねの時間である。それを楽しみに、持ち場へと向かった。
俺達の持ち場は門番の手伝いだったため、客人がほとんど城内に入ってしまったあとは特に仕事もなく、少し早めに開放してもらえた。
「運が良かったな」
「会場、覗いてみようか」
キーマに言われるまま、パーティー会場兼舞踏会場と化している大広間の入口から中を覗き見ると、そこは光の渦だった。
「うわ、目がチカチカする!」
天井からの灯りを受けて、キラキラと輝く布を惜しげもなく使ったドレス。指や胸元には大きな宝石が強い光で存在を競い合っている。
「これが貴族のパーティーか……」
クロスが広げられたテーブルの上には、触るのも躊躇われるような豪勢な料理が並び、あちらこちらで集った人達がワイン片手に談笑し合う。中央で踊っている人達の表情もうっとりしていて、夢の中にいるみたいだ。
王家お抱えの楽団が心をとろかすような音楽を奏でる中、給仕係が忙しく行き来する度に会場の空気が動く。それらに混じり、食べ物の匂いや貴族の香水のなんともいえない香りが漂ってくる。
「お腹空いてきたねぇ」
「やめとけ。手が届かない料理を見て空腹になっても、空しいだけだぞ」
「あ、ヤルン。一番奥を見てみなよ」
あっと声が漏れそうになった。どデカい会場の向こう側に、小さく見えた影はファタリア国王だった……と思う、多分。
「いやいや、全っ然わかんねーよ」
「あはは」
様子からして宴もたけなわ。程よく酔いも回った貴族たちが、場を辞して客間へ戻るまで、あと少しに感じられた。
プレゼント選びって悩みません?
私はいつも散々悩んで、結局無難な紅茶とか選んじゃうタイプです。紅茶好きな友人が多いので。
誰にでも喜ばれる贈り物ってあるんでしょうか? ……タオル??




