第五話 つわものの杖・後編
ヤルン達はファタリア王国の騎士団長の右腕、魔導師ルイーズと戦うことに。消耗戦に持ち込もうとしたが上手くいかず、ならばと次の手を試すことにした。
「準備はいいか、ココ?」
「は、はい!」
その力強い返事に気力を得て、第二ラウンドが始まった。
残った奴らが再び数で攻めている間、俺とココは肩幅くらいの距離に近づいて呼吸を合わせる。
『炎熱の担い手よ』
『凍てつく息吹よ』
鏡に映すみたいに外側の腕を同時に広げて、ゆっくりと詠唱を始める。
『その腕に抱くは全てを喰らう赤』
『その胸に抱えるは時を止める青』
交互に言葉を紡ぐと、それに応えて赤い光と青い光が生まれた。
俺達が挑もうとしているのは、二人の術者で行う「共鳴魔術」だった。種類の違う術を一つにまとめ上げて放つ、強力な技である。原理は前にやらかした二重詠唱と同じで、あれを今回は二人でやるのだ。
『汝らの背にし力を今ひと時繋ぎ』
ここで二人の声が重なった。その瞬間、ぐらりと視界が歪みそうになり、慌てて足に力を込める。ココの足元も震えている。
ただでさえ不安定な魔力を、別の誰かと同じ量ずつ注いで練り上げなければならない共鳴魔術は、威力が強い分魔力の消耗も半端じゃない。
まさにハイリスクハイリターン。バカスカ魔術を使ったあとでやるなんて自殺行為に等しいが、崖っぷちの俺達には似合いだろう。
ココと視線を合わせる――大丈夫、いける。
『一つとなりて我らが敵を打ち砕く刃となれ!』
赤と青が混ざり合い、爆発的なエネルギーが手のひらから溢れるのを感じた。その力が、左右に拡散しないように無理やり抑え込み、前面へと解き放つ。
「いっけえっ!」
術の完成を察した仲間がさっと身を引き、開かれた道を光の刃が貫いた。回転しながら進む膨大な熱に空気が引っ張られ、風を起こす。
俺達は踵にあらん限りの力を込めて踏ん張った。本当に駿馬の手綱を握っているみたいだ。
「ぐ、うぅっ」
「んんっ!」
歯を食いしばり、かろうじて開いた薄目で見つめる先に見えたのは、何故だか師匠の張った結界に守られているはずの剣士が逃げ出す姿と、ルイーズがその手の魔導書をくるりと回すところだった。
大げさでなく、世界が「炸裂」した。
「全くお主らは、加減をせんか!」
ぼこっ! ぼこっ!
「いってぇえええ!」
「い、痛いです……」
俺とココは、師匠の非常にぶ厚~い魔導書の角で頭を叩かれ、その場にしゃがみ込んだ。あまりの重みに、腰にきた、腰に!
「いや、だってあの場合、あれくらいの威力じゃなきゃ効果なかったでしょ」
涙目で反論すると、返事は超弩級の「馬鹿もんがー!!」だった。今度は耳がわんわんする。それにしても、こんなに怒られるとは。
「いくら腕輪で抑えておると言っても、お主らの魔力がどれだけのものか、まだ分かっておらんのか! つい先日、身を持って味わったばかりじゃろうが!」
周囲には、爆発のエネルギーが地面に放射状の模様となって刻み込まれていた。術者である俺達は詠唱中に生まれる防護壁で守られていたから無事だったが、仲間は巻き込まれ、数人は医務室送りになってしまった。
師匠が張っていた結界も、爆風に耐えられずに吹き飛んでしまっていた。もともと念のためのもので、大魔術用には展開していなかったせいだ。……本人だけはちゃっかり無事なあたり、確信犯な気もするが。
「今回の訓練は熟練者との実力の差を知り、技術を盗むためのものじゃ。それを……ルイーズ殿が機転を利かせて下さらなかったらどうなっておったか」
爆発の瞬間、ルイーズはこちらの力の幾ばくかを相殺してくれたのだという。魔導書を回転させていたのは、魔術を発揮するための準備だったのだ。つうかあれを相殺って。人間技とは思えない。
「怪我の方はいかがですか?」
ツカツカとやってきたのは噂の人だった。見上げれば髪さえ乱れておらず、さすがと唸るしかない。
「ルイーズ殿、弟子がとんだことをしでかしまして」
『申し訳ありませんでしたっ!』
俺とココも咄嗟に立ち上がって謝罪した。あわわ、この前の騒動のこともあるし、城から追い出されたらどうしよう……!? けれど、頭にふってきたのは罵声ではなく、軽やかな笑い声だった。
「さすがは噂に名高いオルティリト殿のお弟子さんですね。この年であれだけの魔術を行うものは、この国にはおりません」
「いやいや、あんなもの、術と呼ぶのもお恥ずかしい代物で」
「磨けば、将来はさぞ立派な魔導師となりましょう」
印象、そんなに悪くなさそう? 恐る恐る顔をあげてみると、自然な笑みを浮かべた美女が立っていた。
騎士であるだけにきりりとした表情が印象的だったが、今のルイーズからは人間らしい魅力が滲み出ている。これぞ強者の余裕というやつだろうか。
あまり怒っているふうでないのにはホッとしたものの、無罪放免なんて甘い展開を期待するほど能天気でもない。俺はココを庇うように一歩前に出て、おずおずと切り出した。
「あの、おれ……私達の処分は、どうなるのでしょう。やろうと言ったのは自分で、ココは手を貸してくれただけです。だから」
そこまで言ったところで、ココも慌てて「いえ、止めなかった時点で私も同罪です」と加わった。罰なら共に受けると。沈黙が降りて、ルイーズは逡巡を見せたあと、「そうね」と呟いた。
「まずは怪我人の手当と謝罪。訓練中の怪我は本人の過失でもあるけれど、誠意は見せるべきでしょう」
『はい』
「それから……あとで私のところにいらっしゃい」
え? と二人して口を開けたまま首を傾げると、ルイーズがふふっと笑った。
「それほどの実力があるなら、私の書斎にある上級者向けの魔術書も読みこなせるでしょう。習得してみせて」
「あ……」
「ありがとうございます……」
彼女は「ガッカリさせないでね」と茶目っ気を含んだ声音で呟き、すっと踵を返して去って行った。
「すげぇクール」
「大人って感じですね」
二人ともぼうっとした顔でその背中を見送ったあと、師匠を見ると、何やら眉の端がピクピク動いている。なんだ? まだ何か怒ってる?
「ヤルンよ」
「はい?」
面倒な予感がする。あまり触れたくなかったものの、仕方なく聞いてやると、師匠はきっと強い眼差しでこちらを見据えた。
「忘れるでないぞ。お主がわしの弟子であることをな!」
聞かなきゃ良かった。いや、待てよ。俺にも言いたいことあったわ。
「師匠、使っちゃいけなかったんなら、なんで共鳴魔術なんて教えたんスか?」
俺は先日やらかした二重詠唱の大失敗でつくづく思い知った。魔術は安易に混ぜてはいけないと。だから、教わらなければ今回だってしなかったはずだ。
「それは……のう」
教えたのは目の前の師匠、その人だった。爆発系の魔術を仕込まれる過程に共鳴魔術も含まれていたのだ。おい、目ぇ逸らすな。
「わしはやれとは言っておらん」
「教わったら『やれ』ってことだと思うじゃないスか」
「教えても一人じゃ出来まいと思ってのう」
「だから、『ココに教えて二人で練習しろ』って意味だと思ったんスけど?」
コラ、こっち向け。目を見て話してみろよ。なぁ? とココに同意を求めると、彼女もこくんと頷く。
仲間内では魔力量も制御力もトップクラスのココならすぐに習得出来るだろうと思ったし、長い付き合いだから息も合わせやすかった。
「……ヤルンよ」
「何スか」
「こうなっては仕方がない。半端に放置しておくのもまずいでな。二人揃って面倒見てやるから、今夜は二人で来るようにの」
はぁ? 何言ってんの? もしかしてこれ、開き直ってないか?
「ではな」
あ、逃げた。……もう疲れたから良いや。ルイーズにも怪我人の手当とかしろって言われたし。そっちから片付けよう。でもって共鳴魔術が完璧に使えるようになったら師匠にぶつけまくろう。
俺は、師匠に「夜の訓練に来い」と言われて実は超喜んでいるココを引きずって医務室へと向かった。
余談ではありますが、キーマはなんとか逃げおおせています。仲間の搬送を手伝いながら、周りからなんで声をかけてくれなかったんだと罵られてます。疲れていたから仕方ないです、かね?




