第三話 二刀流と二重詠唱・前編
やっと本格的に訓練開始。暑さにはやられつつも、前半は割とまったりしてます。
ファタリアは海と太陽の国だ。
その象徴とも呼ぶべき太陽がいつにも増して眩しく、ギラギラと大地を焼く熱線を発している。
毎日のように暑い暑いと零していた兵士たちも、ここまでくると口の中の水分まで惜しくなるのか、皆一様に唇を引き結んで黙りこくっている。
剣を振る時の気合いと、呪文を唱える声以外の一切が失われた、まさに「灼熱地獄」だった。
「うへ……まじ、秋、どこいったんだよ」
山の方には来かけてたよな? 紅葉はどうしたよ? この国、内陸と海沿いの気候が違い過ぎじゃね?
そんな詮ないことを考えつつ魔導士組が訓練を終え、宿舎に戻ろうとしていると、ちょうど剣士組も制服を汗でぐっしょり濡らしながら歩いてくるところだった。うわ、全員目が死んでないか?
「おおい、生きてるかぁ?」
「見ての通り死んでるー」
力なく問いかけると、キーマのよれよれの声が返ってくる。お互い、まだ午前中の演習が終了しただけで、午後が丸々残っているというのに、すでに体力は限界、歩く屍状態だ。
「許されるなら水を浴びてベッドに飛び込みたいよ」
「それが出来るのは命知らずだけだぞ」
目の光が失せたキーマに返す。旅でだいぶ慣れたと思っていたファタリア王国の気候だが、そんな考えは甘かったと登城した翌日には思い知った。
同じ訓練をしていると、ファタリア兵との暑さへの順応度の違いがはっきりとあらわれた。走っているだけで、汗と一緒に気合や体力までが流されていくような感じがするのだ。
「この国の奴らは暑くないのかよ。どうなってんだぁ?」
「こうも暑いなんて……死ぬるる……」
「おい寝るなよ。寝たら本当に死ぬぞ!」
もし一度横たわろうものなら、激しい睡魔に襲われるのは必至だ。撃沈していたら師匠や師範にどんな目に遭わされるか、考えただけで恐ろしい。死んでも倒れるわけにはいかない。
「とりあえず、胃にものを押し込まないとな」
食欲はあまりないけれど、これからの1時間の休憩でどれだけ回復出来るかで、1日の中で最も温度の上がる午後をやり過ごせるかどうか、明暗が分かれる。
あとは体を少しでも冷やしておくのが得策か。水でもかぶるかな。
「……」
それにしたって、ずっと黙ったままというのも苦痛である。ゆっくり後ろを歩いてきていたココが合流するのを待って、キーマに普段気になっていた件を聞いてみることにした。
「なぁ、一口に剣って言っても色々あるよな。長剣に短剣? 先が曲がってるやつとか、二刀流とか」
「そうですね。二刀流はちょっと違いますけど」
暑さから少しでも気を逸らそうとして、ココも会話に入ってくる。俺達が見詰めたのは、生気が抜けかけているキーマの腰に下がる長剣である。
見習いの時と正式な兵士になってからのものは、装飾や切れ味こそ違えど、形や重みはほとんど差がない。
ベテランの兵士や騎士は自分にあった様々な剣を拵えているらしいだけに、何故支給品はこの形なのか、以前から不思議ではあった。
「んー?」
キーマは話を聞いているのか怪しい顔で首を捻る。ちょうどこのタイミングで屋内に入り、直射日光から解放されたおかげか、火照った顔の赤色も少し和らいできた。
「この長さと重さは、扱いやすくて初めて触るのにもってこいなんじゃない? 揃えると統一感や団結心も生まれるし」
「整列すると格好いいですよね。私達は武器を持ちませんから、少し羨ましいです」
確かに、制服をまとって同じ剣を携えてズラッと並ぶと、見習いでも様になる。ヒヨッコには個人で相手を圧倒できる実力がないから、特に有効な手段かもしれない。
「そう? 魔導士だって、魔導書を構えてる時は、相手に十分威圧感を与えてるよ。得体の知れない怖さがあるね」
「でも、やはり刃物を前にした時とは緊張の種類や度合いが違うと思います」
聞き役に回ると、二人は勝手に盛り上がり始めた。
角を折れ、石畳の廊下を並んで進んでいく。ぞろぞろと兵士達が吸い込まれていく先にあるのは食堂だ。奥からは食器が立てる音や、愚痴や噂話を言い交わすざわめきが聞こえてきた。
今日のメニューはなんだろうな? ユニラテラ王都で訓練した時と違って、この国では昼も普通に食べる。暑さに負けずに動き回るためだそうだ。
「二刀流は変則的過ぎて、素人にはまず無理だよ」
メニューに気を取られていたら、いつの間にやら二刀流の話題に移っていた。そそこだけを捉えて、「えー、カッコいいのに」と俺はぼやく。
「二刀流には、攻めるのみ! って気迫があるだろ。後ろに引き下がらない決意が滲み出ててシビれるよな」
キーマは手のひらが見えるように腕をゆるく広げて、それから右手を振ってみせた。やっと目に光が戻ってきたか。
「人間には利き手があるから、二本持っていても、ついどちらかに集中してしまうでしょ。一度に二つの動作を連続して行うのは、至難の業だって」
「逆に相手を見る目が鈍ったりしそうですよね」
うぅ。ココにまで言われてしまうと、諦めて肩を落とすしかない。それで隙を作っていたら、目も当てられないもんな。
「世の中に二刀流の使い手がいないわけじゃないだろうけど、いるとすれば相当の熟練者ってことになるね」
うはー、見てみてぇ! 現実的じゃないって説明されても、やはりお目にかかりたい気持ちはある。世界は広いのだ。きっとどこかにはいるはず!
「そういうキーマさんは、挑戦してみようとは思われないんですか?」
「え、二刀流を?」
キーマは「無理無理」と首を振る。一本で手一杯らしい。まぁそうだよな。こいつは結構器用な方だが、さすがに二刀流は荷が重いか。
それに、ココと違って必要以上の努力も好きじゃない。センスと興味本位だけでここまで来た、ある意味凄い男だ。
「というか、二刀流って経済的じゃないよねぇ。『もう一本買うお金があるなら盾買えよ』って感じ?」
「ロマンを売り飛ばすな!」
「ロマンを追いかけて死ぬよりマシだよ」
「お前、実は二刀流じゃなくて俺の悪口言ってるだろ!」
その頃には俺達の順番が回ってきて、カウンターでトレイを受け取った。平たいパンにスパイシーな香りのスープと野菜サラダ、メインの焼き魚が並び、そしてデザートには素焼きのナッツ類が幾つか。
「まぁまぁ。食欲ありませんでしたけど、こうして目にしたらお腹が空いてきましたね」
目を逆三角形にする俺をココが宥めてくる。確かに、特にスープの辛そうな匂いには腹が刺激される。う、鳴りそう。もうちょっと我慢しててくれよー。
「うん、旨い」
スウェルでは珍しい海の魚は、皮がぱりっと焼けていて、噛むとじゅわっと旨味が染み出て旨かった。適当に空いた席に着いて食べ始めると、それが呼び水になって更に食欲が増してくる。
パンを千切って口に放り込み、噛んでいる最中にスープを飲み、飲み終える前に魚をナイフで切って、サラダもろとも頬張る。魚の骨? 知らん。
こうなると味は二の次。腹が減るのと満たすのと、どちらが早いか勝負しているみたいだ。
「ヤルン、取ったりしないから落ち着いて食べなよ」
「おぅ」
「ノドに詰まりますよ?」
「分かってる」
「……聞く気ないね」
「んー」
だから腹が減ってるんだってば。俺ばかり構ってないで、自分の食事に集中しろよ。そう思いながら適当に返事をしていたら、ややあってキーマが「じゃあ別のこと聞いていい?」と言ってきた。
「あ? 別のこと?」
本当に二本の剣を持たせたら、ヤルンはとにかく突っ込んで瞬殺されそうですね……。
実は本人の希望に反して、あまり剣士に向かない性格じゃないかと思う今日この頃です。




