第三話 二刀流と二重詠唱・後編
やっと今回のお話の本題。キーマの言い出した「別のこと」がきっかけで、またも一騒動起こすことに……。
「もうすぐ午後の訓練が始まりますよ?」
「ま、すぐ終わるだろ」
今日の午後は剣士も魔導士も一緒の合同訓練だ。食事を終えた俺達は真っ直ぐ訓練場に向かう前に少しだけ寄り道をした。
といっても脇にそれただけだ。アリの行列みたいに移動する奴らの列から外れて、建物の影に移動する。周りには木も生えているし、よし、ここなら見られないだろう。
「けど、見せてもらっていいの?」
言い出しっぺのくせに不安げなキーマに、「元はと言や、お前が聞いてきたんだろうが」と口を尖らせる。せっかく場を整えたのだ。怖気づく奴があるか。
「二重詠唱ってどんなものなのか、興味があっただけだよ」
「だから見せてやろうって言ってんじゃねぇか」
そう、キーマの「別のこと」とは二重詠唱のことだった。その名の通り、一度に二つの術を発動させるテクニックで、当然、かなりの熟練度を要求される。ちなみに一流の魔導師になれば更に重ねられるらしい。
キーマは二刀流の話から二重詠唱を思い付いたようだった。言われてみれば、二重詠唱は魔術版の二刀流かもしれない。片方に注意を向けると、もう一方がおろそかになるところは良く似ている。
「大丈夫?」
「とーぜんだろ!」
何がそんなに不安なのだか。胸を張って返すも、キーマの懸念が晴れた様子はなく、なおも言い訳を重ねてくる。
「いや、今ここで実践しなくて大丈夫だって。別に疑ってないから。魔力が切れたら午後の訓練で困るでしょ」
馬鹿にしないで貰いたい。俺だってもうズブの素人じゃないのだ。魔力の配分くらい弁えている。師匠との特訓で消費効率も上がっているし、問題ないはずだ。
「はっ、俺が魔力切れなんか起こすかっての」
だからこう言ったのだが、ココは別の角度からフォローを入れてきた。
「私もそこは大丈夫だと思います。ヤルンさんが魔力切れを起こすくらい魔術を使う訓練をしたら、私達は全員倒れちゃうと思いますから」
「あぁ……、納得」
「そこで納得すんな!」
仲間が次々に倒れていく中で最後まで残って戦い続ける、なんてシチュエーションは燃える。燃えるだろうが、訓練中にその状況になっても恥ずかしいだけだ。
「恥ずかしい? なんでさ」
「だって、自分だけ手を抜いているみたいだし、取り残された感が凄いし。一番嫌なのは、師匠が滅茶苦茶嬉しそうにニヤニヤ笑いながら見てやがること!」
あの笑いを見ると背筋がぞわぞわする。あれは俺の余力を計算に入れながら、夜の特訓メニューを何にするか思案する顔だ。
「うわぁ、今夜は何をやらされるんだろうな? 師匠、やっぱり『爆発』の件を忘れてないみたいだし、近いうちにこの城は陥落するかもしれないぞ」
「ヤルン、ストップ! 漏れてるよ。怖い話が口からダダ漏れしてる!」
「誰かに聞かれたらまずいですよ」
二人に指摘され、はっと我に返った。いかんいかん、危ないところだった。とにかく昼休憩もあと僅かだし、とっとと終わらせてしまおう。
「誰も見てないよな?」
「皆さん、もう行ってしまいましたから」
何故、わざわざ実演するかというと、自分でもやってみたかったからだ。
これも二刀流を想像して貰えば分かりやすいと思う。二重詠唱が普通の魔導士に必要とされる技能じゃないということが。それよりは一つの術を正しく、決められたタイミングで発動させる力の方がよほど強く求められる。
「うっし。んじゃ、いくぞ」
だから、前に火事場でやろうとした時は激しく叱られた。失敗のリスクが高い危険な行為であると同時に、命令違反だという二つの理由で。……今回はバレませんよーに!
『凍てつく氷よ』
まずは一つ目だ。短く唱えて左手の上に片手大の氷塊を生み出す。そうして、今度は右手を差し出す。
『吹きすさぶ風よ』
ヒュオッと音を立て、右手の上に小さな風の渦が生まれる。風を実際に見ることは出来ないが、空気が動いて三人の髪や服をはためかせ、存在をアピールしていた。
「ほれ、完成だ」
「へぇ、確かに二つの魔術が同時に発動してる。けど、そんなに難しそうに見えないね?」
キーマにはあっさりやって退けたように感じられたらしい。実際、俺もそんなに苦労はしなかった。初歩の術同士の組み合わせだしな。一方で異議を唱えたのはココだ。
「いえ、これほど安定させるのは難しいですよ。ヤルンさんの魔力を制御する技術がそれだけ向上しているのだと思います」
「そう、かな?」
そんなにストレートに褒められると照れる。しかも今は身動きが取れないから、どういう態度を取ればいいか窮してしまう。……と、ふと俺は未だ出現させたままの氷と風を見詰めて思った。
「なぁ、これって混ぜたら冷気になるんじゃね?」
『えっ?』
声を揃えて驚く二人に、改めて説明し直す。
「暑いから、氷と風を出してみたんだけど、混ぜれば冷気になって涼しいんじゃないかなぁってさ。このまま消しちまうのも勿体ないし」
二重詠唱については実用性が低いからと概要しか教わっていない。だから、二つを混ぜて一つにするとどうなるのかまでは、詳しくは知らなかった。
「うーん、どうでしょう?」
ココが目を細めて言う。彼女は目の前で起きている表面上の現象だけでなく、魔力の流れそのものを感じているようだ。気になったことは追及しないと気が済まない、研究者じみた顔つきになっている。
「これは魔力と物質が結合した状態ですから、想像通りにはいかないかもしれませんよ」
「とにかくやってみれば?」
魔術談義に入れないキーマが素人目線で発言し、方針が決定した。万が一に備えてココが三人の周りに軽い結界を張ってくれる。これで、冷気が生まれても拡散することはないはずだ。
「それではどうぞ」
「おう」
少しばかり緊張して、ごくりとのどが鳴る。俺は自分の両手で握手するような気持ちで、氷と風をそうっと近付けていった。
「あっ」
拳二つ分くらいまで距離が縮まった辺りで、二つはぱりぱりっという不穏な音を発し、無数の光が弾けた。ヤバいかもと感じた時には互いに引き合っており、止めようにも手遅れだった。
ピキッ、びきびきびきびき! 氷がひび割れる響きと、急速に吹き荒れ始める風。誰の目にもただ事ではないのは明らかだった。
「ねぇ、ヤルン。これって」
「おう、『混ぜるな危険』、だな」
「だな、じゃありませんん~!」
あとはひたすら、わぁわぁぎゃあぎゃあ叫んでいた記憶しかない。あーあ。
その後、俺達は目覚めた医務室で幾つかの事実を知ることになる。まず一つ目は、俺達は三人揃って仲良く氷漬けになっていたところを、師匠に発見されたこと。
「あんな馬鹿みたいな量の魔力の放出を感じれば探すまでもないわい」
だそうだ。すぐに見つけて貰えて良かったのだと思いたい。じゃないとどうなっていたか分からないし、色々と恥ずかし過ぎる。
だって、こっそりやるつもりが一瞬で城中の魔導士に知れ渡ったってことだろ? あとでキーマが仕入れてきた噂によると、敵襲かと思われて一部じゃ大騒動になったらしいし。うぎぎ、深く考えたくない!
それから二つ目。二重詠唱はやはり大失敗で、おかげで俺は盛大に魔力揺れを起こした。全身が怠いし、目がぐるぐる回って気持ち悪いし、とにかく最悪である。
「ふむ。結界を張ったせいで冷気が外に逃げずに、加速度的に濃度が上がったのじゃろう。安全策が仇となったわけじゃ」
凍りついた原因についてはこう解説された。
まぁ、責任については三等分だな。キーマが言うように話だけしていればとか、ココともっと相談してから挑戦すればとか、後悔が過ぎりはしたけれど、二人とも止めなかったのだから一蓮托生だ。
そして三つ目が二重詠唱の最大のキモだ。師匠は溜め息を吐きながら「教えるのが一足も二足も遅かったのう」と前置きしてから説明をしてくれた。
「二つの魔術を合わせる時、もっとも気を付けねばならぬのは各々の出力じゃ」
俺は単純に二つが一つに混じり合うのだろうと考え、それ自体は間違いではなかった。問題はその結果生み出される術の威力だ。
「二重詠唱の結合は、いわば劇薬同士を混ぜるような行為での。扱いが難しい代わりに、爆発的な相乗効果を生み出すのじゃ」
「げっ」
だから術者ごと凍らせるほどの、凄まじい勢いが出たのか。潰れたカエルみたいな声を出しながらも納得していると、師匠はほんの僅か逡巡を見せてから言った。
「やはり爆発系の魔術についてきちんと教えておくべきだったのう。よし、今夜から早速始めるぞ」
え。こ、今夜? いやいやいや。ちょっと待ってくれよ。状況分かってる?
「あの、今、この通り思いっきり医務室のベッドの上なんスけど……?」
一応は抗議してみたが、無駄な抵抗なのは分かり切っていた。
「そんなものは気の持ちようじゃ。怪我をしておるでなし、応急処置したから凍傷にもなっておらんじゃろう?」
「……」
「逃げたら……分かるな?」
ひいぃ! 結局このパターンかよ!
何年経っても同じような失敗をしていて、ある意味全く成長していないヤルン。
どこに行っても、本人が望まない形で有名になってしまうところまでがテンプレです。
ところで、完成まで大いに悩む回でした。オチが付かず、気が付けば最初の文章量の約三倍に。更に無駄に伸びそうだったのを、我に返って千文字以上カットする事態に……。
文章って難しいですね。今後も出来るだけ「サクサク進行」を目指します!




