納葵家へのお誘い
今話タイトルは「納葵家へのお誘い」です。
世間は結構狭いものです。
色々とこんがらがってきたところに、救世主が現れた。
「ちょっといいかしら、納葵さん!」
未来也の母である。
「はい、……なんでしょうか?」
何故かとっても嬉しそうな顔をしている未来也の母に、呉葉も夕日も戸惑っている。
「もしかして、納葵さんって、あの『納葵音子』さんの、『納葵』さん?!」
あまりの唐突さ加減に、二人とも目を丸くしている。
「音子、というのは僕たちの姉、……ですけど」
「よく知っていましたね。あまり有名ではないのに……」
納葵音子は動物の声しかやらない声優である。超売れっ子だが、あまり有名ではない。現在、|効果音(SE)と思われている動物の声も、実は音子のものが多々ある。それくらいよく出ている。
「私、大ファンなのよ! 是非ともお会いしたいわ! お母様に伝えておいてね!」
「え!? ええ、分かりました」
その言葉を聞くと、未来也の母はさっさと家事に戻ってしまった。
呉葉と夕日は、なぜ『お母様に』と言ったのかとても不思議だったが、お互いに首をかしげただけで、何も言わなかった。
「なんで『お母様によろしく』なんだ? 音子さんってのは、お姉さんだよな?」
未来也が普通の口調に戻ってしまっているが、誰も気にしていない。いや、美樹だけは少し首をかしげている。
「今ので、なんで未来也くんが姉さんのことを知っていたのか、その疑問が解けたわ」
未来也の問いをあえて無視して、呉葉がつぶやいた。
「ああ、母親がファンだからな。なんでも、二十五年くらいはファンらしい。でも、二十五年前っていうと、五歳とか六歳とか、それくらいじゃないか?」
「ええ。姉さんが仕事を始めたのは三歳からと聞いているわ」
「そんなに幼くしてお仕事だなんて。……三歳というと、私と未来也様が運命の出会いを果たしてから二年と四半分くらいですわ」
三歳くらいまでの記憶は残らないとはいうが、美樹は、未来也に関する記憶なら、それ以前のものがはっきりと残っている。
「運命の出会いって……。そくそんな昔のことを覚えているわね。私なんか。五歳くらいの記憶がおぼろげにあるくらいよ」
「未来也様のことは、出会ってから、一分一秒たりとも忘れたことはありませんわ」
美樹は、未来也をうっとりと見つめながら言った。
「ありがとう。嬉しいよ。美樹」
未来也はその目をまっすぐに見つめて言った。
「当然のことですわ」
美樹は、嬉しいといわれて声が弾んでいる。
「で、どうして『お母様によろしく』なんだろう。実は知り合いなのか?」
未来也はまだ気になっていた。
と、そこへ、
「もう遅いから、そろそろ寝たほうがいいわよ」
唯一、その答えを知る人物が現れた。
「あの~、もしかして、うちの母と面識があったりするんですか?」
すかさず反応したのは夕日だった。
「二十七年前、だったかしら。偶々病院でお見かけしたのよ。お父様、杉梧さんといったかしら。お父様がご病気だったようでね。それで、その週末よ! テレビで『納葵音子』なんて珍しい名前、ほかにいるわけないじゃない。
病院で順番待ちしているときに、隣に座っていらしたのが、納葵さんだったのよ。お母様とはそのときに少しお話して、その後も、病院でお会いする度にお話をするようになって。椎香さんと、音子ちゃんとも少し仲良くなったのだけれど、二週間ほどでお会いしなくなったわ。たぶん、治療が終わったのね。
でも、それ以来まったく見かけなくて、引っ越したのかしら? って思って。同じ病院に通っていたのだから、同じ町には住んでいると思ったのだけれど、それなら、たまには町で見かけることもあるはずでしょう?」
面識があったらしい。これには未来也も、呉葉も夕日も、もちろんあとの二人も驚きを隠せなかった。
「世の中、案外と狭いものだな」
未来也はつぶやいた。
「そういうこと……だったのですね。……実は二十年くらい前に……」
「あら、……ごめんなさい。そうとは知らずに……」
未来也が、あれ? と思ったのが顔に出たらしい。それに気付いた呉葉は小声で「そこは、まあ、ね」と濁し、夕日に目配せした。
「今度みんなでうちに来てよ。お母様も一緒にいらしてください。姉も喜ぶかと思います」
「美樹ちゃんと悠くんも、お母様と一緒にね。
そうそう。未来也くんと美樹ちゃんに一度会ってみたいって。お姉様、あたしたちより仲がいいなんて信じられないみたい」
その後、ややあって。
悠の貸し与えられた部屋は、悠一人。悠は誰よりも早く寝ていた。
呉葉と夕日は二人で一部屋。
「どうしましょう、夕日さん。ああは言ったけれど詳しくはいつにするか……。お母様に連絡をとらなくては」
「呉葉さんは、いつも先走りすぎる。でも、言ってしまった以上、約束は守らないとね。お母様に確認するしかないでしょう」
音子がいなくても、真面目に話をするときは「さん」で呼び合う習慣のある呉葉と夕日。
「夕日ちゃん、おやすみのキス……とか、してみない?」
「恥ずかしいからやめようよ、呉葉ちゃん。……さっきもだけど、よくそんな提案しようと思うよね……」
それでも、他愛ないことを話すときには「ちゃん」で呼び合う。こちらは、二人っきりのとき限定で。
「そうよね、やっ、やっぱり恥ずかしいわよね! ……あの二人は、そういうこと、しないのかしら」
「呉葉ちゃん、もしかして対抗心燃やしてる?」
注意深く呉葉の瞳を覗き込みながら尋ねると、「そうだけど……」と前置きして、
「あ、あたしはっ! 夕日ちゃんのこと、大好きなんだからね!」
そう、顔を赤くして言った。
「……呉葉ちゃん、あんまり他人のこと勘繰るのはよくないよ。それと……ありがと。僕も呉葉ちゃんのこと大好き。……お休み」
夕日も顔を赤くして言った。
「ありがとう夕日ちゃん。おやすみ」
呉葉は、夕日とお風呂もお布団も一緒に入ろうと思いはしたが、やっぱり恥ずかしいのでやめることにした。お布団は隣同士、離さず敷いている。これはいつも通りだ。
未来也と美樹の部屋。
二人は同じ布団に入り、向かい合って片手を取り合っている。
「みきやさま。きょおも楽しい一日でしたね」
美樹が甘えるような声で言うと、
「ああ。美樹と丸一日一緒に過ごせて、とても楽しかったよ」
未来也は優しい声で返すと、開いている左手で美樹を抱き寄せた。未来也からは、美樹が少し照れているように見えた。
今話の文字数、約2,600文字! な、長い……。
美樹のセリフで、二年と四半分とか言ってますね。あまり使わないような言葉を使うのが好きな人です。「遅刻」でも朝寝とかいう言葉つかってますしね。
いや、未来也のセリフで一応フォローしてますけど、朝寝は二度寝することではなく、寝坊することですよ? ←どんな年代の人が読んでくださっているか分からないので、一応です、一応。
今話ですが、音子のお父さんとお母さんの名前が判明しましたね。母:椎香さんと、父、杉語さんです。
ただ、名前が出ただけで、登場することはありません。理由はお察しの通り。
元々は、名前すら出す予定がなかったという……。
あとは、未来也のセリフ、「世の中、案外と狭いものだな」ですが、短編「広い世界の狭い世間で」に流用したセリフです。
はい。こちらの本編につかった、未来也のセリフが先にありました。
ここだけ、とりあえず強調しておきたく……。
病院のことですが、未来也の母はただの怪我です。設定上は。
杉梧さんですが、……音子の回想語りとして説明を入れるつもりなので、もうしばらく。
さて、次話(予定)タイトルは「寝起きの二人」です。
本編も残すところあと一日となりました。(長かった……)
ラスト部分です、と宣言してから(「遅刻」にて)随分経ちますが、物語の時間経過としては、やっと一日経ったという、自分としても『あとちょっとだ』と思った原因でもあります。2019.9.15 19:45




