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群青の嘘 ~港の廃屋と消えた少女~  作者: 空気人形


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File.05 -side:しぐれ-『消えた少女とデータのない写真』

そして、本当の恐怖は、その日の夜に訪れた。


部屋のベッドに潜り込み、冷え切った空気の中で天井を見つめながら、私は一睡もできずにいた。まつりの身に何が起きたのかという不安が頭から離れない。私のスマホも、机の上に伏せたままにしてある。

どれくらい時間が経っただろう。耳を澄ませても聞こえるのは自分の浅い呼吸音と、遠くでかすかに響く湿った波の音だけだった。


その時、静寂を切り裂くように、部屋に電子音が響いた。

ピコン、と小さく乾いた音。


恐怖で跳ね上がる心臓。ゆっくりと起き上がり、震える手で机のスマホを引き寄せた。

画面の通知バナーに表示されていたのは、5人のグループチャット。


送り主は——まつりだった。


あんなに怯え、「電源を切る」と言っていた彼女が、深夜になって再びスマホを開いたのだろうか。


深夜の闇に浮かび上がる、そのメッセージ。


『みんな、ごめんね』


それだけの一言とともに、1枚の写真が送信されていた。


嫌な予感が全身の産毛を逆立てる。息を殺し、震える指で画像をタップした。


画面に映し出されたのは、夜の闇に呑まれそうになりながら、潮風に晒されて佇む古い木造建築。

あの廃屋だった。


二階の、ぽっかりと黒く開いた窓枠の下。

街灯の光すら届かない敷地の中に、ぽつんと一人で立ち尽くすまつりの後ろ姿が映っていた。

彼女はカメラに背を向け、まるで抗えない力に引き寄せられたように、二階の窓をぼんやりと見上げている。


そして——まつりのすぐ真後ろ。

暗闇そのものと同化するように立つあの漆黒の影から、ぬうっと異様に細長い腕が伸びていた。

その凍てつくような指先が、まつりの右肩をそっと、しかし逃がさないように掴んでいた。


『まつり!? いったい何やってるんだ……!?』


みとからの返信が即座に飛んだ。送信されたメッセージの横には瞬時に「既読」がついたものの、それに対する返事は二度と返ってこなかった。


「嘘でしょ……!」


声を漏らし、パジャマのまま上着を羽織ると、玄関を開けて夜の冷気の中へ飛び出した。


◇


夜の港町は、世界から切り離されたかのように不気味に静まり返っていた。

湿った夜風が頬を叩く中、息を切らして足を動かす。あの廃屋までの道のりが、今日に限って果てしない回廊のように感じられた。


角を曲がり、目の前に例の廃屋が見えると、そこにはすでにみと、ゆめ、ういの3人が集まっていた。

全員パジャマの上に上着を羽織っただけの姿で、激しく息を乱し、血の気の引いた顔で立ち尽くしている。


「しぐれ……っ!」


ゆめが泣き出しそうな声で私の名前を呼ぶ。ういは震える手でみとの服の裾をぎゅっと掴み、背中に隠れるようにうなだれていた。


「みと、まつりは……!? まつりはどこ!?」


私は足を縺れさせながら駆け寄り、みとに詰め寄った。


「私たちも今、着いたところだ……! まつりーっ! 返事をしろ! どこにいるんだよ、まつりーっ!」


みとは手にした懐中電灯の光を雑草や廃屋の入り口へ向け、必死に辺りを照らしながら叫び声をあげる。

けれど、返事はどこからも返ってこない。虫の音も、鳥の羽音も、常に聞こえるはずの波の音すら、この一帯だけ完全に途絶えていた。


「あ……あそこに……何か落ちてる……」


ういが震える指で、廃屋の敷地内を指し示した。

雑草が生い茂る荒れた敷地の中央——まさに先ほど、写真の中でまつりが立っていたその場所に、ぽつんと小さな光を放つものが落ちていた。


4人は吸い寄せられるように駆け寄り、みとがしゃがみ込んでそれを拾い上げた。


まつりのスマホだった。


画面はしっかりと点灯したままで、スリープに入っていない。

その液晶画面に映し出されていたのは、数分前にグループチャットへ送信されてきた、あの「まつりと黒い影」の写真だった。


けれど——私たちが息を呑んで凝視する画面の中で、信じがたい変化が起きた。


写真の中に写っていた「まつりの姿」が、まるで水滴が蒸発するように、じわじわと透明になって消えていったのだ。

スマホからも、この廃屋からも、まつりの存在が綺麗に削ぎ落とされていく。ただ、何もない暗闇の中にポツンと真っ黒な影だけが残り、私たちを嘲笑うかのように画面の奥からこちらを見つめていた。


「そんな……どこに行ったの……? まつりちゃん……どこに消えちゃったの……!?」


ゆめが耐えきれずに泣き崩れ、ういは膝から崩れ落ちて頭を抱えた。


「くそっ……! まつり!! どこにいるんだよ!!」


みとはスマホを握りしめたまま地面を蹴飛ばし、掠れた叫び声をあげた。その声は恐怖と怒りに震え、どうしようもない無力感に満ちていた。


混乱の渦中、私は自分のポケットからスマホを取り出し、震える手で操作を始めた。

アルバムを開き、グループチャットのトーク履歴を遡る。


絶対に消えないとまつりを追い詰めていた、あの「動画」。

そして、さっき届いたはずの「写真」。


——ない。どこにも、ない。


フォルダを隅々まで探し直し、トーク画面を一番上までスクロールし直しても、廃屋に関する画像や動画データは、最初からこの世に存在しなかったかのように綺麗に消え去っていた。


残されたのは、真っ黒なスマホの画面と、仲間の一人が目の前から突然消えてしまったという、残酷な現実だけだった。


「消えてる……。画像も、動画も……全部、どこにもない……」


私の掠れた呟きに、みとはハッと顔を上げた。

あの女の腕が触れたから、データごと彼女の存在が消されてしまったのか。それとも、まつりという人間そのものが、あの忌まわしい画面の向こう側へと引きずり込まれてしまったのか。


何が起きているのか、ルールの見えない理不尽な恐怖の正体は誰にもわからない。

冷たい夜風が吹き抜ける暗闇の廃屋の前で、私たちは残された4人の影を寄せ合いながら、夜が明けるのをただ震えて待つしかなかった——。

『群青の嘘 ~港の廃屋と消えた少女~』をお読みいただきありがとうございます!

毎日21時に更新しておりますので、明日もぜひお越しください。


また、別作品の1分で読めるショートホラー『隙間奇談 ~日常の「すきま」に潜む、奇妙な短編集~』も連載中です。


『群青の嘘』とは一味違う、サクッと読めるホラーとなっておりますので、こちらもあわせてお楽しみいただけたら幸いです!



▼『隙間奇談』はこちらから

https://ncode.syosetu.com/n5264mo/


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