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群青の嘘 ~港の廃屋と消えた少女~  作者: 空気人形


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File.01 -side:しぐれ-『夕暮れの5秒間、あるいは始まりの嘘』

期末テスト終了のチャイムが、校内に長く尾を引いて響いた。

解答用紙が回収され、一気に湧き立つ教室。私は鞄にペンケースを投げ込みながら、窓の外へ目をやった。校舎の向こうに広がる鈍色の海と、ガタゴトと重い金属音を立てて横切る路面電車。波須町《はすまち》の北橋高校に転校してきて、ちょうど一ヶ月が経っていた。


まだ潮と鉄錆が混じったこの街の匂いには慣れきっていなかったけれど、私の心は穏やかだった。

転校初日、声が震えて立ちすくんでいた私に「一緒にお弁当食べよ」と真っ先に手を差し伸べてくれたまつり。そこからゆめ、みと、ういの輪に引き入れられ、気づけば昔からの幼馴染みたいに笑い合えるようになっていた。


磯屋のメロンパンを半分こしたこと。放課後の教室で、夕日に照らされながら語り合ったこと。

孤独になる覚悟をしていた私にとって、温かく迎え入れてくれた4人は、命に代えても守りたい大切な存在だった。


「またゆめの都市伝説? テスト直後に聞く話じゃないと思うけどな」


クスッと可笑しそうに笑ったのは、みとだった。背筋を伸ばし、ショートヘアの隙間から覗く凛とした目元。学年で「王子」と呼ばれる彼女は、いつも落ち着いて私を気遣ってくれる頼もしい友人だ。


「だって本当なんだもん! ネットの掲示板にも書いてあったし!」

「ネットの噂なんて、大半が暇人の創作だよ」

必死になるゆめをみとが優しく宥める横で、ういが小さく肩をすくめる。

「ゆめちゃん、怖い話はやめようよ……私、そういうの本当にダメなんだから」

「大丈夫だって! 噂によるとね、あの廃屋の二階の大きな窓……あそこを『5秒間』じっと見つめると、呪われるんだって」


「5秒間?」

それまでスマホをいじっていたまつりが、パッと顔を上げた。瞳に浮かぶのは恐怖ではなく、爛々と輝く好奇心だ。

「なにそれ、めっちゃ面白そう! 5秒くらい誰でも見られるし、なんか撮れたらバズるんじゃない!?」


眉を八の字にするういを見て、みとが困ったように私へ視線を向ける。

「しぐれはどう思う? 行ってみたい?」

「ん……私は、みんなが行くならどこでも」


私にとって都市伝説の真偽なんてどうでもよかった。大好きなこの4人との時間を少しでも長く過ごせるなら、それで十分だったのだ。私の答えに、みとは「そっか」と愛おしそうに目を細めた。


「せっかくテストも終わったんだし、行こうよ! 港の近くだったらすぐだしさ。何もなかったら、ファミレスで山盛りポテトおごってよね!」

「ええっ、なんでそうなるのさ!」と笑うみと、「絶対バズるって!」とはしゃぐまつり。

私たちはいつものように笑い合いながら、夕暮れの港町へと足を踏み出した。


◇


夕空が、急速に濁った群青色へと染まっていく。

路面電車のレールがガタゴトと肋骨に響くような音を立てて通り過ぎる。その線路の行き止まり、街の最果てにその建物は佇んでいた。


二階建ての木造建築。

潮風にさらされて剥げ落ちた外壁は黒ずみ、まるで生気を吸い尽くされた死骸のように周囲から浮き上がっている。雑草が生い茂る敷地の奥、ぽっかりと開いた二階の窓枠が、こちらを覗き込む真っ黒な空洞になっていた。


「うわ……なんか、思ってたよりずっと気味が悪いね……」

ういが私の制服の袖をぎゅっと掴んでくる。指先が微かに震えていた。

「平気か、ふたりとも?」

みとが振り返り、ゆめとういの肩をそっと抱き寄せる。頼もしい仕草だったが、この場所を取り巻く奇妙な静寂が、私たちの声をじわじわと奪っていた。


聞こえるのは、湿った草を踏む足音と、遠くで不気味に蠢く波の音だけ。


「よしっ、動画撮ーろうっと!」

沈黙を切り裂くように、まつりが明るい声を上げた。

「はいみんなー! これから噂の『5秒間』チャレンジ始めまーす! 合図したら二階の窓を見てね!」

「本当にやるの……?」と涙目になるういに、みとが穏やかに寄り添う。「大丈夫だ、私が隣にいる」


私も、静かに二階の黒々とした空洞を見上げた。


「それじゃあ、行くよー! はい、スタート!」


(いち……)

冷たい夜風が、ぴたりと止んだ。

(に……)

遠くの海の音が失われ、耳元で「誰かの粘ついた呼吸音」が聞こえた気がした。

(さん……)

誰もいないはずの暗闇の奥。その黒い穴の底で、何かがすっと動いた。

(し……)


次の瞬間——頭の芯がぐにゃりと歪み、強烈な臭気が鼻を突いた。


一面の血の海。焦げた肉の匂いと、耐え難いほどの生の死臭。

その悪夢のような惨劇の真ん中に、なぜか私だけがぽつんと立っていた。足元には、全身を異常な方向に折り曲げ、苦痛に顔を歪めたみと、ゆめ、まつり、うい。4人の冷たい体が、濃密な血だまりの中に沈んでいた。


(ご……!)


「はい、5秒経過ー! おつかれさまー!」


まつりの甲高い声が響き、張り詰めていた空気が弾けた。


私は激しい嘔吐感に襲われ、胸元を押さえて息を呑んだ。全身から冷や汗が吹き出し、膝がガクガクと震える。

(な、なに……いまの……幻覚……?)


自分だけが生き残り、大切なみんなが壊れているおぞましい光景。こんな不吉なことを口にして、この温かい関係を壊したくない。「私だけがおかしくなったんだ」と、血の気の引いた唇を強く噛み締めた。


「ほらね! 何もなかったじゃん! はい、ファミレス行こ、ポテトポテト!」

まつりがいつもの高めの声で笑う。

けれど——カメラの画面をオフにした彼女の指先が、微かに、しかし激しく震えているのを私は見逃さなかった。


強気に振る舞っていたみとも、青ざめた顔で制服の裾を痛いほど握りしめている。ゆめとういも、互いに目を合わせることすらできず、俯いたまま呼吸を乱していた。


(みんな……何かを見たんだ)


大切なこの居場所を守るために。

みんなで笑い合える日常を手放さないために。


誰ひとりとして「見えてしまった恐怖」を口にしないまま、私たちは明るいファミレスのボックス席へと逃げ込んだ。お互いの顔色を窺い、嘘の笑い声を重ねながら。


——それが、呪いを逃れられないものへ昇華させる、最初の「選択」だったとも知らずに。

『群青の嘘 ~港の廃屋と消えた少女~』をお読みいただきありがとうございます!

毎日21時に更新しておりますので、明日もぜひお越しください。


また、別作品の1分で読めるショートホラー『隙間奇談 ~日常の「すきま」に潜む、奇妙な短編集~』も連載中です。


『群青の嘘』とは一味違う、サクッと読めるホラーとなっておりますので、こちらもあわせてお楽しみいただけたら幸いです!



▼『隙間奇談』はこちらから

https://ncode.syosetu.com/n5264mo/


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