File.EX -side:ゆめ-『夢(ゆめ)うつつに包まれて』
まつりちゃん、ういちゃん。
私をいつも笑わせてくれた、あの二人が突然いなくなった。
学校の空気は氷のように冷え切り、教室にはもう楽しかった笑い声も、他愛のないおゃべりも一切響かない。
どうしてこうなってしまったのだろう。私のせいじゃない。私はただ、みんなとこの夏の思い出をたくさん作りたかっただけなのに。
放課後の教室。限界まで張り詰めていた私の心は、ついに音を立てて折れた。
私は思わず、目の前にいたしぐれちゃんに激しく当たり散らしてしまった。
ういちゃんが消える直前に残していった言葉——「しぐれちゃんが何か隠している」という疑念が、私の頭から離れなかったからだ。
しぐれちゃんが何かを知っている?
私があの日、夢で見たあの不気味な光景——暗闇の真ん中にポツンと立つ私と、その周りで冷たく倒れているみんなの姿。あれはいったい何だったんだろう。しぐれちゃんはこの事を隠してくれているの……? それとも、最初から私たちを嵌めるために——?
疑念と恐怖が頭の中でぐちゃぐちゃに渦巻き、理性を保てなくなった私は、気づけばしぐれちゃんを冷たく責め立てていた。
「ゆめ! しぐれは何も悪くないだろ! なんでそんなひどいこと言うんだよ、ゆめらしくない!」
みとに怒鳴られ、私はハッと我に返った。
そうだよね、しぐれちゃんは何も悪くない。ただ怖くて怯えているだけなのは私と同じなのに。どうして私は、一番傷ついているはずの友達にトゲのある言葉をぶつけてしまったんだろう。
「しばらく、しぐれとは会わない方がいいだろう」
みとの言う通りだ。あんな酷い疑いをかけてしまった私なんて、しぐれちゃんの顔をまともに見る資格なんてない。
「ごめんね、みと……どうかしてたよ」
「うん、いつものゆめに戻ったな」
みとは私を安心させるように優しく微笑んでくれたけれど——違うよ、みと。私は何も戻っていない。ただ限界を迎えた恐怖にフタをして、必死に隠しているだけなんだ。ごめんね、みと。嘘をついてごめん。
みとになら、この胸を引き裂かれそうな怖さをすべて打ち明けてもいいのかな……?
いや、ダメだ。みとに話したところで、きっと困ったように笑って否定されるだけだ。
あぁ、こんなことなら、あのときしぐれちゃんにちゃんと相談しておけばよかった。もっと素直になっていれば、こんな最期を迎えるような仲違いなんてしなかったのに。
もう疲れちゃった。考える気力も、涙を流す体力も残っていない。
「もう帰ろう」
みとには「大丈夫だから、一人で平気だから」と精一杯の笑顔を作り、私は足を引きずるようにして家路についた。
◇
家に帰っても、部屋の電気をつける気力すら起きない。
暗闇の自室でベッドの上横たわり、ただぼーっと冷たい天井を見つめている。
もう夜か……時の流れすら分からない。
まつりちゃん、ういちゃん……もう二度と会えないのかな。会いたいよ。またあの教室で、5人で楽しくわいわいお弁当を食べたかったな……。
ピコン、と静まり返った部屋を切り裂いて、スマホが通知を告げた。
みとからかな? それとも……。
震える手でスマホを手に取り、恐る恐る画面を覗き込んだ瞬間——私は息を呑み、絶叫のあまりそれを冷たい床へと投げ捨てた。
今度は、私に届いたの……?
次に来るのは、私の番……?
嫌だ、怖い、来ないで……!
パニックになりながら毛布を引き剥がし、頭からすっぽりとかぶって小さく丸まった。
なのに、スマホの通知音が止まらない。連続して容赦なく響く着信音が、逃げ場を完全に奪っていく。怖い、怖い、怖いよ……!
「みと……しぐれ……助けて……っ!」
震える指で、助けを求める。
その時、部屋の空気がフッと、異質な冷たさに変わった。
……誰か来た?
誰なの? 玄関のドアが開く音はしていなかったはずなのに。
あの女……? 私のすぐ後ろまで、あの真っ黒な影が来ているの……?
もはや3人しか発言しなくなったあのグループチャットに、最後の力を振り絞って書き込む。
『助けて』
送信ボタンを押した直後、私のアカウントから自動で1枚の画像が送信された。
暗闇の中、スマホのフラッシュで無理やり焚いたような1枚の画像。
写っていたのは、ベッドの上で頭から毛布をかぶり、小さく身を縮こまらせて震えている私の姿。
そして……その毛布の上から。
暗闇の中から這い出てきた漆黒の女の細長い両腕が、まるで私を愛おしむように、上からじわりと、逃れられない締め付けで包み込んでいた。
『ゆめ!? 今どこだ!? 家か!?』
グループチャットに、みとの必死なメッセージが乱打される。
直後、しぐれちゃんからのコールが鳴り響いた。
祈るような気持ちで、震える耳にスマホを強く当てる。
一秒が、永遠のように長く感じられた。
『……もしもし……しぐれちゃん……?』
息絶え絶えになりながら、消えそうな声で答えた。
「ゆめちゃん! 動かないで! 今すぐそっちに行くから——」
『……あたたかいの』
「え……?」
今までの怯えが嘘だったかのような言葉が、受話器から漏れる。
『……すごく……あたたかくて……気持ちいいの。もう……怖くないよ……』
「ゆめちゃん!? 一体何を言っているの……! 起きて、お願いだからそこから逃げて!!」
『……ういちゃんも、まつりちゃんも……みんなここにいたんだね……。あぁ……みんな、待っててくれたんだ……』
もう、何も怖くない。どうでもよくなってきた。
……怖がらなくて、いいんだ。
こうやって消えてしまえば、私もまつりちゃんやういちゃんのところにいける。
ひやりとした闇の中から、ふわりと、心地よいぬくもりが私を優しく包み込んでいく。
「あたたかい……」
それは本来なら底知れない冷たさのはずなのに、なぜか不思議なほど優しくて、心地よくて。
直後——電話の向こうから、ヌチョリ……と、湿った重い液体が蠢く不気味な音が響いた。
みと、しぐれちゃん……ごめんね。
先に、まつりとういのところに行くね。
……2人も、あとで来てくれるよね?
『ゆめーーーっ!!』
ゆめの家の玄関ドアを激しく突き破るような、みとの鬼気迫る叫び声がむなしく響き渡り、私の意識は深い、深い海の底へと沈んでいった——。
『群青の嘘 ~港の廃屋と消えた少女~』EXエピソード【ゆめ編】をお読みいただきありがとうございます。
本編のあと、少しだけ覗き見た少女たちの裏側や日常、いかがでしたでしょうか。
廃屋を巡る夏の悲劇から始まり、本編、そしてこのEXに至るまで長くお付き合いいただき、本当にありがとうございます。
彼女たちの物語がどこへ向かうのか、最後の一幕までぜひ見届けていただければ幸いです。
もし「この物語に出会えてよかった」「最後まで楽しかった」と思っていただけましたら、ぜひ画面下の【ブックマーク登録】や、評価【⭐⭐⭐⭐⭐】をポチッと残していただけると、この物語がずっと心に残る宝物になります……!
感想や、「ここが好きだった」「あのあとどうなったの!?」といったコメントなども、ぜひ自由に書いていってくだされば幸いです。




