File.EX -side:まつり-『宵闇のまつりごと』
お昼の教室。自分の席からわざわざ机を引っ張ってきて、ゆめとお弁当を広げていると、ゆめが目を丸くして耳寄りな情報を持ち込んできた。
「ねえみんな知ってる? この高校に、明日から転校生が来るんだって!」
「高校の途中で転校生って、なんかエモいよねー。きっとすっごい可愛い子に決まってる!」
私がフォークを振り回して笑うと、隣の席みとが呆れたようにため息をついた。
「まつりは相変わらず距離感がバグってるな。初日からそんなハイテンションで突撃したら、転校生が引くだろ」
「えー、いいじゃん! 私と一緒にSNSやったら絶対バズっちゃうって!」
そんなバカなことを話していた私たちの前に現れた転校生——しぐれは、私の予想以上に儚げで、守ってあげたくなるような可愛い女の子だった。しかも、運命のイタズラか隣の席! これは仲良くなるしかないでしょ!と、私はお昼休みにすかさず声をかけたのだ。
そこからの日々は、本当に宝物みたいに楽しかった。
磯屋のメロンパンを半分こしてベランダで食べたこと。帰り道の買い食いがバレて職員室で怒られたこと。放課後の教室で、他愛のない将来の夢を語り合って笑い明かしたこと。
「私たち、昔からの幼馴染みたいだね」って言ったら、みんなが照れくさそうに笑ってくれた。見知らぬ街で色褪せていたはずのしぐれの世界に、私たちが新しい色を塗ってあげられた——そんな誇らしさがあったのだ。
——だからこそ、あの日の放課後の出来事は、あまりにも悪夢だった。
◇
「ねえねえ、みんな知ってる? 港のすぐそばにある廃屋を5秒見ると、呪われるんだって」
噂好きのゆめが、テスト終わりの教室でお決まりの怪談話を切り出した。
「またゆめの都市伝説? テスト直後に聞く話じゃないと思うけどな」
みとが宥め、ゆめが食い下がり、ういが怯える。そんな日常のすり減るような退屈を蹴散らすスパイスとして、私には最高のイベントに思えた。
「なにそれ、めっちゃ面白そうじゃん! 5秒くらい誰でも見られるでしょ! 心霊動画とか、絶対バズるって!」
「……美少女は4人じゃない?」
みとがジトッとした目で見つめてくる。「みとは美男子枠でしょ!」と言い返すとギロリと睨まれた。そんなやり取りに、しぐれも「私は、みんなが行くならどこでも」と、いつもの柔らかい微笑みを浮かべてくれた。
そうして始まった、放課後の探検。
潮風が吹き抜ける街の最果て。問題の廃屋の前に立った私たちは、スマホを構えた。
「よしっ、動画撮ーろうっと! はいみんなー! これから噂の『5秒間』チャレンジ始めまーす! 合図したら、あの二階の窓を見てね!」
「いち、に、さん、し、ご……スタート!」
私の掛け声とともに、全員の視線が一斉に二階の黒々とした窓枠に注がれた。
その瞬間——。
頭の芯がぐにゃりと歪んだ。
目の前の景色が一瞬で塗り替えられ、ゾッとするような惨劇が脳裏に焼き付いた。
真ん中にぽつんと立っている私。
その足元に、骨を不自然に折り曲げて倒れ、冷たくなっているみと、ゆめ、うい、そしてしぐれ。
一面の血の海と、鼻をつく生々しい生の死臭。
「っ……!」
心臓が早鐘を打つ。パニックになりかけた頭で、私は必死にスマホを握りしめた。
ダメだ、ここで私が叫んだりしたら、せっかくの楽しい空気が壊れてしまう。みんなが怖がる。誰も何も言っていないんだから、きっと私だけがおかしな幻覚を見たんだ。何でもない、ただの気のせいに違い——。
「はい、5秒経過ー! おつかれさまー!」
私はできる限り明るい声を絞り出し、引きつる頬を無理やり持ち上げた。
「ほらね! 何もなかったじゃん! はい、ファミレス行こ、ポテトポテト!」
その後はもう、必死だった。
ファミレスのボックス席で、山盛りのポテトをケチャップまみれにして口に運ぶ。みとがおごってくれた。「誰もあの惨劇を見ていない」「私だけがおかしいんだ」と自分に言い聞かせて、必死に笑った。
◇
けれど——帰宅後、動画を見返した私は、自室で完全に凍りついた。
動画の終わり際。
誰もいないはずの廃屋の二階の窓の奥に、ぼんやりと浮かび上がる、おぞましい「女の影」。
(な、なにこれ……)
恐怖を押し殺すように、私は引きつる指でスクリーンショットを撮り、グループチャットへ送りつけた。「これ、絶対バズるやつじゃん!」なんて嘘のテンションを装って。明日みんなに見せれば、「ただの光の反射だよ」って笑ってくれると信じたかったのだ。
だが翌日。
学校でスマホを突き出すと、画面を見た全員が血の気が引いた顔になった。
「ダメに決まってるだろ」
みとの強い拒絶に押され、私はその場で動画を削除した。みんながあんなに怯えるなら仕方ないと引き下がった。
だが、恐怖の本番はそこからだった。
放課後、一人で路面電車に揺られながらスマホを開く。
——なんで!?
昼間に削除したはずの動画と画像が、何食わぬ顔でアルバムに残っている。
「っ……!」
震える手で即座にゴミ箱からも完全に削除した。けれど、家に帰って恐る恐る画面を覗き込むと、そこにはまた、あの女が映り込んでいた。
なんで、なんで、なんで——!
何回消しても、消しても、消しても。
再生するたびに、窓の奥にいたはずの女が、画面の向こう側から一歩、また一歩とこちらへ近づいてくる。関節を歪な音で曲げながら、ガラスを突き破って這い出してきそうな気配。
その夜は、一睡もできなかった。
スマホの電源を切っても、暗闇の中からあの女の顔が離れない。
——言えるわけがなかった。
あの日、あの廃屋の前で、私が「みんなが死んでいる悪夢」を見ていたなんて。私がみんなをこんな呪いに巻き込んでしまった元凶かもしれないなんて。そんなことを言ったら、みんな私を化け物を見るような目で遠ざけてしまうに決まっている。
翌朝。学校に着くと「まつり……? どうしたの?」としぐれが心配そうに声をかけてくれた。
その優しい顔を見るだけで、胃が千切れるほど痛む。私を疑っているの? それとも、しぐれも私と同じ悪夢を見て——。私は耐えきれずに視線を逸らした。
「昨日の動画……消したはずなのに、消えないの」
私は震える手でスマホを差し出すことしかできなかった。
◇
放課後。みとに連れられてスマホを初期化しようとしたけれど、そんなものでこの恐怖が消えるはずもなかった。
深夜、私は暗闇の中で一人、吸い寄せられるようにあの廃屋へと向かった。
二階の窓の前に立つと、ねっとりとした湿った視線が全身を縛りつける。私は何かに魅入られてしまったのだ。逃げられないのだと悟った。
震える指でカメラを構え、シャッターを切る。
画面に写った自分のすぐ後ろに——あの真っ黒な女の細長い手が、そっと私の右肩を掴んでいた。
あぁ、どこで間違えちゃったんだろう。
あの時、調子に乗って「5秒なんて余裕」なんて言わなければよかった。
こんなことなら、ふざけた噂になんて乗らなければよかった。
押し寄せる絶望と、首筋を這い上がる氷のような冷たい指先。
もう誰にも助けを求められない極限の中で、私はグループチャットを開き、最後の写真を送信した。
『みんな、ごめんね』
首筋に触れた黒い手が、じわじわと私の存在そのものを呑み込んでいく。視界が真っ黒に染まっていく中で、私は消えゆく意識をただ委ねるしかなかった。
みんな、ごめん……。
『群青の嘘 ~港の廃屋と消えた少女~』EXエピソード【まつり編】をお読みいただきありがとうございます。
本編のあと、少しだけ覗き見た少女たちの裏側や日常、いかがでしたでしょうか。
廃屋を巡る夏の悲劇から始まり、本編、そしてこのEXに至るまで長くお付き合いいただき、本当にありがとうございます。
彼女たちの物語がどこへ向かうのか、最後の一幕までぜひ見届けていただければ幸いです。
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