File.10 -side:しぐれ- 『欺瞞の結束と、沈黙の嘘』
ゆめの部屋に漂う重苦しい沈黙の中で、みとは私の胸ぐらを掴んだまま、荒い息をついていた。
震える手、血の走った瞳。みとの全身から溢れ出していたのは、怒りというよりも、仲間をすべて失った底なしの恐怖だった。
「みと……」
私は逃げずに、みとの目をまっすぐに見つめた。
「怖がらせて、ごめん……。怪しまれるのが怖くて……あの廃屋で見た『悪夢』のこと、本当のことをずっと言えなかったんだ……」
「悪夢……?」
みとの手が、わずかに緩む。
「あの日、私が見たのは……部屋の真ん中に私がポツンと立っていて、その周りで……みんなが折れ曲がって倒れている光景だったの……」
「な……んだと……?」
「転校してきた私をみんなが温かく受け入れてくれたのが、本当に嬉しかった……。だから、『自分だけが無事でみんなが死んでいる映像』なんて見たって言ったら、嫌われるんじゃないかって……私が犯人なんじゃないかって疑われるのが怖くて……、言い出せなかったんだよ……!」
目から溢れ出した涙が、みとの手にポタリとこぼれ落ちた。
「でもね、まつりちゃんが消えて、ういちゃんも、ゆめちゃんも消えて……! 私が見た悪夢の通りに、本当にみんながいなくなっていって……! 本当にそうなっていくのが怖くてたまらなかったの……! ごめんなさい……隠していて、本当にごめんなさい……!」
声が枯れるほど叫びながら告白する私を見て、みとは息を呑み、ゆっくりと胸ぐらから手を離した。
そして、その場に力なく背中を丸めて座り込み、深く、深く息を吐き出した。
「……すまない。取り乱した」
みとは両手で自分の顔を覆い、荒い呼吸を整える。
「私も……どうかしていた。しぐれのせいじゃないことくらい、頭では分かってるんだ。目の前でみんなが消えていって、精神がすり減って……頭がおかしくなりそうだったから……」
みとはゆっくりと立ち上がると、制服の袖で乱暴に目元を拭った。
「……悲しんでいる時間はない。このままだと、次は私か、お前だ。……しぐれ、お前は他に何か見ていないな? 本当に全部話したんだな?」
「うん、全部話した! 私が見たのは本当にそれだけ。……ねえ、みとは? みとはあの廃屋で、何か変なものを見たりしなかったの……?」
私が問いかけた瞬間、みとの体がほんの一瞬、ピタリと硬直した。
みとの視線が、わずかに、そして落ち着きなく泳ぐ。
実は、みとにも見えていたのだ。ゆめを追いかけて廊下を走っていた時も、そして今この部屋にいる間も——視界の端の暗がりで、あの細長く不気味な黒い影がゆらゆらと揺らめいているのが。
けれど、みとはそれを「自分の恐怖が生み出した脳の錯覚だ」「そんなものを認めてしまえば、自分もゆめたちのように狂ってしまう」と、必死の思いで否定し、打ち明けることができなかった。
「……私? 私は何も見ていない」
みとは強がるようにフッと鼻で笑い、いつもの冷静な「王子」の態度を装ってみせた。
「私はあんな幻覚なんか信じない。目に見える現実だけを信じる。だから……そんなもの、見えるわけがないだろ」
「……そっか。よかった」
私は、みとが必死についたその嘘に、全く気づけなかった。
自分が素直にすべてを告白できた安心感と、唯一残された友人が「何も見ていない」と言ってくれた心強さから、みとの微かな動揺や声の震えを見落としてしまったのだ。
◇
翌日。学校は警察の対応と相次ぐ噂で授業どころではなく、私たちは放課後、人目を避けるように図書室の最も奥まった席に集まった。外はどんよりとした鉛色の雲に覆われ、夕暮れにはまだ早いというのに室内は薄暗く澱んでいた。
「まず、今分かっていることを整理しよう」
みとはノートを開き、ボールペンを滑らせる。
・あの廃屋に足を踏み入れた者が、あの黒い女から狙われる。
・一人でいる時に、その存在ごと消されてしまう。
・消える直前、スマホに『細長い手の女』の写真が送られてくる。
・その手が身体に触れると、その人に関する記憶や痕跡ごと世界から消し去られる。
・人が消えると、スマホに残っていた動画や画像データは跡形もなく消去される。
「……やっぱり、あの黒い手がトリガーだ」
みとがノートの『タッチされる』という文字を強く丸で囲んだ。
「でも、どうして画像や動画まで消えるんだろう? まつりも、ういも、ゆめも……警察は単なる家出や行方不明として処理しようとしている。まるで、最初からそんな人間はいなかったかのように、誰もが忘れていく。最初から呪いなんて存在しなかったみたいに……」
「写真が消えるのは……『存在そのものを隠すため』かもしれない」
みとが重く、低い声で呟いた。
「あの女は、消した人間に関する『記録』や『記憶』ごと、この世界から削り取ろうとしてるんだ。……『隠す』という行為そのものが、あいつの力を強めているのかもしれない」
ゾクッと、背筋に冷たいものが走る。あの廃屋で私たちが感じた恐怖や、誰にも言えなかった秘密こそが、あの怪異の養分になっているということなのだろうか。
「……しぐれ、お前はもう本当に、何も隠していないな?」
みとの目が、真剣な光を帯びて私を射抜く。
「うん! 怖かったけど、みとに全部話したから、今はもう何も隠してないよ」
「そうか。……なら大丈夫だ」
みとは力強く頷いてみせた。
だが、ノートの端を握りしめるみとの指先は、血の気が引いて白くなるほど強張っていた。
(私には……見えているなんて、言えるわけがない。あんな不気味な黒い影が、今だってすぐ後ろで私を見ているなんて、口が裂けても言えない。そんなことを言ったら、私もあいつらに呑み込まれてしまう……)
みとは心の中で必死に自分に言い聞かせていた。自分が幻影を見ているという消えない恐怖を、そしてそれを『隠している』という紛れもない事実を。
「一人になったら負けだ。今日から私とお前は常に一緒に行動する。絶対に一人になるな」
「うん!」
「今夜、あの廃屋の過去や正体をもう一度調べてみよう。隠された真相を暴けば、あいつらを倒す手がかりが見つかるはずだ」
素直になって恐怖を打ち明けた私と、恐怖から幻影を隠し続けてしまうみと。
二人の間に生まれた決定的な「秘密」のすれ違いは、表面上の絆を取り戻したように見えながらも、静かに、けれど確実に次の悲劇へと向かう歯車を回し始めていた——。
『群青の嘘 ~港の廃屋と消えた少女~』をお読みいただきありがとうございます!
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『群青の嘘』とは一味違う、サクッと読めるホラーとなっておりますので、こちらもあわせてお楽しみいただけたら幸いです!
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