27話 二人と、二人
隣に立ち、彼を見た彼女が僅かに反応する。
握っていた手が少しだけ強くなった。
「ここに座ってもいいですか?」
男はわずかに頷く。
「座ろう」
そう言って向かい側の椅子を引く。
テーブルには何もない。
覚えてないけど、多分前からそうなのだろう。
「ご飯は食べないの?」
肩で竦めるだけで、答えない。
「ここの定食、美味しいのに。もったいない」
「ねえ」
はじめて口を開いた。
声も、僕と同じ。
「世間話をしに来たんじゃないんだろう?」
「うん、そうだった。ちょっと、未来の自分と話したくなって」
「わからないな」
彼はそう言って、首を傾げた。
仕草も同じ。
ただ、温度は違う。
僕と君とでは、決定的に違う。
「なにが?」
「君は、どうして解決しようとするのかな? 思いは同じはずだよ」
「そうかもしれない。以前の僕なら、そう思っていだろうね」
「そっか。それで納得したよ」
彼はひとしきり笑ったあと、
「君がイレギュラーを起こして、こちらの世界が変わったのか」
彼女の手を握ったまま、少し力が入る。
「わかっているなら、終わらせよう。そのために来た」
「おいおい、無茶なこと言わないで。終わらせたらどうなるか、知っているだろう?」
彼は口角を少し上げて、視線を彼女に移した。
言いたことはすぐに飲み込めた。
「最初はそう思っていた。でも、今は違う」
「じゃあ聞く。それが、彼女の幸せだと?」
彼の確信を突くような言い方に、僕の眉間は険しくなる。
我ながら、嫌な言い方をする。
「分からない。分からないけど、僕は」
「僕は?」
手を握り返してくれる、彼女。
僕は勇気を振り絞る。
「彼女の幸せは、僕が守る。君じゃない!」
彼は一瞬、驚いた顔をしたあと、ニヤッと笑った。
「おいおい、大胆になったね。そういうのは、二人きりの時に、言ってあげた方がいいよ」
「え? なにを……」
遅れて気づいた。
慌てて横を見ると、うつむき耳が赤くなっていた。
おまけに、手をピシャっと叩かれ、そしてまた握られた。
「あ、え、あの、ちが」
「あれあれ? 違うのか? ウソついの?」
「う、うるさい! 君は関係ないだろう!」
「まあ、そうだけど。ちょっと面白かったから、からかってみただけさ」
内心、焦った。
だが、言ってしまったものは、どうしようもない。
それにもう、ウソはつきたくない。
「わかった。じゃあこうしよう」
彼はポケットから、爪切りを取り出した。
テーブルの上に置くと、十円玉のような色をしている。
「これは、僕が見つけた『真鍮の爪切り』。五つ目の爪切りだ。能力はわかるよね?」
「たぶん……」
「おいおい、心配させるなよ。彼女を幸せにするんだろ?」
自分でも顔が赤なるのが分かる。
余計なことを言うな!
ちょっと未来を知っているからと言って!
「もういい。この爪切りは僕が預かる。それでいいね」
声が大きく、尖っていた。
心臓が口から出そうなくらい、動悸が激しい。
これ以上、彼に口を開かせれば、なにを言い出すか分かったもんじゃない。
「ああ、いいよ。上手く使ってくれ」
そう言って、席を立とうとした朝霧めぐみに、僕は一言かけた。
「君は、楽しかった?」
「ん?」
そうだな、と続けて考える。
「あのお姉さん、僕の趣味じゃないんだよな。でも、目が行くでしょ?」
意味深なことを言うと、すっと指を指した。
僕でもなく、彼女でもない。
壁に掛かっているポスターに向けられていた。
二人一緒に振り向くと、椅子を引く音が静かに響いた。
「それじゃ、僕は行くよ」
引き戸を開けた、その背姿に声をかける。
「どこに行くの?」
彼は一瞬、立ち止まるとこういった。
また楽しい場所をみつけるさ、と。
彼は最後まで、僕だった。
きっと僕も将来、時間が経てばそうなるのだろう。
それも、僕は僕だ。
誰でもない。
その後、笠井ばあちゃんの定食——今回は、マボ―豆腐定食を食べて、店を出た。
彼女のリクエスト。
なにかを間違えた罰だった。
なんだろう?
その帰り道、
「ねえ、彼が最後に言った、水着のお姉さんがどうのこうのって?」
「あれね」
僕は、口元を緩めた。
色褪せ古ぼけた水着姿のポスター。
店に入ると、必ず目が合う。
あの世界でもそうだった。
ポスターには、『夏、楽しい旅をしよう! 君の夏はこれから始まる!』
その下に、1983年7月11日、青春切符発売、と書かれていた。
「うん、全部奇数だから」
首を傾げる彼女の手を引いて歩いた。
そう、全てが奇数。
しかも足しても引いても奇数。
僕の嫌いな。
彼の意図が薄っすらと分かった気がした。
いつも目が合う。
それは、気づいてくれと言っているようなものだ。
僕は再びほくそ笑んだ。
「なに、ニヤついてるの?」
「別になんでもないよ」
すると、彼女の足が止まる。
「太郎、私を守るって言った」
あ。
「う、うん」
「ありがとう、それが言いたかった」
彼女は前を向き、今度は僕の手を引いた。
行きとは違う、歩き方だった。




