25話 未来を予測する、未来
「残るは、あと二つね。ちゃちゃっと説明してちょうだい。お腹空いてきたわ」
「あ、うん」
そんな簡単にはいかないんだ。
特に未来の爪切りは僕の憶測が多分に含まれている。
ここを間違えれば……。
「じゃあ、次は三つ目の金属の爪切り。これは……」
「うん、これは?」
僕は躊躇った。
でも、誤魔化すわけにはいかない。
すっと腕を伸ばして、ノートを指さした。
1989年 笠井淳子 4の爪切り
1993年 奇数の四周期 1の爪切り
1997年 〃 2の爪切り
2002年 偶数の四周期 加藤健太
2006年 〃 木村朱里
2012年 〃 前川結衣
2016年 〃 山田紗倉
2022年 偶数の四周期 朝霧めぐみ 3の爪切り
2026年 〃 相沢太郎
朝霧めぐみ。
三つ目の爪切りを、見つけた人だ。
「朝霧めぐみがどうかした?」
僕の指さす名前を口にする。
「あ、ちょっと待って。質問いい?」
「う、うん」
僕は少しホッとした。
「なに?」
「二番目と三番目の間に、四周期の人が沢山いるよね? この人たちはなにをしていたの?」
「僕の考えだと、白と赤を引き継ぎながら、他の爪切りも見つけたのかもしれない。けど、手元にないし、実際使ってみないと分からないから、なんとも言えないんだ」
「そっかそっか。使わないと分からないか。確かにそうだよね。ごめん、わかった」
「うん」
僕はふっと息を吐き出し、未来の爪切りを手にした。
「これはちょっと特殊なんだ。それは、未来に行けたという証明ができないからなんだ。それでも継承されている。だったら、理由は一つしかない」
「ふーん。それで?」
「答えは……」
知らず、爪切りを握りしめていた。
手のひらの痛みよりも、胸の締め付けられる思いの方が強かった。
それでも僕は、
「使った人が……淳子さんのように、この世界を繰り返している」
僕の言葉が部屋に染み渡る。
「それが、朝霧めぐみという人物なんだ」
「……うん。どうして彼女が?」
ゆっくり頷いて、
「ノートを見て。四周期目の人は全員、名前の文字数が偶数なんだ。おそらく歴代の人も偶数だと思う。この法則は……僕の考えだと、四は偶数だから偶数の人が自然に選ばれていたんだと思う。でも、2022年にイレギュラーが起こった。それが、七文字の朝霧めぐみ」
彼女はノートから目を離さなかった。
自然と指が、朝霧めぐみの名前をなぞる。
「朝霧めぐみは、これまでの継承以外に、自分で見つけたんだと思う。未来の爪切りを。それを最初に使った。ううん、実験したのが朽木静香。朽木先輩の姉だった」
おそらく、新しい爪切りを見つけるために、当時二年生だった朝霧めぐみは、後輩の朽木静香に爪切りを試したんだ。色々試しているうちに、彼女が目の前から消えた。
「どうして、そう思うの?」
「元旦の日に、朽木静香さんに会ったと言ったよね?」
「うん」
「そのとき、爪切りに気を取られていて忘れていたんだ。朽木静香さんが帰り際、僕に手を振った時、中指の爪だけが平らだった。不揃いが嫌いな僕だから……気づけたんだと思う」
「そ、そうなんだ」
「それに、僕の部屋に爪切りがあって、そこに朽木静香がいて、爪が平らになっている。これって偶然だと思う?」
彼女はすぐに答えなかった。
決まっているんだ。
答えは一つしかないから。
「未来に飛ばした。違う、別の世界に飛ばしたんだよ、朝霧めぐみは。そして、居なくなった彼女の代りに、その年の絵を自分が完成させて、次の年に入ってきた妹、朽木琴音に引き継いだ。未来の爪切りと一緒に」
僕は彼女の反応が怖くて、続けた。
「そして、妹の朽木琴音は絵を制作する。次の年、二年生になったとき、僕が転校してきた。でも、時期が文化祭の後だった。彼女はもう一度、絵を完成させるか、その年の一年に引き継がなければいけない。でも、彼女は二年連続で絵を作ったと僕に言ったんだ。それはどうしてか?」
「……なぜ?」
声はかすかに震えていた。
「朽木琴音は、朝霧めぐみに未来の爪切りを使った。……いや、違う。朝霧めぐみは、自分から使ったのかもしれない。目の前で消えた朝霧めぐみを見て、朽木琴音はどうしたと思う?」
僕は呼吸を整える。
二度目の深呼吸のあと、口を開いた。
「自分も試したくなったんだと思う。自分も未来に行けたら、と」
彼女は僕の前に手を突き出し、話を止める。
「もしそうなら……太郎が言う通りなら、あの世界で太郎と出会った『私は』一体誰なの……。
じゃあ……ここにいる私は……誰?」
僕は彼女の手をそっと握った。
本当は、抱きしめたかった。
でも、今じゃない。
「それを確認しに行こう。一緒に。この歪んだ世界を、もっと歪めた人物に。君が誰なのか、確かめるためにも」
そう言って、僕は立ち上がり、彼女の手を引いた。
冷たく細い指。
震えているのが直に伝わり、僕の胸は張り裂けそうだった。
逃げちゃだめだ。
これは僕のことでもあるし、彼女の幸せでもあるんだ。




