22話 鼻をかむ
改めて彼女を見た。
濡れた瞳が、メガネの奥で光っていた。
「あ、これ、ティッシュ」
箱ティッシュを差し出すと、一枚さっと取って、「気づくの遅い」と鼻声で言う。
「ごめん」
ぶぶっーぶ。
彼女は豪快に鼻をかんだ。
ええっ、と驚いていると、「なによ、幻滅した? どうせもう幻滅してるでしょ」と。
僕はゆっくり首を振った。
「そんなことない」
「うそ」
「うそじゃない。だって僕は、淳子さんのためにこの謎を解きたいんだ」
「ふん。押し付けがましいわね」
再びそっぽを向く。
「そっかな?」
「褒めてない!」
「うん」
向こうを向いたまま、少しだけ肩が揺れていた。
僕は背筋を伸ばし、一度大きく伸びをした。
「ふー、謎解きってこんなに疲れるもんなんだね」
「頭が悪いだけじゃないの?」
「そうかもしれない」
「急に素直になって。調子狂うでしょ」
「うん」
僕は、それからノートに目を移し、ペンを動かした。
1989年 笠井淳子
1993年 奇数の四周期
1997年 〃
2002年 偶数の四周期 加藤健太
2006年 〃 木村朱里
2012年 〃 前川結衣
2016年 〃 山田紗倉
2022年 偶数の四周期 朝霧めぐみ
2026年 〃 相沢太郎
「書き直した。こっちの方が見やすいから」
彼女は振り向き、覗き込んだ。
「それで、次はなに?」
「うん」
次はどうしてズレたのか。その原因がもう、ここには書いてある。
「じゃあ、趣向を凝らして、朽木先輩流でいくよ」
「はあ? そんな流派ないんですけど?」
僕は、まあまあ、と両手を軽く振った。
「ズレを説明するには、先に爪切りのことを話さないといけない。まずは、四つの爪切りから」
そう言って、台所にある爪切りを持ち出し、テーブルに並べる。
「淳子さんはもう分かっていると思うけど、念のため聞いて。僕の推理が間違えてたら指摘して欲しいんだ。いいかな?」
「いいわよ。ひとつ間違える度に、奢ってもらうから」
「うぉ。それは厳しい。でも、わかった。間違えないようにする」
そう意気込んで、赤い爪切りを手に取った。
「この爪切りは、過去の爪切り。過去と言っても、本当に過去へ行くわけじゃない。過去の記憶を取り戻す。実際に、僕はあの世界で、朽木先輩に切ってもらって体験している」
彼女は頷く。
「次は、白の爪切り。これは、現在の爪切り。あの世界では、現在イコール侵食される。だから、あの世界のことを疑問と思わず、受け入れてしまう。これも僕が体験したから間違えない」
再び頷く。
「そして、金属の爪切りは、未来。これはまだ未確認。さっきも話したけど、確認のしようがない、言ってしまえば、あやしい爪切り」
彼女は頷く代りに、肩を少し上げた。
「よし。最後は、鋼鉄の爪切り。未来の爪切りと見た目はよく似ているけど、微妙に違う。だから、分かりやすいように、鋼鉄の爪切りにした。その効果は、戻る爪切り。僕はそう呼んでいる。つまり、これを使えば元の世界に戻ることが出来る。これもいいよね?」
「うーん。鋼鉄はまあまあだけど、そっちの呼び方はダメね。せめてリスポーンにしなさい」
「なるほど。ゲームで言う、復活地点だね」
僕は、それらを順番通りに、ノートに書き込んだ。
1.赤い爪切りは、過去の世界。
2.白い爪切りは、現在の世界。
3.金属爪切りは、未来の世界。
4. 鋼鉄の爪切りは、元の世界。リスポーンする。
「よし、これで分かりやすくなった」
「うん。それで?」
「ちょっと待って」
僕は再び、ペンを動かす。
しばらして、
「出来たよ。これで説明しやすくなった」
1989年 笠井淳子 4の爪切り
1993年 奇数の四周期 1の爪切り
1997年 〃 2の爪切り
2002年 偶数の四周期 加藤健太
2006年 〃 木村朱里
2012年 〃 前川結衣
2016年 〃 山田紗倉
2022年 偶数の四周期 朝霧めぐみ 3の爪切り
2026年 〃 相沢太郎
「それで、これがどうしたの?」
彼女はノートを見て、首を傾げる。
「うん。僕が思うに、爪切りの能力が、この順番で見つかったと思うんだ」
「どうして?」
「この順番じゃないと、辻褄が合わないから。以前、朽木先輩は他にも爪切りはあるって言っていたし。だから、この順番が正解」
「ふーん」
信用ないな。
「じゃ、ここから説明するよ」
そう言って、次のフェーズに目を向けた。




