21話 当たり前の、
これまでの説明は、事実の積み重ね。
厳しい現実に感じるだろうけど、いつかは終わらせなければ。
あの日、朽木先輩がくれた一枚の紙を思い出す。
紙の端に書かれ、消された文章。
『当たり前になってしまったものは、途中でやめるのは不可能に近い』
そうだ。不可能ではない。
近い、ということは、わずかながら「道」が残されているということ。
突破できる余地が残されているなら、僕はその道を進むだけだ。
「ごめん。君の ……笠井淳子さんの気持ちは分からない。それでも、僕はあなたの幸せを願っている。たとえそれが、望むものでなかったとしても」
いつしか彼女の目に、涙が溢れていた。
繰り返される輪廻の中で生き続けた時間は、無駄じゃない。
それを僕が証明してあげる。
そして……。
「大丈夫だよ。この世界を終わらせよう、太郎」
「……うん、わかった。淳子さん」
声は震えていた。どうしようもなく、辛いし、苦しい。
きつく握った手をゆっくりと、テーブルの下に置いてあったノートに伸ばした。
彼女が、説明した年代のページをめくる。
1990年代 (1989笠井淳子)
2000年代 2002 加藤健太 2006 木村朱里
2010年代 2012 前川結衣 2016 山田紗倉
2020年代 2022 朝霧めぐみ 2026 相沢太郎
始まりの年が書かれていた。
僕はそこを指差した。
「この表だと、奇数の年代は書かれていない。でも、実際にはあって、その年は絵はあの図書室に飾られていた。2002から始まる四周期。そこには絵がなかった。この意味が、僕が最初に推理したものと違っていたんだ」
彼女は静かにうなずく。
「四周期ごとに絵は、未完成のまま、次の年を迎える。最初は、その意味が分からなかった。ううん、勘違いをしていた。未完成じゃない。完成したから、飾られなかったんだ」
「どういうこと?」
「うん。未完成のままだと、淳子さん——当時の朽木先輩は、ズレが生じると言った。継承されているんだから、未完成のまま放置されるはずがない。では、どうなったのか。誰かが完成させたんだ。そして、それを爪切りのせいにして」
「……うん」
彼女はじっと僕を見ていた。
半分は分かっていて、半分は忘れているのだろう。
「四周期には、別の意味もあった。それはこの世界が狂っていると気づく人だった。その証拠に僕は気づいた。それも、2025年、奇数の年に。本来は、2026年に気づくべきだった。それが二つ目のズレを生むことになったんだ」
一呼吸、ついてから、続けた。
「図書室の絵が空白になっている場所がある。それが、この四周期の年、全部で五箇所だった。もちろん、僕はまだ描いていないので、空白のはずだったが、実際には絵はあった。一見すると矛盾しているように感じるけど、僕にはそうはみえない。それに気づいたのは、36枚。ううん、37枚の絵が揃っていたから」
僕は、ペンで年代を継ぎ足し、書き直した。
1990年代 (1989笠井淳子)『1993』 『1997』
2000年代 2002 加藤健太 2006 木村朱里
2010年代 2012 前川結衣 2016 山田紗倉
2020年代 2022 朝霧めぐみ 2026 相沢太郎
書き足した四周期は、分かりやすいようにカギ括弧を付けた。
「四周期はこの二つも含まれるはず。何度も言うけど、僕が注目したのは、飾られていない絵の四周期だった。でも、君が亡くなったあと、本来で行けば全部奇数なるはずだったんだ。でもなぜか、途中で数字がズレて、偶数の年が四周期に変わった。これが三つ目のズレだよ」
そして、括弧の中の数字を指す。
「なぜズレたのか、この三つのズレが重なって、四周期を狂わせた。原因は、11月31日。このありえない日が、元凶だったんだ。一年に一日、多く世界が繰り返され、それが積み重なる。そして、四周期が偶数の年に入れ替わり、固定された。なぜか? 笠井淳子が未来の爪切りを使い、ズレがズレでなくなった。違う?」
僕は言った。
未来の爪切りは、使った人にしか分からない。
そして、使った人はこの世界から排除される。
だから、僕の見ている前で、未来の爪切りを使い、「未来に行ってくる」と言い、消えてしまっても、本当に未来に行ったかどうかなんて、使った人にしか分からない。
だけど、朽木先輩は僕に、「これは未来の爪切り」だと教えてくれた。
必然的に、使ったことがあると証明される。
「そうなんだ。朽木先輩は、未来の爪切りを知っている人。そして、朽木先輩は、笠井淳子さん。同一人物だったんだ」
彼女はやっと飲み込めたのか、ゆっくりだが小さく頷いた。
そして、僕は、次の証明をしなくてはいけなくなった。




