18話 To be, or not to be
ここに来る途中、コンビニで買った手のひらサイズのメモ帳に記入する。
「1−6組っと。足しても引いても奇数かよ」
ざっと下駄箱の数を見た感じ、一年生だけで七クラス。
今では考えられない多さだ。
僕は、1−Bで、Cまでしかない。
「人って減ってるんだな」
次に下駄箱の個数を数える。
縦が五段 、横の列が九。合計 四十五個。
「んー、全部奇数って」
ムズムズしてくる。
それが、七クラスってことは、三百十五人。
これもか……。
ふと気づいた。
これだけの人数。
旧校舎だけでいっぱいになるはず。
二年、三年は別なのか?
見上げる先の天井は、雨漏りのせいか、滲んだ地図のようなシミが浮いてた。
いつか動画で見た、ウルトラマンのオープニングに似ていた。
ぐるぐる、回る。
「ん?」
回る。
回る。
彼女のクラスだけが回る。
他は進む。
回ると進む。
「あ!」
僕は急いで校舎を出た。
勢い余って、フェンスにぶつかりそうになりながら、砂利道を走り、自転車に飛び乗った。
興奮が押さえられない。
僕の推理が合っていれば、歪んだ世界の綻びが見えるはずだ。
それには、彼女の協力が必要だ。
ふと不安になった。
まだ、怒ってるだろうか?
僕は、デートを、なすべきか、なさざるべきか。
英語の授業で習った、To be, or not to beというフレーズが頭にリフレインした。
ダイニングから声を掛ける。
「ただいま」
反応を待つ。
待つ。
待った。
待っている。
「……ただいま」
「聞こえてるわよ、おかえり」
シェイクスピアの言葉が蘇る。が、今じゃない。
「ちょっといい?」
「……なに」
出てはきてくれないんだ。
「うん。聞きたいことが」
リビングの引き戸がさっと開く。
仁王立ちのゴスロリ。
「きょ、今日も素敵な……」
「お世辞はいい。聞きたいことって?」
僕は、そそくさとリビングに入って、メモ帳を取り出した。
「一つ聞きたいんだけど、繰り返したのは自分のクラスだよね?」
「そうだけど?」
「他はどうだった? 同じ一年生のクラス。同じだった? それとも違ってた?」
彼女の表情がすっと変わって、口を歪め、赤縁のメガネの奥の瞳が上を向く。
「そうね。どうだったかな」
「お願い。思い出して」
僕は、手を合わせる。
「ちょっと待って。思い出すから」
スタスタと歩いて、ソファに腰掛ける。
「どうだったかな」
呟く声が、静かに流れる。
僕は心の中で願っていた。
頼む、違っていてくれ!
そうでないと。
「うん。違ってた」
その声を聞いて、僕はへたり込んだ。
「よかった……」
「なにがよかったの?」
「う、うん」
今から説明する、と言ってソファに座った。
彼女はちょっとムッとした顔をしたが、避けることはしなかった。
「あのね。さっき旧校舎に行ったんだ。そこで見てきた。下駄箱を」
「下駄箱?」
二重瞼の目を丸くする彼女を横目に、僕の推理が始まった。
一度咳払いをしたあと、口を開いた。
「きっかけは、天井のシミだったんだ」
「はぃ?」
「ごめん、忘れて。君のクラスは回る——繰り返すのに。他のクラスは進んでいる。ようは、君のクラスだけ、取り残されているんだ」
「うん」
「僕はずっと、勘違いしていたんだ。君のクラスは繰り返す、そして他も繰り返すって」
それだとおかしい、と付け足した。
「だって、毎年君は一年生なのに、旧校舎の教室には、毎年絵が増えている。これっておかしいよね」
彼女は一瞬迷った表情を浮かべたが、すぐに頷いた。
「そうだね」
「だったらどうやって、絵の継承を始めたの?」
「……それは」
急に口ごもった。
覚えていないのか、それとも知らないのか。
「ほんとだ。どうやってたんだろう?」
「あと一つ。君は一度しか絵を作ってない。合ってる?」
「うん、合ってる」
そっか。
やっぱり。
僕はふっと息を吐いた。
早口になるのを、堪え、続けた。
「継承は、君が知らない間に始まった。おそらく、あの世界で君が説明してくれた通りだと思う。
燃やした絵が、いつの間にか戻ってくる。それを恐れた生徒たちは、同じような絵。つまり、爪を使った絵を作り出した。自分たちも同じことをしている、だから責めないで欲しい。許して欲しいと」
「……う、うん」
「そこでふと思ったんだ。どうして絵が戻ったのか。それは君のクラスだけが同じ世界を繰り返していたから」
僕はそこで言葉を切った。
彼女に理解させるためでもあったし、思い出してほしかった。
「そっか。だから絵が戻った。燃やしても、捨てても、絵は毎年戻ってくる」
「そうなんだ、君のクラスだけが、同じ時間を繰り返すからね。だから、特定のクラスじゃなくて、
学校全体で継承し始めたんだと思う。それが、文化祭で毎年行われるようになったんだ」
これで原点がはっきりした。
遠回りだけど、一つずつ潰していくしかない。
近道はない。
次は、四周期ごとに現れる、気づく人、それから偶数と奇数の説明だ。




