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19話 女心と謎

 

 僕は、次の説明を始める前に、一度彼女の顔を覗き込んだ。

 少し、怒っているようにも見える。


「あの、デートのことでまだ怒ってる?」

「怒ってないわよ」

「じゃあ、どうして機嫌悪いの?」

「ふん」


 そう言って横を向く。


「デートのことはもういい。別のことで怒ってる」

「別のこと??」


 振り返って見ても、身に覚えがない。

 なんだ?

 なにをした、僕。


 頭を抱える僕を、彼女は冷蔵庫の方を向いたまま言う。


「あなたが、君、きみ、キミって連発するからよ」

「へ?」


 思わず変な聞き返し方をしてしまった。


「へ、じゃない。私には名前がある。キミじゃない」


 あ、そういうことか。

 たしかに僕は、そう言っていた。

 ほっと胸を撫で下ろし、


「ごめん。次からは笠井さんていうよ」

「いや」

「……うん。わかっ、え? 嫌なの?」

「いや」

「どう、呼べばいい?」

「私は、太郎って呼ぶから」


 また変な声が飛び出しそうになり、慌てて口を押さえた。

 それ、下の名前で呼べってこと?

 しかも呼び捨て?

 無理、ムリィ。

 僕にはハードルが高すぎるよ。


「嫌なら、聞かないから」

「う、うぅ」


 彼女の交換条件を拒否れば、話が進まない。

 悔しいし、恥ずかしいけど、仕方がない。


 背中に変な汗が流れながらも、「淳子さん、続きを始めるよ」と小声で言った。


「まあ、良いわ。及第点だけど、許してあげる」


 そう言って振り返った彼女の顔は、笑顔だった。

 なんだかなぁ。

 まあ、今は詮索しないでおこう。彼女の謎は後回しだ。


 僕は心の中で大きくため息をついてから、次の謎を提示した。


「これで、絵が戻る現象の謎は解けたと思う。あとは、君……淳子さん……が、いつ戻ったか。教えてくれる?」

「いつ、ってなに?」


 口にするのが憚れたが、今は辛抱だ。


「ごめん。ええと、淳子さんは11月30日に亡くなった。そしたら、多分目を開けたらクラスに座っていたんだよね? その日が何時だったか覚えてる?」

「ああ、なるほどね。ちょっと待って思い出す」


 彼女は上を向き、ブツブツとなにかを思い出していた。


「私が、死んで。それから、ええと……」


 死んで、って。

 自分のことを客観的にみれることに感心しながら、半分は怖かった。

 僕には出来ない。


「わかった! 文化祭が9月だから、その前。用意や材料集めに時間が必要だったから、ええと。そう! ゴールデンウィーク前の4月だったわ」

「じゃあ、入学してすぐってこと?」

「うん。間違えない。だって、私がまだ美術部に入る前だから」

「え、淳子さんって美術部だったの?」

「そうよ。顧問の先生は……」


 語尾がすっと消えた。

 なにかを思い出したのか。

 顔が真顔になる。


「どうしたの? 大丈夫? 気分悪い?」


 僕がそう聞くと、彼女はうつむき首を振る。


「思い出した。私が入学して初めての美術の時間で、会ったの」

「あった? なにがあったの?」

「物じゃない。先生に会ったの……」


 また途切れた。


「だれ?」

「うん。藤井先生」


 開いた口が塞がらなかった。

 どうして僕が一年生のときに赴任してきた美術の先生が、淳子さんがいた1989年の時の先生なんだ。辻褄が合わない。

 物理的に考えてもだ。


 彼女の話が正しければ、僕の時代と同じ、大学を卒業して赴任していることになる。

 あれから三十七年。

 今は五十、いや六十歳は越えていることなる。

 昨日会った藤井先生は、二十代後半にしか見えなかった。


 おかしい、おかしすぎる。

 それに、淳子さんのことを朽木と言ったことも……。


 また、なにかを間違えたのか。

 それとも、見落としたのか。

 どこだ。

 どこから間違えた。


 複雑すぎる展開に、僕の心は折れかけていた。

 やっと一つ、分かったつもりでいたのに。


 絡み合うコードを解いた瞬間、別の絡まったコードを手渡されたようだった。

 謎の連鎖が止まらない。


 もう何処から手をつければいいのか、僕は完全に見失ってしまった。


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