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勇者はまた眠る  作者: KURA


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8/11

08話 肉は肉

オークの肌は固く脂肪は厚い。

だがやりようはある。

いくら硬くとも血が出るのならば死ぬのだから。

このように人間と同じように殺す事は出来る。脇腹を切り裂いたオークが膝をついた。

一つだけ違う事というなら力が余りにも強く、掠りでもすれば俺の骨はたやすく折れてしまう事だろうか。


ほんの一つ体運びを間違えるだけで俺の命は簡単に散ってしまう。体のすぐそばを石で出来た不恰好な剣が通過した。もしもあれに当たったら見るも無残な状態になったに違いない。

この色濃い死臭が懐かしく笑みを抑えることが出来なかった。アドレナリンがドバドバだ。

爺さんに見られると冷静になれってぶん殴られそうだな。


「っはぁ! 物量が薄いぜ、豚野郎ども」


緊張が俺の首を絞めていた。息継ぎをするように大きく息を吸って血管が大きく開くのを感じた。

まるでトリップしたかのようにテンションが高くなっているの。危険だ。判断を間違えそうになる。けれど俺は敢えて正気に戻らない。

これまでに倒したオークの数は今片手を超えたほどだ。つまりアドレナリンで誤魔化してやらないと悪い予感が脳を支配しそうになってしまう。

剣が脂で鈍りそうになるとすぐさま服で拭い最低限の切れ味を確保する。服はもう脂と血と臓物が付いて酷い有様になっている。

こいつは剣の手入れやら服の替えやらやる事が盛りだくさんだな。


「はっ……はっ……はっ……すぅ……太陽が低くなってきやがった。早くコイツら追い払わ……ねぇと」


息を整えようとした俺は太陽が見えた。俺は見上げていない、つまり見上げなくても見えるほどに太陽が低くなってきているという事。

決着を急がなければ、と剣を握る手に力を込めた瞬間。ほんの一瞬だけ眠気に意識を持っていかれた。

油断したのだろうか、それとも時間の経過を知覚したのが悪かったのか。


気付いた時には俺のどてっぱらにオークの剣が当たろうとしていた。

コレはまともに食らったら死ぬ。

咄嗟に剣を間に差し込んだ、俺の胴体が真っ二つになるのを防げたのは良いが踏ん張るとかそういう次元じゃない衝撃が俺の身体を吹き飛ばした。

地面と足がお別れして、動くことのできない空中に。


俺の体が二度ほど地面にバウンドして飛び込んだ先は運良く木ではなかった。

木々の間を抜け木材で作られた雑な小屋にぶち当たった。

壁は簡単に壊れ、俺の体は中に放り込まれた。致命的な損傷はないもののどこかの骨は折れていそうだった。

剣は少し歪んではいるものの壊れていなかった。鍛冶屋の爺さんの腕がいいのだろう。攻撃を受けた瞬間俺は折れることも覚悟していたのだが。


「ごぽっ……げっげほっ……なんだここ」


血か唾かわからないものを吐き出し、周りを見渡す。酷く濃い血の匂いだ。

その小屋には幾つもの肉が吊るされていた。

この……骨格は。


「だっ! ……誰ですか?」


大きく声を出そうとして喉が引っかかったように咳き込んでいる。大分長い間声を出していなかったようだ。

声の主は女性だった。

縄でつながれた女性が座り込んでいる。服を着ていないが、配慮をするような余裕は俺にはない。

足首を見るとおおきな傷がある。布で押さえていて激しく出血しているわけではないが、赤く染まりゆったりと血が滴っている。筋肉を見るに二度と歩けなさそうな傷だ。

これ……は。


「現在進行形でオークと戦ってる冒険者だ。立て……ないよな。その傷じゃ」

「はい」


その一言はとても重いものだった。

彼女はどうやっても自分が助からないことを理解している。例え足が無事だったとしても歩けるか怪しい程に衰弱をしている彼女を連れて逃げるのは不可能だ。

そしてこの強い血の臭いは彼女の出血だ。ベルフェゴールに頼んで彼女だけ連れて帰ってもらえれば生きる可能性が少しだけある。けれど少しだけだ。現代日本ならばなんとかなったかもしれないが。


「俺が言いたい事は、分かるか?」


そしてそれをすれば俺は恐らく死ぬことになる。

つまり今俺が彼女に対してしてやれることはたった一つしかなかった。

彼女は何も言わず上を向いて俺に首を晒した。


剣を握る手が震えているのに気が付く。

俺は今から人を殺すのだ、その事実が背骨に冷たい汗を流し込む。


「楽に、してください」


その言葉に覚悟が決まった。

一息、空気を吸う。肺から酸素の籠った血液が流れていくのを感じる。

全身の血管の動きを今だけ把握する。オークの事も、城に残してきた友人二人の事も全て忘れてただ一振りの為に脳細胞が全て使われた。


「さよなら、名前も知らない人」


間違いなく俺の為しうる最良の一振りだった。

他人の痛みなんて知りようもない。だが少なくとも楽に終われたと信じたい。

例え俺が信じたいだけだとしても祈ることは止められない。


小屋に空いた穴を見ると、俺を吹き飛ばしたオークの姿はいまだ見えず、とても長い距離を飛ばされたのだと分かった。


「ベルフェゴール」


彼女に呼びかけるとみていたのかすぐに返事が来た。


「俺にはこの世界の弔い方なんて分からない。だから頼んでいいか」

「分かった」

「頼んだ」


彼女は丁重に弔われるだろう。

そしてベルフェゴールが彼女を連れて行った頃、俺の後ろにある壁の穴が広げられた。

こんなに時間がかかるとは結構な距離飛ばされたみてぇだ。数体殺したはずだが数が減っていない。巣の方に飛ばされたからか補充されてしまったようだ。


「最悪だよ。本当に、最悪だ。お前らのやったことに文句を言う気はないが、こんなもん見せられて悪夢なんて見ちまったらどうすんだ。……だからこれはあくまでも八つ当たりだ。それにお前らも俺を逃がす気はないだろうしなぁ」


咄嗟に盾にした剣を見る。少し歪んでいるように見えるがまだ許容範囲内である。

つまりはまだ戦えるという事だ。

でもこれ以上油断はしねぇ。


「起きろ、怠惰」


俺の魔力が強制的に励起し、魔力が体から漏れ始めるのを感じる。

この力を使うの初めてだが、使い方は知っている。

権限とやらから記憶と共に教えられたからだ。

俺が唱えるのは世界を変える呪文。


属性付与(エンチャント)


剣に黒い魔力がまとわりつき、そして消える。見た目に変化はないが、脂で曇っていた刃が輝きだす。

怠惰の属性の中に短縮というものがある。

剣は長い時間をかけて切れ味を鋭くしていく。

それに短縮という属性を与えてやると。


「ま、簡単な話が斬りやすくなるらしい。原理なんてさっぱりわかんねぇけどさ」


俺に向かって振られていた剣を斬る。俺に届くはずだった剣は短くなり、地面を叩く。そして太い腕を半ば程まで斬れていた。

おお、実際使ってみると結構上がるもんだね。感覚的に刃の入り方が違った。脂で鈍った刃を無理やり摩擦と重さで切り込んでいたのだが、しっかりと皮に食い込むようになっていた。

怠惰の性質上劇的には上がらない。ただのてつのけんを伝説の剣にする事は出来ないが良く磨がれた鉄の剣にすることは出来るのだ。


腕を落とされたオークは少しの間呆けていた。剣を振った筈なのに自分の腕が千切れかけたら驚きもするだろう。首まで剣を伸ばせば、しっかりと骨を断ち切った感触が腕に伝わってきた。

手にへばりつくように残るその感触に怯みそうになるが、そんな事をしている暇はない。首の骨を断たれた目の前のオークはもはや死んでいる。だが、増援は数えられないほどいるだろう。


「おっとっと、からだが大きいと邪魔だな」


ここまでの巨体だと下敷きになっただけでゲームオーバーだ。木を切り倒すのと同じように神経を使わなければならない。

大きいからこそこいつらがどこにいるかわかりやすいんだがな。ゴブリンのように草むらまで警戒する必要がないのは楽だ。


後ろから斬りかかろうとしていたオークの足を斬る。

骨を避けて切ったため千切れるような致命的なものではないが、すこぶる痛いだろう。生き物はそれだけで体を止めたくなってしまうのだ。

ほんの一瞬硬直したオークの腕を斬る。正確には二の腕の筋肉の筋を引き裂くように。

大きな剣を持っていて振ろうとしていたんだ。片腕、しかも利き腕を無くせばどうなるか、こけるんだ。

倒れ込んだアークの首に剣を落とす。だが剣先は首に届かなかった。左腕を使って剣を掴んで首を切られまいと足掻いているのだ。

剣に足をかけ、全体重をかけるとゆっくりとオークの首に剣が沈んでいった。血が溢れ出て、抵抗がおさまっていく。


「……ん! 抜けん」


おお、ガッツがあるじゃねぇか。敵ながら見事としか言えない。筋肉が硬直し、動かさなくなった剣は今目の前で死んだオークの武勲だ。


「感心してもいられないな」


戦場のど真ん中で武器を自由に扱えなくなったと言うのはまさに絶体絶命。

指はまさに死んでも離さないという意地を感じるほどに離す事ができない。

刃物があれば指を切って解放できるだろう。

こいつ自身が持っていた剣は大きすぎて、俺が扱える代物じゃなかった。


「素手だからって舐めんなよ」


少し小ぶりの剣をもったオークに飛びつく。攻撃を振られると今の俺には避ける以外の選択肢が無いからだ。いくら小ぶりの剣とはいえ最悪腕で受けなきゃと思うとぞッとする。


オークはいきなり顔面まで飛び込んでくる生命体に慣れていなかったのか驚いていた。

ゴブリンとかがしそうな戦術だがな。

動きが止まってくれて助かった。鎧を駆け上っているわけだからバランスを崩せばタコ殴りを覚悟しなきゃならんかったからな。

急に間を詰めてきた俺に驚いているオークの顔に二つついてある眼球に親指を突き立てた。


当然俺は振り落とされた。だがこれは攻撃というよりも防御の行動だった。

激痛も勿論、これから一生目が見える事がないというパニックは相当だろう。

剣なんか気にしている暇ではないのだろう投げられている。ありがたくその剣を拾って後頭部から脳を一刺し。

罪悪感なんぞはないが、生き残るために要らん激痛を与えてしまったからな。サクッと殺した。


「ふぅっ……あと何体だ? ……なんだてめぇ、お前が、ボスか?」


周りのオークたちの築き上げていた前線が下がっていた。

そして一際大きなオークが俺の前にたった一体立っている。

俺のことをまっすぐに見つめ、攻撃するわけでもなく武器を構えている。

ふむ、剣を取れという事らしい。俺を認めたのか?

オークの剣を使って指を切り、剣を取り戻した。


「Buaaaaaaaaaaaaa!!!」


大きなオークが雄たけびを上げると周りのオークたちもそれに共鳴するように叫びだした。

その声は地面を揺らすのではないかと思うほどに響いている。

つまりこれは……一騎打ちか?

いいねぇ。好きだぜそういうの。


「國崎才賀。いざ参る」


俺だって男の子だ。かっこいいのは好きだよ。

一瞬目を閉じる、大きく息を吸って集中を研ぐ。高揚からか今だけ眠気を忘れていられた。

体の大きさ、歴戦を感じさせる古傷、そして殺意を抽出し塗ったように輝く眼。

相手にとって不足なし。たとえ異種族だろうと良き戦士だという事はわかる。


「やっぱ速いなこんちくしょうッ」


横なぎに巨大な剣が払われる。電車が真横を通ったかのような風圧が襲い掛かる。

身をかがめるのがギリギリ間に合った俺は間合いを詰める。

そして当然相手も俺から一時も目を離してはいなかった。見上げる俺と見下ろすオークの目が合っている。

太い足が俺の頭を粉砕しようと迫ってきていた。避ける事は出来ない、前傾姿勢で前に走っている今目の前から迫るコレは避けれない。

だが……いける。


剣を斜めにして真っ向から受け、足を弾き衝撃を横に流す。信じられないような衝撃を右半身に受けるが、致命傷ではない。

回転しながら飛び上がりうなじ目掛け剣を振る。


「さっすがっ普通剣を掴むかねぇっ素手でさぁ!」


剣を素手で掴まれた、蹴りの衝撃を利用して振った速さのモノを、だ。片手で止められたのは驚きもしないが、この速さのモノを掴むというのは信じられない反応速度だった。

体の勢いをわざと止めずに回転するままにオークの頭に蹴りを入れる。掴まれた剣を引っ張ることで無理やり体をオークの頭の高さまで届かせた。

狙いはもちろん目だ。

つま先が硬い表面を突破しぬるぬるとした内部に入るのを感触で確認する。骨の貫通する感触がない、脳までは到達してないな。

足を掴まれる前に足を抜く。眼球を貫かれたのだ、剣を握ってられるほどの余裕はなかったようだ。


「aaaaaaaaaAAA!」

「生き物である限り基本的な急所だ。効くだろ? これ」


頭に手を当ててオークは苦悶の声を上げている。

危ない、剣を握られたままだと終わっていたかもしれない。目潰しも厭わないさ。


片目を失ったオークはその残った眼で俺を睨みつけている。

オークの腕に力が入っているが、動こうとはしない。

恐らくカウンターで間合いを詰められたのを警戒しているのだろう。

しょうがないな。今度は俺が先手を取ろうか。


右足で踏み込み、前に飛ぼうとする。


「まずっ」


その瞬間俺の頭に向かって突きが放たれた。

初動をつぶしに来やがったか。

このままじゃ俺の頸はぶっ飛んで永遠に胴体とお別れすることになるだろう。

それに向かって剣を差し込む。上にはねさせるようにぶち当てる。

金属を削るような、恐ろしいほどに鋭く高い音が俺の耳を支配する。


妙な違和感……手に力が入ってない? 力を入れているはずの掌から痛みを感じた。

やばい、さっきの蹴りを弾いた時腕が折れてやがった。


オークの剣を上に弾き飛ばす事は出来た。

だがそれも完全に弾くには力が足りなかった。受け流せなかった力が俺の腕を痺れさせる。痺れた俺の身体が一瞬硬直する、まずい、避けれな。


「まだまだぁぁッ」


完全に砕かれている手を気力で動かし剣を握る。横からやってきているオークの剣と体の間に剣を入れて防御する。

手が切れてもいい、左手を当てて刃を支える。

衝撃が、俺の身体を。



一瞬、気を失っていた。そして俺は空中にいた。

周りの木が通り過ぎる速さから吹き飛ばされている事に気が付く。

受け身……受け身を取らなければ。


折れた掌を地面に向けて衝撃へ備えた瞬間乾いた音が聞こえた。耳から音が聞こえた訳じゃなく、体の中から。


「いっ……てぇ」


口から唸るような声が漏れる。

俺の右上腕が直角に折れている。痛みが脳内を真っ赤に染め上げている。

痛い、痛い、痛い。


「それでも、動かないと」


良かった、近くにツタがある。木の枝を剣で斬る。

そして大きく呼吸をして覚悟をすると折れ曲がった腕を無理やり戻す。骨が肉を引っ掻く感触が激痛を訴えかけてくる。

だが痛いのならば、良し。

まだ、俺は、生きている。


「良し、これで剣を握れる」


二本の枝を折れた腕に縛り付けて、簡易的な固定をする。

腕に魔力を集中させると痛みが少し穏やかになった。


「はぁ……はぁ……魔力が馬鹿みたいに吸われる。怪我を治せるのは便利だな。痛いのに変わりはないが」


ゆっくりとオークが歩いてきた。

走ってこなかったのは油断でもなんでもなく、警戒しながら近寄ってきたせいだろう。

ここは森ゆえに草むらが多い。体が小さな俺が草むらから飛び出してくるのを警戒していたのだろう。


片目を抉られたオーク、片腕がへし折られた俺。

両者大きく怪我を負い、もうすぐ決着は付く。


先に動いたのはオークだった。

右腕を見てカウンターできないと判断したのだろう。

縦振りの剣を転がって避ける、そして左足の筋を斬った。

そしてオークは自分の右側に剣を振った。


「そうすると思ったよ」


俺が抉った眼は右目だった。俺が見えずらい右に移動すると予想したのだろう。

もしもオークが右へ攻撃せずに俺がそちらは走っていた場合、俺はその時間で首を斬ることが出来る。だから見もせず右に剣を振るったんだ。


だが俺は動いていなかった。

敢えての硬直。

伸びきった腕が間違いを悟った頃、剣はオークの頸に差し込まれていた。

剣は途中で止まった。

この巨体だ。骨も相当丈夫だろう。

だがそれでも両手で押し込む。コイツ相手に出血死は待てない。


「おらぁぁああ!」


両手で力いっぱいに押し込むと剣はオークの頸を貫いた。

首を貫通している剣を横に振りぬき首を落とす。オークの巨体はその力を失い、崩れ落ちた。

その首を持ち、周りで見ているオークたちに見せるように掲げる。


「さぁ、お前らはどうする」


逃走か、それとも復讐か。


「意気軒昂……その意気や良し」


逃げるもの、そして怒ったように叫ぶもの、反応は様々だ。

だがそれでもこちらを睨んで今にも飛び出しそうな戦士がいる。


「さっさとかかってこい」


首を倒れた体に置くと手で周りのオークたちに挑発する。

するとオークたちは大きな声を上げて俺に向ってきた。

こりゃ骨が折れそうだ。





それから数時間か、数十分か。太陽はもう空にはなく月こそ浮かんではいないものの、もはや空は煙のような暗い色になっている。

ずっと戦っていた為に測り知ることも出来ないが少なくない時間が経ったであろう今、俺は血に塗れていた。

積みあがった死体に腰かけている。あんなにも騒がしかった森は静寂に包まれている。

血の匂いで俺の嗅覚がバカになっている。魔力で怪我を治したとはいえ血が足りないのか耳鳴りが酷い。

俺の剣もひどく脂と血で汚れている。

一番悲惨なのは服だ。地球のころからきている服だがそれはもう脂と血まみれで酷いことになっている。これは新しい服を手に入れなければならないだろう。


肋骨が折れて、内臓に傷でもつけたのか治りが遅い。

ずきずきと痛みが酷い。

アドレナリンも切れて痛みだけが俺の感覚に残っている。


「随分と派手にやったねぇ」

「あっちがぞろぞろと出てくるんだよ。しかも逃げることなく向かってくるし」

「女子供は逃げたみたいよ」

「あっそ。だから根性があったのか。そいつらは大丈夫なのか……そのほら、町とかいったらやばいだろ?」

「大丈夫じゃない? 別に森の外に出てる様子はなかったし、手ごわそうなやつもいないし。何処かでまた巣を作るでしょ」

「あ……そ。俺は……ちぃとばかし、疲れた。寝るから……まか」


任せた、そう言い切る前に俺の意識は落ちた。

長い戦闘と夜になってしまい増大した眠気は強大で、俺には手も足も出ない。

ベルフェゴールには苦労を掛けるがあらかじめ言っておいたから許してくれるだろう。

許さなくても閉じる瞼は止める事は出来なかったから……そうだな、今度謝るとしよう。


「え、ちょ……寝てる? 噓でしょ、ここで!?」







太陽がその身を潜め、闇が家屋の隙間を満ちている時。

人の出歩きも無くなっており、静かなそこでただ震えている男がいた。

家の中にある外界と繋がる全てに鍵をかけ、布にくるまり悪夢を見た幼子のように涙を流しているその男は恐れていた。

彼の家に転がる空の酒瓶はもはや彼を慰めることも無く、映る自分の眼が非難しているとさえ思えた。


ネズミの足音でさえ背筋を震わせる男の元に非情な音が届く。

コン、コン、コン。


「うわぁっ」


彼の中に勿論居留守をするという企みはあった。だが恐怖の声は抑える事は出来なかった。

暗い部屋に男の悲鳴が響いた。

彼は返事をすることはない。ただ震えている。


「入るぞ」


扉が開いた。

男は狼狽した。鍵はかけているはずだった。けれど扉は開き、来訪者は家の中に踏み入ってきている。

足音が一つ、また一つと近づいていくうちに男は絶叫しそうになっている。

訪問者の歩みが止まる。


「よう、ロウ。こんな夜遅くに訪ねて悪いな。鍵は大家から借りてきた」


訪問者が明かりをつけ、部屋の中が明らかになる。

訪問者はギルドマスターと呼ばれている男だった。強面でありながら多くの人に親しまれている明るい表情はなく、ロウを見下ろしている。


「何で俺がお前に会いに来たのか、分かってるな?」

「魔が、魔が差しただけなんだ。たった……たった一回じゃないか。反省もしてる、酒だって止める……! ゆる、許してくれ」


ロウはギルドマスターの足に縋りつき泣くようにそう言った。

けれどギルドマスターは彼を蹴り飛ばす。

そして倒れるロウの姿を見ながら彼は椅子に座った。


「何故、ギルドが定期的に調査依頼を出しているのか古参のお前が知らない訳でもあるまい」


ロウは答えない。


「ギルドは力量不足で死ぬことを容認している。全て、自己責任だ。だが依頼を出す立場として責任を持ってもいる。理不尽な依頼を予防するために力量を持った冒険者に調査依頼を出している。だが、調査と違う報告が上がってきた。今回の調査依頼を受けたのはお前だったよな、ロウ」

「あの、あの日は頭が痛くて」


ギルドマスターの眼が床に転がる酒瓶に向かう。


「酒か」

「あの日から飲んでない!」

「恐怖か、それとも罪悪感か? なら調査報告をやり直せばよかったじゃないか。お前がしなければならなかった事は酒を止めて調査の不備を報告してやり直す事じゃなかったのか。……それに、今となってはその言葉も信用できんがな」


ロウは涙で潤んだ目でギルドマスターを見つめる。

ギルドマスターはその視線を受けて、ため息を吐いた。


「長い付き合いだろう……? 禁酒もする、今度から心入れ替えて頑張るから」

「ここまでが、俺の個人的な説教だ。最後に、心の底から悔い改めろ。……そしてこっからはギルドマスターとしての仕事だ」


ギルドマスターが懐から一つの小さなベルを出した。

そして鳴らす。

その瞬間空気が変わった。ロウは震えることすらできずに固まっている。

小さな鐘の音一つで異界に迷い込んだかのような錯覚を彼は覚えていた。


影の中から腕が這い出てきた。


「なんなんだよ、何なんだよこれッギルドマスター!」

「ここからは、俺の管轄じゃないんだよ。ロウ」


影から出てきた生き物は真っ黒だった。この時代に似つかわしくない現代的な真っ黒なスーツに影をこねて作ったような体、人間でないことは一目瞭然であった。


「だから、だから心から悔い改めてくれ」


黒い生き物がロウを静かに指さすと彼の頸に首輪がはめられた。

その首輪は鎖がつながっており、その先は影だ。彼が逃げようとしても、巨木を引っ張っているかのような重さをロウは感じた。

逃げられない、本能的にそう感じてしまった為に恐怖が増幅する。元々恐怖に支配されていた彼の心はもはや限界を超えた。


「助けてくれぇッ嫌だ死にたくない……そんな、そんな悪いか! ちょっと魔が差して嘘ついちまっただけじゃねぇか。なぁ……助けてくれよギルドマスター、長い付き合いじゃないか」

「言っただろう、もう俺の管轄じゃないんだよ。これの管轄はもうこの使者サマなんでね。だから……そうだな、祈ってるよ。お前の罪が少しでも軽いことを」


使者と呼ばれた存在が鎖を掴む。そしてゆっくりとロウを引っ張りながら影に帰ろうとしている。

引きずられるロウは狂乱している。意味の分からない存在に連れていかれるというだけで怖いのに先が見えないというのが恐怖を倍増させているのだろう。

叫び、泣き、小便を漏らしながらギルドマスターに許しを乞いている。喉が裂けそうなほど叫んでいるために普通であれば誰か来るだろう状況だが誰もこの家には来ない。この家だけ別世界に飛ばされたかのように外は沈黙を貫いている。


「また、会える事を願ってるよ」


ギルドマスターはそう彼に告げると席を立ち、歩き始めた。

一歩また一歩と背中から聞こえてくるロウの絶叫を聞きながら歩いている。

彼が扉の前にたどり着いた時、ロウの声は止んだ。そして異様な存在感が背後から消えるのを感じた。全てが終わったのを悟ったギルドマスターは一際大きく息を吐いて脱力感に抗いながら呟く。


「慣れねぇもんだな。悪魔の下っぱってのも」



























魔物の肉


魔力を多量に持つ生命体の肉の事。生命は自分以外の魔力を拒絶するためにそのままでは食べることが出来ない。

食べてしまうと他者の魔力を分解するためにカロリーを消費する為、意味がない。

だがあまり食べられないというのは、それを食べる種が生まれるというのもまた摂理。


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