72話 いただきます、おやすみ、また明日
瞼を開ける。日中と言えるほどに明るくはないが、薄暗さの中に青空が見えている。
空気が軽く、夜空が太陽に追われ始める頃、俺は目を覚ましていた。
立ち上がり、体を伸ばしながら町の方を見る。人気を感じない為彼らはまだ起きていないのだろうという事がわかる。
「さて、始めるとしようか」
そう言って瞬き一つ、俺はその場所から消え、ある場所に出現した。
そこに俺の意思はなかったが眷属が俺がそうしようとしたのを感知し、俺をここに運んだのだ。
俺の想像通りの場所なのかと見まわしてみれば、夜と朝の狭間が手で触れそうなほどに近くにある。
俺を支える石畳の下には何もなく空に浮いている。この場所から下は気が遠くなりそうなほどに果てしなく、地面をマクロな視点でしか見ることが出来ない。
石畳の上には円卓と椅子が2つ、全く寸分違いなく俺の意思通りの注文だった。
「ご苦労」
眷属に向かいそう言えば整った水面に一滴の水滴が落ちたような音が聞こえた。
出来た眷属だ。
「さてさて、始めようか。大団円の為の後片付けを」
指を一回鳴らす。
目の前に一体の生命体が現れた。その生命体は人でなく、人外でなく、悪魔でない。そして化け物でもない。
光の塊のようだが輝いていない。眩しくない光という存在。
ふわりと椅子の上に浮いている。
「初めまして。折角なんだ、人の殻を作れよ。話そうじゃないか」
「どこなのだ、ここは。どうやってここに連れてきた」
「模倣、上手いじゃないか。瓦礫に潰されて死んだアイツが見たら、泣いて喜びそうなくらいに似てる。まぁ……何処にいるかなんて些細な事じゃないか」
ソレは教皇の姿を作り出し、纏った。
人の形を得て、口が作られたそれは話し始める。
良かった、どうやら話は出来るようだ。話が出来なかったらどうしようかと。
「まぁ座れよ」
「貴様は殺されるとは思わないのか」
「ははっ面白い冗談だ。お前が? 俺を? そんな風に作られた存在じゃないだろうお前は」
俺は怠惰の大罪人だぞ。この世界の歴史は知っている。
勿論お前という存在が何なのかというのも。知っているのに怯える程馬鹿じゃない。
「何、ただの答え合わせをするだけだ。それが終わるまでお前に何をするという訳でもない。ならお前も手を出さないだろう」
「答え合わせだと? 貴様、全て知っているとでも言うような態度じゃないか、怠惰の大罪人」
「知っているさ。だが知っているというのと答え合わせが必要というのは両立するよ。どれだけ正しい答えを持っていようとも答えは明かされなければ意味がない。ほら、どれだけ自分の脳に自信があろうともテストの採点をしない奴はいないだろう」
グラスに注がれた水を一口、呑みこむ。
「お前が……あー、名前は? あるにはあるだろう」
「リブラ。我が主より賜った名だ」
「一つ目は何故お前、リブラがこんな事をしているのか。二つ目、何故人間が平等教に反抗するのか。三つ目、この答え合わせが終わったら俺がお前に何をするのか。どれから聞きたい?」
「二つ目だ。二つ目は私も答えを持っていない」
「あぁ、残念。二つ目を話すには一つ目を話さなきゃならん。……別に挑発をしているわけじゃないんだぜ? 三つ目ならすぐに話せた。だからそう睨むなよ」
リブラは椅子に座りながらこちらを睨んでいる。だがまぁ、人間の体得たばかりの生き物が凄んでいる位じゃ微笑ましいくらいだ。人の体に慣れていないというのに、精一杯こちらを威圧しようとしているのだろう。
「大罪である怠惰、色欲、憤怒、傲慢、嫉妬、強欲、暴食を司る悪魔たちは神によって作り出された。この世界を進めるために、生命が健やかに育つために。そしてお前も。……だろう? リブラ」
「そうだ。私も主によって作り出された生命体だとも」
「八体の使徒の中で一際強く作られ、そして唯一人格を与えられなかった使徒。それがお前の正体だ」
リブラは肯定も否定もしなかった。
ただこちらを見ている。だが、否定もしないという事は事実なのだろう。
「リブラ、お前が与えられた役割は何だ?」
「平等だ。他の悪魔どもがやりすぎた時、生命があまりにも偏った成長をした時、不幸と後悔がこの世界を包み込んだ時に私は起動する。だからこそ私は平等を齎した。それがこの世に生きとし生けるモノ全ての望みだったからだ」
そう熱をもって演説をするリブラは人格が作られていない使徒であるとは思えないほどに感情的だった。
だからこそこうなっているのだろうし、だからこそ俺はリブラの目の前に居るのだろう。
やっぱりお前は逸脱しているよ。
「その生きとし生けるモノ全ての望みとは?」
「あの頃は良かった。技術なんてものが発達していなかったあの頃に戻りたい。進歩などというモノが不幸を連れてきた。あの時代に戻りたい。人々はそう願った」
「勇者召喚により連れてこられた超高等技術の使者によって齎された技術の急成長。そんな急成長は歪なものでしかない。それによって起こった戦争による技術そのものへの嫌悪。だからこそ、あの平等教か」
「そうだとも。増えるな、求めるな、進もうと思うな。その先には不幸しかない。技術は幸福と共に不幸をも増大させる。ならばこの時代で満足するべきだろう。それが先人たちの知識なれば」
「それが一つ目の答えか。言いたいこともあるが……二つ目の問いだな」
グラスの中の液体をまた一口飲む。水かと思ったソレは想像と違い、渋い味と瑞々しい酸味が口の中に広がった。
ワイン……? 未だ俺は未成年だぞ。……とも思ったがアルコールは入っていそうになかった。
ただのぶどうジュースのようだ。雰囲気作りなのだろう。気の利く従者だ。
「リブラ、何故平等教は抵抗されていると思う? そもそも俺が召喚されたのも、元を辿れば平等教に対抗する為に勇者召喚という禁忌を侵したのが原因だ」
「分からない。私には何故抵抗されるのかが分からない。何故そんなにも進みたがる」
「そりゃあ、アレだろ。受け入れたくないんだろ」
「は……? その先の末路を知っているというのに?」
「例え流される川の先が谷底だったとしても、どうにか出来ないかと考えたいんだろうさ」
リブラは全く信じることが出来そうにない顔をしている。汗をかき、眉を歪め、そんな馬鹿な事があるかと呟きながら首を振っている。
だからこそ平等教が作られたのだろうし、コイツは今もなお俺に敵対行動をしようとしないのだ。
「一つ簡単な問題を出そう。上り坂と下り坂、どちらが多い?」
リブラは少し考える。
「それは、単純な数か? それとも長さなどを加味して、か?」
「長さという意味でとってもらっても構わない。小さな坂で刻んだところで意味がない」
「それならば、同じだ。……どういう意図を含んだ質問だ。登れば下る、当たり前だろう」
「そう、当たり前なんだよ。登れば下る、進めば止まる、眠れば起きる、全てセットだ。登り続ける坂などないし、進み続ける生命もいない、永遠に眠り続ける生き物なんていないように。分かるかリブラ、今日が目覚めの時なんだ」
「永遠にこの時代に停まっていればいいじゃないか。それが人間の望みだったのだろう、それが最適解だったんだろう? それが、望みだったんだろう」
リブラにはこの答えが理解できない。
そう乞われたからこそリブラはこうなったのだろうし、リブラにとってはすべて正しいことをしていたのだ。確かにソレは事実で、そう望まれただろう。
だが人は変わる、時代も。そしてリブラだけが取り残された。
「リブラ、何故お前が理解できないかを教えてやるよ。お前という存在は人格を組み込まれずに産まれた。お前はシステムに生まれたバグに近い。リブラという使徒は、システムに過ぎないお前は人の変化を認識することが出来ない。電灯が赤子が眠ったのを認識し光を弱めることが無いように、沸騰した水が吹きこぼれる前にコンロが火を弱めることもないように、お前は世界を均すシステムに過ぎない。だからこそお前は分からない。電灯の光が目を焼くように、コンロによって吹きこぼれた水が人間の肌を焦がすように、例えそれが人間を苦しめていたとしても分からない」
「違う」
「何が違う? 抵抗されようと何も変わらなかったじゃないか。妥協点を探すこともせず、それが最適解であると断じ、何も変えることをしなかったじゃないか。違うというならば教えてくれよ、お前はこの数百年間でどう変わったんだ?」
「私はこの世界の為に」
「不幸で進歩を押し固める事が世界の為になると? 確かに生まれるはずだった不幸を未然に防いだかもしれない。それは認めよう。だが平等教の作り出した不幸は一体どれだけの数になる」
「だまれ」
「受け入れ給えよ。別に俺が正しいとは言わん。貴重な意見なんだ、ぜひ検討してくれ」
「黙れと言っているのが聞こえないかッ」
叫びというには弱く、冷静と言うには強すぎる。そんな言葉には確かに敵意というモノが込められていた。
光がリブラの掌から放たれる。
魔法とすら名付けられないそれは、魔力を粘土のように固めただ投げたような不格好なものだ。
だが込められた魔力の量が絶大であるために、俺の身体を抉っていった。
左肩に着弾したそれは左肺から肋骨の大部分までを吹き飛ばす。とんだ左腕が落ちていき、肉が地面に激突する気持ちの悪い音が鳴った。
「ハ、ハハ、ハハハハハ。良いなぁ、良いじゃないか。見直したぞリブラ。今初めてお前は他者を敵と認識した、たった今ようやくシステムの領域から一歩足を踏み出したんだ。おめでとうリブラ。産まれて幾星霜、初めての成長を祝おう」
「何故内臓を、何故骨を、何故腕を再生できる。完璧に、何もなかったかのように、それには途方もない魔力を必要とするはずだ。命を必要とするはずだ。何なのだ、何なのだお前は」
リブラが叫ぶ。肉体が再生するくらいで、ごちゃごちゃと煩いな。それよりも初めての成長を喜べばよいものを。
俺の右肩の肉が蠢いて、骨が、神経が、皮膚が増えていく。蛆が天を目指そうとするように肉体が編み込まれていく。
体を再生し終われば、当然服も直っている。寒いからな。
「少し、テンションが上がってきたぞ。トルネンブラ、トルネンブラはいるか」
音が返事をする。俺のすぐ隣にいたその音は呼ばれたことを嬉しそうに音を鳴らしている。
猫が喉を鳴らすように、ハープのような音が鳴った。
「音楽を頼む。折角の最終決戦だ。テンションを上げたい。……あー、もう少し騒がしく……そうだ、ソレだ」
音楽が流れ始めた。楽器も無いのにバンドが、オーケストラがいるような音を放つそれは何処にもおらず、そこにいる。
生きた音、トルネンブラ。俺の優秀な眷属は良い音楽を流し始めた。
蚊帳の外で少し冷静になったのかリブラは見えていた感情を潜ませている。
だがシステムに映る影のような彼が感情を見せたという事実は変わらない。
感情を浮かべているうちにもう少し小突くべきだったか?
「平等のリブラ、俺はお前の夢を打ち砕きに来た。コレが最後の答えだ。お前の持つこの世界を永遠に停滞させるという夢は俺に打ち砕かれる。残酷に、無情に、容易く。生命でないお前は化け物の俺に今、ここで、敗北するんだ」
「私に、勝てると? ……主によって最も強く作られた私に、この世界全てを統括しても及ばない私に?」
「早く俺を殺してみせろよ、じゃあ。お前は俺を敵と認識したんだろう。お前の初めての敵が、最初にして最大の敵が、此処に……座っているんだぞ?」
木材が軋むような音が空間から鳴り始めた。
放たれた魔力が空気を軋ませているのだ。リブラから漏れている魔力はそれだけ濃く力強い。
燃え盛る炎の火力が強ければ強いほどに辺りの空気を温めるように彼の強さを物語る。
まず感じたのは光だった。
頭上に光を感じ、上を向けば火の玉がこちらに向かっている。その火の玉もただの火の玉ではなかった。質量を持っている、つまりは空気を圧縮し発火している隕石だった。
元々避ける気はなかった。だが体が数十倍にも重く、並の人間は肉塊になるほどの重量が避けるのを阻害していた。
そして隕石の中心が激しく輝く。
幾重にも編まれた太陽光、つまりはレーザーが隕石越しに放たれたのだ。太陽は目を焼くが、集められた光は全てを焼く。目から入り、脳、そして頭蓋骨と俺の頭を貫通していったソレはその周辺にある物全てを燃やしていった。
「ゲホッあんなに丁寧に作ってくれた床が台無しだ。まぁ、お前は浮けるようだし問題はなかったか」
「何故、生きている」
「おいおい、こんな入念に鎖でぐるぐる巻きにしておいて生きていると思ってなかったのかよ」
頭を光で焼かれ、隕石の爆風によって肉体を散り散りにされた俺は生きていた。
変わらず椅子に座り頬杖をつくと、鎖が蛇のようにまとわりついてくる。
「人は脳を焼かれれば生きてはいけぬ。隕石に耐えられもしない」
「あー……そういえば自己紹介を忘れていたか。俺は國崎才賀、あとは大才賀、名字が二つもあるからサイガでいい。改めて、化け物だ。よろしく」
四肢を鎖で拘束されながらそう微笑んで挨拶をする。だがリブラは微笑み返しもしない。つれない奴だ。
隕石が降ろうが、俺は決して変わることも無く浮いた椅子に座り、彼を見ている。
「何故攻撃してこない。ふざけているのか」
「何故何故、何故って赤子かねお前は。……いや、赤子のようなものだったか。このように隕石を当てようとレーザーで脳を焼こうとも死なない俺にも数少ない弱点がある。敵意を持ち害意を以て、ほんの少し指をそっと動かしただけでも世界が壊れてしまうという致命的で可愛い弱点があるんだ」
事実だ。
俺が指をほんの一ミリでも敵を打ち倒さんと動かした瞬間にこの世界は壊れ、星のように浮かぶ世界線の間に浮かぶ宇宙ゴミのような哀れなものに成れ果てる。
つまりは俺がリブラを倒そうすれば、その瞬間にこの世界をも破壊してしまうというあまりにも元も子もない弱点が俺にはある。
「そしてその弱点はある一つの魔法によって克服される。つまりどういうことか分かるか?」
答えはなかった。
「時間制限だ。この魔法は時間がかかる。それまでに俺を打ち倒すことが出来ればお前の勝ち。魔法が完成してしまったらお前の負け。単純明快、分かりやすいだろう?」
「吊り合え、平等。殺してやる」
「起きろ、怠惰。だからそれを早くやって見せろと言っているんだよ」
リブラが平等の魔力を解放した。
悪魔たちと同じなのだからあるに決まっている。そしてその権能は誰よりも強い。
「全てが平等、全てが等価値ならば出来ぬことなどありはしない」
俺の身体が燃え、辺りの空間が固定されたように動かなくなり、リブラの体が二つに増え、光が体を焦がし、鳥が俺の身体を啄み、見覚えのある刀でリブラが首を両断し、体から漏れる魔力を吸われている。
コレが全て同時に起こった。憤怒、怠惰、色欲、傲慢、暴食、嫉妬、強欲、全ての権能が行使されている。
怒りの炎は決して消えず、空気は動くことを怠り、リブラは殖え、天に座す太陽の代行者になる。
体を食われ、技能は模倣され、手から零れた物は全て奪われる。
意外だったのは彼が俺に怒りを抱いているという事実だった。
憤怒の権能は怒っていなければ意味がない。使う事は出来るが、怒りが無ければカイロほどの熱しか齎さないだろう。
だが、今俺の身体を怒りの炎が焦がしているという事は、奴が怒りを抱いているという事に他ならない。
「何をそんなに怒っているんだ。こんなに熱い炎がお前の中にあるとは思いもしなかったぜ?」
「私は、正しい」
「それだよ」
「何?」
そう言うと、微かにリブラは眉をひそめた。
攻撃をしない所を見るに、疑問に思っているのだろう。
「お前の仕事は均す事だろう? お前に合わせる事じゃない。増えれば全体の水位は僅かに上がり、減れば全体の水位は僅かに下がる。時代が変われば勿論平等というモノは変わっていく。時代が同じでも人それぞれに違うそれがあるはずだろうに」
「平等は変わらない。私の天秤は傾かない」
「傾かない天秤に意味など在るのかねぇ」
平等であるかを試すために天秤というモノはあるのだろう。
怠惰の魔力が世界を伝っていく。
リブラ以外を包むように広がっていく。
魔法の準備が始まっていた。
「増え過ぎれば飢えるッ」
「減り過ぎたら消えちまう」
多種多様な魔法が殺到し、刀が身体をばらばらにする。
それでも俺は揺らぐことはない。
「怒り過ぎれば多くの傷を生む」
「許し過ぎれば潰れちまう」
炎は皮膚を炭化させ、肉を硬化させて身体的機能が停止する。
それでも俺は体につく炭を払って体を伸ばした。
「身分の差は隔絶を生む」
「ロバの群れは何処へもいけない」
避けることが出来ない光という攻撃が全方位から放たれている。
口を開けば口内を乱反射して体内を暴れまわった。
「妬み過ぎれば淀みを生む」
「今で満足するなら成長は望めない」
爺さんほどでもないが鋭い斬撃が俺の身体を見事にバラバラにして見せる。
間違いなくそれは俺の剣だ。俺が言うんだから間違いはない。
祖父さんに及ばないというのをまじまじと見せられてグロッキーになる。これが一番効いているかもしれん。
「全てを欲せば必ず誰かの物を奪う事になる」
「誰も欲しないものに価値なんてあるのかね」
空気が吸えない。辺りの空間全て何も無い。
真空状態で俺は息を吐く。声は届くだろう。
「食い散らかした先に待つのは崩壊のみだ」
「食わなきゃ飢えて死ぬ」
眼球を咥えて鳥が飛ぶ、片目で俺はそれを見ていた。
だがそれもすぐに飽きて両目でリブラを見つめる。
「怠け過ぎれば緩やかな死を待つしかない」
「働き過ぎれば突拍子もない死に襲われちまうぜ」
辺りの空間は動くことを怠け指先の一つたりとも、髪の毛一本たりとも動くことはない。
動かないというなら無理に動かせばいいことだ。手に纏わりつく空間を退かして鼻を掻く。
「私は……私が平等だッ」
「お前は悪平等だよ。自分という平等を押し付ける」
黒曜石のような、鋭くそして無骨なナイフが俺の胸を貫いている。
骨を容易に切り裂き心臓に到達している。
「良いナイフだ。名前は?」
「全ての生命が平等に迎えるモノ。Death」
「残念だ。俺の元には来てくれないみたいだな。そしてもう一つ残念な知らせがある。時間だ」
きっとそれは刺したもの全てを死に至らしめるのだろう。だが俺はそれを受け止めても瞼を閉じることはなく、未だ健在だった。
死というモノが俺にはないというのは知ってはいたのだが、こう直視させられると何とも言えない感情を覚える。
だがそれを受け入れたから此処に居る。
そして俺の魔力はこの世界全てを包み込んだ。
生命、無機物、その区別なく怠惰の魔力が全てを吞み込む。
全力で自分から世界を保護するだけの、怠惰の魔法。
「今、俺という化け物は一つ弱点を克服した。今から行われるのはご都合展開というものだ」
「主の作った大罪の魔法を作り出したというのか」
「人外の法を人外が作り出せない道理はない。名をデウスエクスマキナ、陳腐なクライマックスを齎す存在になる為の魔法」
敵以外の誰も傷つけず、何も壊さない。
ただそれだけの魔法。
俺は立ち上がった。体が陽炎のように歪む。歪み果てた体の輪郭が膨らみ、世界を侵食し始める。
太陽は遠く、光を失う。星々はその目を閉じ、闇が宙から降りてくる。
宇宙が、闇が、落ちてくる。
「私は殺されるのか」
「良い夢を」
俺の言葉の意味を問う時間も無く、闇はリブラを包み込んだ。
あまりにも風情がなく、戦闘というには一瞬で、そんなモノですべては終わってしまった。
だが彼は死んだわけではない。こんなにも成長を見せてもらったのだ。それに彼はただ役目を全うしていただけで、ただ殺して終わってしまうには哀れが過ぎる。
それに、彼の言葉は間違っていないのも事実。だからと言って合っているとも言えないのが難しいのだが。
「輪廻に揉まれて、人格を養って来ると良い。それまでこの力は俺が持っておこう」
平等の権能、一生命が持つには強すぎるソレを呑み込む。
リブラから切り離されたソレは俺の胃の中に入ったのだ。
「人間という夢は悪いもんじゃないぜ。俺が言うんだ、間違いない。おやすみ、リブラ。願わくばその目覚めが良いものである事を」
パチンと、シャボンが弾ける音がする。そしてそこにはもう何も無かった。
椅子も、隕石も、闇も、記憶さえも。
大罪の記憶4
使徒は八つ作られた。そのうち二つは特に神の力が強く込められている。
人類への試練と報酬を与えるために生まれたルシファー、そして最後に作られた抑止力であるリブラ。
抑止力に人格は要らず、作る暇もなかったが故に、リブラには人格が作られなかった。
そして条件が満たされるまでリブラは眠り続ける事になる。
世界が傾き、破綻が訪れた時彼は目を覚ますという。




