73話 勇者はまた眠る
「お疲れ様です」
声をかけられて眼を開く。ずっと頬杖をついていた為に、首の筋肉を伸ばしながら声の方向に目をやると真っ黒な服装をした男が立っている。
椅子の後ろから顔をひょっこりと出しているアバドンが話しかけていた。
この世界を生きるにおいて便利と言えば便利だった眼をくれた彼だが、たった数回しか会っていない。
湧き出る眠気からくる欠伸をかみ殺して耐えながら彼に声をかける。
「久しぶりと言えばいいか?」
「私は貴方の視点をずっと見ていたので、久しぶりという感覚があまりしませんが……どれほどぶりですかね」
「俺も寝てる時間が長すぎて時間感覚が定かじゃないんだよな」
立ち上がり、肩の筋肉も動かして俺は歩き始めた。
椅子の後ろから顔を覗かせていたアバドンも俺の後をついてくる。
「何処へ行くので?」
「ふとお前の顔を見て、俺が目覚めた場所へと戻ろうと思いついてな」
「あぁ、あの廃教会ですか。最後に最初の場所に戻るのはポイント高いですよ」
ただの思い付きだったんだがどうやらお気に召したらしい。
彼は最初から最後まで物語を見る観客のような反応をする。事実観客なのだろうが。
「いろいろな事がありましたねぇ。あれから」
「何があったっけなぁ。あの教会で目が覚めて、少しこの世界に慣れてきた頃平等教に国ごと襲われたんだったか」
「そして平等教を倒すための旅に出て。二度目の襲撃は冷や冷やしましたよ」
「実際ダンとラオがいなきゃ何もかもが終わりだったろうな」
歩きながらアバドンと思い出を話し始める。
平原を走るさわやかな風が、俺の心を軽くさせていく。やることを終えた爽快感というやつなのだろうか。
俺の旅はきっとほんの少しでも間違えれば、ろくでもない終わり方をする綱渡りのようなものだった。全てを知った今ではそう思う。
だが、旅は今終わりを迎えようとしている。
「色欲を味方につけ、狂王に目を付けられた。戦いの中で、そして友の身を案じる焦燥感で少しずつ貴方は過去を思い出し始めた」
「狂王を殺してやれたのは良かったよ。三郎も。……こう、これまでの事を改めて解説されるとなんとも言えない気恥ずかしさがある」
「そう言えば星の彼女と貴方が出会ったのもそのくらいの時期でしたか」
「ファセスか。アイツの友達になれたのはこの旅に出て良かったと思ってる事の一つだ。アイツと友達になれるのは俺かお前か、どれだけ探してもそんなにいねぇだろうしなぁ」
「私は友達になれないでしょうねぇ」
アバドンがそんな事を言うので驚いた。
コイツも化け物の類だ。
目が覚めてから気が付いた事だが、彼はこの世界の生き物ではない。
悪魔と名乗っているもののこの世界での、神に作られし攪拌機という意味での悪魔ではないし、そもそもこいつは生命体と言えるのかすら怪しい。
「私と彼女とでは在り方が違っています。私は物語を愛しています。始まりから終わるまでに至る全ての道筋を。彼女は視座が星の彼方にある癖に生命体を愛せない。人らしく人でなしの彼女とは気が合わないでしょう」
「人らしいとか言うとアイツ怒るぞ。人になれなかったからアイツは嫉妬になったんだし……ほら」
小さな小さな輝きがアバドンの頭を貫いた。確認はしていないが恐らく極小の隕石だろう。
「お構いなく。この程度私たちには雨粒のようなものでしょう。彼女も本気ではない」
星の欠片をファセスが飛ばしたのだろう。弾けたアバドンの頭は逆再生されるように戻る。この程度で俺たちは死ねない。
彼の言う通りファセスが本気でないのは分かるが、本気で怒っていないとはいえそう挑発的な発言をするものではないと思うのだが。
言いたいことも別に分からんでもないのだが、な。
「それからラオの実家だったか。暴食は強かったなあ。負けたらやばいことになってただろうが、実は楽しかった。ああいう、ただ強さの為に努力した手合いと戦うのは楽しいもんだ」
「放っておけばいいのに。良く働きますよねぇ、怠惰と呼ばれているのに」
「放っておくわけにゃいかんだろうに。アレはいつか爆発するし、爆発したらそれこそリブラでも呼ばなきゃ面倒な事になる。ゆっくり眠るためにも、後々面倒な事になりそうな事案はさっさと処理しておくに限る」
大罪人と悪魔が喰い合って融合したアレはきっとルシファーであっても苦戦するだろう。
そしてルシファーはその存在が故に戦う事は出来ない。そうなりゃアレにタイマンで勝てるのは俺の知る限りリブラくらいだ。
ならば俺が処理するしかなかった。ま、友達の地元だしな。
まぁ……放っておいても問題が無かろうとやっただろうが。
「そして平等教との全面戦争。全ての戦いを見てましたけど見ごたえありましたよ。才賀さんの戦いが割とあっさり終わったのが残念でしたが」
「んな事言われてもなぁ。俺も必死だったわけだし。ま、必死過ぎて化け物になって、みんなに迷惑をかけちまった訳だが」
「才賀さんと眷属二体の討伐……というより鎮圧ですかね。いやはや、よくやりましたよねぇ。全員死んでもおかしくはなかった」
「良い友達を持ったよ」
そういえば、零摩達は上手くやってるのだろうか。
ふと視線をずらしてみると頑張っているのが見えた。見えるはずもない距離の場所であるというのに。
「どうぞ。やはり気になりますか」
「サンキュー。そうだな、やっぱ気になるよ」
アバドンが文字通りウィンドウを出している。その窓から零摩やラオ、ブライが頑張って立夏であったものを頑張って追いかけているのが見える。
「こう言うのは良くないかもしれないが……虫取りみたいだな」
「仮にも登場人物全員友人なのだから、そう言うのはどうかと思いますが」
「あいつらなら笑ってくれるよ。アレも名を付けられてなければ、どう在って欲しいかも望まれてない中途半端な存在でしかない。それに、俺の力も貸してるしな」
「彼女とは会わなくても良いので?」
「挨拶くらいしたいが……眠気が限界でな」
欠伸をかみ殺せず大きく口を開ける。
視界が潤み、空気が脳髄を冷たく冷やした。大きく吸えば眠気が軽減されるが、それでも眠たいものは眠たい。
本当はもう眠る必要は無くなっていたんだが、ちょっと無茶をするとなると話は別だった。満腹感が逃れられぬ眠気を誘う。
「悪平等の使徒、リブラ。意外でしたよ。てっきり倒してしまうかと」
「アレを殺すわけにもいかんだろう。アレはこの世界に必要なものだ。大罪が必ずしも良いものとは言えないようにな。それに」
「哀れだった?」
「いや、せっかく産まれたんだ。アイツはそう作られていなかったにも関わらず人格を獲得した。なら背中を押してやりたいだろう」
「お優しいですね」
「言っとけ」
そう話していると教会が見えてきた。
話ながら歩いているとあっという間だった。
「面白かったか?」
つまりはアバドンとの会話も終わりが近いという事になる。
だから聞いておきたかった事を忘れないうちに彼に聞いてみた。
ずっと人生を見られていた身としては感想が気になる所だ。
「何がです?」
「ずっと見てきたんだろう。お前の言う物語というやつを」
アバドンは肩をすくめながら顔を振り、呆れたような顔を見せる。
殴ろうかな。
「エンディングの前に感想を聞きますかね」
「トルネンブラに頼んで今エンディング流してやろうかコラ。……ま、いいや。今度聞かせてくれよ。酷評しやがったら肩くらいは殴るかもしれんが」
「次に目が覚めた時に教えてあげますよ」
教会の中に入る。中は窓も割れているし、壁も崩れている場所もある。故に風が吹き込んでいるのか埃臭くはない。周りは平原だからか、静かでゆっくりと眠れそうだ。
だが俺のいつも寝ていた椅子は痛んでいそうだった。椅子が崩れて頭を打って目が覚めるなんて格好の悪いことは御免だなぁ。
教会の奥の平等教のシンボルであり、傾くことのない天秤を表すT字の前に座る。
金属で作られた台座が崩れることはないだろう。
シンボルを背もたれにするのはどうかと思ったが、それくらいはリブラも許してくれるだろう。きっと。多分。メイビー。
「んで、何してんだアバドン。どっから持ってきたその木の看板」
「いえ、こう看板を立てていたら観光地みたいにならないかと。あるじゃないですか伝説の剣が観光地になる、とか」
「白雪姫じゃねぇんだぞ俺は。いや、どっちかというと眠れる森の美女か……?」
アバドンは俺が座り、さて寝ようかと思った横に看板を立てようとしていた。
別にどうでもいいが見世物にするなよな。
「あ、そういえば。もう一つ質問良いか?」
「どうぞ?」
「何で俺召喚されたんだ? 最初一緒にいた俺が引っ張られたのかと思っていたんだが、引っ張られる存在でもないだろう、俺」
俺は化け物だ。隣で召喚が行われたからと言って引っ張られるほど存在は軽くない。
起きてから疑問に思っていたんだ。ずっと二人の召喚に巻き込まれたと思っていたから。
「簡単な事です。最初から貴方が召喚されていて、ご友人二人が引っ張られただけの事」
「そりゃ二人には気の毒な事を……待て、俺が? 魔法の名前は勇者召喚だぞ? この化け物が?」
するとアバドンは俺が何を言っているのかわからないという風に目を瞬かせた。
少し考えると合点がいったかのように顔が明るくなる。
「あー……なるほど。翻訳のせいですね。日本では勇者は……勇ましき者でしたか。この世界で勇者とは世界を変える者を意味します。翻訳のせいで少しニュアンスが変わってしまっていたのでしょう」
成程。確かにこの世界で初めて行われた勇者召喚は高等技術を齎したと聞く。
恐らくSF世界とかから持ってきたのだろう。世界を変える者を勇者と呼ぶのなら、機械生命体を勇者と呼ぶのも確かに頷ける。
そして俺がそう呼ばれるのも。
「んー……限界だ。トルネンブラ……ありがとう」
瞼が重くなり始めた。
トルネンブラに声をかけると緩やかに音が鳴り始めた。眠気を誘う音が体に入ってくる。
フルートのような音が俺の意識を泥濘へと沈めていく。
「いつ頃起きますか?」
「いつだろうなぁ。俺にもわからん」
「目覚ましでもかければいいのに。貴方がかけるとも思いませんが」
「二度寝する時くらいゆっくり寝させてくれ」
明日かもしれないし、この世界が終わっても眠り続けているかもしれない。
どれくらいで起きるかなんて、眠る前に分かるはずもない。
早めに目が覚めて朝日を見るかもしれないし、夕暮れにやっと目が覚めるかもしれない。
それは俺にもわからない事だ。
「お腹が一杯になってすぐ眠るのは良くないと注意した方が良いのですかね」
「んー……そうね……ぇ」
「あらら、限界ですか」
眠たいのだから仕方がないだろう、という言葉は上手く言えなかった。
眠気という泥が脳に詰まっているかのように。
「おやすみなさい。國崎才賀。良い夢を」
「おや、すみ」
もはや開いていない視界の中、俺はそう言った。
「おっと」
才賀が眠る教会から立ち去ろうとしたアバドンがその動きを止める。たった一つだけ彼は心残りがあった。
彼の視線の先には一つの木の看板が立っている。
先ほど彼によって設置されたそれには未だ何も書かれていない。
「これで良し。それではさようなら、才賀。貴方に良い目覚めが訪れますように」
木の看板に文字を入れ、アバドンは教会を去った。
この看板は才賀が目が覚めるその時まで此処に設置され続ける事だろう。
勇者未だ眠る




