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勇者はまた眠る  作者: KURA


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58話 節制


平等教の本拠地である城の中枢部には未だ着かず、信徒たちが才賀たちの行く手を塞いでいた。

城は内側に入るための通路が一つしかなく、その通路である扉を通らなければ進めないつくりとなっていた。

才賀は群がる信徒たちに対応しようとした瞬間に違和感を感じ、立ち止まった。

それは言語化することの難しいものだ。いつものように動けない、そして己の中の自分の体のイメージというものが霧散し、斬るという行動が上手く取れなくなっていることに気付いた。


立ち止まった才賀につられて他の者たちも立ち止まる。そしてその前に一人の男が姿を現した。

その男は薄ら笑い、覇気というものをかなぐり捨てたような様子であった。


「こんにちは、天才諸君。私は節制の枢機卿スラトル。面倒ですが貴方達の足止めを任された故、通さねぇよ」

「これは、お前か?」

「ご明察、この数十年全くと言っていい程纏まりのなかった罪人どもをまとめ上げた天才サマは頭も回るようで」


蛇のようにねめつけるような視線が才賀を刺す。

真っ白な服を着ているのに下から睨みつける彼は何処か暗い印象を才賀たちに与えている。


「卑屈だなぁ?」

「凡人ですので。凡夫である私には一人の足止めをするのが精一杯でしょう?」


スラトルの手が才賀の胸ぐらを掴もうとしている。彼は避けようとするが、初めて扱う機械のように体が上手く動かなかった。そして周りの人間もその様子で一瞬反応が遅れている。

あ、しまった。そう才賀が感じた瞬間彼とスラトルの間に一つの杖が差し込まれた。

才賀へ魔術を教えた師匠であり、自他ともに認める天才であるペネトだった。


「アイツに挑む前に師匠である僕を通さないってのはないんじゃない?」

「……まぁ、いいか。天才の師匠を下すってのも面白そうだ。戦おうか、天才サンよぉ」


彼女は才賀達の中で唯一体の不調に対応していた。

杖の先端から疾風が溢れ、スラトルを吹き飛ばしている。


「随分と、素直なんだな?」

「単純な話だよ。私は謙虚なんだ。二人も足止めできるほど驕ってなんかいない。それに……過剰だと思わないかい? 凡夫である私に二対一だなんて」

「あぁ、そうさ。僕で充分だ。だからサイガ、先に行きなよ」

「恩に着る」

「師匠が弟子を助けないはずがないだろうに」


才賀一行はペネトを置いて進む。

大罪人でもないただの一介の魔術師であるペネトが枢機卿と対峙する。

だが彼女は天才だった。剣に、魔術に愛されたような彼女を超えた師匠がもう一人いたとしても才賀は彼女の強さを信じていた。故に才賀は彼女の事を心配していなかった。

巨人が背比べで落ち込んでいたとしても大きなことに変わりはないのだから。



「アぁ、私の狙いにすぐに気づくその頭脳、見ただけでわかる魔力量。自信を感じる目、はは。素晴らしいなぁ。自分でもそう思っているに違いない」

「そりゃあ僕は天才だからな」

「全く不平等だ。過剰なまでに得ている君は気に入らない」

「生憎気に入られようとも思わない、ね!」


彼女は杖で地面をたたいた。

その地面では魔法によって行使された土による模様が出来上がっており、それはいくつもの魔術文字を形成している。

脳内で魔術文字を鮮明に形成することで地面に描いたのだ。描かれたその模様はまるで道具を使ったように奇麗に作られている。

杖によって地面へ魔力を通すことで魔術として完成させるそれは、この世に数人と出来るモノがいない絶技だった。

水の魔術文字に炎、火の魔術文字に風、金の魔術文字に氷。

三つの魔術を完成させ、流れるように放射される炎が肌を焦がし、烈火のような勢いの風が肉を切り裂き、鉄のように硬く冷たい氷が足を止めた。


「過剰だと言ってるでしょうに。人並みの生活を送りなさいな」


スラトルの軽蔑するような声が響く。

そして三つの魔術のうち二つは夢のように瞬きの内に消えてしまった。

ペネトがその現象について考察している間にスラトルは氷を魔法によって溶かした。


「恵まれた奴ってのはその恵まれたことにも気づかずに弱者を蹂躙しやがる。ああ……過剰なまでに賢い頭脳、その過剰に有り余っている魔力、全て、全て、全てェ……許しはしない。俺はその過剰を許さない。精々節制して生きるが良いさ。元天才サンよぉ!」


神経質なまでに切り揃えられたその爪がスラトルの頭皮をがりがりと搔いている。皮膚を削り、うっすらと血が滲んでいる。

その光景に引いているペネトは自分の頭が重くなったことを感じた。それはもう徹夜二日目ほどには。

さらに杖を持てなくなった。彼女はスキルで縮小している杖を魔法で持ち上げている。それは技術と多くの魔力によって為されている。だがそれが出来なくなった。


彼女はスラトルの発言から脳の演算能力の制限、魔力の制限と結論付けた。

そしてそれは合っている。

節制。過剰を許さず平均になることを強いる節制の枢機卿スラトル。

魔術を極め、生まれながらにして天才と呼ばれた少女。

その戦いが始まった。


「全く甚だフユカイだよ。君の作り出す数値は今になってもまだ全て凡人を凌駕している。まさに天に愛された才能、天才というのは君のことを言うのだろうね。だからこそ俺は君を打ち倒す、打ち倒せる。否、打ち倒さなければならない」


ペネトがいくつもの魔法と魔術を操ろうともスラトルが一瞥するだけでその殆どが霧散し、霧散しなかったものはスラトルの魔法によって綺麗に相殺された。

次に彼女は魔術の威力を変更し始めた。威力を少し下げたものは優先度が低いことに気が付いたのだ。

込められた魔力が半分のものはそうでないものよりも消される可能性が三分の一になっていた。


「あぁ、見える。君の天才加減が。小癪で小賢しくて全く大正解だよクソッタレ」

「やっぱり、全てが数値化して見えてるね?」

「俺の前でそんなに動けてるってことは気付いてるようだから教えてやるよ。俺には全てが見える。どれだけ魔力が込められているか、どれだけの魔法で打ち消せる威力なのか、どれだけの力で打ち合えばうまく相手の剣を止められるのか。そしてどんな角度でその力は動いているのか。全てが線で見えている。それに現実が縛られるが故に、お前が動きにくいのもその影響さ」

「魔術師としては羨ましい限りだよ」

「こちらの台詞だ。人間として羨ましい限りだな」


ペネトは鈍化した頭を精一杯働かせながらスラトルに魔法を打ち込んで時間を稼いでいた。いつもの数倍の思考時間を使って策を考えていた。

時間にして数分の時間だったが彼女の脳である程度の予測と対処は完成した。


「うん。実験を始めようか。Phase1開始」


スラトルが実験動物を見ているかのような彼女の眼、そして彼を気にもしないような尊大な発言に盛大に眉を歪めた。

その瞬間にペネトは指を一本彼に向けた。何かしてくる、そう思った彼はその指をしっかりと両の眼で見つめる。見つめてしまった。

故に彼はその指から放たれた光は目を致命的に焼いた。

苦悶の声が口から洩れる、努力も我慢もしてこなかった彼に耐えるという三文字はなく、眼を抑えながら地面を転がっている。

外聞を気にするという考えも彼になく、痛みに従ってその無様な姿をさらしていた。


「成功。君は目で見て事象を把握し、過剰かそうでないかを判断している。つまり光は抑制できない訳だ。光というモノを視認した瞬間にこの光は君の体に到達しているのだから。そして実に有難いことに君は戦闘という側面においてはひどく素人であるという事も露呈した」


ペネトは片目を焼ければ御の字であると思っていた。彼女自身指を向けられた場合片目をつぶるからだ。それは彼女の目標であるダンは必ずそうするからでもある。彼女の知る戦闘のプロが彼だったからだ。だが基準が高すぎるという事に彼女は気付いていない。

気付いたとしても意識して低い基準を参考にはしないだろうが。


「馬鹿が! 確かに俺は光を見る事は出来ないが、過剰な量の魔法を消す能力も見ただろう。光という自然現象だけで俺を倒せると思うなよクソアマ」

「らしいね? だからこそのPhase2だ」


目を抑えながらスラトルは怒声を彼女に浴びせた。怒りというよりも、まんまと策にはまってしまった屈辱により興奮しているようだった。

一度、靴底が地面にぶつかる軽快な音が鳴った。その瞬間に地面を整え変形させる魔法が発動した。今度は一つの魔法陣ではなく、彼女を中心に複数の魔法陣が形成された。

幾つもの魔法陣を地面に描く魔法なのだがそれをたった一回の魔法で済ませるという奇跡にも近い所業を彼女は軽々としてみせた。

スラトルがもし今も両目が見えているとすれば口汚く罵倒し一時間は怒りが収まらなかったことだろう。だが、彼の視界は未だぼやけているままだった。

全ての形を一度に全て正確に脳内でイメージすること、そして脳のスペックを大幅に落とした状態で。

だが彼女は出来た。それは何百回何千回とやってきたことは彼女を裏切らなかった、ただそれだけの因果だった。


魔法陣の内容は水の魔術文字で風、そして金の魔術文字で土塊だった。

その結果起きるのは竜巻にも似た風の力であまりにも無秩序な嵐と、それに乗って無軌道で暴れまわる土の弾丸であった。

勿論ペネトもその暴威に曝されるのだが避けられるものは避け、避けられないものに関しては魔力に戻すことでダメージを無くしていた。

室内であるものの、暴風雨をペネトは再現している。


「君は自分の事を……いや敢えて質問ではなく断言してみようか。君は凡人に過ぎない。君の脳でこれを処理しきれるのかな? 力の向きも数も許容を超えた時君はどうする?」


光を捉えなくなった眼を見開きながら彼はその遅い脳みそを動かしていた。

スラトルの能力は認識しなければ消すことが出来ない。ベクトルしか見えない彼にとってどれが土なのかどれが風なのか認識が出来ていなかった。そして絵がない教科書が読みにくいのと同様に状況の理解が追い付かないために、彼は雑に全てを消し去ることが出来ていない。


だがそれで負けるほど彼も弱くはなかった。凡人だと己を卑下しているが、彼も枢機卿であり長年その力を行使している。

幾つもの土塊によって青あざを作りながらも彼は全てを消してみせた。


「人が生きる空間においてこの力の数は過剰すぎる。だろう? 天才」

「確かにそうかもしれないね。でもPhase3はもう開始しているんだよ、坊や」


人の生活する空間において人体を損傷するほどの力のベクトルが数十、数百あるのは過剰だと彼は判断した。それにより節制の魔法は発動し、多くの魔法を消し去り人間が生存するに値するレベルの平穏をこの空間にもたらしたのだ。


だが、ペネトの次の策は間髪を入れずに開始されていた。


「証明完了、実験終了。いやさ、過剰過剰と、君が言うもんだからさ。ふと思い至ったことがあったんだ」


ペネトはそう話す。そしてスラトルに背を向けて歩きながら続ける。

もはや警戒の必要が無いとでもいうように、視線すらそちらに向けていない。


「確かに君へ向けた魔法は……いや言い換えるとしよう。殺意(魔法)人間()を数人は殺せるほどのものだったね?」


スラトルは返事をしない。過呼吸のように息をして唾をだらだらと流している。

けれど彼の顔色はみるみる土の色になっていき、荒れた息はいくら吸おうとも穏やかになる事は無かった。


「いやなに、好奇心だ。だがその好奇心はひらめきだったようだ。現に君はこうして僕の目の前に這いつくばっている。等身大の殺意が君を殺す」


遂に膝を突き、倒れた彼の脇腹にはたった一つのナイフが刺さっていた。そこから血がどばどばと出て彼の体温を下げている。血液は旅費と言わんばかりに人間が生きるために必要なものを少しずつ奪っていく。


あらゆるベクトルが目に映るスラトルは荒れ狂う暴風雨を認識しようと凝視していた。

だからこそゆっくりと歩いてくるペネトに気付くことが出来なかった。暴風雨の中ただ歩いているだけの彼女をスラトルは視界に入れていたはずだが、認識できていなかった。

そしてナイフを持ったペネトはそのままゆっくりとナイフを彼に刺した。人が一人を殺すに充分で、それでいて過剰でないそれは彼の命にまで届いた。


「俺は……天才は才を持っているからこそ天才なのだと思っていた。だが今俺は天才だからお前になったのか、お前だったから天才になったのかわからなくなった。天才って……なんだ?」


それは懺悔なのか質問なのかわからない。ただの独り言かもしれない、何の意味も無い負け惜しみかもしれない。はたまた彼なりの称賛かもしれなかった。

スラトルは大量に流れ落ちた血液を見て己の死を悟っている。もはや生存の道は閉ざされた。


「腐っても教師だったからね。一つ教えてあげようか。君は凡人ですらない。努力というテストを受けていない君は、空白で提出しようとしている君は赤点(落ちこぼれ)でも及第点(凡人)でも満点(天才)でもない」

「……じゃあ、俺は一体何だったんだ?」

無回答()?」


もはやスラトルの眼はペネトを見ていない。

血液が足りない彼は視界を維持する能力も残っていなかったのだ。

だが湿った音と共に笑った。血液の泡を作りながらも朗らかに彼は笑っていた。


「最期に一つ聞いていいか。お前は何点なんだ?」

「僕は今必死に点数を上げようと長々と書いて部分点を貰おうとしてるところさ」

「そりゃいい。次があるなら……書いてみるよ」


スラトルはあらゆる不公平を許さず、だけれども己を変えることは決してしなかった。己こそが正常なのだと、己こそが基準なのだと譲らなかった男はそして死んだ。

過剰を許さなかった男は故にあっけなく順当に死んだ。

ただナイフに刺されたという何の特別でもない死が、彼の死だった。


「たまにはらしくもなく、教師らしくあってもいいとは思わないかい? ダン。最期の仕事にしちゃいい仕事をしただろう」


杖を拾い、彼女は独り話す。


「死ぬまで教師として生きるつもりだった。それが君に追いつく近道だと思っていたから。でも、やっぱり僕に教師は向いていなかったようだよ。ダン、君のせいだ。魔術師としての性分が抑えきれない。僕は教師ではなく、一人の魔術師として死ぬ」


彼女の眼には、脳内にはあの時の光景が張り付いていた。あの時から今この瞬間までずっと彼女はそれを見つめながら生きていた。

ダンが、超えるべき目標が至った、魂を使い行使したあの魔術が、あの光が。

彼女の眼を焼いていた。


「サイガ、僕は君に一つだけ嘘を吐いた。教師として教え子の君を助けるためだと言ったね? ごめんよ、僕は僕の目的の為に君についていったんだ」













節制の杖


節制の枢機卿スラトルが持っていた杖。

実際は杖とも呼べない木の枝であるが、杖として使っている以上杖と呼ぶべきだろう。

かつて何も持たなかったスラトルは魔術師を仰ぎ見た。金も才も無い彼はこの世の優劣を運だと断じる。

故に上質な杖も、努力の総数も、消し去って最後に残るのが真の優劣だと。


才能が幻想と言うのなら何故彼は天才を否定し続けるのだろうか。

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