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勇者はまた眠る  作者: KURA


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53/55

53.5話 耐え忍ばないという選択


「おやめください! 忍耐様! 枢機卿といえど許可なくこの先には」

「ええい、退きたまえ。俺ぁアイツに話があるんだ」


一人の老人が白い服を着た信者たちに止められながらも、未だ止まらず歩いていた。

老人は青筋を立て、前を睨めつけながら力強く進んでいる。

怒りながら信者たちを蹴散らす姿は忍耐の枢機卿とは思えないものだ。


「お待ちください。例え枢機卿と言えど教皇様の層へと立ち入る場合は許可が……!」

「黙れ。テメェが口止めされてた事で話があるんだよ。テメェは俺の部下か、それともアイツの部下か。俺の部下なら黙ってろ」

「そ……それは」


一人の信者の胸ぐらをつかみ、老人が凄むと信者は何処か後ろめたいことがあるかのように目を逸らす。

舌打ちをした老人は信者を投げ捨て、扉を蹴り開けた。


「おや、騒がしいですね」

「騒がしいもクソもあるかい」

「ふふ、今日はクンシラの遠征ですか? それともカトルロットの布教ですか? どちらも貴方の抗議で頻度を大きく減らした筈ですが」

「テメェだテメェ。口止めしてやがったな?」

「何のことでしょう」


老人の怒声を教皇は微笑みで受け流している。

穏やかな笑みを少しも崩さず見つめる彼に、老人は机を強く叩き睨みつけた。


「異世界人二人の件だ。俺はあくまで技術を広めさせないために保護した、と聞いたが?」

「ふふふ、懐かしい口調を。子供たちが怖がってしまいますよ」

「ここは俺の孤児院じゃねぇ。答えろ教皇」

「事実ですが、何か」

「あの二人を利用した計画が進んでるそうじゃねぇか」

「おやおや、誰がそんな事を」

「俺を舐めんなよ。この国をお前と俺以上に知っている奴なんていねぇ。コソコソと何かしている事くらい分かるってもんだ。だから部下を締め上げたら吐いた。天使計画とは何だ」

「……いつかは貴方が知る時が来るとは思っていましたが、これほど早く嗅ぎつけるとは。年の功という奴ですか?」

「ほぼタメだろうが。若作りしやがって」


荒々しく老人が椅子へと座った。

そして葉巻に火をつけ、大きく煙を吐き出した。

大量に吐き出される煙に教皇は顔をしかめもしない。慣れているかのようにほほ笑みながら手で仰いでいる。


「お忘れですか? 十歳私の方が年下です。……おや煙草、止めたと聞いた記憶がありますが」

「老い先短いこの人生、健康に気を付ける意味も無いと思ってな。数百年ぶりの煙草だ」

「貴方はそう死にはしないでしょうに」

「ほっとけ。で、天使計画とは何だ」


老人が教皇を問い詰める。納得しなければ何があろうとこの部屋から彼が出る事は無いだろう。例え剣を振りかざそうともこの椅子から立ち上がる事は無いだろうと感じさせる眼光で教皇を見つめている。

そして半端な嘘は彼の前では無意味だ。

教皇は誤魔化すことを諦めた。


「天使を、使徒様を人為的に作る事を目的とした計画です」

「んなもん無理に決まっとろう。ありゃ神様の力だ」

「いいえ。異世界人ならば、出来る」

「……続けろ」

「昔この世界で使われた儀式、再誕の儀式は貴方も知っている事でしょう」

「あの胸糞わりぃ儀式か」


老人が苦々しく顔を歪ませる。

再誕の儀式が行われていた光景を思い出しているのだろう、その焦点は空を見ていた。

その昔邪教が試行錯誤で作りあげた死体の山が導くたった一つの道、それが為されようとしたのを防いだのは平等教だった。

老人はあの深い血の匂いを昨日のように思い出すことが出来た。


「この世界の住人であっても大罪人程の力を得ていたと文献から予測できます。それをアレンジしたという訳です」

「だが、単純に人の力を押し上げたとしてもアッチ側になるだろう。俺らよりも大罪人の方が出現率が高いのがその証拠だ」


事実老人が忍耐の枢機卿として生きた数百年の間美徳の枢機卿と、大罪の大罪人は圧倒的に大罪人が多かった。

だが教皇はその反論にも動じず続ける。


「ええ。ならば、そうならないようにすれば良い」

「待て、そりゃ救恤でも為しえない事だろうそりゃ」

「いいえ。生まれる前に除去すれば良いのですから簡単ですとも」

「テメェ……俺らが平等教を何で作りあげたか忘れたか」

「いいえ、忘れていませんとも。あの悲劇を防ぐために」

「子供達をあんな目に合わせねぇ為だ。なら! 何でそんな事をしやがる」

「アレらは異世界人ですので」


老人の怒声にぴしゃりと返す教皇。どれだけ声を上げようとも教皇は動じることも無かった。

二人以外の人間がこの部屋にもしもいたのであれば老人が激しく怒る音が如実に聞こえた事だろう。

彼の代名詞でもある忍耐の縄が切れたかのように教皇の名を怒鳴り、立ち上がった。


「クンシラの虐殺も、技術を進めたが故と思えば少しは許容できた。カトルロットの洗脳も、技術による悲劇が訪れるかは良いかと思っていた。だが、それはいかんだろう。あの二人を、子供達を利用するってのか?」

「あの二人は異世界人です。この世界にどんな技術を齎すか分かったものではありません。殺すよりかは慈悲深い処置でしょう」

「軟禁してる癖に技術を齎すだ? 寝言は寝て言えよ。今思えばカトルロットの洗脳を使わずにゆっくりと魔法で認識を歪めていったのも、救恤の属性を二人に持たせない為か。さてはお前、最初っからそのつもりだったな?」

「なんのことだか」


私的を微笑みで躱す教皇の顔に老人がペンを投げた。教皇は防ぐこともなくその投擲を受け入れている。

だが投げられたペンは彼の顔に刺さる事も無く、当たって落ちた。


「さて、お話は以上ですか?」

「俺は反対だ。そんな事は許されねぇ」

「申し訳ないですが、決まった事ですので」

「ンな事はさせねぇって言ってんだ」

「無駄な事をするのはお勧めいたしません」

「……テメェ」


老人は交渉が決裂したために、立ち上がり部屋を出て行こうとしていた。

だが、指一本すらも動かせなかった。

老人はすぐに気が付く。これが目の前の教皇の力によって為されている事だと。そして、彼は本心から老人が今からしようとしている事が無駄な事であると訴えかけている事に。


「貴方は私の事を昔から情が無いなどと言っていましたが、古くからの友人を失うのは悲しいと感じるのですよ」

「ならやめろ」

「貴方も知っているでしょう。私は君の友人である前に平等教の教皇なのです。それは出来ません」

「なら俺も好きにやらせてもらう。俺は平等教の枢機卿である前に子供の未来を想う老人なんだ」

「そうですか」


教皇の顔が初めてほんの少し曇った。

老人の体に行使されていた力は無くなり、立ち上がる。もはや老人は教皇と目を合わせることも無く、扉に手をかけた。


「一日。一日だけ私は目を瞑りましょう。その後貴方は私たちの敵となります。良いですね、この国から出て行かなければ、死にますよ」

「すまねぇな」

「いえ、貴方と私の仲でしょう?」


老人が扉を開ける。そして一歩踏み出すと足を止めた。

振り返ることなく教皇に話しかける。


「一つ、頼みがあるんだが」

「なんでしょう」

「俺の孤児院、頼んでいいか」

「私に頼まなくとも貴方の孤児院は……いえ、教皇の名に誓って、私が生き残った場合は孤児院の安全を保障いたします」

「そういう時は教皇の名じゃなく、お前の名に誓えばいいんだよ」


扉が大きな音を立てて閉められ、老人の足音が遠ざかっていく。

一人部屋に残された教皇は穏やかな視線で一瞬窓を見たかと思えば、すぐに書類に目を通す作業に戻った。












忍耐の枢機卿


平等教創設者の一人。

忍耐の力により、寿命という定めから耐え続けている彼はその年齢を自分ですらも数えるのを止めてしまった。

ただあの悲劇を繰り返さないために。

教皇と思想の方向性を違っているため、幾度も衝突を繰り返したが根にある思想は同じであるために共に平等教を作りあげた。

平等教の本拠地である国の孤児院を運営しており、そこにいる子供達は平等教によって親を失った子供や、親が平等教に命を捧げてしまった子供達が大きな割合を占めている。

老兵は死なず、ただ過去の惨劇を伝えている。だが、時は来たれり。

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