46話 旅は続くよ
「里帰り?」
狂王によって壊された国から出発した俺たちは歩きながら話していた。
旅に出れば暇な時間というものが生まれる。
そんな時にラオに行き先を問うとそう返ってきた。
「あぁ、現状俺たちは他の大罪人に対する情報を持っていないだろう? ……ついに俺の番かと思ったんだ。俺の故郷に憤怒の悪魔がいるというのは話したよな」
「言っていたな」
「俺が頼んで残ってもらったんだ。ちょっと気になる事があって」
そう言うラオの姿がどうにも昏く見えた。
彼が故郷を話すとき、彼の顔にはいつも影が差していた。
「ちょっと話が変わるけど質問いいかな」
「なんだ?」
「そういえば僕の悪魔ってどこにいるんだろうって」
「この世界の構造は理解しているか」
「あの、初めて大罪の魔力を励起させた時に流れ込んできたものだろう?」
「そうだ。悪魔は大罪人がいなければこの世界に入れない。彼らが入ってくるのは魔力を励起させた時だ。まだ君のところまでたどり着いていないんだろう」
悪魔たちはこの世界から隔離されている。
大罪人という錨がなければこの世界に存在する事は出来ない。
それがこの世界のルールだった。
だが……あれ?
「俺の時は気付いたら居たぞ? あいつ」
「恐らく、怠惰魔法を使ったんじゃないか? サイガに心当たりはないのか」
「……確かに、あるな」
「俺の時はしばらく時間がかかった。憤怒に移動のための魔法はない為だろう」
場所さえ認識すれば転移することのできる魔法がある。
それを使ったのだろうか。
と言っても俺も精通しているというわけでもない。ベルフェゴールからすればもっと便利な魔法があるのかもしれない。
一応情報は頭に叩き込まれたが、説明書を読んだとしても隅々まで理解できているとは限らないように見えていても全てを把握出来るわけじゃない。
「二人とも大罪魔法は全部把握してるのかい? いや、一応僕もあるにはあるんだけど」
「まぁ……俺もあんまり。ベルフェゴールからちょっと教えてもらったけど。大罪の本質を考えろって言われたよ」
「道具だけあっても使い道がわからなきゃ、ちょっと変わったインテリアに過ぎないわけだ。ま、閃きに近い。必要になった時に浮かぶんだ。やりたいことがなきゃ、体は動かん」
数学の公式をずっと頭の片隅に置いている人間なんて……いるかもしれないが少数だろう。
問題や、現象があって公式は思い出されるのだ。
……なんて偉そうに言っているが俺も戦いにおいて有効に用いれているかと言われれば、そうではないのが実情なのだが。
言い訳だが怠惰というものは戦いに使いにくいんだ。
「大罪の本質……嫉妬だと羨望だったり劣等感だったりという?」
「そうだな。俺の怠惰なんかだと停滞や短縮、省略なんかがある。便利だけど戦いに使うには面倒なもんだ」
「その点、憤怒は感情や罰、単純で応用が利かないが戦闘となると強い……場合がある」
「言いきれないのかい?」
「怒りに呑まれ、俺が道理を犯し怒りを抱かれる側になれば、この力は……炎は俺の身体を焼く」
「……それは、どういう基準で?」
「さぁな。案外、俺自身なのかもな」
これはラオだけの問題ではない。大罪のリスクは俺の怠惰でもある。
何もしなくてもいい。極論この魔法はそうなる。
そうなれば行きつく先は緩やかな死でしかない。一回ベルフェゴールに聞いておくべきであったかもしれない。
怠惰の大罪人の死因はどういったものが多いのか。
「うん。ちょっと、わかってきたかも。試していいかな」
特に俺たちに断る理由も無い。
歩きながら話していたのだが、立ち止まる。
「見つめろ、嫉妬。心身総嫉。サイガ、ちょっとパンチしてみて。ここに」
掌を指さしてそう言われた。
全力で殴る、というわけにもいかないが思い切り振りぬくつもりで殴った。
だが俺の拳は止められた。
何なら掴まれた。それを振り解こうと手を引っ張るも、ファセスの掌から俺の拳は離れなかった。
「どっちだ? 俺の力が弱くなってるのか、ファセスの力が強くなってるのか」
「恐らく僕が強くなってるんじゃないかな。……うん、すごいね。出力は抑えてるけど、それでも力が湧いてくる。良く鍛えてるんだね、才賀」
「へぇ……強そうだな」
「そうでもなかったり。同じにしかなれないからね。超える事は出来ないんだ。そして羨ましくないと出来ないらしい」
心身総嫉を解除したのか、彼女の手の力が急に弱くなり俺は手を振り払うことが出来た。
同じ力にしかなれないというのは、確かに弱点ではある。
同じ力で、もし同じ身体だとするとそれは相手に軍配が上がるだろう。使い慣れた力だからだ。急に体の力が強くなったとしても感覚が狂ってしまうだけだろう。
同じものであれば技術の勝負となる。技術となると使い慣れた方が有利だ。
槍の名手と素人が同じ身体能力を得たところで勝てるか、と言う話だ。
勿論例外はあるだろうが。
能力の試運転を終えた俺たちはまた歩き始めた。
歩きながらでも話せるからだ。それに俺という時限爆弾がいるのだから。
「使いすぎると、きっと使えなくなるだろうね。全能感を持ってるのに嫉妬なんてするはずもない」
「確かにな」
例え身に付かなくとも、すぐにそう成れる力を持つ人間に嫉妬なぞ出来るだろうか。
大罪の魔法は有用だ。戦闘という枠組みで見て微妙でも、それ以外で見ると強力であることは多い。元々戦闘用に作られたモノじゃないしな。
だが、だからこそこの力は溺れた時が怖いのだ。
といってもこれは罰ではない。ただ適正者ではなくなったに過ぎないのだろう。
「ふわぁ……ま、ファセスなら問題ないだろう」
「なんでだい?」
「お前が乱用するとも思えん。そういえばラオ、今日はあとどれくらい歩くんだ?」
「眠たいか?」
「ちっとな」
あくびが出始めていた。
我慢できないというほどではないが、もうそろそろ脳の動きに鈍りが出てくるころだろう。
歩くだけならば何も支障はないだろうが。
そうラオに話す。
「なら今日は休もうか。もうすぐ歩けばつくだろうが……夜に里についても、な」
「そうか、わりぃ。何か狩ってこようか?」
「いや、貯蓄が少ない。俺が少し多めに狩ってくる」
「わかった。火でも起こして待ってる」
「寝てても良いぞ。火があれば」
そう言ってラオは荷物を下ろし、走っていった。
舌で上あごに木の魔術文字を描く。
「生成。……水で試してみるか」
水の魔術文字を杖で、生えてきた木の表面に書く。ペネトに貰った杖はこういう時少し使いにくい。デカすぎるんだ。
いつもなら火の魔術文字を使って乾燥させていたのだが、ふと乾燥なら水の魔術文字を使っても良いんじゃないかと思いついた。
実験だ。
水の魔術文字の横に脱水と書いて魔力を流す。
すると水の魔術文字から液体があふれてくる。恐らく木の中の水分が操作されて排出されているのだ。
「これならいけるかな」
足で力をかけると容易くへし折れた。断面を見てみると確かに乾燥できていた。
これなら薪に使っても問題ないだろう。
「反省するべき点はここでやるべきじゃなかった、という所かな。水浸しだよ? 星よ、地を乾かせ」
「あぁ……たしかに」
今ファセスが乾かしたが、地面は木からあふれ出てきた水によりびちゃびちゃになっていた。
この上で焚火をするのはちょっと面倒だろうし、こんな所に座ったら汚れてしまう。できないわけではないが。
あとこんなところで焚火をしたら湿気がすごそうだ。
「あんまり頭回ってなさそうだね。もう寝るかい?」
「そう……しようかな。おやすみ」
「うん、おやすみ」
そんな穏やかな日。
もうすぐラオの故郷へと着くだろう。そうなればまた忙しくなる。
憤怒の悪魔、彼に協力を願うのは少し大変そうだ。
そういう予感がする。何があるのか、何と戦うのか。
全く分からないが、俺の勘は面倒なときほどよく当たる。
だがそんな予感もどうでもよくなるほどに俺は眠気に包まれ、睡眠という闇に意識が落ちていった。
心身総嫉
嫉妬の大罪魔法の一つ。
精神の在り方や体の動かし方に至るまで、ただ誰かのモノを真似するだけの魔法。
嫉妬とは自分がそう在りたいという一面もある。
だが、隣の芝を手に入れた人間は満足するのだろうか。その芝を好ましいと思えるのだろうか。




