45話 救われねばならぬのか
あれから何日経ったのだろうか。少なくとも体の倦怠感から伝わってくる時間は一日や二日ではなかった。
俺は荒れ果てた城の中、目を覚ます。すぐ近くで倒れていたはずのラオは見渡してもいなかった。
先に起きたのだろう。いつもの事だ。
狂王が呼んだ城は未だ残っていて、主を失ったからと言って消えるわけではないようだ。
俺達や狂王が暴れまわってズタボロになった城から街を見る。
活気というものがない。静かで、人がいなくて、ジオラマのようだった。
「そうか。そうか。そう、か」
嫌な予感が生まれた。
いや、違う。ほぼ確信に近いのそれを肯定したくなかった。
辺りを見たくない、そう思った俺はゴロンと寝転ぶ。
冷たく硬い床の感触が背中に広がった。
「起きたか」
「ラオか。ファセスは?」
「崩れた壁を監視している。魔物たちが入ってきては、な」
「なぁ」
「……あぁ。この国はおしまいだ」
「やっぱ、か。王族たちは?」
「遺体は無かった。だが、抜け道は崩壊していたし、帰ってこないという事は……そういうことだろう、な」
この国の国民はどれほど死んでしまったのだろうか。
それに王族も失った今、国というものは動けない。復興のためには多くの人間を動かさなければならないのに、だ。
「俺たちがここに来なければ、なんて考えるなよ」
「考えるだろう。確かに俺が標的だったんだから。三郎も標的だったろうから断言は出来ねぇけど、さ」
「サブロウか。そう、か」
それで俺たちは沈黙に陥った。
悲劇を防げたのだろうか、それとも悲劇をもたらしたのだろうか。
俺は正義の味方なんて名乗るつもりもさらさら無いが、目の前に積みあがった屍に何か思わないということは、なかった。
俺は怠惰と呼ばれた。
その名の通り眠れたらいいのに。つくづくそう思った。
気持ちの良い眠りがあれば、誰がどうなろうと、何が起ころうと良い。
俺がここまで動いているのは、地球での唯一の友であった二人立夏と零摩を助けたいからだ。
友人二人の身が危ないのに安らかに眠る事は出来ない。それだけが俺が動く理由だった。
そうでなければ俺は今もあの教会跡で眠っていた事だろう。たまに近くの街に立ち寄りながら。
だが今俺は見知らぬ国へ悲劇を齎し、無力感に襲われている。
「ここにいつまで滞在する?」
「すぐにでも出れるだろう」
「……マジで?」
驚きながら、そんな素っ頓狂な声を出してラオを見るとあちらも俺の反応に驚いていた。
そして笑い出した。俺は全く理解が追い付かず彼の事を阿呆のように見るのみだった。
「サイガ、確かにこの悲劇に思うところはある。だがお前は人間を過小評価する節があるな」
あの重い空気はどこへ行ったのか、けらけらと笑っている。
俺だけがシリアスに取り残されていた。
「俺たちはそんな大した存在じゃあない。彼らはたくましいぞ」
「……たし、かに」
「俺は晴らす事の出来ない怒りのために。それだけだ。別に俺は人間を庇護しなけらばならない存在とは思っていない」
その言葉に俺は返事をすることが出来なかった。
いつの間にか俺は人間を庇護しなければならないと思っていたのだろうか。
「助けたいと思うのは良いことだ。だが彼らは赤子ではない。ほら、コレでも食え」
ことりと横になっている俺の顔の横にラオが何かを置いた。
視線をずらしてみると湯気が目に入る。温かいそれは香ばしく、涎を生成させる良い臭いを漂わせていた。
「これは?」
「あそこを見ろ」
ラオはそう言って指を刺した。人のいない町を見て、見るのを止めてしまった其処には煙が上がっている。火事の煙じゃない。家事の煙だった。
よおく目を凝らせば人だかりが遠くに見える。
「あれは?」
「生き残りたちだ。彼らは生きていける。お前が助けてやらずとも、な」
どこか驕っているのを言い当てられたかのように恥ずかしい気持ちが頬に集まる。
力があれば助けられる、だから今俺は己を縛り付けようとしていた。
旅をしていたラオからはこんなことをしていたらあまりにも時間が足りないという常識にも近いものかもしれないが、俺からすれば学びだった。
人は強いのだ。
「へぇ、人って強かったんだな」
どこか落ち着かない気持ちを誤魔化すかのようにそう言った。
半分茶化すような言葉だが、どうにも真面目に話せなかった。若いのだからこれくらいは許してくれよ。
「何人もの人間を見てきた俺が言うんだ。間違いない」
「そりゃあいい。手放しで信用できそうだ」
彼でよかった、俺の旅を先導するのが。
ラオの経験は俺にとって値千金ともいえるだろう。
恐らく彼がいなくとも、俺は死んではいないと思う。だがどこか心にしこりを抱えたまま旅を続けることになったかもしれない。
他人の怒りを代わりに抱える彼だから、俺はここまで進めているんだ。
「おっとと、起きてましたか」
そのままさわやかな風を受けながらひと眠りでもしようかと、寝転んでいたところ後ろから声が聞こえた。
俺からするとあまり聞きなれている声ではないが、それでも覚えていた。
彼女の特異性は忘れるには大きすぎる。
「ファセス、警備はどうしたんだ?」
「壁の補修が終わったので、僕がいなくても大丈夫でしょう」
「お疲れさーん」
どうやら俺が寝ている間に壁の補修も終わってしまったらしい。こちらに歩いてくる彼女に手を挙げて労いの言葉を投げる。
我ながら気が抜けた声が出た。
「そうか、それなら本格的に俺たちが旅に出ても良さそうだ」
「あ、そうだ。僕もついていってもいい?」
ラオは無言で俺の方を見た。俺の判断を問うているのだろう。この旅の主目的は俺のものだからだ。
ファセスがついてきてもいいのか、か。
別にいいな。付いてきて困るものでもない。
「いいんじゃないか? 人数を気にするほど大所帯でもない。ま、人数が増えて困ることってのはラオの方が知ってるだろ?」
「まぁ……口が増える事くらいか」
「ご安心を。僕に食べ物は必要ない」
「断る理由は無いらしい。あぁ……そうだ。俺たちは平等教と戦うつもりで旅をしているが、別に強要するつもりはない。情が湧いたら手伝ってくれ」
付いてきたいのなら平等教と戦え、なんて言うつもりはなった。
そんな事を言いたいが為に旅をしているわけではない。俺がお願いをする立場であり、要求するものではない。
「分かったよ。よろしくね、二人とも」
こうして俺たちの旅に一人加わった。
星に愛された子供、ファセス。
未だ俺たちの旅は終わらない。
たった一杯のスープ
色々な種類の肉が放り込まれてそれが複雑な味を生み出しているスープ。
商人が多く行き来していた国だったが故に、塩コショウや肉がふんだんに使われている。そこに金銭や取引は入り込まず、ただ美味しい食事を作り出すために商人たちは物資の箱を開けた。
温かい食事は体を温め、舌を喜ばせる味は精神を癒す。
まずは食わねば始まらぬ。こと極限においてもその理は変わらない。




