42話 廃城、天を衝く
三郎が頭を押さえてふらついている。
追撃をしようと狙うも、俺の目の前には狂王が立ちふさがった。
狂王も石剣を使っていないとはいえ脅威足りえる存在だ。
「ラオ、あっちは任せた」
「任せろ」
狂王の剣を真っ向から受け止めた。その一撃ごとに足に疲労がたまる。
そして最大の難点が動けないという事だ。狂王も俺も攻撃と防御が両立していて、動かせないし動けない。
弾くと言っても俺にそこまでの技量はない。全ての力を受け流せるという事ではなかった。それを魔力による治癒でごり押してしていた。筋肉の一本一本が千切れていく音が聞こえても魔力で繋ぎなおした。
それに先ほどの攻撃が未だに癒えていないのも問題だった。
腹の所に魔力が吸われていくのを感じる。恐らく骨が折れているのだろう。内臓にもダメージが入ってるかもしれない。
唸るように声を出して力を引き摺り出すが、奴の剣を押し返せない。
「星よ、力を示して!」
「助かる、ファセス」
狂王の振り上げた剣が氷によって地面に繋ぎ止められた。連撃に隙が生まれる。
ファセスの声が聞こえたため彼女の力なのだろう。
つまりは、好機だ。
足元に転がっている四肢がぐちゃぐちゃになって、どれが一人分なのか分からない兵士達の死体から剣を抜き取る。
申し訳ないが、緊急事態だ。許してくれ。
クソ、折れてやがる。だが、無いよりマシだ。
狂王の膝を足場にし、未だ笑みを浮かべているその顔に向けて剣を差し込む。折れていたとしても鉄なのだから力ずくで肉に突き刺す。
鼻から入ったその剣は脳へと達し、骨に当たろうとそのまま力任せに貫いた。
なんとも言えない、刃が脳を進む感触が剣の柄から伝わってくるが、歯をかみ砕くほどの力で我慢する。
吐きはしないが、夢に出そうだ。兵士の剣をそのまま頭に刺しっぱなしにする。
異物が頭の中にあれば、それを取り除かなければ再生は出来んだろう?
「脳が体動かしてんだから、こうすりゃ少しは止まってくれんだろ!」
奴の体が僅かに痙攣し、立ってられなくなる。俺の身体を支えてなお少しも揺らがなかったその体がゆっくりと崩れ落ちていく。
「創造ッ」
金の魔術文字を口蓋に書いてそう叫ぶ。肘から先まで程の長さをしている鉄の杭が掌に創造された。
そしてそれをそのまま狂王の胸に突き刺し、地面まで貫通させた。不安定な足場にいた俺は当然転がるように投げ出されるが、けがをしないように受け身は取ったため問題ない。ちょっと指が変な方向に向きそうになったが些細な事だ。
これで少しは時間が稼げるだろう。吸血鬼でも殺せるんだ、これで止まらなかったら嘘だ。
ラオの方を見るとやはり防戦一方だ。
彼の得物は三郎の持つ大きな石剣には相性が悪い。拳はどうしてもリーチの差がな。
少しふらつくこともあるが、三郎はラオを激しく攻め立てている。
「だが、アレならば」
防戦一方と言ってもラオは負けているわけではない。
つまりは三郎からしても他に意識を割くほどの実力差ではないという事だ。
実際俺に対して割かれている意識は少ないはずだ。
隠密をすれば背中から刺せる。
石剣とラオの拳がぶつかり合って音が出る瞬間に足音を合わせる。
できるだけ姿勢を低くして視界に入らないように走った。
そのまま三郎の後ろまでたどり着くとそのまま剣を下から突き上げる。三郎の体には未だ人間らしい感触がして、筋肉を貫く感触がした。
腰から入った剣がそのまま彼の体を貫く。
良し、入った。手ごたえも充分ある。
「ラオ!」
「相分かった!」
背中から体を貫かれてすぐに動ける人間などいない。
最低でも体は強張り硬直する。尤もそれは痛みであったり、危機感によって生じるものだ。
だが今の三郎であっても人間の体であるわけだ。ならば脳みそは危険信号を受信し、体は隙を作り出さざるを得ない。
「死ね」
ラオが叫ぶ。たっぷりと感情の載った叫び声と共に、彼は怒りを拳に乗せて三郎にぶつけたのだ。その怒りはまさしく顔を打ち抜いた。弾けるように頭が四散する。
俺はラオとすれ違うように三郎の脇腹を切り裂いた。炎のようなラオの魔力が体を掠る。
燃えるようで、だが罪人以外を優しく包み込むその魔力は三郎にぶつけられた。
三郎はその体をへしゃげさせる。
顔面を殴られたために腰骨が折れるほどに上半身を反らしながら宙を舞う。腹が俺によって殆どを斬られ、内臓が舞い骨が悲鳴を上げている。
そして回転によって腕や足は床に当たっている。床は砕けない。人体の体程度では、ましてや魔力により強化していない体などに壊される道理はなかった。
よって床という不動の鈍器によって殴られ折れていくのだ。人体が床に激突する生々しい音が耳に残る。
この空間は外ではない。
つまりは限りがある。三郎の体が壁に激突し、体の骨が砕ける鈍い音、スライムを思いきり殴りつけたかのような粘着質な音を鳴らし、その動きを止めた。
三郎は動かない。アレほどまでに激しい戦闘があっただけにその落差に耳が慣れず、痛いほどの静けさが訪れた。
だがまだ油断はしない。
俺は走っていた。
二度と動かなくなるまで油断はしない。これを守らないせいで俺は一回山で痛い目を見たことがある。動かないから死んでいる等という認識は野生では油断というのだ。
もう人ならば死んでいるほどの惨状であっても、だ。
走りながら落ちている兵士たちの剣を拾うと、元々持っていた自前の剣を腰についている鞘に収める。
そして両腕でしっかりと握った剣を全身の力を使って、もはや動いていない三郎の胸に突き刺した。めり込んだ彼の体に俺の剣が刺さり少し跳ねる。
「もう、動いてくれるな」
壁に剣で縫い付けられた三郎は動かなかった。荒れた俺の息だけが響く。
「ごふっ」
無理に動いた結果、そしてこの最後の一撃には反動というものを考えずに放った為に俺の身体は傷ついていた。
三郎の心臓を貫き、壁の半ばまで穿った剣は俺に大きな力を跳ね返していた。
反動は傷つき、疲れていた俺の体に亀裂を入れる。
これは、少し……休まないとな。魔力があるとはいえ、相当疲れた。
静けさが戦闘終了を思わせ、どっと疲れが襲ってくる。
「ファセス、どうだ」
「……弱っています。ですがもう暴れられないでしょう。エネルギー切れです」
「そ。つかれ」
疲れた。
ファセスの言葉に気を抜いた瞬間だった。体の力が抜かれ、動くまでに一瞬の隙が生まれるその瞬間。
ラオが叫んだ。
「サイガ!」
「……横がッ」
横から剣が振られるのが見えた。時間がゆっくりと進んでいく。こちらに走ってこようとするラオ、突然動き始めた狂王に驚くファセス、こちらに迫ってくる剣。
馬鹿な、俺は狂王の体も警戒を怠っていなかった。動いていないのを確認していた。
まさか……死んだふり!? そんなことすんのかよ。
ちゃんと体が動くようになるまで死んだふりしてやがったのかッ!
剣を抜く暇などない。
しょうがねぇ……腕で受け止める。死ぬよりましだ。
先ほどと違い、鞘を受け止められるように体勢を整える暇などない。怠惰の魔力を込めた。
狂王の剣が俺の腕に食い込み、そのエネルギーのままに俺をぶっ飛ばした。怠惰の魔力を貫通した、咄嗟に込められる分の魔力では止める事は出来なかった。
乱暴に使われ、切れ味の鈍った剣が骨に当たるのを感じた。
宙を舞いながら感じる。これ、対応ミスったら死ぬ。打たれた野球ボールのように飛んでいる俺はもうすぐ壁にぶつかり、全身の骨が砕かれてしまう。
痛みの中俺は決断した。
しょうがない。足を犠牲にするか。
空中じゃ体勢を制御できない、床を殴ってその分の力を確保する。拳が砕ける。いってぇ。
足を少しだけ曲げ、壁に着地するかのように足の裏をそちらに向けた。当然足で止められる速さではない。
流石に俺でもやったこたないし、爺でも飛び降りなんてやらせなかったからなぁ。
壁に落ちていくのを奇妙にも冷静に俺は見ていた。
足がパキパキと砕けていくのを感じる。筋肉が爆発し、血管がちぎれていく。
足首はその可動域を超えて畳まれ、指先が脛に当たっているだろう。感覚は痛みという警告によって塗りつぶされている。
膝は千切れそうなまでに足が引っ張られ、関節は繋がっているのかすら分からない。
だが生きている。体に伝わった衝撃で何本か追加で骨が折れたような気がするが、生きている。
太陽を眼球の中に入れたようなくらくらとした前後不覚の状態だが、生きている。
俺は、生きている。
魔力を魂から引っ張り出して治療に回す。
口の中が血で一杯になったために吐き出す。ゼリーのように固まった血が出た。
……酷い気分だ。
「大丈夫か!」
ラオとファセスがこちらに駆け寄ってくる。
そんなことよりもやることがあるだろうに。血を吐きながら頷いてやる。
大丈夫な訳ねぇけど。だが戦わなきゃいけないんだ。
「まえを……みろ」
剣を抜き放つ。未だ体はボロボロだが剣を杖にしながらでも立つ。足を魔法で作り出した木で固定する。もはや骨と筋肉は役に立たず、木で立っている。激痛が走るが。それでも立っていた方が回復するはずだ。
油断がこの傷を生んだ。この傷を享受しろ、死線を呑みこめ。覚悟をしたはずだ。
未だ俺は立ち上がろうとしているというのに狂王は待ってくれない。
三郎の持っていた石剣を取り、天に掲げた。
「らお、どめろ」
「駄目だ、間に合わん」
ラオは走り出すがもう間に合わない。
こっちに来るからだ、阿呆。俺を心配してくれていただけに何も言えんが。
狂王が床に剣を刺した。
だが変化はない。今のうちに体を癒してしまおう、そう思った。
けれどその時に俺は気付いた。視界が揺れている。
傷だらけのこの体が勝手に揺れているのだと思ったが……そうじゃない?
「地面が……揺れている!?」
「地震……ありえない、ここで地震なんて起こるはずない!」
二人が動揺している。俺は動揺する余裕もないが、一体全体これはどういうことだ。
その間にも地面の揺れは大きくなっていく。
ここで地震が起こるはずがない、そういうファセスの言葉の通り、ここらの建築物はこの地震に耐え切るように出来ていない。つまりそういう場所じゃないのだ。
建物が軋み、悲鳴を上げて亀裂を張り巡らせている。ここがもう崩れる。
「ラオさん! サイガを」
「任せろ」
まだ走って跳んだりできる足ではない俺はラオに助けてもらう。
すこしだけ情けねぇな、なんて思ったが流石に俺も生き埋めになれば死ぬ。
しょうがない。ただひとつだけ、俵担ぎやめてくんない? 肩が肋骨にガスガス当たってめっちゃくちゃに痛いんだけど。緊急事態だからダメ? あぁ、そう。
崩れる城から退避した俺たちはその目を疑うような光景を見ることになる。
建物が崩れ、大惨事となっていることは予想できた。
だがなんとその下から無傷の建物が生えてきてたのだ。
瓦礫に塗れたその建物に俺たちは、詳しくは俺とラオには見覚えがあった。
狂王と最初に戦ったあの無人の国だ。あの国が地面から生えてきた。悪夢のような光景だ。
振り返ると俺たちが今までいた城は下から生えてくる城によって、筍が家を破壊するが如く破壊され、瓦礫となっているではないか。
「あー……この最悪の状況を誰か説明してくれないか?」
「待ってサイガ、状況はもっと最悪みたいだよ」
映えてきた建物の屋根に俺たちはいた。そこから街を見渡していたのだが、ファセスが下を示す。
するとどうにも下が騒がしい。
悲鳴が聞こえる。地震があったのだからそうもなるだろうと思っていたのだが、どうにも見てみると違った。
悲鳴を上げている人々が恐怖している先は建物の崩壊や火事ではなく、人間だったのだ。
だがその人間は血を流している。目から、口から、体のあらゆるところにある傷から。そして彼らから生命力を感じない。アンデッドだ。
ゾンビ? いつの間にそんなのがこんなに発生したんだ?
「あれ……多分、国民だ」
「まさかとは思うが、石剣に囚われていた、か?」
「うん。僕は……わかる」
「そうか……なんとか、できるか?」
「やってみる! 太陽よ、ここに」
そうファセスが唱えると、左目から火の粉が飛んだ。それは最初ほんの小さなものだったのに空に上がるにつれてその大きさを増していった。
天を仰ぐくらいには高く昇ったそれは輝き始めた。
その光量は昼と言っても過言ではないほどだ。夜が昼に塗り替えられた。
アンデッドにとって陽の光は致命傷だ。
今街を闊歩しているゾンビたちもその体を物言わぬ死体に変える、はずだった。
「利かない……? なん、で」
陽の光を受けても奴らは何も変わらなかった。アンデッドならコレで倒せるはずだ。
アバドンの眼で見てみるか。
「ファセス、わかったことがあるんだが」
「……何?」
「どうやらアレ、生きてるようだ」
「い、いき、生きてる?」
「王がいる所が国、国ならば民たちは生きている、なんて理屈らしい」
「え、は……どうすればいいの?」
「アイツを殺すしかない」
城を指さす。
亡骸を動かして国王を気取っているあのイカれた男を。
「ま、俺たちがやってくっから。ファセスは無力化しておいてくれ。これ以上、被害を出さないためにも。君ならそれが出来るだろう?」
これからは俺たちは全員で狂王を相手にするわけにはいかなくなった。
今全員で狂王を相手にすれば、あのゾンビたちは放置されることになる。
あの生きている亡者という意味の分からない敵対生物は太陽が利かない、当然神聖なものも効かないだろう。
だがアレらは生きているのだ。生きていればアンデッドの弱点は無い。当然だ。人間に太陽の光が利けば人間という種はこうも繁栄できなかったことだろう。
アンデッドなら効く。当然だ。
なら生きているアンデッドは? どうやって倒せってんだ。
バグだろ? バンしてくれよ。
魔術師ならまだしも、ただ生きている人たちにアレが撃退できるはずもない。剣で斬ろうと止まらないだろう、アレは。
今も悲鳴が鳴りやまないことからそれは証明している。
バイオハザードなんざゲームでおなかいっぱいだというのに。
「わかった。気を付けて!」
「ここまでボコボコにされてんのに気を付けるも何もないだろうに。頑張るしかねぇだろ。さ、ラオ。待たせたな。もう走れるくらいには回復した。行こうか」
「………………うむ」
ラオは城から出て一言もしゃべらなかった。
それもそのはずこの有様を見て怒りを抑えきれなくなりそうだったのだろう。
その証拠に顔がすごいことになってた。その証拠に青筋を立て、もはや眉間に皴は寄っていない。大人でも半べそかきそうな恐ろしい顔だった。
だが彼は賢い。一人で闇雲に突っ込んだところで勝てないという事をわかっていた。
だから俺の回復を待ってくれていたんだ。
「第四回戦だ。今度こそ仕留めるぞ」
縛られし臣民
狂王の号令によって呼び出された民たち。
土塊で肉体を構成させられた彼らは死んでいない。だが決して生きてもいない。
民たちなのだから、彼の国においては生命と認められているのだから。
民がいなければ王にはなれぬ。しかし彼らは王がいなければ存在できない民たちだ。
道理はもはや腐り落ちた。狂気に堕ちた王ゆえに。




