41話 伝染
城の中は既に血の匂いで満たされていた。
奴が入ったのは城の窓からだ。だというのに入った瞬間血の匂いがするというのはどういうことか。そう走りながら不思議に思ったのだが、どうやら天井が滅茶苦茶に崩落している。
その穴から死体が降ってきているのだ。
城が揺れる、そして血肉が降り注ぐ。派手にやっているのだろう。壁や天井に少しずつヒビが入り、塵が舞っている。
「皮肉なことに好都合だ、な」
「急ぐぞ、二人とも」
ラオの顔が険しくなっていた。
彼は優しい男だ。だからこそ憤怒という罪を背負っている。
今彼の心がどれほど荒れ狂っているのか、俺にはわからん。顔見知りでもないし、怒り狂う程情は持てん。だが、許せる事でもない
崩落した天井から上に登っていく。聞こえてくる音から推察するにそう遠くはない。
幸いにも直線的に向かえるためそう時間はかからないだろう。
その間にも体を過剰にバラバラにし、弄ばれた死体を横目に見た。その全てが痛みと恐怖に顔を歪ませている。
俺たちは何もする事は出来ない。今は弔ってやる事すら出来ない。
それはそれは胸が気持ちの悪くなる光景であった。夢見の悪くなりそうなほどに。
悪夢を見たらどうしてくれるんだテメー。
玉座のある部屋の前までたどり着いた。どうやら音はこの中から聞こえていたようだ。
ご丁寧に扉は壊され、上の階から落ちてきた瓦礫も追加されることによって塞がれていた。
昔の感覚でいえば重機が必要になるだろう。
「どうするよ、この瓦礫」
「僕がやろうか?」
「下がっていろ、俺が壊す」
ラオはそう言いながら近づくと燃える拳で瓦礫を殴りつけた。
感情の入った一撃、それは瓦礫を吹き飛ばす。爆発するような音と共に道を開けた。
憤怒の大罪、それは怒りを増せば増すほどに力を増すという特性を持っている。
ラオは種族的に力は人間よりも強いのだが、瓦礫を吹き飛ばす程でもない。持ち上げる事は出来るだろうが、このように爆散させる事は普通は出来ない。
それだけに怒りの大きさがわかる。
「ああッあああ」
玉座の間への扉が開いた瞬間空気が変わった。
血の臭いは嫌になるほど此処に来るまで嗅いできたが、そこはそれでも明確に違った。
じっとりと服が肌に付くような濃密な臭気、目が痛くなるような鮮明な色。俺でも嫌になる。
ラオが声を漏らすのも分かるものだ。
散乱した兵士たちの死体、ここまでの通路もあったがここは特に多かった。血が湖のようになり、肉のテラテラとした脂が闇の中で光っている。
恐らくここに防御が集中していたのだろう。当然そうだ。王のいる場所なのだから。
玉座の前には狂王、そして奴に頭を掴まれ持ち上げられている三郎の姿があった。
そして三郎は狂王の手の上から頭を抱えている。
何をしているかは分からないが、ろくでもないことだろう。
「てめぇ、なにしてやがる」
剣を握る手に力を入れ、狂王との距離を詰めようとした時妙な声に足が止まった。
何かがおかしい。今にも飛び出さんとするラオの肩を掴み止める。
「はは」
笑っている?
「ははは」
次第にその声は耳をふさぎたくなるような雑音のようになっていく。それはあまりにも声から乖離している。とても人体から発せられる音ではなかった。
この声とも言えぬ音には聞き覚えがあった。狂王だ。
だが変わってしまう前の笑い声にも聞き覚えがあった。
三郎の声だ。
思わず足を止めた俺たちを気にもせず、狂王は三郎の体を落っことした。
だがおかしなことに三郎の体は倒れなかった。あんなにも苦しんでいたのに、彼は立っている。とても自然体で立っている。
嫌な予感がした。とても嫌な予感だった。
「そんなのありか?」
歪な笑みを浮かべた三郎は狂王の持っていた石剣を手に取った。地面に刺さっていたソレは石剣そのものの色をしていたのだが彼が握った瞬間に夜空のような色を纏う。まるで狂王が振り回していた時のように。
あの大きさの石剣を軽々と振り回している。そんな筋力は彼に無い。戦った俺には分かる。どちらかというと三郎は軽量型であった。
そしてその横で狂王が兵士達が使っていたであろう地面に刺さっていた剣を取り、構えた。
今俺たちの眼に前には石剣を構えた三郎、そして兵士たちの剣を構えた狂王がいた。
どちらも爛々と輝く殺意を目に宿している。
「おいおい、こういうのって前の体の方は倒れるもんじゃねぇのか」
「残念ながら、そうじゃないみたい。あの体、呪いが染み付いている。呪いの人形みたいなものかな」
狂王と三郎、一人増えただけと言えばそれだけなのだが、数にしてみると二倍なのだからその違いは明瞭だ。
手数が二倍になるだけで戦いは大きく変わる。
俺とラオの二人で二対一だった戦いは、例え俺がノックアウトされても一対一のタイマンになるだけだった。
だがそれは相手が一人だからこそ分担できるもので、相手も複数となればそう簡単なものではない。
確実に戦況は悪くなっていた。例えファセスという仲間が増えていたとしても。
「来るぞサイガ」
わーってるっつの。
声にするまでもなく、二人の男の体の動きに目を凝らしながらそう心の中で答えた。
狂王は兵士たちの剣を持っている、石剣のように長いものでないし重さも軽くなっている。アレなら抑えられるだろう。
三郎は筋肉を異常に収縮させたような歪な笑みを浮かべながら、あの大きな石剣をぶんぶんと振り回している。空気の裂かれる音がその破壊力を示していた。三メートルほどの石剣など人間の触れる重さではないように思えるが、振っている。
先ほどまでの狂王のように一撃は重いことが想像に難くない。アレを抑えようとすると簡単にはいかないだろう。気を付けなければならない。
先に動いたのは狂王だった。正しくは俺たちの所に先にたどり着き今にも剣を振り下ろしそうなのが、狂王だ。
奴は先ほどまでよりも動きが速く、気を抜くと見失いそうなほどだった。恐らく石剣の分の重さが無くなったせいだ。
ただ注視していただけに反応が遅れることはなかった。ラオへの一撃に割り込んで受け止める。耳を塞ぎたいほどの金属音が開戦の証だった。
狂王の一撃を受け止めると先ほどよりも軽かったが、それでも人の膂力じゃない。
骨が軋み、肺の空気が一気に失われるくらいには重かった一撃が、歯を食いしばれば手の骨が軋むくらいに弱くなっていた。
「ははは! 軽いなぁ。使う武器間違えてんじゃねぇのかぁ?」
「サイガ、横に跳べ」
力が拮抗して鍔迫り合いを行っていた俺にラオが退避を叫んだ。怠惰の魔力で一瞬狂王の力を止めて横にすっ飛ぶ。
すると狂王の腹から石剣が生えてきた。三郎が奴の体の後ろから石剣を刺したのだろう。
ラオの忠告を聞かなければ奴の体が目隠しになって、そのまま貫かれていただろう。
「正気かよ。再生するからって腹ごと突くかね」
「正気じゃないんだろう」
狂王の腹を貫いた石剣はそのまま腹を切断し、横なぎに俺へと向かってくる。大して致命傷にならないからって滅茶苦茶するじゃねぇか。
俺が三郎の石剣を弾くと、その瞬間に狂王が横から剣を入れてくる。ため息が出そうなほどに綺麗な連携だった。同一存在らしき生き物なのだから当然かもしれないが。
一応無理をすれば弾けないこともないし、避けれないことも無いのだが……失敗すれば俺は見るも無残な姿にあっという間に変貌する事だろう。
だが俺には仲間がいる。
「サンキュ、ラオ」
「気にするな」
「やっと完成した……星辰よ、二人に力を。お二人を強化しました。出来るだけ支援はするけど、ご武運を」
星辰……星座とか星の位置とかか。
身体能力が強化されるというのはどの程度なのだろうと思いながら、狂王の一撃を弾くと明らかにソレは違った。
どれほど楽になったかというとその後に続いて迫ってきていた三郎の一撃に対応できたくらいだ。
だが攻撃するだけしてヒットアンドアウェイをしている二人には攻撃は届かないのだが。
戦術としては合っているのだからなんとも面倒だ。
先ほどまでの捨て身と違うのは新しい体にしたからなのか。三郎の体を無茶に使おうとはしていなかった。
「ほう、こりゃ凄い。ラオ、踏み込むが……いいか?」
「着いていく。大丈夫だ」
踏み込んで前に跳んで二人に迫る。
狂王の頭に向けて突く。数を減らしたいからだった。例えすぐに再生しようとも脳を損傷すれば時間は稼げる。それに目に傷がつけば再生するまで視界をふさげるだろう。腕をぶった切っても意味がないなら脳を破壊するまでだ。
例え不死身だとしても、脳で考える生き物であるなら少しは怯んでくれるだろう?
だがその一撃は届かなかった。……対応されるとはな。我ながら良い速さしてたと思うんだが。
すんでのところで下から石剣が俺の剣を防いだ。その瞬間俺は指の力を抜いてその力に抵抗せずに剣を打ち上げる。握っていれば指が折れる。それに、真上ならなんとかなる。
狂王は少し反応が遅れていたのに対し、三郎は容易く反応して見せた。どうやら肉体のスペックは三郎の方が優れているようだ。
狂王とは少し打ち合って反応速度は把握していた。今の一撃は反応できないタイミングだった。だが、三郎の体は反応し、俺の剣をかち上げた。
三郎がこちらの対応したのを見てラオが狂王へと殴り掛かった。そして少しこちらと距離をとるように動いている。
ありがたい。今二人に襲われてはひとたまりもない。
俺の剣が天高く飛んでいる……あの高さなら落ちてくるまで少し時間がかかるな。
石剣の一撃を受け止めていない俺の手首にはダメージはないし、筋肉も強張っていない。
剣と言えど腕のリーチはどうしても発生するし、柄に刃が付いているような特殊な武器でもない。ゼロ距離はやりずらいだろう。
だからこそ、前に跳んだ。
そのまま俺の剣を打ち上げやがった三郎に組み付き、腕の関節をきめようとしてみる。
「かってぇな、ゴリラでも相手にしてるみたいだ」
腕は全く動かなかった。思い切り体重をかけているというのに少しも腕が落ちねぇ。
しょうがないので首に腕を絡みつかせて、ふくらはぎを蹴って膝を折らせようとする。
骨が折れる感触と共に視界が下に落ちる。力は人知を超えているようだが、骨の強度は人相応らしい。
良かった、これで倒れなかったらゾッとしてたよ。
倒れこもうとする三郎をひっくり返し、マウントをとると腰についている鞘を取った。ちっと手入れが面倒だが仕方ない。
一応、すぐに取れるようにしておくもんだな。
そのまま鞘の先を頭めがけて振り下ろす。
「鞘を使ってでも……戦えるように……鍛えられておくもんだなおいッ」
一撃で守る腕の骨を粉砕した。
二撃で頭蓋まで到達した。
三撃で脳と血が弾けた。
四撃、五撃と隙間なく打ち付ける。
人間ならもう死んでいる、だが俺は三郎から生体反応を感じていた。少しでも油断すればひっくり返されそうな抵抗の意思を。
「すまんサイガ、そっち行った」
むぅ、やはり本体を守りに来るか。
振り返ると思ったよりも奴は近くにいた。
こりゃ避けるの間に合わんな。
鞘を盾にする、下腿と前腕を当ててクッションを作る。そして衝撃への心構えをして歯を食いしばっておく。
思ったより……やばかった。
それが狂王の一撃を受けた時の感想だった。一瞬世界が止まったような衝撃を感じて俺は空中に投げ出された。骨は折れたが、内臓は無事だ。痛みは衝撃で消えていて助かった。これからじわじわと痛くなっていくのだろうがな。
吹き飛ばされ、このまま壁に当たるとまずい。今の一撃で腕と足が痺れている、受け身が取れん。
「愚か者の寝具」
「星よ、引っ張れ」
怠惰魔法で壁を柔らかくしておいたのだが、それでも相応のダメージは受けた。ファセスの声が聞こえたと同時に少しスピードが落ちたところを見るに何かしてくれたのかもしれない。
そのまま石の壁に激突したときの負傷に比べれば安いものだ。皮膚の上から良くない方向に折れた肋骨を掴み、引き抜きながら立ち上がる。
大量のドーパミンとそれでもかき消せない痛みでクラリとするが、舌を噛んですぐに正気を取り戻す。
すぐに駆けつけてきたラオに顔を見せて大丈夫なことを伝える。大量の魔力を持ってかれたが、まだ戦える。
「良くここまで来れたな」
「ファセスが奴らの足元を凍らせてくれてな。……すぐに来るだろうが」
「そ。さーて仕切り直しか」
「そうでもない。三郎のダメージは確実にたまっているようだ。その証拠に復活が遅い」
狂王は下半身に付いた氷を煩わしそうに砕いていたが、三郎は頭から血やら何やらの液体をまき散らしながらふらふらと頭を押さえていた。
あぁ、そうか。殴打だから治しにくいのか。
斬撃はどうしても肉をくっつけられる手合いには効果が薄い。綺麗に斬れば斬るほどに楽にくっつけられてしまうからだ。砕いた骨や弾けさせた肉はどうやら治しにくいらしい。
「ほれ、あんまり乱暴に使うんじゃないぞ。愛着があるんだろう?」
「お、サンキュ」
ラオが飛ばされた剣を回収してくれていたようで、渡してくれた。
口の中に溜まった血を吐き出してすっきりとさせる。
軽く刃を見たが、致命的な歪みは見られない。良かった、まだいける。
まだ、やれる。まだ、戦える。
愚か者の寝具
怠惰の大罪魔法の一つ。
触れるもの全てを高級なベッドのようなふかふかにするだけの魔法。
今自分のたっている地面でさえも変えてしまうため、戦闘中に使うのは難しい。
硬い地面の上で寝るのは辛い。




