38話 邂逅せしもの
目が覚めた。体が冷たい。汗が体の熱を奪っている。
悪夢の残響が俺の息を乱しているが、目が覚めたのだからゆっくりと落ち着いていく。
何があったのだろうか。どうにも頭がすっきりとしない。
見渡してみるとどうにも豪華な部屋だ。
俺が寝ていた椅子なんか日本にある我が家のベッドを思い出すくらいのふかふかさだ。
椅子で寝ていたというのに心なしか体が軽いまである。
「うぅ……ん。怪我とかはなさそうか」
「起きたか。あのサイガが夜に起きるとは珍しいこともあるものだな」
そういえば戦闘の最中で記憶が途切れている。怪我が無いか確かめていると後ろから話しかけられた。
聞き覚えのある声だ。
振り返るとやはりラオであった。
「よくわかったね」
「覚えてないのか? メイドに客室を聞いた後、事が済んだら俺へ此処に来いと言ってくれと残したと聞いたが」
「何? 全く覚えてない。猛烈に眠かったんだろう」
「二日だ。そんなに眠かったにしては短かったな」
二日か。なら普通の睡眠じゃないな。
俺が記憶を飛ばすほどの眠気に襲われる時は経験上五日以上は寝ていた。夏休みの約束をすっぽかしてよく怒られたのものだ。
それなのに今記憶は飛んでいる。
何かが起こったのだろう。体に特に異常はないのだから負傷したという風には見えないが。
「少し記憶が飛んでやがる。ついでに状況も説明を頼んでいいか?」
「この国に来て、異世界召喚の調査に来た。俺が王と知り合いだったが為に城に入れたのは良いが、みょうちきりんな恰好をした男に止められ、サイガを置いて俺は王に事情を聴きに行った。実際異世界召喚は行ったらしい。これで不備は?」
「んにゃ、なんとなくわかったよ。ちょっとだけだが記憶も戻ってきた」
そうか、異世界人と戦ったのだったな。俺と同じ世界かは確認を取っていないが、どうだったんだろうな。
それにしてもやはり異世界召喚は行われていたのだな。
まぁ、それはいい。三郎という異世界人がいたのだから、行われていない方が不自然だ。
「そうそう、感じてた街の違和感についても分かったよ。恐らく平等教への怯えを感じ取ったんだろう。息子の誕生を機に技術への投資を積極的に進めたと王が言っていた」
「なるほどな。平等教のやり方を考えれば怖いだろう」
「息子の為により良い国を作ろうとしていたんだがな」
それでも国民達がこの国を見捨てなかったのはそれだけ住み心地が良かったのか。それともどれだけ危険が迫っていても故郷を捨てられなかったのか。
どちらにしても俺に分かることではないし、俺が勝手に推察して良いものでは無い。
今俺には二つ、気になっていることがあった。
「あー、三郎……だったか? あの異世界から来た男だ。どうなった?」
「サブロウか。彼は王の護衛をしている。異世界召喚を行った理由は戦力の増強という事らしい。王は平等教と相容れないが故、戦力に不安があったとか」
「そうか。……一度は戦った相手だからな。別に恨みも無いし、気になったんだ。まぁ、ちっと性格に難がありそうだが、大丈夫だろう」
「はは、サイガお前よりは世渡りが上手そうだ。ちょっと気になる所はあるが……あの後話してみたがそう危ない所も感じなかったから、上手くやっていけるだろう」
むぅ、なんも言い返せない。
記憶の限りでは俺は国の庇護を蹴ったはずだし、そのおかげで友人二人が連れ去られたのに気付けなかったというのもある。その場合俺が生きていたという保証もないのだが。
故に世渡りが下手だという言葉に俺は何も言い返せないのだった。
そしてもう一つの疑問、俺は妙な感覚を覚えていた。
俺が戦う時、大罪の魔力を励起させた時何かを感じた。
「ラオ、魔力を励起させてみてくれないか」
「構わないが。燃えろ、憤怒」
「起きろ、怠惰」
俺とラオの周りに変質した魔力、大罪の魔力が漂い始める。
やはり、な。
「この感覚は……サイガ、これは何だ?」
「ラオが近くで励起させて分かった。多分共鳴か何かしてるんだ。大罪は元々同じ力だ。共鳴したって不思議じゃない」
「なるほどな」
近くになにかがいる。そう感じていた。
それは恐らく大罪人だ。今目の前に居るラオと同じ感覚、他の大罪を感じているのだ。
そう遠くはない所にいる。感じれるのはそれだけだ。
だがそれはとても重要な情報だ。
俺らはすぐさまその呼ばれているような感覚に従い、歩き始める事にした。
「つっても、こんなところに大罪人がいるのかねぇ」
「人間だけが大罪人になるとは限らない。お前の友達にもいただろう? それに俺だって厳密に言えば人間じゃない」
「つまりアンデッドがそうってことか?」
「可能性はあるだろう。この世の生き物ならなんだって大罪人になる資格がある」
呼ばれるような感覚の先は墓場であった。黴のような湿った臭いと月から降り注ぐ冷たい風が俺たちを包む。
だが不思議なことに幽霊がいるような悍ましい感覚はなく、ここに妖怪の類はいないだろう。
尤もこの世界特有のものがいるというのも否定はしきれないが。
進んでいくうちに一つの人影が現れた。それは何も物音がしない生命の息吹を感じない墓場の中にポツンと座っているたった一つの生き物だった。
それは小柄で、少女のような体躯をしていた。
そこには世界があった。
「あ、これやばい」
俺とその少女の眼が合っていた。俺は彼女の眼を見ていたし、彼女は俺の眼を見ていた。
俺の目を見ている彼女の目を俺は見ていたし、彼女の目を見ている俺の目を彼女は見ていた。
少女の眼はオッドアイで、片方は暗く、片方は輝いている。
宇宙に浮かぶ太陽、宇宙に鎮座する暗黒。それが彼女の眼窩には収まっていた。
それを見た俺の体が、どうにもおかしい。
こう分析をしている内にも胸が内から叩かれているような感覚がする。心臓が一回拍動する度に爆発するような衝撃を感じる。
牢獄から出せと叫ぶ冤罪人のように、俺の胸から何かが出ようとしている。
これはまずい。とてもとてもまずい。
何がまずいか分からないが、なにかがまずい。
「サイガ?」
俺が何も言わないのを心配したラオが少女の方を見るのをやめてこちらに振り向く。
苦労を掛けるな。ラオ。
「すまん。任せた」
俺の拳が、顎を打ち抜いた。
視界がゆがみ、瞼が落ちていく。体の力が、抜けていく。
ラオがその声を聴いた時には才賀の体は崩れ落ちていた。
彼の少女が何かをしたのか、彼はそう判断した。彼は彼女を睨めつけ、動きを見逃さないようにする。
だがその鋭い眼光は驚きの目に変わり果てた。
少女は手を付き、這いつくばっていたのだ。
ラオがその目を凝らしてみると胸のところが激しく上下していた。
彼女は息を切らしている。それも全力疾走をした後のように。そんな姿にラオは毒気が抜かれた。
彼はその敵意を完全とまでは解いていない。だが、彼女と話をしてみることにした。
憤怒の権能に冤罪は許されない。そして対話の放棄も同様に。故に彼は歩み寄った。
「君、大丈夫か」
「大、丈夫……です。貴方のお連れの方、何者です、か?」
「残念ながらその質問の答えを俺は持っていない。俺はラオ、憤怒の大罪人だ。君は?」
「僕はファセス。……えっと嫉妬の大罪人? らしいです。まだ実感がわかないんですけど、そうらしいです」
「実感がわかないというのは?」
「先ほど、急に知識が頭に……魔力を励起させてないんですけど」
「……恐らくは俺たち二人が励起させたせいで引っ張られたのだろう。すまない」
「謝らないでください。僕は元々特殊な生まれですし、今更ですから」
ラオは自分が大罪の魔力を初めて励起させた時の事を思い出し、彼女の狼狽具合に納得した。
大罪の魔力に宿る知識を頭に詰め込まれる為彼も一時的にパニックに陥ったからだった。
ファセスの眼には宇宙があった。
左目には太陽が光り輝いており、右目にはブラックホールが光すらも逃がさぬ暗闇を作っている。
これは彼女の生まれつきだった。
「失礼な質問かもしれないが、君はアンデッド……なのか?」
ラオは目の前の少女が生きている人間なのか、それともアンデッドなのか判断できなかった。
彼の体は性能が高く、聞こうと思えば心臓の音であっても耳を胸に当てずに聞くことが出来る。
だが目の前の少女からは全くの音をラオは聞くことが出来なかった。
心臓の音も、呼吸する音も全く聞こえない。アンデッドの特徴であった。
だがアンデッドには特有の冷たさがある。
マイナスの生き物であるアンデッドには周囲の空間を温めるほどの熱がない。逆に周囲の熱を吸い込み、妙な冷たさを感じさせる。
つまりアンデッドであるならば近くにいるだけで分かるのだ。
それをラオは知っている。だが彼は寒いとは感じなかった。
逆に夜であるのに少し暖かいなとすら彼は思ったのだ。
「あー……はい。僕はアンデッドです。ほら、目がちょっと特殊でしょう? だからアンデッドっぽくないんですけど」
「成程。初めて見るから分からなかったよ」
「はい。こんな目をしていましたから。仕方ありません」
「聞いていいかい? その目は、どうしてそうなったんだ?」
「生まれつき、なんです。この目は」
「それは……! すまない。不躾に聞く事じゃなかった」
「良いんです。気にしてません」
ファセスは生まれつき両目に天体を宿していた。だが、それは常人には劇薬でもある。
彼女の親は生まれた彼女を見て、これが自分の子供だという事を信じることが出来なかった。
目に宇宙が浮かんでいる赤ん坊。忌み子であるとされ、秘密裏に埋められた。
だが彼女はそれで終わらなかった。
「星に愛されているんです。僕」
ラオは完全に理解は出来なかった。だが目の前の彼女が何かを背負っている事だけは感じ取れた。
ファセスは星に愛されている。それは三千世界全ての星、という意味だった。星という概念に近い。
「お連れさんの話に戻りますけど」
「サイガだ」
「サイガさん、僕に近い存在だと思うんです」
「それはどうして?」
「彼と目が合った瞬間に、僕の眼で、僕の中で輝いている星々がざわざわと騒ぎ始めました」
彼女は幾千もの星を内包している。
その星全てが才賀と目が合った瞬間に騒ぎ始めた。
故にその力を抑えるのに必死になり、ファセスは息を切らしていた。
「アイツ、一体何者なんだ?」
ラオは、才賀についてよく知らない。
人柄は旅をしていく中で知っていった。だが彼がこの世界に来るまでに何をしていたのか。
何者なのか。何故あんなにも剣の扱いが手馴れているのか。彼の力の根源は何なのか。
彼の特異体質は何なのか。
それを彼は知らない。
光輝の左目
暗黒の球体に浮かぶ光り輝く瞳孔。
その眼差しは暖かく、美しい光に満ちている。
並のアンデッドではただ見つめられただけで浄化されてしまう。
故に彼女にともがらはいない。例え闇夜の中でも朝日のように優しく見つめる視線を受け止められない者など、星は彼女には不要だと考える。




