37話 悪夢は覚め、寝起きは悪く
「僕の名前は三郎。君は?」
「才賀。一つ質問をしてもいいか?」
「どうぞ。君は僕の提案に乗ってくれたのだから、答えよう」
「どうやってこの世界に来た?」
「そんな事を言われてもなぁ。僕は呼ばれてきただけだから……そういうのはこの国の王様の方に言ってもらわないと」
「成程。ありがとうよ」
三郎は何処か瞳孔がぼやけている。
俺と話している間も俺を見ているようでゆらりと空を見ていたり、右の眼球が急にくるりと回ったり。
そういう質なんかと思ったがどうも妙だ。
何かが見えている。見えないものを見ているのか、無いものが見えてしまっているのか。
「それで。俺にどんな用があるってんだい」
「んーん。別に用があるって訳でもない。ただ君と僕が似てるように思えてさ」
「俺にはさっぱり分からんがね」
「そう? 君も何か良からぬものを抱えてるように見えるケド」
三郎が腕を振るうと袖からナイフが飛び出た。ゆったりとした服を着ているとはいえ、よくもあそこまで自然に武器を仕込んでいるものだ。
そのナイフを弾き落とす。とはいえ速度なんてたかがしれている。
するとそのナイフで隠された後ろにもう一つ武器が隠れていた。袖からナイフを射出したときに手首のスナップで針を投げていたのだろう。
「ひゃふふぁ、へっほうはぶないほほほっはへ。ぺっ、口の中に傷が無くてよかったぜ」
歯で噛んで受け止めた。
妙な味がする。何か塗られてるな。だが、口の中に傷が無ければ無駄だ。
「アレ、てっきり攻撃してくると思ったんだけど」
骨を回転させるように首をかしげる三郎。
流石に俺も城の中でいきなりドンパチしたいとは思わん。
だが彼には俺のその反応が不思議だったようで、唸っている。
「うーん……? 僕の勘違いだったかなぁ」
「何言ってんのか分かんねぇが、俺と戦いてぇなら表に出な。この国の外なら相手になってやる」
「まぁいいや。確かめれば済むことだ」
「おーい、話聞いてるかー?」
俺の説得は全く聞いていないようで、また三郎はナイフを懐から出すと投げてきた。
全く同じことを。針を投げられても分かるように注視している。今の俺にはそれは利かない。
「ほおら、何時まで弾けるかな」
「どれだけ持ち込んでんだテメェ」
「自分で作るのも楽しいよ?」
指の間に挟んだナイフを次々と飛ばしてくるが、この程度なら爺さんがやってきていた。
これくらいならば、進める。ナイフを弾き飛ばしながら三郎へと近づいていく。
とりあえずは、奴を拘束しなければ。
「風船はお好きかな?」
真っ赤な風船が膨らんでいく。一息でここまで膨らませるのはプロの技だった。大道芸のようなことをしている三郎だが、どうにも嫌な予感がした。
距離的にアレを止めるのは難しい。膨らまされたそれがこちらにゆったりと落ちてくるのを見ながら俺は足でブレーキをした。
「起きろ、怠惰」
風船が乾いた音を立てて割れる。俺の目の前で為されたそれは音だけを齎すものではなかった。
小さな爆弾がいくつも中に入っていた。大きさ的にあり得ない量だったが、出てきてしまったものは仕方がない。
クラスターかよ。クソ。
導火線を斬る……数が多い、避けた方が速い。
城の中だぞ? 止めなきゃ。いや、この大きさなら大した破壊力じゃない。逃げた方が良い。
そんな思考をしていた俺の目の前で爆弾が爆ぜた。ラグが短い。導火線に付いた火が先ほどの爆弾よりも速かった。おそらく導火線に仕込まれた配合が違うのだ。
「ふぅん。何それ?」
「この世界には大罪の魔法っつー特殊な魔法があるんだよ。鉄球を仕込みやがって。俺じゃなかったらネギトロだぞ」
「だってぐちゃぐちゃにするつもりだったんだから仕方ないじゃない?」
爆発に乗って小さな鉄球が飛んできていた。嫌な予感がして怠惰の魔力を励起させていて良かった。鉄球は怠惰の魔力によって止められている。
剣で止める範疇を超えているし、あのままだったら激しいダメージを受けていたことだろう。
魔法で風を起こして、鉄球を吹き飛ばして先に進む。
やっと三郎までたどり着いた。
「オイタが過ぎたな小僧」
「僕が近接できないなんて言ってないだろう? ……ってアレ?」
ナイフ程度で止められる俺じゃない。確かに良くできているが、俺の剣を受け止めるには重さも太さも足りない。
この距離なら余裕で斬れる。
中ほどから斬れてしまったナイフを見て三郎が目を丸くする。先が斬れてしまったナイフは少なくとも投擲したって役に立たない。
三郎の手首をつかんで、新しいナイフを出そうとするのを阻害する。
「嘘でしょ」
「嘘だと言ったら納得してくれるか?」
手首を拘束された三郎は思った通り何もできない。
足にも何か仕込まれてないか警戒しているから、彼にやれることは何もない。
つまりは、詰みだ。
「大人しくしてもらえると痛い目見たり、縛られたりしなくて済むぞ?」
「そうだなぁ……今日の天気予報は見た?」
「室内だぞ」
勘が警鐘を鳴らす。避けろと叫ぶ。
何から?
上を見る。ふわりとゆっくり落ちてこようとしている何かが見える。パラシュートのようなもので速度を落とされたそれは黒くて丸いものだ。その導火線がちりちりと輝きながら燃えている。
まずい。正気かコイツ。
今さっき風船が破裂した時だ。あの時俺は風船が邪魔でコイツの姿が見えていなかった。その瞬間に上に爆弾を投げていたのだ。
だからといって自分の真上に爆弾を投げるか。しかも着火済みのモノを。
「おっと、寂しいじゃないか。傍にいてくれよ」
離れなければ、そう思った俺の手首を今度は三郎が掴んだ。逃げられない。
そうなれば防御をするしかない。怠惰の魔力で熱と衝撃を軽減しなけれ。
光。
落雷のような光が。
音。
脳を破壊するような音が。
「あは。目を瞑っていたとはいえ、この距離でまともに食らうとキッツいなぁ。僕でさえこうなんだから君はもっと辛いはずだぜ? ……気絶しちゃったか」
三郎はふらつきながら立ち上がった。
閃光と爆音をまき散らす爆弾を至近距離で爆発させたせいで彼は一時的に平衡感覚を失っていた。
彼は目を瞑っていたが、皮膚を貫通するほどの光で見えなくなっていた。そして少しずつ見えてきて辺りを確認すると彼が対峙していた才賀は倒れ伏していた。
「いやはや、一か八の賭けだったけど」
三郎が倒れている才賀を目を細め、見つめる。
だがすぐに視線を外した。
「ま、いっか」
彼は狂っていた。
彼が才賀と戦っていた理由は無い。あったとしても彼すらも分かっていなかった。
三郎は自分の中で生じる、そうしたいという欲求に隷属している。彼と戦わなければならないという予感に従ったために、なぜ自分が戦ったのかと疑問に思う事も無かった。
故に容易く命を奪えるというのに彼は何もしなかった。もはや興味を失ったように視界から外したのだ。
「怒られるだろうなぁ。やだなぁ」
衝動的に悪戯をして少し後悔し始めている子供のような感想を、誰に聞かせるわけでもなくぼやきながら彼はその場から去ろうとしていた。
だが違和感が彼を止めた。時が止まったかのように硬直した彼の眼だけが回る。
何を感じたのだと探すその目にソレが止まった。三郎の手が震えていた。
彼の人生の中で初めての経験だった。
「なんだろう、コレ」
物音がして彼は猫の様に振り返った。彼の後ろには才賀が倒れていた。
そして今も才賀は変わらず倒れていた。
「気のせい……かな?」
ピクリと、才賀が動く。
三郎は反射的にナイフを投げた。倒れている才賀の片腕が動き、ナイフをキャッチした。
そして才賀は立ち上がった。物理的にあり得ない動きで。
「人間なら一応人らしくしてくれないかなぁ……?」
「人が、寝てる時にナイフ投げるなんて常識がねぇのか」
「君、誰よ。多重人格だったのかい?」
三郎は目の前の人間が先ほどまで自分が戦っていた人間と同一人物だと思えなかった。
同じ声、同じ姿、同じ目をしていても、三郎にとって今の才賀は別人だった。
「ねむい」
才賀があくびをした。大きく口をあけて、涙目になりながら。
リラックスをしているようで、三郎は拍子抜けしたように体の力を抜く。
戦いが続くのかと彼は思っていたが、今の才賀の姿を見てどうにも彼は戦闘中だと思えなかった。
そして三郎の腹にナイフが刺さった。激しく出血し、激痛が彼に伝わる。
「は? 誰が」
誰が攻撃したのか一瞬三郎は分からなかった。
才賀が受け止めたナイフを欠伸しながら投げてきたのだ。それを見ていたのに彼は認識出来なかった。
見逃すほどに速かったのではなく、特殊な動きでもなく、ただ欠片も敵意を孕んでいなかった動きだったが故に三郎はそれを攻撃だと認識しなかった。
欠伸をしながら口に手を当てる動きと、ナイフを投げる動きに込められた感情がカケラも違わなかった。
「え……は? なんで」
「なんでって何が?」
長い眠りから覚めたように体を伸ばしている才賀は三郎の言葉が理解不能のように聞き返す。
三郎は魔力で傷を癒しながらも、才賀から目を離さない。
「うーん、そうだなぁ」
すた、すた、すたと才賀が三郎に近づいていく。
一歩また一歩と歩くたびに三郎は無意識的に後ずさる。彼は自分が下がってある事にも気付いていなかった。
才賀は彼の目の前に辿り着くと、剣を振った。
三郎の目には何も映らなかった。害意も、殺意も、敵意も、意思が見えなかった。
頭を掻く行為と今目の前で行われている剣を振るい、命を奪う行為が全く同じに彼は見えた。
命を奪うという罪を犯すが故の筋肉の硬直も、他者を蹂躙すると言う喜びによるアドレナリンも、戦いに身を投じる緊張も全て、三郎は才賀から感じることが出来なかった。
ついには三郎はマネキンと目の前の人間に差異を感じなくなる。
三郎は自分の中にある欲求に隷属している。
人を殺したいと思ってしまうから殺し続けてきた。人を殺すという罪悪感に苦しみ、人を殺したいという狂気に支配されて生きてきた。
彼は前の世界で狂人と呼ばれた。三郎はそれをその通りだと肯定する。
理性と相反する衝動に呑まれ、隷属する自分の事を狂人だと思っていた。
そして目の前のコレを見て、三郎は何が何だか分からなくなった。
気がつけば彼は叫び、涙を流し、腰を抜かす。
「ありゃ……大丈夫? まぁ、いいや」
後もう少し剣を傾ければ頸動脈が裂かれるというところで才賀の剣は止まった。
頭を掻きながら何処かバツが悪いように呟くと彼はそこから立ち去った。
三郎は残された。
彼は生まれて初めての恐怖を感じていた。
彼は死を許容している。欲求に隷属し、人を殺した時から、殺される事を覚悟していた。人を殺した自分はいつか誰かに殺されるべきであると感じていた。
だからこそ死は恐怖足り得なかった。
そして今目の前から去った才賀を彼は激しく恐怖した。
その恐怖は未知という恐怖。
「アレは……なんなんだ……?」
オーギュスト
三郎の持っていたもう一種類の爆弾。
クラウンと全く同じ見た目をしているが、この爆弾に破壊力はない。爆発すれば、閃光と爆音だけが暴れ始める。
見た目通りの爆弾であるクラウンと騙し討ちのようなオーギュスト。
それに対応しようとすればするほどに深みに嵌まる。
故に狂人の嘲笑は終わらない。




