34話 気絶と敗走
「起きろ、怠惰」
「燃えろ、憤怒」
俺とラオは大罪の魔力を励起させた。
俺には青い魔力が、ラオには赤い魔力が迸っている。
狂王はそれを見過ごしてる。変わらぬ笑みでこちらを見つめている。油断しているのか、それともハンデのつもりなのか。
「魔力付与」
ラオと呼吸を合わせ、そして俺が抜きん出る。
一歩踏み出し、地面が鳴らして前に跳ぶ。俺の体は崩れ落ちるように低くなりながらも滑るように狂王に近づいていく。
だがその瞬間馬が反応し、走り出した。それを見た俺は身体の勢いを止めて地面に手を付き様子を見る。
馬のスピードは速かった。このまま競馬に出せそうなくらいには。
だがそこまでだ。目に追えないほどでもなく、もはや見えないほど速いわけでもない。弾丸や矢のような速さでなく、生き物の範疇だった。
ならば斬れない道理はない。
体をたたんでいる俺はそのまま斜め前に飛び上がるように地面を蹴った。馬の軌道上から外れた俺は勢いそのままに剣を振りぬく。
凄まじい速さで走ってきていた馬はそれに対応することが出来ずに足を切られ、胴体にも大きな傷が入った。
馬の前足が斬られたのだから当然乗っているものは転ぶほかない。
馬の姿勢が崩れるのに従い、狂王は前に飛ばされる。速度が乗っていたのだ、それから投げ出されるとなれば怪我は必至で、命にも関わりかねない。
それにラオが合わせた。魔力を纏わせた拳が狂王の頭に突き刺さったのだ。
彼の拳についているグローブには魔力で出来た棘があった、それが狂王の顔にめり込んだ。人型の重心では頭はそこまで芯では無い。ラオの拳ではその勢いに勝てないようで、回転しながら彼の後ろへ狂王はすっ飛んでいった。
「大丈夫かサイガ」
「ああ。なぁに耳ぐらいすぐに生える」
「ホントかよ」
当然狂王は俺を轢こうとしてたわけではない。しっかりと奴は石剣を握っていて、それを振るっていた。
幸い俺の方から飛び込んでいった故にしっかりと命中しなかった。
だが完全に避けれた訳じゃない。頭の横を掠っていった石剣は俺の耳を抉った。頭蓋を割る事はなかったが、ドロッとした血が側頭部から流れている。
血が今も出ているが、魔力によって少しずつふさがっていて気にするほどの傷じゃない。
「手ごたえは?」
「ダメダメだ。多分生きてるぞアレ。それに、伝説だけじゃ憤怒の性質上力が出ん」
「あの攻撃くらって死なんのか。本当に生き物かありゃ」
「伝説は本当らしい。肉体が変質してるんだろう。スキルか魔力かは分からんが。殴った感触がとても生き物の感触じゃなかった。アレを殺しきるのは骨がいるな」
頭を強打し、勢いよく倒れた狂王。奴はすぐさまひょいと起き上がっている。人間の筋肉が為せる技じゃない。全く別の生き物が無理やり体を動かしているような不気味な動きだ。
ラオの拳によって抉られた傷は筋肉の筋がミミズのように動き、編み物でもしているかのように塞がってしまった。血すら流れていない。
馬のほうを見ると傷が塞がっておらず、地面で呻いている。だが血は出ていない。アレも普通じゃないのだろう。
「カロカカカ」
「耳障りな音を……どうする。どうやってコイツ殺」
その言葉の続きを言う前に俺は空中にいた。
誓って目は離していない。だけどべらぼうに速かった。
反応は出来たが力が間に合わなかった。
足に力を入れて踏ん張ることが出来なかった俺はそのまま後ろに飛ばされる。
「サイガ!」
「こっちに構うんじゃねぇ」
ラオが叫んでいるがそれどころではない。
目の前の奴を見なければ、殺される。
注視していることが最低条件。油断するとそのまま斬られる。
三度ほど地面にバウンドし、何本か骨が折れたところで地面に手と足が付いて止めることが出来た。
急いで魔力を治癒に使う。未だ俺の魔力に底は見えない。まだ、大丈夫だ。肺も無事ですぐに動ける。
宙を飛んでいる間、俺は奴の嘲笑を聞いた。
狂王という名は流石という事か。
走り、戦場に戻る。
その間、ラオが石剣を拳で弾いていた。
少しでも情報が欲しい。アバドンの眼で石剣を見つめる。
情報が頭に流れ込んでくる。……なるほど。なんとも胸糞の悪い。
奴の意識はラオへと行っていた。横から剣を振りかざすと、目はこちらを見ていなかったというのに反応してきた。だが剣を防がれるのは想定済みだ。怠惰の魔力を込めている。
コイツの相手は俺だけじゃない。
ラオは俺の意図に気付いてくれた。すぐさま狂王の腹に拳を叩きこんだ。
彼の力は魔力の強化の恩恵が少ないとしても、彼の種族つまり鬼は力が強い。俺を軽々と背負えるくらいには。
また狂王が吹き飛んでいく。
ざまぁないぜ。
「ラオ、戦いの上じゃ朗報かもしれんが、感情的には悲報がある。聞くか?」
「……聞こう」
「あれ、魂が縛り付けられているぞ。しかも恐らく奴の国民が。あの剣に纏わりついてるアレ、よく見てみろ」
石の剣に纏わりついている闇のように深い黒。
アレをよく見てみると顔が見えた。三つの点があればそう見えるという錯覚なんかじゃない。
あれは今もなお、縛りつけられている魂だ。それも狂王が治めた国で生きていた民達の。
魂が澱み、苦しみ悲しみそして怨嗟が溢れ出ている。
それがアレだ。
「ほう」
一言だったが重たい言葉だった。
ラオの眼が鋭くなり、毛が逆立ち体が強張り始める。
「お前が戦うにゃ十分な理由じゃねぇの?」
「十分だ。拳が震えるくらいには」
ラオの魔力が燃え上がる。激しい炎のようなそれはそれでも優しい光を放っている。
決して彼の魔力は増えているわけじゃない。怒りに反応しているだけだ。
旅の途中共に旅をしているのだからと教えてもらった。
大罪、憤怒について。
憤怒の魔法は誰かの怒りのための魔法なのだと。
それは他者の為、そして自分の為。
先ほどまで魔力の強化を得れていなかったのはそのためだった。
ただの戦いに怒れることなんてない。怒る理由がないのに怒る事は出来ない。
自分が生きる為というのは怒りの理由にならないのが彼のやさしさだろう。
だが虐げられているものがいるなら話は別だった。
俺も思うところがないというのは嘘になるし、優しいラオにとっては言葉に表せないくらいの怒りだろう。
「行くぞ、サイガ」
「合わせる」
狂王が動く前に俺とラオが先に飛びだした。
ラオの一歩はとても早く大きかった。俺よりも数秒早く狂王の目の前にたどり着いた彼は燃え盛る魔力が付いている拳を振りかぶった。
狂王はそれを剣で防ごうとする。
巨大な石剣がその重さをもってラオに降り注ごうとする、がそれよりも俺が追い付くのが早い。
「お先にどうぞっと」
俺が石剣を受け止める。剣越しに石剣の重み、そして狂王の膂力を感じる。重てぇ……だが負けるわけにはいかない。
怠惰のエンチャントによって刃こぼれは防げているが、一応この戦いが終わった時には手入れをしておいた方がよさそうだ。この戦いが終わった時に俺たちが生きていれば、の話だが。
そうならないためにも歯を食いしばって石剣を止める。
ラオは弓のように体を震わし、しならせている。
そして力の開放が起こった。
爆発するような勢いを以て彼は狂王の鎧を砕いた。
彼の拳は吹き飛ばすこともなく奴の体を突き破った。
「サイガ」
「心得た」
どてっぱらに穴が空いたのだ。例え狂気に侵されているとはいえ、生き物ならば硬直してしかるべき、だ。
俺を叩き潰そうとする力が少し緩んだ。そうなればする事となればただ一つよ。
ラオの空けた穴より上を切り裂く。
俺の剣は鎧を割り、肉を切り裂く。そして硬い背骨の感触が手から伝わってくる。ゴリゴリとその輪郭をなぞりながら剣を押し込んだ。
本当は両断をしたかったんだが、骨が予想以上に硬かった。骨の硬さも常人のそれじゃねぇ。
「一旦退くぞ」
「嘘だろ」
いつのまにやら腕を抜いたラオが俺の首根っこ掴んだ。そして俺は強引に後ろに引っこ抜かれる。
俺の鼻先を石剣が通り過ぎる。
腹が貫通して後ろの景色が見えるというのに、背骨近くまで斬り込んだというのに、奴は気にもせずに動いていた。
おいおいおい、ゴーレムって言われた方が説得力あんぞ。
「おいおいおい、なんだこりゃあ。腹に穴をあけて、背骨まで刃入れたのにぴんぴんしてやがるよ」
「これは……まずいかも、しらんな」
「何がだよ」
「平静を装っているがお前、眠たいだろう」
「あは、ばれた?」
「もうそろそろ、焦るとしようか」
実のところ、俺の眼は少しずつ重さを増していっていた。刻一刻とタイムリミットは近づいてきている。
だがそんなことお構いなしに目の前の狂王はグチャグチャと体を直している。
ご丁寧に鎧まで直して立ち上がろうとするその姿は苛立ちすら感じさせるな。
もう一度仕掛けよう、そうラオとアイコンタクトをしようとした瞬間に、俺らの間にあるものが差し込まれた。
石剣だ。
投げたのか? 違う。
反射で狂王がいたはずの場所を見ると、どうにも奴の大きさが大きすぎる。
つまりは俺らの目の前に居る、という至極単純な事だった。
一瞬で狂王は距離を詰めて。
「やっ……!」
ばい。そう言おうとした。
だが体は鍛えた通りに動いてくれるもので、すでに退避行動を行っていた。
思い切り後ろに跳び、距離をとって攻撃を避けようとする。
数秒ほど浮遊感を感じる。
だが……はて、何故俺の視界は動いていないのかしら。体がピタリと空中で固定されている。
そう思うと逆に俺の身体は狂王へと近づき始めた。
しかも空中にいるもんだから踏ん張ることも出来ない。
「何が」
起きてんだい、こりゃあ。
時間が戻されたかのように後ろに跳んだ俺はまるきり同じ場所に着地した。
つまりは、目の前に狂王がいる、ということだ。
「サイガ!」
「大丈夫だ」
にんまりと狂王が、笑っている。
石剣が俺に降り注いだ。どうにか力を受け流そうとするが、限度がある。
手が痺れてくるのを感じるが、
「サイガッ」
あぁー……一瞬寝てた。
何が起きた。
「意識を保て! 寝るんじゃない」
頬を殴られた。
歯によって口内が切り裂かれ、鋭い痛みが発生する。
起きた。
目を開き、眼球を動かして周りの状況を確認する。
視界の半分が赤く染まっているが、今は気にする余裕がない。
ラオが石剣を叩きつけられている。拳で弾く事によって防いでいるが、時間の問題だろう。
助けに行かなきゃ。
体が……動かない? 下を見る。血だまり。
何があった?
思い出した。剣戟の途中で俺は意識を失ったんだ。
俺は一撃貰ったらしい。負傷個所はどこだ。
……首か!? 首の肉が抉れ、肋骨が折れてやがる。恐らく首から入り、斜めに胸を半ばまで斬られた。
右手には未だ剣が握られている。俺の体が反射的に動き、止めたんだろう。そうじゃなきゃ俺の身体は斜めに両断されていたはずだ。
魔力が急速に失われていくのを感じる。
回復するにはまだ足りない。もっと、もっとだ。
もっと魔力が必要だ。
「サイガ、大丈夫……なのか」
「だい……じょう、ぶ……だ。なんとか、な」
石剣の乱撃をラオに降り注ぐ狂王の肘から先をぶった斬る。思った通りだ、半端に傷を作る位なら部位を斬り落とした方が有効だわ。
態勢を整えようとしているのか、狂王は一旦俺らから距離をとった。
攻撃にさらされていたラオは俺のことを見てまず心配をした。首から派手に斬られてたからな、一応大丈夫だ。
恐らく、な。
「すまん、一瞬だけ意識飛ばしちった」
「眠気は覚めたか?」
「いい冷や水だったよ。……俺じゃあいつにダメージを与えるのは難しそうだな。見ろ、粘土みてぇにくっ付けてやがる」
狂王は俺の切った腕を拾い、断面に付けるとそのまま動かし始めた。ふざけたことだ。
斬るというモノのダメージは肉体組織が切断されること、そして血液を失う事だ。
といっても簡単には治らないからこそそれは致命傷足りえるのだ。
だがこの目の前に居るコイツは斬られた傷というものは不可逆のものではないらしい。
血液すら出ない。傷や切断した肉体も瞬きをするうちにくっつけちまうのだ。
そんな相手にゃ効きはしない。いや、効いてはいるのだろうが、有効打足りえない。
恐らく俺の眼が閉まり、ゆっくりと奴が息の根を止めるのが先になるだろう。
「つまりはキーはお前だ、ラオ。貫いちゃダメだ。打撃でやるんだ」
「そりゃまた、責任が重大だな」
「出来なきゃ死ぬんだぜ? 本気でやってダメならそれまでだよ」
「お前を死なすのは忍びない。俺はアイツしか見ない。合わせろよ」
「あいよっ!」
もうちっとだけ待ってくれりゃあいいのになぁ。
会話パートは攻撃しちゃダメってルールを知らんのかね。意気揚々、鬼気迫る勢いで巨大な石剣を振り上げ、こちらに走ってきている狂王を見てそんな印象を持った。
それを俺はラオの前に出て剣にて受け流す。
手首の骨に響くわ、刃にもダメージが蓄積されてそうだわで嫌な一撃だ。剣で受けるたびに全身の骨にひびが入るような衝撃が俺を襲うが、砕けないなら重畳。
その程度ならば。
見えないほどの神速の一撃でも、後ろの景色ごと丸々斬られるような神がかり的な一撃でもない。
つまりは油断こそしなければ、攻撃に転じようとしなければ、全くの脅威ではない。
「やはりグローブというものは要らんな。兄貴から貰い受けたモノだが、俺には素手がしっくりくる」
ラオは付けていたグローブを外し、落とす。
構え、腰を落とし、足に力が入る。
そんな悠長に溜めているのだから当然狂王もラオを狙う。それを俺が許さない。
ラオが攻撃するのを待ちながら、弾き続ける。
「砕けろ」
ついにその一撃は放たれた。今度は貫くことはなく、そのまま上向きのエネルギーに従って狂王の体が浮かされる。エネルギーが彼の体に穴を開け、逃げる事もない。
そして落ちてきた奴の体をそのままラオが殴りつけた。
頭を打たれ、激しく回転しながら体が一直線に飛んでいく。
人間の体がする挙動にしてはあまりにもギャグのような動きだったが、建物にぶつかり肉が爆散する音が、骨が粉々に砕けていく音があまりにも生々しい。
「手ごたえは?」
「生命体なら、殺した確信はあるとも」
「なら、目の前のコイツは何なんだろうな」
「俺に聞かれても困る」
壁に叩きつけられたせいか、関節がちぎれかけている。だが奴は立ちあがった。
石剣を杖にして立ち、前を向いた。目が合う。
奴の眼はただ黒かった。変質し、白目が黒くなっているのか、それとも今にも蛆が湧き出てきそうなカラの眼窩なのか。
見えにくいその中にわずかに感じる視線という意図。そこから俺は感情を感じる事が出来なかった。だからこそ、俺はゾッとした。
目の前で動いている生き物らしきものから感じるにはあまりにも無機質なソレに、俺はどこか肌寒いものを感じたのだ。だが、奴はこちらの反応を気にもしていないようだった。
出来損ないの笛のような声で叫ぶと、後ろからある音が応えた。蹄が地面を蹴る音だ。
後ろを向くと、俺が切り裂いた筈の馬が動き出しているではないか。
動くはずのない切り裂かれた筋肉が動いている。まるで人形を動かしているように。そして青い炎が奴を包むと傷を癒していく。
そして変わらぬ速さで走り出した。俺達の横を通り、主の元へと。
斬るか迷ったが、おそらく同じことだろうとも思った。
あのような動きをするものを斬ったところで、すぐに修復するだけだろう。
馬がそばに来ると、狂王はボロボロの肉体で乗った。
そして馬は走り始めた。俺らへ、ではない。何処かへ向けて、だった。
つまりは。
「逃げる気か」
「サイガ、どうする。追うか?」
「いや、よそう。途中で寝ちまいそ……うだ」
「サイガ?」
「すまん」
意識が薄れていく中、狂王と再び目が合った。
こちらを見ながら去っていく狂王の視線から、ほんの少しだけ感情を感じ取った。
それは執着だった。熊のような絡みつく執着だ。
それを感じ取ってしまえば、この戦いに決着がついた訳ではない、という悲報を確信せずにはいられなかった。
次はもっとうまくやる。
そう誓ったのを最後に俺は、意識を手放した。
狂王の石剣
狂王の持つ巨大な石で作られた剣。どす黒く染まっているが、それは素材の色でも塗装でもない。
纏わりついているそれは魔力ではない。怨嗟や淀み腐った魂がその色を放っている。
魂の縛られたそれは例えただの石で出来たものであっても、砕ける事はない。例え砕けたとしても魂が砕けた石を引っ張り、固めて元に戻してしまう。砕かれれば解放されるというのに魂自身が破壊を妨げていた。
だがそれは決して剣ではない。




