31話 試練が終わればまた旅が始まる
目を開く。
記憶を手繰り寄せて、意識を眠りという泥濘から引っ張り上げる。俺は長い眠りについていたようだ。
旅に出ているとなかなか長く眠ることが出来ないのだが、今回は室内という事もありよく眠っていたらしい。夏の青空のようにすっきりとした頭がそれを証明している。
何日ほど……寝ていたのだろう。
硬くなった体を動かし、ぽきぽきと音を鳴らす。いや、鳴ったのはごきごきという音だった。体が固まりすぎている。
「あ……ぁあ。久しぶりにゆっくりと寝たんじゃないか? そうでもないか」
体を伸ばしながら、部屋から出る。
景気のいいことに今日は晴れのようだ。日光が長い眠り明けの体に染みるというものだ。
温かく気持ちよくて、すこし眩しい。
「幸先が良いことで。……さて、ラオを探さないと」
「俺のことを呼んだか?」
「びっ……くりしたぁ。どうしたよ、どっきりか?」
「いんやマジ偶然。今回は特に長かったな。長すぎてもう起きないんじゃないかと」
「何日くらいだったよ」
「うぅむ……十日ほどか。久しく野宿だったから、そのせいか?」
「多分な」
十日か。
いやぁ、久しぶりに聞くと凄いな。
旅に出てからというものの短くて半日、長くて三日という睡眠だったために久しぶりに何日も寝たという事実が嫌になる。我ながら厄介な体質をしているものだ。
そりゃ俺の体もバッキバキになるわけだよ。
「その間、ここにいたんだろう? どうだったよ」
「良い国だよ。客人が来るのは珍しいらしく、色々と話をねだられたよ。そのおかげでお前が寝てる間も退屈はしなかったぞ。歪ではあるものの平和で、温かみがある」
「歪?」
「この国の人間は殆どがロルの子孫か、子孫と結婚した人間らしい。この国の子は成年を超えるとこの国から出る。そして伴侶を持つものや、事業をたちあげるもの、その両方を為すモノ。そしていつかこの国に帰って来る。別に強制されてるわけでもないらしいが、帰って来るものは多いらしい。タイミングは様々だがある程度人生が一段落したものが多い。子供を産みに来るものも多いらしいがな」
「つまり終の棲家という事か」
「端的に言ってしまえばそう言う事だ」
ふむ。そう言う事か。
なんとなく観客を見ていた時に感じた違和感はそれか。危なっかしい若人が少なく見えたのはそう言う事らしい。
それにしても面白い特色を持っている。
一つの国であるのと同時に一つの家族のようなものなのだろう。この規模の人口があるというのに田舎のような濃い関係が根付いている。それでいて閉鎖的ではない。
「お主らも、住処に困ったのならば来ると良い。我が子らでないと住めないなんて法は特に無い」
そう話しているとロルが口をはさんできた。別に聞かれて困る話でもないのだが、急に話しかけられるとドキッとする。それに加えて相手がこの国の主なのだから特にだ。
警戒していないとはいえどっから聞いてやがったんだ? 突然現れたようにも感じる彼女だが別に不快感を表しているわけでもなさそうなので、特段この話が気に障ったという事でもないのだろう。
「そりゃいい。寝床に困った時は是非とも寄らせてもらうよ。んでロルよ。力貸してくれるって事でいいんだよな?」
「うむ。妾は言葉を曲げぬ。アレらは妾も鬱陶しいと思っておった故な、才賀お主に手を貸してやっても良い」
「何があったのか聞いても?」
「良い。単に妾の子たちが殺されただけの事よ」
「そんな一言で片づけていいのか?」
平等教を鬱陶しいと、子供が殺されたという彼女の声は実に冷たく心情は読み取れない。
だがそれだけではないと、言ってみた。
「ふん。妾は高位になり、この様ななりをしているようとも、畜生よ。それも独り立ちしていった子供を殺されるのに特段恨みなぞ持たん。力及ばず敗れたのなればそれも子らの人生よ。恨みなぞ……持たんはずなのだがなぁ」
「は、そりゃ人と関わりすぎたのさ。長命種は人と関わればかかわるほどそうなるんだ。そういう手合いを俺は幾つも見てきた」
ラオがそう言った。
ラオも人間じゃない。鬼という種族だ。
そして長く旅をしているうちに見たのだろう。こういう例を。
「ふん。忌み子の若造が。知ったような口を利くじゃないか」
「知ってるからさ、狐婆。知ったような口を利かれたくねぇならちっとは自己を省みて理由でも探してみることだな」
「はっ……思考の隅に置いておくとしよう。サイガよ、時が来たら使いをよこせ。怠惰ならばそう言う魔法もあっただろう」
それだけ言って彼女は去った。
結局のところ彼女が子供の死をどう思っているかはわからない。
俺に子供はいない。それに親も。
だからこそ彼女の気持ちはわからない。分かるだなんて言ってはいけない。
けれど平等教が邪魔なのだというのなら俺らは手を取りあえる。
ただその一つの事実だけでいいのだ。
「ラオ、そういえば一つ聞いておきたいことがあるんだが」
「なんだ?」
「いつ出るよ。ラオに用事がなければすぐに出たって良いけど」
「いつだっていいぞ。明日くらいに出るか?」
「賛成」
だ、と続いて話そうとした瞬間、頭の横をものすごいスピードで何かが通り過ぎた。
それが俺を傷つけることはなかったが、後ろの壁に突き刺さった。もしもほんの少し横にズレていたのなら頭が爆発していただろう。冷たい汗が背筋を滑り落ちる。
「矢文? ベルフェゴールからか」
「その前に頭の横を矢が通り過ぎてった俺に心配の言葉の一つでもかけたって良くないか」
「……まぁ、目が覚めただろう?」
「程があるわ!」
ロルがいたころに来なくてよかった。あんなにしんみり話してたところにこんなん来てたらぶち壊しだぞ。
ワンチャン協力が断られるまである。
「で? どんな内容が書いてあるんだ」
部屋に戻って俺はその矢文の内容をラオに読んでもらっていた。
俺は未だに文章は読めない。一朝一夕で読めるようになるとも思っていないし、そんなの勉強していたら何時になる事かさっぱりわからない。ベルフェゴールにはそのことを言っていなかったか。
ラオは旅をする上である程度は勉強したらしい。
「うむ、吉報だぞ。俺らの行き先が決まった」
「何?」
「ベルフェゴール、そしてルシファーが変な魔力を観測した。そしてそれは恐らくサイガがこちらに来たような召喚魔術の余波に近いものだとか。それの調査をしてほしいらしい」
「あぁ……何が出てくるかわかんねぇから危険だとか言う召喚魔術か」
異世界の住人を召喚する魔法、それが俺と友人二人である立夏と零摩がこの世界に来る理由になった魔法だ。
そしてそれはこの世界を一度滅ぼしたらしい。ベルフェゴールとルシファーはそれを知っているのだから警戒しているのも頷ける。
「その余波ってもんの発生源はある程度特定出来てんのか」
「あぁ、ここと比べれば小さな国だが活気のある国だ。俺も昔行ったことがある。つまり次の目的地はそこになるな」
「ま、心配もあるがこれからの指針が出来たってのは喜ばしいな」
目的地が無いまま彷徨い続けるよりかはずっとマシな筈だ。このままだと次はラオの村に行くことになっていたからな。
だがラオは眉間にしわを寄せていた。地図を睨んでいる。
「だが……割と遠いぞ。間に中継できるような国もない。馬車の一つも出てないだろうな」
「……もう出るか?」
「は、良いぜ。どうせロルにもアスモデウスにも、サイガが起きたらすぐに出ると言っておいたんだ。挨拶一回でもすれば出れるだろう」
「あーあ、なんでこんなに忙しいんだ。我ながら体質が嫌になる」
「ご愁傷様。諦めろ」
言うようになったなコイツ。
ラオとの仲も短いものではない。そしてこれからも長くなるだろう。
この国に来て滞在した俺的に体感二日ほどなのだが、もう出なきゃならないらしい。
ラオ的には何日も滞在した後なのだろうが。
こうして長い旅が始まる。俺が選んだ道だが、もう少しくらい休んでいたかったものだ。
引きこもりの郵便屋
怠惰の大罪魔法の一つ。
手紙を必ず届けるというだけの魔法。
矢でも鳥でも紙飛行機でも必ず届け先に届く。
ただしどれだけ時間がかかるかは使用者の感情次第。




