30話 最初の試練が訪れる
幾つもの声が俺を出迎えた。
町の広場のような開けた場所に柵が建てられ出来た不可侵のスペース、簡易的な闘技場に大勢の人間が殺到していた。柵に手を置き、今か今かと待っているその様子から楽しみにしている事がわかる。
その大勢の人間たちはロルが姿を現したのを見て歓声を上げたのだ。
「どうみてもこの会場の出来にしちゃ観客が多すぎるだろう」
「この国の人間はほぼ身内のようなものでな。すぐに広がるのよ。それに暇をしているものが多いというのもあるな」
田舎みてぇだなおい。実際子供達が移り住んできたというのなら間違ってもいないのだろうが。
「広さは十分か?」
改めて広場の広さを見渡して確認する。
広場と初見で感じ取るぐらいには広かった。軽くキャッチボールをしても物にぶつからない程度には。
「ぶっ飛ばされたりしない限りは大丈夫じゃないか。ぶっ飛ばされたら話は別だろうが」
「安心せい。妾が少し前に魔術を刻んでおいた。入る分には容易だろうが、出ようとすれば阻害される。死なない程度の勢いならば問題ないじゃろう」
「ならいいんじゃねぇの。んで、いつ始めるんだ? 見たところ相手がいないようだが」
「中で待っておれ、すぐに来る。あぁ……そうだ、審判は妾がする。それで良いか」
「あいよー」
彼女が審判をするのに異論はなかった。
贔屓するような審判をする奴はこんな回りくどいことはしないだろう。そんなことをするくらいならばさっさと断ってしまえば良かったのだから。
たとえ彼女とも戦うことになったとしても、それはそれでド級の修羅場だ。修行としては破天荒かもしれないが仕方がないが、それはそれで良い。
数分ほど待っただろうか。未だ対戦相手は来ていなかった。せっかちと言われるかもしれないが、体質上、俺は長々と待っていられない。
だが幸いなことに日はまだ登り切っていなかった。俺の体のタイムリミットはまだまだある。
もう少し待っていたとしてもよほど試合に時間がかからなければ俺の眠気が敗因になることはないだろう。
そして瞬き一つ、した瞬間、俺の前に一人の男が出現した。来た、というより居たという方が正しいそれに思わず目が丸くなる。
随分と心臓に悪い現れ方だ。実際少しびっくりした。もう少しで声を上げて驚いていた位には。
「驚かせるなよ。趣味なのか」
「おっとっと、申し訳ありません。でも雰囲気があるでしょう?」
「見た目の割にお茶目なことで」
「幾つになっても子供心というのを忘れていないので」
現れた男は翁というには若いが、中年というにはしわを刻みすぎている相貌をしている。
老後の楽しみに喫茶店でもしていそうな男だ。グラスでも磨きながら街の喧騒を楽しむのが似合うだろう。
着こなす服に露出が少なく、紳士のような風体をしているが、手首などの少ない露出から見えるその体は強靭だった。
顔は穏やか極まりないが、体は違う。ちらりと見える首や腕には大きな古傷が刻まれており、筋肉は並大抵の男を凌駕している。
その筋肉は肥大化し太いというものではなく、鋼を織り込んだように細く硬く力強いものだった。
杖のように地面についているソレは木を斬るにはあまりにも大きすぎる、一撃で巨木を倒さんとしているかのような巨大な斧だった。
青い髪をオールバックにしている男の眼は穏やかだったが、生物的恐怖が俺に油断を許さない。
「私は色欲の大罪を刻まれた悪魔、アスモデウス。試合の相手は君ということで?」
「あぁ。怠惰の大罪人、才賀だ。ちょっと平等教が気に入らなくてな。手貸してほしいって頼みに来たんだ。それの条件がアンタとの手合わせって事らしい」
「若いというのは眩しいものです。そういうことならば。不肖私、是非御相手いたしましょう」
あの巨大な斧を軽々持ち上げて彼は肩に担いだ。あれぶん回すだけで人死ぬんじゃねぇかな。
俺も剣を抜く。得物のサイズが恐ろしい位には違う。だが、ソレも面白いな。
「あぁ、先に一つだけ聞いてもいいか?」
「ええ」
「老いた悪魔に初めて会ったんだが、あんたが特別なのか?」
「これは……事情があり……まして」
アスモデウスの顔に一瞬だけ靄がかかり、若々しい顔が出てきた。そしてまた靄に包まれると老いさらばえた顔が出る。声もその顔に習うように溌溂とした声から、掠れた年季を感じる声に変わる。
それはまさに彼が意図的に老いた姿をしているという証左であり何かしらの事情があるのだろう。
すぐにまた顔が靄に包まれ、元の姿に戻った。
横にいたロルがその会話を聞き終え、開戦の合図をしようと一歩前に出てきた。
「それでは試合を始める。妾が止めたればすぐに攻撃を止めよ。事故以外で殺すことは許さぬ。両者良いか?」
「構わんよ」
「はい」
一瞬だけ目を閉じて、深く息を吸う。息を止め体を外界と遮断して、神経を研ぎ澄ますと目を開いた。
戦いだ。決して死闘じゃない。だがロルが止める前に死ぬかも知らん。刃物を抜く以上命は危険に晒される。
爺の言葉を思い出す。
『乗り越えた死線の数だけ人殺しは強くなる。強くなりたければ死に限りなく近づけ。そして、死ぬな』
丁度いいじゃねぇか。俺は今力を欲している。友人を守る力を。
目の前の男は動かない。先手は俺に譲ってくれるのだろう。
構え、俺は前に跳ぶ。
一歩目が地面についた瞬間に横から斧が飛び込んでくる。見えないほどの早さじゃない。だが……アレをまともに食らえば一撃でノックアウトだろう。
恐らくこの斧は剣で中途半端に防ぐと折れちまうな。力と重量が大きすぎる。完璧に弾けば相手できるだろうが。
今俺の姿勢は前に跳んでいる。上手く弾けるか……?
跳ぶか。二歩目の足を一歩目の足と揃えて、上に跳ぶ。
今の俺は身体能力が地球の頃よりも向上している、人間の身長くらいはすっ飛ぶことが出来る。斧により斬られた空気が服を揺らす。
地面に足を付かなければ上手く力を込められないが……まぁいいだろう。
空中に翻りながらそのまま剣を振り下ろし、頭をかち割ろうとする。
するとアスモデウスは斧の柄によってこれを防いだ。
金属でできたそれは俺の一撃を十分に防いだ。一応思い切り体重を込めたというのにアスモデウスは怯みもせずに受け止めている。
「軽いか。力比べと行くかい?」
「確かに強い。だがそれでも人間だ。君、油断は……いけないな」
着地した俺は剣と斧の柄で鍔迫り合いの様に力比べをしていたのだが、そのまま俺の体は吹き飛ばされた。どうやら圧倒的に膂力に差がありやがる。
マジかよおい。数メートルは吹き飛ばされたぞ。俺は今熊とチャンバラでもしてんのか?
「魔法って使っていいんだっけ? 大罪魔法のほうも」
「同じ条件さ」
「そんじゃあ遠慮はしねぇ。起きろ、怠惰。属性付与」
「見ろ、色欲。属性付与。戦為生殖」
俺の剣とアスモデウスの剣に大罪の魔力がまとわりつく。
そして戦為生殖、色欲の大罪魔法が発動した。
この魔法は見る限り、分身。
俺の目の前のアスモデウスが分裂するように、二人に増えた。
二人とも魔力のまとわりついた大きな斧を持っており、そして俺に戦意を向けてきている。
「冗談みたいなことしてくるな」
「ふむ。どうやら君は、あまり慣れていないようだね。大罪の本質を見つめてみることだよ。先達からのアドバイスさ」
「そういう、セリフは! 斧で斬りかかりながら言うもんじゃねぇと思うんだよな! 俺はッ」
アスモデウスは俺にアドバイスをしているが、その言葉を吐きながらも二人の斧は俺を切り裂かんと迫ってきている。
俺はそれを必死に飛んだり転がったりしながら避け、半ギレでその言葉に返す。
それにしても大罪の本質か。
おそらく俺の頭の中には属性付与以外にも大罪魔法があるのだが、上手く選択肢に上がらない。
ベルフェゴールから教えられたとはいえ咄嗟に発動できるほど器用ではない。
怠惰というもの、つまり怠けるという事だろう。
それはやらない、動かないというもので……それだけ?
本当にそれだけ?
「っぶねぇ、クソが!」
「確かに悩みの種を渡したのは私です。けれど……けれどね? だからといって攻撃を緩めるという事はありませんよ」
「そっちのほうがありがたい。まだ四肢も千切れてねぇって言うのに弱音を吐くつもりなんざ、さらさらねぇよ」
少しばかり考えに光明が出そうな時に、目の前に斧の刃が迫ってきたもんだから口が悪くなっちまった。
だがそのおかげか、思考の最後の勢いがついてくれた。
なにも、動きたくないという気持ちだけが怠惰じゃない。
動きたくないという気持ちと、動きたいという気持ちは……両立するんじゃないか。そうだ、そうじゃないか。
ベルフェゴールはよく働いていたじゃないか。
「超短距離転移」
後ろから風を切る音が聞こえる。恐らくこのまま何もしなければ、すぐに俺の頭は二つに両断され中身を地面にまき散らすことになるだろう。
だが俺は体の動かすことを止めた。ソファに座るように、ゆったりと力を抜いてそこに立っていた。
それは諦めたわけでも、アスモデウスが何かをしたというわけでもない。
そして俺が動きを止めて、瞬きをするような一瞬が経っても未だ立っていた。
何故なら俺の体は先ほどまでとは違い、斧を振り下ろしているアスモデウスの後ろにいたからだった。
勿論コレは動かされたわけじゃなく、俺の意思で動いた移動だ。つまりこの移動が行われた瞬間に俺は動くことが出来る。
動きたくないのに、あそこに行きたいという怠惰の魔法。
素っ頓狂な響きだが、ベルフェゴールの言っていた通り元々戦闘用の魔法じゃないからだ。
寒い冬に冷たい外気に曝されずに移動できる便利な魔法だ。
剣を振り上げる。踏み込みは強く、地面をとどろかせるほどに。
目はもはやこの行動が終わるまで閉じることはなく、殺意を届けるための照準と化す。
剣が俺の腕と一体になっているとまでは言わないが、伊達に刀振っていたわけじゃない。剣の先に何かが当たれば分かるほどに、コレは俺の手に馴染んでいる。
爺ほどの一撃ではないにしろ、万物両断の一振りになっていると自負している。
その一撃は咄嗟に振り向き、斧でガードしようとしていたアスモデウスを斜めに通過した。
振り下ろした俺はそのまま跳び退き、残るもう一体のほうを見る。
そして未だ健在の方のアスモデウスに剣先を突き付けたところで後ろから体が地面に伏す音が聞こえた。
「どっちが本物とかあるのか、その魔法」
「えぇ、まぁ。貴方には残念な事でしょうが、今ここにいる私が本物ですよ。ですが、斜めに両断されたくらいじゃあ悪魔が死にませんから安心してくださいね。さて、続けましょう」
アスモデウスの斧にまとわりついている魔力の量が増え、俺と彼の間にピリピリとした死の予兆が漂い始めた。肌が焼かれ総毛立つ。殺意が、死が、俺の肩に手を置いている。
生乾きのコンクリのような空気を砕くようにアスモデウスが踏み込み跳んだ。地面が抉れ、土煙がたつ。
それを受ける。魔力を剣によこし、曲がらないように強化して、ようやく受け止められた。血管が膨張し、心臓が悲鳴を上げて、筋肉が引き千切れる。
「動かん。……色欲の特性か!」
せっかく斧を剣で受けたのだから、返す刃にて切り返そうとした時己の体が動かないことに気が付いた。
いや、動かないというのは感覚的に違う。動かせない? 何かが俺の身体を動かそうとしているのを阻害している。
「これでも一瞬が限界とは。だけどそれで充分だ」
「こなくそ……超短距離転移!」
「あれ? 確かにまだかかっていたはずなんだけどな……はは、凄いよ。とてつもない精神力だ」
俺の動きが止まったのを見てアスモデウスは斧を振った。やおらと力を込めればようやく体が動いた。
身体が止まっていたのはたった一瞬だ。だが一瞬だけでも殺し合いでは致命的な時間だ。
実際俺は何もできずに斧に斬られそうになっていた。
怠惰の魔法、こたつむりで無理やり体を移動させたのだが。
頬から血が噴き出す。少し筋肉を持っていかれたか。手を当てて、魔力で筋肉をくっつける。
口の中の血を吐き出した。コレは頬から出た出血じゃない。頬の傷は貫通するほどのモノじゃなかった。ならどこからの血か。
「はは……ぺっ、ぺっ戦闘中に喋るもんじゃあねぇなぁ。舌を嚙んじまったよ」
「戦闘慣れしているね。ついうっかり、やりすぎたかと思ったけれど心配は要らないようだね」
俺は舌を噛んでいた。歯が舌を貫通し、痛みと血が噴き出している。魔力で治しているとはいえ、滑舌が少し怪しいのは許してほしいものだ。
俺の血が、脂が掌にべっとりと付いていた。錆びた鉄パイプで鼻をぶん殴られたような香りが胸一杯に広がる。
「燃えろ」
掌を軽く燃やして剣が滑らないように乾かした。
かかってみた感じ、コレは動けないという状態ではない。
言うなれば動きたくないに近いのだと思う。色欲の属性の魔力に触れて、つい見張れてしまったと言うべきか。
行動権を奪われた状態ではなく、行動権を体が渡している状態なのだと思う。
恐らくこれは俺じゃなければ思考も持ってかれる可能性はあるだろう。それは思考力や意志の力次第だろう。きっと意志の弱い人間はこの魔力に触れただけで気絶するのではないか。
だからこそ俺は舌を噛んだ。すると痛みが魅力から解ける時間を短くしてくれた。
そして怠惰の魔法を唱えたという訳だ。それがなければ俺は斧が刺さっていただろう。
死にはしないが、頰肉がごっそりと宙を舞っていたんじゃないか?
肉体が治っていくが、激痛は未だに俺の神経を通り続けている体が治ろうと痛みはそう退くものではない。
一際息をのみ、息を整えて彼のほうを見る。
彼は斧を振り、体の準備運動をしているような動きをしていた。
「待っててくれたのか?」
「例えすぐに斬りかかっていたとしても君なら対応できたでしょうに。それに……そっちのほうがカッコイイでしょう?」
そう子供のように微笑む彼は確かに男の俺でも絵になると思うほどに、良い顔をしている。
「あぁ。良い男だよアンタ」
魔力を最後に多く流し込み、動けるだけの治癒をすると俺は剣を振る。
アスモデウスも素人ではない、すぐさま俺の動きを見て対応してくる。
斧で俺の剣を受け止める。……成程、防御じゃ動きは止まらないらしい。
いつもなら俺は弾くか、流して次の一撃につなげる。
だが今回は剣で強く抑え、斧の動きを止める。
これをしたところで力の弱い俺が吹き飛ばされるだけだ。だが一瞬だけなら止められる。
なぜ俺はそれをしたか。アスモデウスはわかっていないようだ。
「……?」
「ぶぁ! あーか」
俺は舌から流れ出た血は未だ口の中に残っていた。
魔力で治癒したとはいえ舌からは多く血が流れる。喋るために吐きだしたとはいえ、噴き出せるほどには。
口に含んでいた血をアスモデウスの眼に吹きかけたのだ。
目くらましなんて正々堂々じゃないってのは承知の上だ。格好よく戦ってるところ悪いが俺が教わったのはただの殺人剣で、お行儀の良い戦いじゃねぇ。
カッコ悪くて上等! 負けたくねぇ!
血というものは強い刺激物ではないが、不透明な液体が飛んでくるだけで当然目は見えなくなる。
しっかりと目に入ると失明するかどうかは分からんが、確実にしばらく目は見えなくなる。
それに粘膜に異物が入った痛みというものはなかなかに堪えるものだ。
痛みは反射を促す。体が硬直するのも無理はない。
「はははは!」
斧に足をかけ、首に向かい剣を走らせる。
剣は素早く流れ、アスモデウスの頸筋を走り切り裂いていく。
半ば……とまではいかないが血管は確かに斬れた。俺の世界ならコレで死なない生き物はいない。
だが、悪魔ならこれくらいで怯むかと思っていた。
血が噴き出るのと同時に俺はそこから飛び退く。
剣についた血と脂を袖で拭う。簡単に拭ってやれば後は怠惰の魔力をエンチャントしている剣は奇麗になってくれる。
「やっぱ……この世界の人間は首落とさねぇと死なねぇのか」
「いや……ごp……ペッ」
アスモデウスは喋ろうとするが、気道に血液が入ったのだろう声に水気のある音が混じる。血を吐いて、喉を鳴らして整えている。
「いや、僕が悪魔という事と、君の一撃がきれいだったという事その二つがすぐに回復できた所以さ。他の人間相手でこれをすると下手すると死んじゃうから気を付けなさい」
アスモデウスの首を確かに俺は斬った。
彼は首に手を当てて、少しするとそう話し始めた。
気道まで血が及んでいたというのなら、致命傷だったはずだ。だが致命的な損傷には至らなかったらしい。
首を切り落とすというのはなかなかに難しい。
「まだやるか? 次は首を切り落とす」
「怖いね。では僕も目くらましには気を付けるとします」
「色欲の魔力も何となく性質がわかった。今のままなら自信はある」
「色欲の魔力についてどうわかったと? 勘違いは戦場じゃ致命的ですよ」
「それ、精神に蓄積するタイプだろ。だからこそ痛みで精神を揺らせば影響が薄れる。違うか?」
「今のところ間違いはない。だけどわかった所でこの魔法は厄介だと思いますが」
「別に、頻繁に斬りあわなきゃ変わりはないさ。それに……形成、ナイフ」
舌で口蓋に金の魔術文字を書く。
そして形成の魔術、それによってナイフを作り出す。俺の目の前に作り出されたそれをキャッチする。ナイフなら取り回しが効く。手首が動かせれば痛みを作り出せる。
このようにすぐに作り出せるし、武器にもなる。魔力は未だ余裕があるため、体が何回もズタズタになるだろうが、あの硬直を解くことが出来るだろう。
「痛みで解けるのなら話は早い。だろ?」
「それを平気で言うのは少し危なっかしいな。……でどうします? 続行を判断するのは私じゃなく君だろう? ロル」
そう言うと静観を保っていたロルが俺とアスモデウスの間に入る。一時休戦という事だろう。
広場の端のほうで俺たちの戦いを見ていたのだがアスモデウスに言われて出てきた。
「そうさなぁ、アスモデウスに心配してはおらぬが……これ以上は殺し合い、か。小僧、どうする?」
「それ俺に聞くのかよ。第一俺の力を見定めるために戦いだろう。アンタが決めろ」
「……そうよなぁ。妾も過激な戦いを望んでいるわけでもなし、力も見えたところである。良かろう。これにてこの試合を終幕とする」
この試合が終わったことをロルは宣言した。大して盛り上がるような終わり方でもなかっただろうに、観衆は大きく声を上げた。まぁ……楽しんでもらったのなら良かった。
彼女が言った通りに俺も彼女たちも別に戦いたいわけじゃない。まぁ死線を潜り抜けることで強くなりたいのも事実であるが、それよりも戦力が欲しい。
たとえ傷を治せるとして死んでしまったら元も子もないのだ。
「いやぁ強かったです。どこでそんなに戦ったんですか? ここ最近そんな大きな戦いはありませんでしたが。その歳で戦い慣れ過ぎてないかい」
「別に相手が人だとは限らないだろう」
「いや、君は人が相手のはずさ。でしょう?」
「嫌な相手だ。……本気も出してないくせに俺のことを観察しやがって」
「ははは、本気を出してないのは謝ります。だけど君にも余力があるように思えますが」
「は、そりゃ勘違いだ。俺は本気だったよ」
「成程……?」
俺は本気だったのだがな。なんか、お互い様だろうと彼は言っているが俺は精一杯だった。
不思議そうな顔で首をかしげているアスモデウスを放置して俺はロルのほうへと向き直った。
「ラオを戻してくれよ?」
「わかっておる。すぐにここを発つのか?」
「いや、疲れちまった。数日滞在するよ」
「そうか。ゆっくり休むといい」
もう少しで俺の体の限界が来る。
ならばその長い眠りの時間を野宿で過ごすよりかはここに滞在した方がいいだろう。
終幕を宣言されながらも盛り上がり、俺やアスモデウスのことを労う言葉をかけてくる民衆たちを見ていた。
暗い顔をしている民衆ほど悲惨なものはないが、騒がしいというのも面倒だ。
だが明るい声というのは不思議と気分が軽くなる。
まぁ……騒がしいというのもたまにはいいか。
アフロディーテー
アスモデウスの使っている斧。
彼は黒などのシンプルな恰好を好むが、ハートや星等の意匠が目立つ大ぶりな斧。
大きく、どっしりと重いそれは彼の膂力を以てしなければ持ち上げる事すら出来ない。
しかし、その柄に対して彼の掌の大きさはほんの少し足りていない。




