29話 色欲
俺は意外な事に眠った次の日に目を覚ました。昼寝をした時のような絶妙な倦怠感を覚えてはいたが、眠たくて仕方ないという程でもなかった。
それから何日か、代り映えもしない旅が続いた。言ってしまえば、ずっと歩いて、日が暮れれば火を起こしてそこで眠る。
するとどうにも眠気を抑えきれない日が来て、その日は眠ると三日起きることが無かった。
どうやら二十四時間のサイクルに合わせると数日に一度長い睡眠が来るようだ。
ラオには迷惑をかけるが、彼はそれを笑って受け入れてくれた。
元々一人旅をしていたのだから、少し荷物が増えたくらいだと言ってくれてはいたが申し訳ないのは変わりない。
俺らは歩きながらよく話をした。
ラオの長い旅の中で訪れた国の話、俺の世界の話やラオの村の話。
ラオの村は色々と古いところらしく、双子を忌み子とみなす風習があったらしい。そのせいで苦労したとも言っていた。忌み子という文化は何処にでもあるものだとは思ったが、日本にも消しきれないモノであったとはいえ俺には縁遠いもので軽々しく話せるものではないだろう。
故に深くは踏み込むことはないものの彼にも苦労があったのだと感じる。
面倒になり何日目か数えるかも辞めた時、彼が歩きながら口を開いた。
「もうすぐ色欲のいる国につくぞ」
「やっとか。何日歩いたかも分かんないよ」
「俺もだ。お、見えてきた。見えるか? あの大きく丸い都市を」
都市が見える。
真ん中に大きな城が見え、その周りに様式も大きさも違う建造物がモリモリと建っている。
「あれか。……なんつーかあんまり綺麗な建ち方をしてねぇな?」
「俺もあんまりは知らんが、あの国は後天的に出来た物らしく。女王の城を中心に徐々に形成されていったんだと。だから周りの家は増築されたものらしい」
「長命種か?」
大罪の資格は世襲できるようなものではない。完全に人の気質によって決められるもので、親がそうだったからと言って子もそうだという確証はない。そういうものなのだ。
つまり、今代の王が色欲に選ばれたか。それともあれほど家が作られるまで生きているか。
「らしいぞ。伝説みたいなものでしか俺は聞いたことがないがな。どっちみち、これから会いに行くんだ。直接聞けばいいだろう」
「女王なんだろ? 長命種とはいえ歳を聞くのは憚られるな」
「違いない」
遠くに見えてきた色欲の支配する国、ラスト。
それを眺めながら、俺はラオとそんな話をしていた。
じっと見ていた最中、風が吹く。冷たい風の中に匂いが紛れて……これは、やばいか?
「ラオ、いったんここから離れ……あん?」
ラオに注意を促し、ここから退避しようとした瞬間俺の視界は変化した。
それはカメラを切り替えたように今まで見ていた景色とは全く違うものを俺の眼は映し出していた。
少し高くなっている気持ちの良い丘の上から見ていた俺らは山の上ではなく、部屋の中に。
ラオと俺は変わらずに、周りの景色だけが変わっていた。
ゲームの場面転換のように俺らはそのままで、別の場所に立っていた。
一瞬俺は幻術かと思ったが、かかとを鳴らしてみても山にいるような壁のない反響がない音の聞こえ方ではなく、部屋にいるような帰ってくる音。そう見えているのではなく、そう感じている。
そして足の疲労感が微かに変わっている。数キロほど歩いたような疲れが足に纏わりついている。
恐らく俺は記憶を飛ばされた、または操られていた、のどちらかと予想した。
それが合っていようが、合っていなかろうが今重要な事実は此処が一体全体何処なのかという話だ。
「驚いた。己が力で抜け出すとは。お主、何者じゃ? 生物であり、おのこでもあろうに」
「ふぅん、あんたが色欲の大罪人かい?」
ラオの眼は焦点があっていなかった。恐らく未だに意識がないのだろう。
つまりつい先ほどまで俺はああだったんだろうさ。そして今何故かは知らんが、正気を取り戻すことが出来た。
そして声の方を向くと、金色毛並みの耳を頭に持ち、背中にクジャクのように豪華絢爛に輝く壁を背負った女性がこちらを見ていた。恐らく彼女の後ろに見える壁は尾だろうか。艶があり、ほつれもないそれは金箔を張ったようだ。数が多いのか単純に毛量が多いのか、パッと見ただけでは測りえない程に。
ふむ、良かった。最悪の事態は平等教に浚われていることだったからだ。少なくとも問答無用で殺されるようなことはなさそうだ……多分。
「妾はロル。お主と同じ大罪人よ。色欲の大罪をこの身に宿してはいる……がお主のようなものがいると妾も自信が薄れるというものよ」
「随分とご機嫌なご挨拶じゃないの。何か機嫌でも損ねたか?」
「別に敵意があったわけではない。妾の香り、人間には殆ど知覚できないこれを嗅ぐと魅了される。虫が使うソレのようなものと言ってわかるかの? 単に魅了されるというても大罪の魔力によって強化された魅了はその意識すらも奪う。妾の親類ならばともかく、お主らのような縁も欠片も無い男からこの国を守るには絶好の盾じゃろう?」
関わりのない人間が領域に入った瞬間に自動的にかかる魅了、か。
今まで見た国は壁は無いにしろ、入り口は限定されていた。どこからでも入れるのはやはり国を守るという点で面倒だ。
だがこの国はそうではなかった。ポコポコと建っている建物は隙間に裏路地のような細い道が見え、どこからでも入れそうな見た目をしていた。
コレがあるからそうなのか。
「そこの鬼のように妾の許可なく目覚めることはない……はず……じゃったんだがなぁ」
「あぁ……そう」
そりゃ俺が効きにくいはずだ。
「ま、効きにくい奴もいるだろうさ。生き物なんてそんなもんだろうよ」
「初めて見たが……まぁよい。長い生きておればそんなこともあるじゃろうて。それで? お主、何か用があるのだろう? 大罪人二人がたまたま通りがかっただけとは言うまい」
「ちょっと平等教ぶっ壊すから手伝わない?」
別に取り繕う理由もない。
自分で言っていてなんだが、あまりに軽すぎただろうか。
「ほう? なかなか面白い提案だが、それが妄言でないことを証明する事は出来るのか?」
「やっぱりそういう話になるか」
「当たり前よ。妾が負けるという事は、この国の守りを失うという事。妾は家族を守らねばならぬ。一国の王が早々と頷く方が怪しいものであろうよ」
御尤も。痛いほどの正論で、それを言われれば全くその通りでとしか言えない。
だが、無理を承知で言ってるんだ。
「OK、何でも条件を呑もう。別に断ったって良いが。断るのなら連れと一緒にすぐに旅に出るよ。応えることが出来たら、俺の言葉に説得力が出てくるような無理難題を考えてくれるってんなら精一杯頑張るが」
「ふむ、未だ道化の可能性はあるが……面白き男よ」
「半分拉致みたいなことする女はごめんでね」
「それはすまなんだ。詫びに部屋を与えてやろう。妾がお主に対しての難題を考えている間、その部屋でくつろぐといい」
「ん、そりゃ助かる。眠たくてぼおっとしてる間に失格だ何て笑い話にもならん」
ロルは俺を案内しようとする。
ただラオが部屋に置き去りのままだ。
それについて指摘すると、彼女はクスリと笑い答えた。
「心配せずとも妾があの者に危害を与えることはない。リスク、という奴よ。リスクも無しにそう相談されては女王として面白くない」
「あ、そ。わーったよ」
ごねても無理だろうな。
ま、ロルは傷つけはしないだろう。
今この瞬間も俺が無傷でいることがその証明だ。俺らが意識のない状態で攻撃しなかった、それが彼女が俺らに対し、大して敵意を抱いていないことの証明だろう。
「この部屋などどうだ。くつろぐにはいい広さだろうて」
「あんがと。じゃ、早めに決めてくれると助かるよ。俺にも時間ってのがあるんでね」
「そう急かすな。……だがその言葉、嘘ではなさそうだな。あい分かった。できるだけ早く決めるとしよう」
そう言ってロルは去っていった。
だからといって俺にすることもない。剣や装備は全く意識を失う前と同じであり、何か取られたという事も無かった。剣の整備でもするかと刃の調子を見ても、少し前に整えたばかりですぐに終わってしまう。
床に横になり目をゆっくりと閉じる、すると魅了によって動かされたからだろうかしっかりと疲労を感じた。
俺が眠りに落ちるのもそう長い時間はかからなかった。
「これはまた、凄まじい」
「どうしたよ? 試練が決まったのか? それとも面倒になって俺を殺しに来た?」
俺が目が覚めた時、俺は横になっていなかった。
立ち、腰につけていた剣を抜き放って今まさに誰かを斬らんとする姿勢で目を覚ます。臨戦態勢だった。
ふむ、殺気か危険でも感じ取ったか?
剣を振る前に目を動かして見れば、ロルがそばにいた。
危ない、協力を頼みに来たのに攻撃しちまうところだった。
「戯け。妾は約束を違えん。あまりにも起きぬから強めに叩いただけの事」
「あっそ。すまんな、つい……手が出ちまうところだった。それで? 俺は何をすれば信用されるんだ」
「色欲の悪魔、アスモデウスの奴に勝つことが出来たら妾はお主に協力しよう。力を示せ」
ふむ、しょっぱなから分が悪い挑戦になりそうだ。
大罪の記憶2
生命に神の力を注ぎ込むと爆散してしまった。
二つの神は酷く悲しみ、その後決して力を直接生命に与える事は無かったという。
その時彼らの眼から流れ落ちた涙が動き始めた。だが、その最初の使徒は神たちのその手によって殺される事になる。




