28話 立つ鳥何を思う
出立の日。
俺は国の入口である門に立って、鬼であり憤怒の大罪人であるラオを待っていた。
目が覚めてから、見慣れ始めた俺の部屋に常にぶら下がっている眷属の蝙蝠にも、挨拶をしてこの門へ来た。
初めて見た時は仰天したものだが、随分と見慣れた大きな蝙蝠とももうお別れかと思うと少し寂しいと感じる。
その途中で街のことも見て回っていたのだが、感想としては面白いところだというものだ。
魔法という地球出身の俺には見慣れない技術によってもたらされる商品や建築はアニメや演劇というよりも美術館で異邦の技術を見ているようなワクワクを俺にもたらしてくれた。
今から暫くここを離れるというのに変かもしれないが。
そのため俺は無駄に見回り、時間をかけながらこの門についた自覚があったのだが……ラオは未だ来ていなかった。
もしかしたら彼の事情的に今日は難しかったのだろうかという考えがよぎるが、そう考えたすぐ後に彼はやってきた。
「おっと、遅れたか?」
「いや、少し待った位だ」
「それにしても驚いたぞ。こんな早くこの国から出るとはな」
「俺の体質について聞いているか?」
「睡眠時間が異常に長いってやつだろう」
「そう。俺の時間でゆっくりしてるとどれだけ先になるかわからない。それに友達が危ないっていうのもあるがな」
「怠惰ってのは聞いてる通り忙しない奴なんだな」
「俺は何も心配がない状態でゆっくり眠りたいんだ。心配事はさっさと終わらせるに限る」
合流した俺たちはそう話しながらゆっくりと歩き始めた。挨拶は済ませている。
それに先ほど彼に言った通り俺には時間がない。
長い旅になることは避けられないかもしれないが、少しでも時間が短くなるのなら、彼らのために俺は急ぎたい。それを知ってか知らずかラオも動揺することはなく、出発は緩やかに為されたのだった。
そして数歩ほど歩いたその瞬間に俺は死の気配を感じた。
虫の知らせのような嫌な予感に近い。
歩きを止めて体を硬直させる。様子のおかしい俺にラオが訝しんでいるが、説明の時間なんて無い。
「どうした?」
体の危険信号に従い後ろを向くと、ものすごい勢いで何かが飛んできている。
もし気付かずに歩き続けていたならば、俺の頭を貫かれ即死していたであろう。
それを掴み、受け止めると重さと勢いが俺の想定を超えていた。反応は間に合ったのだが、地面が持たない。
踏ん張っている足に削られている地面に魔法をかけ、硬くしてようやくそれは止まった。
「いってぇ。寝起きの運動にしては激しすぎるぞ」
「それは……杖か。何があったら杖が超速で飛んでくるんだ?」
「ペネトの仕業か」
普通こういうのって手紙でも括り付けてあるパターンじゃないのかよ。腕程の太さのある木でできた杖には手紙も何もない。
説明がまるでないぞ。
「天才ってのは説明を端折るから困る」
「くくく、良いじゃねぇか。それ、素人の俺から見ても上等に見える。師としての餞別だろうさ」
「ありがたいけどさ。死ぬぞ。死なねぇって確信があったから発射したんだろうけどさ」
確かにこの杖は薄く魔力が張っていて、それでいて緩やかな小川のような流れがあった。勿論俺は魔力を流していない。魔力を吸い取る力が強い為に空気中の魔力を吸い取ってできているものだ。
これは良い杖の証拠だと、俺は教わった。
「ありがたくもらっておくか」
そしてもう一つの特徴として、重たかった。
木でできているのが不思議なほどに恐ろしく重い杖をもらった。
ご丁寧にベルトにかける用の仕掛けが施されているが……これは重心がずれるな。剣の重さに慣れたことだし、すぐに慣れることだろう。
そのデメリットを上回るほどにこれは有用なものだ。
思いがけない重たい餞別を受け取った俺たちは改めて出発した。
「時にサイガ。その友達というのはどういう人なんだ?」
「急にどうしたよ」
「今から俺らが行くのは色欲の大罪人が作った国、ラスト。その距離は遠く、長い時間歩くことになるだろう。世間話でもしながら行くことにしようぜ」
「そうだな……暑苦しい奴らだったよ」
昔でもない最近のことを懐かしく思いながら、過去を思い出す。
もう無くなってしまったあの日常を思い出す。
「あいつらと俺が知り合ったのは確か……数年前くらいか。そんな長い付き合いって訳でも無いんだなこれが。それでも俺にはたった二人の友達だったんだよ。俺の体質上ずっと寝てるせいで人とも関わらなくて。友達なんてできるはずもなく、ずっと一人で過ごしてた」
「孤独が辛かったのか?」
「んにゃ。俺には師匠がいるんだが、そのクソ爺と過ごしてた頃があるとはいえ。俺にとっては一人が日常だったし、寝てる人間が孤独を感じるという事もないだろう? なんなら寝てるんだから静かにしてほしいくらいさ」
「それなら、何故そんなに感謝しているんだ?」
「……感謝?」
「てっきり話しかけてくれたその友達は恩人なのかと。少なくとも俺に目にはそう見えたぞ 今のお前は」
「そうか。恩人、か」
俺にとって二人は恩人……なるほど。
言葉にしてみると、何故かしっくりくる。
俺はあの状況を嫌だと思っていたのか……いや、彼らによってもたらされた騒がしい日常はすこぶる楽しかった。
決して暗い場所にいなかったとはいえ、二人が連れて行ってくれた世界は明るすぎたのか。
「二人に引きずられながら送る日々は……うるさくて、面倒で、眠たかった。だけど……確かに、楽しかったなぁ」
「いい友達だったんだな」
「良い奴らだよ。俺にはもったいないくらいには」
「そういうことなら、俺も力になろう。お前は悪い奴じゃなさそうだし、今の話で納得できた」
「納得って。死ぬかもしれんぞ」
「納得できずに死ぬよりマシさ」
思わず彼の顔を見つめるくらいにはその言葉には芯を感じた。今の言葉に何があったのか等と聞くには俺とラオの関係は薄すぎる。故に深くは聞かない。
だけど本気で彼はそう言っているのだと俺にはそう思えた。
「それに……平等教というのは気に入らん」
「何か見てきたのか?」
「そうだなぁ。俺は旅に出てから短くない時間が経った。それはそれは、いろいろな街を見てきたよ。眩しいほどに美しいものも、目を逸らしたくなるものも」
少し表情に陰りを見せ、歩きながらも彼は話をつづけた。
「あいつらの教えは知ってるか?」
「確か、停滞……だったか」
文明の停滞、それが彼らの教えだったはずだ。
今の時代という平等を受け入れる事、それが幸せだと彼らは信じている。
別に批判するつもりも俺には無かった。確かに技術は悲劇を生むというのは事実かもしれない。
極端だとは思えど、それを否定はしない。
友達の身が危ないというならば話が別だが。
「そう。確かに進歩は多くの不幸を生む。だが長すぎる停滞で救われるものはない」
「澱むってやつか?」
「それに近い。そして平等教の教えは今の不幸を受け入れるという意味でもある。飢えなくていい子供の死体を俺は決して許容できん。救うことが出来たかもしれん病で倒れた男を見逃せん」
「平等教は、死さえも許容するのか。凄いな」
「幸も不幸も、利益も不利益も、生も死も、全て平等に愛する。だからこそ進歩を拒む。そんな教えで滅んだ村を幾つも見てきた。そして……一番許せなかったのは、残された怒りを感じなかったことだ」
「残された怒りとは?」
「怒りや恨みを持ちながら……いや、少しでも不満なんかを持っているとそこに怒りが残る。俺はそれを見ることが出来る。憤怒の力だ。だが、俺はそこで少しも残された怒りを感じなかったんだ。これがどういうことかわかるか?」
「少しも不満を持たずに死んでいった。そんなことあるのか? 死というものに直面した人間が何も不満を持たないという事が」
飢えて死ぬ瞬間に何も恨まずに死ぬというのは信じられない。高僧のようなことがあり得るのだろうか。
「信心の力なのか……それとも彼らの力なのか。俺にはわからん。だがあんな風に死ぬことが正しかった事なんて思わん。飢えて死ぬ子が、運命を受け入れる事なぞ。だから俺は平等教が気に入らない。と言っても、だからと言って何かしていた訳でも無いんだが。平等教と対立しているらしいルシファーの国に行ったのは何か出来ないかって思ってたんだ」
「そりゃ悪いことしたな。来て早々旅に出るようなことになっちまって」
ラオの服は少しばかり文化の違うようなものに見えた。
それに長い間旅をしていたという言葉から彼は決して近くない場所から来ているという事だろう。
ようやくあの国に辿り着いたのだというのに今度は俺の旅について行けと言うのだから。
「いんや、別に魔術に興味はない。ルシファーの話を聞いてみたかったというのと、平等教連中の対策を聞きたかっただけだからな。それに、言っただろう? 何か出来ることが無いかって思ってたんだ。それがお前の手伝いだってんなら目的は達成してるんだよ」
「そりゃあ俺はあいつらのことをつぶそうとしてっからなぁ」
「ま、大罪人の中であいつらのことを好いている奴のほうが特異だよ。在り方が相容れないんだから」
確かに、大罪人とはこの世界の社会が進歩するために作られたモノだ。
それに選ばれた俺らが停滞を掲げる平等教とそりが合う筈もない。
平等教、俺が彼らのことを敵視するようになったのはまず活動していた街を滅ぼされたこと、そして友達をさらわれたこと。
それがきっかけだったんだが、結局のところいつか敵対する運命だったのかもな。
「ん……話してたら日が暮れ始めたな。野営の準備をしようか」
話ながら歩いていたが、もう日が傾いてきていた。
太陽がオレンジになり、空が紫色に沈んできている。話に夢中になっていて気付かなかったが、そう思うと眠気が肩に手を置いて俺を地面に倒れ込ませようとしているのを感じた。
「早めに準備してもらうのは助かる。あんまり遅くなると眠気が酷くて酷くて、途中で寝ちまうだろうからな」
「ま、もしもの時も旅の経験が長い俺に任せろ」
「助かる」
「ま、意識がはっきりしてるなら手伝ってもらおうか」
「わかってるよ。そこまで図々しくないわ」
長く旅したその経験は伊達ではないのだろう。
準備はスムーズに進み、彼が俺にする指示も的確なものだった。
完全に日が暮れる前に準備は終わり、俺の瞼はまだ開いていた。そして俺たちはかがり火の前で腰を落ち着けている。
パチパチと燃えている火が絶妙に俺の眠気を煽っている。良く眠れそうだ。
旅に出て初めての夜は何のトラブルも起こらず穏やかに始まった。
ラオは夕食を食べて寝るそうだが、俺はもはや限界だったので先に寝ることにした。彼に礼を言って目を閉じる。自然の穏やかな音が心地よい。
久しぶりの野宿。
深く暖かな泥に沈み込むような深い眠り、それには至らない浅い眠りである事をうっすらと自覚した。硬い地面の上というのもあるが、流石に外であるというのが完全に深く眠ることが出来ない理由でもあった。
今敵意や殺意を感じれば俺の体は動くだろう。
深い眠りの周期が来るかもしれないが、この浅い眠りにも慣れておいた方が良いだろう。
何はともあれ、旅の初めの一日はこうして終わった。
サイガの杖
魔術師の天才であるペネトが作り出した杖。
魔力の吸い付きや伝導性は一級品で、一般的な魔術師が渇望する一品。
ひたすらに重く、手に馴染まない。




