24話 車輪が回る
「さて、前回は魔術文字の持つ性質について教えたけど、今日はそれの応用をしようか。宿題としてそれぞれの性質は覚えてもらったけど、魔術文字は複合することもできる。宿題の確認がてら……ん?」
「どうしました?」
ペネトは講義を始めようとして、何かに気付いたのか講義を止めた。
そして手を地面につけ、そのまま固まっている。俺には何もわからないが、彼女は何かに気がついたのだろう。じっと何処かを見つめている。
何回か俺は彼女の講義を受けていたがこのような事は初めてだった。
つまり、何が言いたいかというと、異常だという事だ。
「なにか、来たね。恐らく侵入者だ。ダンが戦ってる」
「ペネトも……行った方が良いのでは?」
「だね。君は行かない方が良いと思うんだけど……僕の忠告を聞くかい?」
「聞くと思いますか」
「男の子だね。責任は取らないよ。勝手についてくるといい」
ペネトはそういうと走り出した。
ダンの強さというのは知っている。あの人が負けるというのはいまいち予想できないくらいには。だがそれを俺よりもよく知っている筈のペネトが走っているというのはそれほど緊急事態なのだろう。
胸騒ぎはしない。だが時が迫ってきているのだと何故かそう感じていた。
気持ちの悪い感覚だった。
「ちぃっ……相性が悪い。ペネトはまだか」
外に出て、戦闘の音がする場所にたどり着くと、そこには意外にも苦戦している様子のダンがいた。
だが侵入者の撃退というにはその戦いは奇妙だった。ダンが撃退をしているはずなのに、どちらかというと彼が襲撃をしているようで、相手は破壊も殺人もせずただ町を練り歩いているだけなのだ。
「遅れてすまないね。状況は?」
「いつもの布教に見えるが……妙だ。忍耐に慈悲、救恤と枢機卿が三人も来てやがる。それに加えて教皇もいるんだからな」
「最悪だね。あの馬車は?」
「知らん。教皇がそばから離れねぇって事は重要なもんなんだろ。……おい、何でサイガがいる」
「講義の最中でね。待機を命令しても素直に聞くならそれでも良かったんだけど。ほら、男の子ってそうはいかないものだろう?」
馬車を中心に町を歩いている男たちの中に一人、見覚えのある女がいた。
そしてペネトが出す魔術を男がすべて老人が盾で防いだ。ダンの剣術すらも防いでいた翁はその体に傷を負ってすらいない。
ダンと戦っていたであろうに、だ。
白い布で飾られ中が見ることが出来ない馬車の横に白い服を身にまとい三人に指示を出す男がいた。
平等……教。
偏ることのない天秤を表すT字を掲げたその人間たちは、間違いなく俺の友人たちをさらった奴らだ。
「飛び出すなよ。サイガ」
「わかってます。ダンさんが攻めきれないやつらに俺が敵う筈もない」
「ならいい。奴らたまに人を拐いやがる。お前は他の人間に被害が出ないように立ち回れ」
「はい」
「ダン、忍耐は僕が相手しよう」
「ああ。心折るなよ」
「舐めるなよ。三日三晩は戦い続けてあげるさ」
そう言うと二人は散開した。
そしてペネトは盾を持った老人に幾つもの魔法をぶつけ始めた。
だが彼は少しもたじろぐことも無く彼女のことを見据えていた。
老人はしわだらけの顔に長く、白い髪を結んだ束を揺らしながら全ての魔法を鎧や盾で受けきっている。岩や水をぶつけ続けるとどうしても足を止めざるを得ない。
ペネトはどうやらダメージを与えることを諦め、足止めを重視する事にしたようだ。
「よう、貴族崩れ。相変わらず趣味の悪い布教してんのか」
「善良なる考えにしてさしあげているというのになんという言い草を」
ダンは人々の頭に手を当てていた男に斬りかかった。だが男はその剣を弾き、ダンに掌を向けると彼は後ろに吹き飛ばされた。
恐ろしい男だ。太陽のように黄色い髪にはつらつとした目、平等教関係なく苦手なタイプだ。きっと自分のしている事が正しい事だと疑わないような自分への妄信を感じる。
「どういたしました? 惚けていらっしゃいますが、今度こそ私の慈悲を受け入れてくれるのでしょうか」
「残念ながら死ぬわけにもいかなくてな。ちょっと状況を確認してただけだよ。クンシラ」
「覚えていただいたのですね、感謝します。そう言わずにどうぞ、死を受け入れてください」
周りの人間の避難や、保護をしよう動き出そうとした俺は斬りかかられた、というよりは視界に見えた一振りから逃げた。地面も建物も斬れていないが、その直線状にいたら斬られていたと確信できる。
平等教枢機卿、慈悲。クンシラ。
確かに俺はこの女の首を刎ねたはずだった。だが目の前に剣を持ち、微笑みかけているクンシラは存在している。
今俺の首を刎ねて殺されることが何よりの俺の幸福と信じて疑わない女は目の前に居る。
「サイガ、大丈夫か」
「いけませんね。よそ見しながら勝てるほど信者たちの希望たる私は弱くはありませんよ」
「くそっ……! 死ぬなよサイガ!」
ダンは俺がクンシラに襲われているのを見て声をかけようとしたが、男に妨げられた。
余裕がなさそうだ。援護は良いから自分に集中してくれ、と言いたいところだが俺もクンシラから目を離すことが出来ない。
ペネトもいくら魔術をぶつけても効いてるのかわからない爺さんの相手で手いっぱいで、こちらを援護する余裕はなさそうだ。
つまりそれは目の前のクンシラは俺が相手しなければならない、という事。
「貴方を救います。私が授かった慈悲の名に懸けて」
「生憎しつこいのは嫌いでね」
「死になさい」
縦振り二回、横ぶり一回。間合いはとても足りてないが、彼女の攻撃に届かないという概念はない。
それが飛んでくる。後ろに人がいないことを確認して俺は横に転がり回避をする。敵の敷地なのだから建物も斬れば良いというのにご丁寧に建物には少しも傷はついていなかった。俺を殺す為だけの攻撃という事だろう。
相変わらず面倒な能力をしてやがる。
質が悪いのがロングレンジすぎて後ろに人がいないかと確認しなきゃいけないことだ。といっても受け止める事は出来ない。例え後ろに人がいて、しまったと思ったところで庇う事は出来ない。だからこそ気を付けなきゃならんのだが。
「眠れ、怠惰。属性付与怠惰」
「刻んで刻んで、殺してあげましょう。今度は蘇ろうという気も起きないほどに」
「こっちの台詞だ」
あちらの能力を知っている。だがそれは彼女も同じことで、怠惰という権限の性質を彼女は知っている。
前回と違うのは俺の剣術は向上しているという事。
俺とクンシラは拮抗していたが、少しずつ俺は彼女を押し始めた。
「どうした? ネタ切れか」
「当たら、ない……!」
前より戦いに慣れた俺はクンシラがどう斬ろうとしているのか、それが分かるようになっていた。たとえ不可視の斬撃と言えど剣を振り、そして殺そうという意思があるのだから読めるのだ。
「切り刻んでやッ……あぁ!?」
距離を詰め、踏み込んで斬ろうとした瞬間泥に沈むように足をとられた。
地面の確認は怠っていない。斬撃と後ろを確認しながら動いていたとしても足元は確実に確認している。そんな柔らかい地面ではなかったはずだ。
見ていた……はず、なのだが。だというのにもかかわらず、俺の足は沈み込み体を硬直させた。階段を踏み外したような虚が体を一瞬通り抜けるような隙。
クソッ小細工を……悪態を言葉に出す余裕もない。
「ふざっ……けんな!」
「ふふふ。絶体絶命、ですか?」
彼女は俺との距離を詰め、足を払われた。攻撃を避けさせないように、そして俺の反応が遅れるように。剣と蹴りでは、どうしても蹴りの方が反応が遅れた。
その結果避ける事は出来ずに姿勢を崩し、俺は倒された。
姿勢を直す暇もなく、クンシラは剣を振り下ろしてきた。
馬乗りになられた俺は、剣を避ける事は出来ない。
「反射神経がよろしいことで……!」
「テメェみたいなのと戦ったんでなぁ……!」
咄嗟に剣に怠惰の魔力を纏わせて防いだ。彼女の剣には慈悲の力が宿っている。本当なら止められるものではないのだが、怠惰の魔力には怠けさせる力、つまりら一時的に詰める力が備わっている為止めることは出来た。
だが止めるだけだ。こうしている今にもゴリゴリと魔力を使わされているのを感じる。
押し込まれる度にごっそりと魔力を消費している。
「く……そがぁッ」
「いくら叫ぼうとこの刃はすぐに貴方を両断します」
それは事実だ。今俺の魔力は慈悲の力を無力化するのにつかわれている。魔力が切れれば俺の剣は簡単に斬れてしまうだろう。そして男と女という生物的な差があるのにも関わらず、俺は彼女を押し返すことが出来ない。
力が、足りない。
「サイガ!」
ダンが俺のことを見ていたのか叫ぶ。
だが何も出来ていないのを見るに邪魔されているのだろう。
ちらりと見ると案の定邪魔されている。
「クソ……しょうがねぇ!」
ダンは男を蹴り飛ばし、一瞬の隙を作るとそのまま剣を掌に突き刺した。
義手である左手に剣が突き刺さり、根本まで手のひらを到達させるとそのまま一気に引き抜いた。
すると剣は光を纏っていた。眩しいほどの光。あれは、魔力の光だ。
「サイガ、動くな」
そう言うと光り輝く剣を彼は振るった。それの直線状にはクンシラの頸がある。
光が飛び、それを両断するかと思われた。だが、その間に一人の老人が入ってきた。
建物が斬れ、瓦礫が落ちることによって土埃がたつ。だがクンシラは斬られていない。今にも俺の首を斬ろうと力を入れている。
老人は間に入って、そして斬られていなかった。老人が防いだのか。
「忍耐ぃ……!!」
「あの子娘一人で儂を抑えられると思うたか。お主が救恤から隙を作ったのと同じように儂も隙を作れるのよ」
ペネトのほうを見ると杖で立ち、冷や汗をかいている。すぐに魔術を展開するが、ダンの攻撃は防がれてしまった。
きっとペネトはダンがそうしたように一瞬の隙を作らされたのだろう。
ダンは才賀に剣が迫るのを見て、深い絶望を感じていた。
高速に巡る思考が時間を引き延ばし、数分にも数時間にも思える刹那の後、彼は一つの答えを得た。
それは才賀を助けるというのは無理だという残酷な現実だった。
勿論ダンにとって才賀は大事な人間ではない。生徒であり、友人だったが彼がかつて失った家族と同一視できるほど大切な人間ではなかった。
だが、彼にとって目の前で命が失う事は何よりも嫌だった。
ただ、それだけだった。
「サイガ、堪えて! もうすぐルシファーが来る」
「いや」
昏い絶望の中ダンは光を見つける。その光は才あるものが歩み続け、いつかたどり着けるかもしれない境地……の欠片であった。
不完全なれど、指をかけた。それでダンには十分だった。
ダンは再度左手に剣を突き刺した。だが義手に刻まれた術式に魔力を充填していない。
だというのに義手は、剣は輝きを帯び始める。義手から引き抜いた瞬間、太陽のような光が漏れ出した。輝くソレは、強い光だというのに目を焼くことが無い優しい光だった。
忍耐と呼ばれていた老人が才賀を斬らんと夢中になっているクンシラを蹴り飛ばす。
ダンは剣を振り上げ、そして振り下ろした。
たった一振り、だがその一振りは世界を変えた。
老人の盾が、腕が宙を舞い、建物は崩れ、雲は霧散する。
その一振りを受けて耐えうる物質は存在せず、全ては線に従うように斬れていく。
だがその一振りを終えたダンはゆっくりと剣を落とした。
彼がその生涯の内で剣を落としたのはコレで二回目の事だった。
「ペネト、後は頼んだ」
そう言い終えると、ダンは糸が切れたように倒れる。
「ダン!」
クンシラの拘束から解放された俺はダンに駆け寄った。
身体に奇妙なヒビが入り、倒れ伏している彼の息は浅くなっていく。
「な、何を……何をしたんだ」
「分からない。でもあの輝きは……魂?」
ペネトが俺のつぶやきにそう答えた。
だがその言葉は俺には理解できない。
「どういうことだ」
「魔力が魂の滓だといっただろう。理論上魂も使う事は出来る」
「そんな」
俺が拘束されたせいで。そんな罪悪が心に突き刺さる。
ダンがこうなったのは全てを俺の責任だ。俺の失態だ。
「サイガ、余計な事を考えるなよ。ダンがこれをやったのはアイツを呼ぶためでもあるんだから」
「それは、私の事かな」
ルシファーが舞い降りた。白く輝く翼と黒く吸い込まれるような翼が、強い風を巻き起こしている。
傲慢の悪魔、生命への試練の監督者。彼はそれ相応の功績が無ければ自分の国を防衛することも出来ない。つまり、ダンのこの攻撃はルシファーがこの戦いに干渉するに値するモノという事なのだろう。
「すまない。遅くなった」
「ホントだよ」
忍耐の老人は左肩を抑え、クンシラはこちらを微笑みながら見ている。
馬車の近くの男は変わった様子も無くこちらを見ていた。
「私は、試練を課す存在。能動的に動くものじゃあない。そう、宿命づけられている。だが、ここは私の国だ。出てこないとでも思っていたのかい。教皇」
「やあ、傲慢の悪魔ルシファー。ちょっと君を紹介したくてね。主の敵として」
「ダンは生命として一つの境地に辿り着いた。今、私は枢機卿くらいなら殺せるよ?」
「大義の為ならば。それだけだ。そして僕たちは君を引き摺り出せたから目的を達成したという事だ」
「楽に帰れると思っているのかい」
「君が試験官なら」
ルシファーの背中に生える翼が大きく広げられる。
四対の翼はそれぞれ白と黒で、色を除けばシンメトリーであり、相反する色を持ちながらも調和している。
「ダンの為した事は君らが此処に辿り着いた事を差し引いても私が本気を出すに足りるだろうさ」
「だからこそ私が此処に居るんだよ。ルシファー、君以外を相手取るなら枢機卿で事足りるんだから」
教皇と呼ばれた彼は馬車の窓にかかっているカーテンを開けた。
そこには二人の男女がいて、とても、とても怯えた顔でルシファーを見ていた。
だが、その二人に俺は見覚えがあって、俺は。俺は
「立夏……零摩……?」
「異世界人……教皇、お前」
「はは、素が出てるよ。さて二人とも、理解したかな? 悪魔たちの恐ろしさを」
「立夏! 零摩!」
二人に俺の声は届いている、だって俺の顔を見ているんだから。
だが怯えた顔を崩さない。まるで俺の顔がわからないように。初めて会ったというのに名前を呼ばれたから困惑しているように。
俺の事を不審者を見るかのような目で、見ている。
「調べたんだろう。君たちの記憶にないんだろう? 答えは出ているじゃないか」
教皇はそう言った。俺のことを見ながら、二人にそう言った。俺の友達に。俺のたった二人の友達にそう言った。
つまり教皇は彼らに何かをやっているという事で、彼らを何かしらに利用しようとしているという事で。
彼らは俺の事を認識できないという事がその証拠で。
「平等教、教皇」
「そう、僕は教皇。僕の名前に意味はないから教皇と呼んでくれたまえ。君は……罪の匂いがするな。怠惰か」
「お前を」
脳髄がぐつぐつと沸騰する。目の中にある血管がちぎれそうだ。
今すぐ走り出したい。今すぐあの男の頭を千切り、蹴鞠にでもしたい。
剣を握りしめる。
「待て、サイガ!」
「殺す」
「駄目だよ。君の剣じゃ僕の皮膚は貫けないはずだ。だろう?」
教皇は全く俺の事を気にもしなかった。剣を振りかぶり、襲いかかってきているというのに手を広げ、ただ俺の事を見ている。
俺の剣が教皇の頸に触れるが、カケラも斬ることがない。食いこまない。
のこぎりのように乱暴に刃をこすりつけるが、少しも進まない。
なんで。
なんで斬れない。
「戻ってきなさい、サイガ!」
ルシファーの翼が俺へと延びるが、クンシラや忍耐の爺さんが防いだ。
教皇が俺の頸を掴み、持ち上げる。首が絞められ、息が出来ない間も、ギコギコと剣を動かすけれど一ミリも刃が入らない。
足がつかなくなり、ぷらぷらと探すように揺れる。
例え足が付かなくたって斬れる。斬れろ。
お願いだから。
「大罪人は殺せるうちにってね。君たちは虫のように何処からか湧いてくるんだから」
首が閉まり、血液が止まる。気道もふさがっており、声で魔術を使う事も出来ない。
少しずつ俺の思考が、血が、足りなくて。はやくなって、おそくなる。
のうのなかのもじが、きえていく。
ドン、と聞こえる。
化物が叩いている。
ドン、と聞こえた。
扉を叩いている。
ドン、と叩いている。
扉に穴が開き、中が見える。
何が見える?
俺が、見ている。
魔術
この世界に横たわる人造の法則。
狂人が夢見た理想の果て。
だが、その世界を待ち望んでいた張本人はもはやこの世界のどこにも存在しない。その爛々と輝く眼にソレが映らなかった事を狂人は惜しいと思うだろうか。




