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勇者はまた眠る  作者: KURA


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22話 鏡だけが知っている

「おえ」


せりあがってきた胃液が喉を焼く感覚で、夢心地が裂かれるように現実が露出した。

気持ち悪さと脳がかき乱されたような動揺だけが俺を支配している。

胃の中に食べ物が入っているわけでもないのに、ゲロゲロと吐いていると後ろから話しかけられた。


「大丈夫……かい? 水でも持ってこようか」

「ブライか。……いや、いい。ちょっと落ち着いたから。それより今日は珍しいな。なんかあったか?」

「君の様子のおかしさに勝るものはないと思うけど……昨日君地下で倒れてたからね。眷属に運ばせはしたけど、一応様子を見に来たら……という訳さ」


あぁ、そうか。吐いていて分からなかったが、ここは俺の部屋か。

俺は瞑想の途中に気を失ってしまったらしい。


「すまん。心配かけた」

「それに連日起きるなんていつもと違うし。ほんとに大丈夫なのかい」

「ちょっとな。……昔を思い出しただけだ」


きっとあれは昔の事だろう。


「それは聞かない方が良い?」

「話してやりたいんだが俺にもさっぱり分からなくてなぁ。悪夢みたいなものさ」

「そうかい。でも今日講義を受けるのは休んだ方が良い。顔色が酷いことになってる」

「あぁ、そうする。たった一日しか寝れてなくて倒れちまいそうだからな、これから寝るよ」

「それがいい。起きて水が欲しかったら眷属に言うと良い」

「ありがとう」


そういうとブライは部屋から出ていった。きっと俺が一人になりたいと思っていたのを感じて、出て行ってくれたのだろう。その証拠に眷属の姿も部屋になかった。頭から足先が俺の肘から先まである蝙蝠が部屋に潜めるはずもない。


申し訳ないな。心配させてしまった。

部屋に置いてある鏡で自分の顔を見ると、確かにそれはそれはひどいものだった。

涙の痕とめどなく流れていたことを示しており、血の気は引ききっていて湿気た土のような色になっている。


「なんだあの記憶は。なぜ俺は、餓鬼の頃の俺は、何で泣いてたんだ」


鏡に写る俺にそう問いかけるが、答えがあるはずもない。



ベッドに体を放り出しながら俺は考えていた。あの記憶は一体何時なのだろうか、と。

俺が見た俺の体は、幼かった。

それも爺に教えられるよりも、前のようだ。


あれより前に何かあったか、と言われると昔に遡れば遡るほどに記憶はあいまいになる。

例え穴あきだとしても断片があれば予想は出来る。だがぼやけた視界ではそれを確認することが出来ない。


「アバドン」


いくら考えても答えは出なかった。

だから何もかもを知っていそうなやつに聞いてみることにした。


「はいはい。なんでしょう」

「なんだ……それは」

「ビデオ通話というやつですよ。おやりになられたことは無いのです?」

「通話して二秒後には寝ちまう奴にかける奴がいると思うか?」


アバドンを呼ぶと俺の目の前にウィンドウが開いた。その四角の画面にアバドンが映っている。

相変わらずよくわからないやつだ。明らかに目の前の存在は俺がこの世界で今まで会ってきたどんな存在とも違う何かだ。知りすぎているし、実態が全く分からない。


「どうせ見てたんだろう? 質問に答えてはくれるのか」

「えぇまぁ。見ていましたとも。所で話は変わるのですが、私ネタバレって嫌いなんですよね。わざわざ見ないようにしているのに教えられるなんて」

「変わってねぇよ。だから、嫌だと?」

「ええ。されて厭な事を自分がする道理はありません。ですが、ヒントは教えて差し上げましょう。読者の私でも全く真相に迫らない主人公を見るよりはそちらの方が面白そうなので」

「そうか」

「そう睨まないでくださいよ」


睨まずにいられるか。

答えがそこにあるのに、渡してくれないんだ。恨まれるには十分な理由だろうて。


「傍観者であった私を引き摺り出したのは貴方でしょう」

「まぁ……それもそうか。助かるよ」

「貴方の思い出せない記憶の封印は決して悪意を持って為されたものではありません。貴方の師匠と戦って感じませんでした?」

「お前はどこまで……いや、いい。ヒントでも助けになった」

「それでは、あなたの物語がもっと面白くなることを祈っております」


そういうとアバドンを映していたウィンドウは消えた。魔力の残滓もなさそうで、恐らく視界に張り付けていたのだろう。つまりこの部屋に他の誰かがいればたった一人で話し続ける男になっていたという訳だ。助けになっているのは間違いないのだが文句くらいは今度言ってもいい気がしてきたな。


相変わらず気味の悪い奴だ。何もかもを知っていそうな顔をしておきながら期待しかない顔で俺を見る。

傍観者。胡散臭いアイツではあるが、その言葉が似合っていた。



「サイガ、起きてる?」

「なんだ……ベルフェゴールか。ノックしないもんだからびっくりしちまったよ」


俺はあれから寝ずにベッドに寝転びながら天井を見ながら考え事をしていた。そこにいきなり話しかけられたものだから思わず剣を握ってしまった。

抜き放っていた剣を鞘に収める。


そして珍しく俺の部屋に訪れたベルフェゴールを扉を開けて招き、話を聞く。


「昨日、何かあったんだって?」

「おいおい、噂が流れるのは一瞬だな。大丈夫だよ、嫌なこと思い出しただけだ」

「それだけには、見えないけど?」

「なんだって?」

「魔力が変質してる……もしかしたらサイガじゃないかと思うくらいには」

「今ここで怠惰魔法を使って見せようか。俺は変わりなく才賀だよ。……待て、魔力が変質しているだって?」


ペネトから習った情報には魔力にも性質がある。魂は千差万別であり、それから出でる魔力も人によって少しずつ違っている。

俺の魔力は黒だった。魔力の偏りがないとそうなるのだと言われた。


それが変わっていると? 変わるはずがないモノが?

勿論俺は國崎才賀だ。記憶は睡眠以外地続きで、今でも平等教に浚われた友人二人の事が心配で心配で、寝よう目を瞑ると胸がチクチクと気にかかるくらいには。

正真正銘怠惰の罪を背負う大罪人の才賀である。


「黒以外になっていると?」

「黒くはあるんだよ。でも真っ黒というよりは夜空みたいに少しだけ色があるというか」

「えぇ……こわ……知らん……」


ブライは気を使って黙っていてくれたのだろうか。

そう考えるとほんと申し訳なくなってくるな。


そして本題は俺の魔力が得体のしれない宇宙色に変わってしまったことだ。

俺に自覚症状はない。魔法を使ってみると変わるのかもしれないが、今は自室だ。

どこぞの中二病のように体の何処かがうずくという事もない。

本当に魔力が変質したのみ……らしい。


「その様子だとあんたも知らなかったみたいね」

「おう。全く知らん。一応聞いておくがベルフェゴール、あんたの生きてきた長い生の中でこの魔力を見たことは?」

「ない。初めて見た。大丈夫なの? それ。鏡も斬られてるし、てっきり暴れてるのかと思ったよ」


鏡が斜めに切断されている。

全く気が付かなかった。朝見た時は、壊れていなかった筈だ。


「あ? ……なんじゃこりゃ。今さっきまでこうじゃなかったぞ」

「話せるようだから大丈夫だろうけど、あんまり壊すなよ。ルシファーに怒られる」

「だろうな。今度会ったら謝っておいてくれ。あんたの方が会う機会多いだろ」

「ま、いいよ。じゃあ私は帰るよ。君も大丈夫そうだから」

「そういえば、今度時間作ってくれ。怠惰の魔法をうまく使えるようになっておきたい」

「んー……ま、いいよ。戦いは得意じゃないけど使い方くらいは教えられるだろう」


俺のお願いを快諾してベルフェゴールは出て行った。

俺の事を心配していたのと、半分どうなってるのか監視目的で来てたな。まぁ、異世界人というのもあって警戒していたのだろう。

別に問い詰めるつもりもないし、警戒されてたとしても思うこともない。



俺が斬ったであろう鏡を見る。確かに斬られている。よく見ると、鏡は斬られているのに未だ残っている下の部分は割れていない。切断したというのに全くの衝撃がなかったように。

そして一目でわかった。


「なんじゃこりゃ。俺より上手いじゃねぇか」






















斬られた鏡


何の変哲もない鏡、だったもの。

斬られているというのに、其処には全くの罅が存在しない。斜めに切断され、落ちた割れた上半分と依然輝く下半分。

その輝きに曇りは無いために、奇妙な形の鏡として付けなくもないであろうが。

鏡は、ただ目の前を映し返す事しかしない。

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