20話 扉
「俺のことを呼んだってことは、魔術について最低限学んだんだろうな」
「まぁ、一応?」
数回ほどペネトの講義を受け、魔術についてほんの少しだけ学ぶことが出来た。そして俺はダンに講義をお願いした。
木剣を持った彼は地下に来るなりそう言った。
魔術を使う剣士である彼は教えるのが得意でない、らしい。
だから最低条件が魔術の習得であると言われていたのだ。
「最近の講義は座学ばっかりで、それを全て完全に覚えているかというと首を振るしかないけど」
「いい。どうせそんなの咄嗟に使えん。アイツの講義を受けれてるって事は、ある程度の課題はクリア出来てるって事だ。一朝一夕で全て修められるってんならこの学園の意味がない」
木剣を持った彼はそのまま構えた。体を強張らせる構えというよりは脱力した、自然に近い姿勢だ。
彼は手の部分しか防具をつけていない。
「その得物でいい。……それと魔術や魔法を使おうとも考えるな。付け焼刃を無理やり使おうとすれば濁る。まずはお前の技術を俺に見せてみろ」
この言葉に対して舐めやがって、とでも言えれば良かったのだが。
恐らく物語のキャラクターならそう言っていそうだと思った。
そしてそう言って負けるのだろう。少なくとも俺は目の前の剣士に勝つヴィジョンが見えなかった。
額から一粒の冷や汗がゆっくりと垂れていく。剣を抜き、どう動こうかと考える時間もワイヤーが悲鳴を上げるような緊張感が俺を襲っていた。
俺は彼の姿に爺を見た。いや、爺はもっと凄かったかもしれない。
だが似たようなものだ。子供の眼には大人も大男も同じように巨大に見える。
なんといえばいいのだろう。
相手の目の輝きに己の死体が映っているとでもいえばいいのだろうか。
俺は爺に鍛えられたが、それも幼い頃のみでもうほぼ忘れてしまっている。
達人というほど鍛えてもいない。だが素人というほどわからないという事でもない。
だからそんな俺は彼に圧されていた。
今から斬りかかろうとしているのに、首にギロチンの刃が迫ってきているような心地だ。
「どうした?」
「……はッ!」
猿叫、のようなもの。タールのように固まった息を、無理やり喉から射出した鳴き声に近いもの。だが出てしまえば、動くものだ。続いて叫びが喉から響いた。
恐怖によって固まってしまった体を叫びによって動かす。見る人が見れば怒るような拙いものだったが、それでも叫びによって力は増幅されている。
だがそれを彼は難なく受け止めた。
「ほう、珍しい剣術だ。叫びによって力を引き出しているのか。だが、それで終わりか?」
「いんや。緊張を解く為にやっただけっす、よ!」
横に、そして刀のような引き斬りのように振りぬいた。
そのように作られた剣でないため若干無理な動きになったが仕方ない。最近体を伸ばしていたおかげか、少々無理な動きをしても筋肉は傷めなかった。
少しは圧されるかと思ったがダンは少しも姿勢を崩さずに俺を見ていた。
彼に切りかかるがソレもいなされる。
だがそれは簡単に予想できる。
そのまま連撃を続けるが、有効打は起こらない。
「ふむ、少しやっていたな?」
「あんたよりも怖い鬼みたいな人に教えられました……よ」
「ほう……すごいな。俺のような人間にはあったことが無いが、上を見るときりがないとは本当の事だったか」
「俺から言わせてもらうとどっちもどっちだけどな!」
会話しながら平然と俺の攻撃をいなすのどうかと思う。一撃一撃はそんな軽いものじゃないはずだ。なのに子供のじゃれつきのように対応されている。
それに何回も剣を叩きつけているというのに彼の木剣は斬れない。
なんとなくの感覚だが、斬ろうという瞬間にずらされている。
斬れないように木剣でいなしながら、そして同じところで受けないようにもしているな、これは。
恐らく力で折ることも難しいだろう。
「ここからは俺も攻めるぞ。少しばかり剣に魔力を込めて強化した。そちらも強化しなけりゃ折れるぞ。大事な剣だろう?」
「はは、上等」
体を起こすのにちょうどいいや。
昔ほど体が動かなくて不便に思っていたところだったんだよ。
彼の一撃は的確、そして最適。ただし重くないのが手加減の証拠だった。
気分は後だしじゃんけんをされているようだ。
どう頑張ろうとも、最適解を返されているような感覚。俺の戦い方は日本にいる偏屈な爺さんから教えてもらったものだ、つまり知らない動きの筈なのに最適解を返している。
これで手加減をしているのだから本気を出せばすぐに、剣を飛ばされているだろう。
だがこのまま詰将棋のように追い詰められて死ぬなどは癪だ。
それは爺に、師匠に顔向けできん。
「ならこれはどうだい」
「む……また珍しい」
ベルトについている鞘を引き抜き、そのまま棒として使う。
鞘が痛むからやりたくないことではあるが、それだけだ。
斬れやしないが、どうせ剣を使っても届かないのだから同じ話だ。
二刀流ではないが、使えるものが増えたのなら選択肢が増える。
「器用だな。羨ましい」
「師匠が信じられないくらい器用でね。それに、勝てば良いってのがうちの家訓なのさ」
あんまり覚えてないが。
だが体が覚えている。鞘を持った疑似的な二刀流だとしても俺の体は問題なく動く。
少しは奇抜な戦術で面食らったか? ほんの少しだけだが対応に綻びが出来た、気がする。
「大体わかった。ちょっと本気で動くぞ」
「は、やってやん」
目の前に剣先があった。目の前に、死があった。
恐らくダンがこのまま力を入れればこの木剣は俺の眼球に突き刺さり、頭蓋骨の薄い所を砕き、脳へと到達する。
つまり、俺は死に至る。
「参ったよ。ここまで勝てる気がしないとは思わなかった」
「驚いた。……無意識か、それとも訳アリか?」
そう言って俺の視界を埋めていた剣先をダンが退かすと、彼の喉元に剣が刺さらんとしていた。ダンが手で止めていたが。
だが、片手である都合上、これ以上木剣を前に突き刺そうとすれば喉元に俺の剣が刺さっていただろう。
コレが本当の勝負だったのなら引き分けと言ったところか?
……なぜだ? はっきり言って俺は彼の動きについていけなかった。断言してもいい。
なのに俺の体は反応していた。先ほど俺は体は覚えているはずだとは思ったが、確信を持って言える。
全盛期の俺でも彼の動きには反応できなかった。爺の修行を受けなくなった当日の俺でも決してコレは出来ない。
あまりにも不可解な動きを己の体がしたのだから、恐怖が湧き出てきた。俺は、何なんだ?
「まぁいい。ほんの少し座学をしよう」
人の動揺をまぁいいで流さないで欲しい。
「お前。戦おうって時、他の思考を殺してるだろ?」
「殺せてるかはわかりませんが。意識はしてます」
「お前みたいなタイプはごちゃごちゃとしない方が良い。それこそ戦いながら色々するってよりかは戦う前に準備するほうがいい」
「そうだとは、思う」
武器なんかは割と俺の体に染みついているから無意識にでも振るう事は出来る。だが、魔法を新たにやろうとしているのだ。臨機応変に扱うのは難しいのではないか。
「俺もごちゃごちゃやるのは好きじゃない。その点で言えば、残念ながら俺はお前の教師として合っていただろうよ」
「それは……仕事が増えるから?」
「ご名答。気が合うな。それとも斬り合って通じたか?」
「そっちは?」
「はっ、ちっともわからん。サイガ、俺にはお前の違和感なぞ少しも分からん。……が、感じたというなら忘れはするなよ」
俺はうんとも、いいえとも言えなかった。
確かに微かな違和感は感じている。だが、それが本当に今考えるべきものなのか。
「じゃあな。どうやってお前を鍛えるか考えといてやる。悪いが、教えるのは苦手なんでな。時間をくれ」
そういって彼は地下から出ていった。
階段を上がる靴の音が響いてくる。
……潮時か。
確かに俺は違和感を感じていた。
だが俺は何か嫌な予感がしていた。どうにも見たくないと己の魂が叫ぶ何か。
禁忌。禁じ、忌むべきもの。
けれどダンに言われ今覚悟をした。
師匠とは言わないが一度切り結び、信用に足ると思った男がそう言ったのだ。
そしていつかこれを解決させなければならないと勘がささやいていたのも事実であった。
「恐らく鍵は俺の記憶。何が抜け落ちているかはわからない。探せるようなものでもない。だが、結局は俺の中にあるものだ」
誰に聞かせるわけでもなくそう口に出す。
俺は地下で胡坐をかき、静かに目を閉じた。
地下は静かだ。ゆっくりと視覚という大きな情報源を失った俺の脳は聴覚を鋭敏にしていく。
血管を血液が駆けていくのが聞こえた。そして動かすことを止めた体は心臓の鼓動、そして血管の脈動によって微かに動かされている。
それをゆっくりと咀嚼し、聞こえている音をゆっくりと思考から除いていく。すると次第に何も聞こえなくなっていく。
体が空間に溶けていく。
思考が抜け落ちて。
無意識と意識との境界線が滲んでいく。
睡眠のような緩やかな意識の失い方ではない。
気絶のように滑り落ちるものでもない。
扉を開けて、歩いていくように俺は心象世界に近づいていく。
何も感じない、いわば俺という生命体しかいないところ。
そこで俺は静かに記憶を思い返し始めた。引き出しを開け放ち、大事なものを探すように。
走馬灯のように明確に俺の記憶は思い起こされる。
そして幼稚園を卒業した頃、邪魔が入った。
「ここから先は通行止めだ。バカ弟子」
マクイの木
魔物が跋扈している地帯や戦場に生える木の一種。
魔力を吸い上げる性質と細い空洞がある事から杖の材料としてよく使われた他、筆記用具に使われていた事もあった。
その性質上、死を糧とする不吉な木だと忌み嫌われている。だが魔術師にとって欠かすことのできない物の一つである。
魔術師は魔術の本質が戦いである事を自嘲し、木と己を重ね合わせる事があるとか。




