19話 魔術とは
「課題は終わらせてきたようだね」
「見ただけで分かるもんなんです?」
「勿論。僕を誰だと思っているんだい。この国が誇る天才で、優秀な魔術師だよ? 見るだけで魔力の状態なんて把握できるとも。それに、君に出した課題は基本的な魔法を使えるようにするというものだ。もっと難しい課題ならまだしもそれなら君の魔力の流れを見ればなんとなく分かるというものさ」
ブライとこの城の頂上から景色を眺めた後、彼とは解散した。そして寝る前に俺は少しだけ地下に戻り魔法の練習をした。
水と土、炎を主戦力として戦闘に使う程慣れてはいないが、罠や障害物として使うのならばなんとか、というところまで俺は習得していた。数秒意識を向ける必要があるから活用はまだまだ難しいのだが。
困難だったのはトリガーをなくす事。集中しなければ幼稚園児の落書きのようになってしまう。とても難しい事だ。未だにうまく出来ん。
試しにファンタジーで見るような炎の球を浮かべながら、剣を一振りしようとするとその炎は消えていた。消えるイメージなんてしていないのに、だ。
消える瞬間を見ていないため本当にそうなのかはわかりようがないのだが、おそらく魔力がそちらに送られないことによる魔法の解除と俺は考えた。つまりは同時並行は高等技術なのかもしれない。
これは積み重ねた時間が物を言うのだろう。実際ペネトが魔法を使っている時、特には集中しているようには見えなかった。ペネトが特別そうなのか、この世界の普通がそうなのかは分からないが、そうしなければ戦いには使えないだろう。
魔法の訓練を終えた時俺はクククと思わず笑ったものだ。
自分でも痛い奴みたいだと思うのだが、俺の中にも男の子心というものは残っていたらしい。強くなるのは嬉しかった。もっと強くなれることに俺は高揚感を覚えていた。
恐らくこれは世間一般的に言うわくわくしているという事だろう。
人をもっと上手く殺す方法を覚えているという事でなければもっと良かったのに。
「そういえばこの前から思っていたんですが魔力って見えるんですか」
「ああ、そういえば言っていなかったか。そうだなぁ……見える、というのも少し違うのだが。試しに魔力というものを見ようとしてくれたまえ。説明が難しいのだけど、魔力というのを認識した今なら見ようとするだけでなんとなく分かるはずさ」
「魔力を……ふむ」
見えないものを見ようとするというのは難しい。空気を見ようとしても難しいように。
だがあるというのがわかっているなら感覚としてわかるような気がする。他者の魔力は未だ見えないが、俺の魔力はうっすらと感じている。つまりそこに在るのだ。
眼には見えないが、そこにあるのだと思いながら注視してみる。
「ぼんやりと……色があるような」
「それは何色だい?」
「……赤?」
薄っすらとペネトの周りに色がついているような気がした。見えているわけじゃないのだが、何故かそう思った。
「Good! いいだろう。その感覚を忘れないようにしたまえ。さて講義に移ろうか」
急に難題を突き付けてくるな。
だが少しづつ慣れてきた。ぼんやりと見えいていた魔力が少しづつその色を濃くしていき、輪郭がはっきりとしてくる。目で見ているというのは違って、感じているものを目に映る情報として変換されているような不思議な感覚だった。
だが俺の中に確信としてあるのが、恐らく俺が意識を他に移した瞬間この効果は解除されるだろうという事だろう。
残念な事に彼女は講義中に冗談を言うようなタイプではない。
恐らくこれを常にしろといっているのだろう。そして本気でこのまま講義を始めるつもりだ。
無理難題をふっかけてくるのが俺の師匠の特徴なのか?
「さて魔法についての基礎知識は最低限度やったね。次は魔術について教えよう。一回君に言葉を使った魔術は見せたね」
「石柱、でしたね」
「そう。それのトリガーは何だった?」
「……舌?」
「うん、正解をあげよう。僕は口の中で文字を書いた。君の言う通り舌で、ね」
指を鳴らし、黒板を出したペネトは懐からペンのようなものを出すとそれで黒板に五つの文字を書いた。
それは見たこともない記号で、それは自体は普通なのだが、俺の眼にはその文字が光っているように見える。
それが意味する事はその文字が魔力を帯びているという事だ。
つまりこの五つの記号こそが魔術を使うために必要なものなのだろう。
「これは魔術文字と呼ばれているものだ。これを書くには普通特殊なペンが必要だ。つまりは、このペンだ。そこで問題だ、このペンの機能とは?」
「魔力を吸いだしているんですかね」
「そう。この文字は魔力で書かなければ意味がない。だからこのペンで魔力を吸いだして書き出すんだ。ちなみにこのペンは杖と呼ばれている。昔杖で書いていた名残だね。僕のように未だに杖を使っているのは少数派だ。質問はあるかい」
ペネトは持っている大きな杖で地面をコンコンと叩いた。大きいそれは確かに携帯に不便そうだ。
あの小さなペンで済むと言うのなら廃れるというのも頷ける。
「先生は舌で書いてましたよね。そのペンを使わずに」
「うん、いいね。このペンは魔力を吸いだして文字の形に整えるためのモノ。魔力をある程度正確に変形させることが出来て、そして書くものに魔力を残しながら文字を書くことが出来る。まぁ、つまりは自力で文字を書く事が出来るならこのペンは要らないんだ。……ま、それだけ意識を使うから杖を使った方が楽だけどね」
「ほー、難しそうですね」
「慣れればすぐさ。君は見たところ器用だろうから練習すれば出来るさ」
「せんせー、そのペン……杖って貰えるんですか」
「勿論。僕レベルになると自作できる。特殊な木が必要なんだけど珍しいものでもないし。ほら、あげるよ」
そういうと彼女は手に持っていた小さな杖を俺に渡した。
くれるのだろう。そして口ぶり的には彼女が作ったものだろうか? 無骨だけれど丈夫そうだ。
日本では見ることもないその杖に俺は珍しそうにじろじろと見た。
木を使うと言っていたが、表面は金属のようなツルツルとした手触りだ。中身に使っているのだろうか。
「あんまりじっくり見ないでもらえると助かるよ。職人ほど綺麗には出来ていないからね。勿論性能は保証するぜ? だがどんなに天才の僕が作ったとはいえ構造的にはペンだし、杖だ。壊れたらすぐ言ってくれ。生徒の為なら予備を出すのも厭わないよ」
壊れないようにするつもりであるが、壊れたら彼女の言葉に甘えさせて貰おう。
恐らく無知な俺が適当に買うよりかは彼女のものの方が格段に上だろう。
「これでようやく魔術を使う準備が出来たという事だ。ここからは言葉を使ってもわかりにくい。実験をしながら教えていくことにしようじゃないか」
彼女は掌ほどの大きさの木の板を出現させた。
それに文章を書いた。俺はこの世界の言葉は読めない為どういう意味かはわからないが、黒板に書かれている記号が含まれている事が分かる。
文章で魔術を指定しているのだろうか。
「君は……読めないんだったか。ここに発火する、と書いた。そしてこれを投げる」
投げられた木の板が突如空中で発火するとそのまま燃えながら落ち、地面で数秒間燃えた。
めらめらと燃えるそれは黒くなるまで燃えて、消えた。地面が土でできているからと無茶をする。
一つ疑問点がある。
この魔術のトリガーはなんだ。書ききった時ではない。そして破壊するわけでもない。急に空中で発火した。
ペネトも時間指定しているのに言わないような人間ではない。
ならばなんだ、という事だ。
「不思議そうな顔をしているね。魔術のトリガー。これの答え合わせをしようか。この問いに対しての解は意識だ。指定することもできるけどね。簡単に言ってしまえば魔法と同じだよ。魔力というのは、基本的には体から離れていても制御することが出来る。魔力で書かれているものは励起している限り術者の意識で発動できるのさ。勿論、書いた瞬間に発動することもできるし、指定すれば一定時間で起動させることもできる。注意すべきは体の外に出した魔力は霧散し始める。長く保たせたいならそれだけ魔力が必要になるんだね」
「つまり書いてさえしまえば必要な思考が減る?」
「素晴らしい。そしてごちゃごちゃとした魔法だと戦闘中それを作るのは難しい。でも魔術ならそれもできる。さっきの木の板みたいなのでもたくさん持っていたらそれだけで脅威足りうる」
そりゃあんなのばら撒かれたら、歩けねぇよ。魔力を使うとはいえ、戦闘で使うのなら数時間も想定する必要はない。
一瞬で地雷を作ることが出来る。そして自爆をしないのだから理想的だ。
「そして一番大事なところ。これは気付いてるだろうけど、文章の前か後ろに記号をかくことで完成する。驚くことにその文章はどの言語でもいいんだ」
「それは……やばくない?」
「やばいっしょ?」
笑ってるけど怖いんよ。原理が全く分からない。プログラミングで全ての言語が対応しているなんてありえない。対応させる事は出来ても、対応することは難しい。なのにコレは実現している。
魔法で木の板を手元に出現させると、それに発火すると書いた。勿論日本語で、だ。
「あの、火の記号はどれでしょうか」
「これだよ、まずはこれらを覚えないとね」
ペネトに示された記号を文章の最後に書いて木の板を投げた。
そして俺とペネトから危険のない程度に離れた瞬間それを発動させた。
といっても集中するの面倒だから、指を鳴らしてトリガーにしたのだが。
投げられた木の板は火がつき激しく燃えるとそのまま一瞬で燃え尽きた。
つまり、別世界の言語である日本語でも使えるという事だ。
「まじか……日本語でも通じた」
「言っただろう? ニホンゴってのは僕にはわからないけど、どんな言語だろうと魔術が発動するのは確認されているのさ」
そう言えば魔術は魔法の中にある、といっていたな。
なるほど、魔術に意識を使うというのを実感すると、確かに魔法というモノの中に言語を使って法則化した魔術があるというのは納得できる……かもしれない。出来るか? うぅん。
「さ、課題を出そうか。魔力が見える状態を日常にすること。そしてこの記号、魔術文字を覚えておくことだ。魔術師になるなら反射的に書けるくらいには覚えておかなくっちゃ。ほれ、この板に書いておくから意味も書いておくと良い。その、ニホンゴってやつで。はい、普通のペンとインク。足りなかったらブライにでも言うといい」
記号の意味を教えてもらいながら、貰った木の板に書いていく。
五つの記号はそれぞれ火、水、土、木、金らしい。
……ふむ。聞いたことあるな。
この世界の翻訳的にはこの五行がこの記号に当てはまると判断されたのだろう。
一応、この魔術文字をアバドンの眼で見ておこう。
魔術文字
魔術を制御するための五つの文字。
魔法を探求する者たちから追放されたある求道者のノートから発見される。
狂人の妄想であると思われていた。
何故か作動してしまうその時までは。
狂気が真理へとたどり着いたのか、それとも狂気が世界を変えてしまったのか。




